虹の軍勢

神無月 紅

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19話

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「お、戻ってきたね。で、どうだったかな? まぁ、二人共怪我をしてないようだから、心配する必要はないんだろうけど」

 戦いを終え、戻ってきた蛟と白夜の二人を見て、猛は笑みと共にそう尋ねる。
 実際、二人は怪我らしい怪我をしていない。
 白夜とノーラは、ゴブリンの攻撃が蛟に集中していたこともあり、怪我をしていなくても不思議ではない。
 だが、蛟は一人でゴブリンのほとんどを相手にしたのだ。
 それでいながら、かすり傷すら負っていないところに、蛟の技量の高さを示していた。

「ま、相手はゴブリンなんだし、こんなものでしょ。……それより、こうして見る限りだとここに敵は来なかったみたいね」
「ああ、幸いにも……って言い方は蛟は嫌だろうけど、ゴブリンの興味は蛟だけに集まっていたようだしね」
「……あんなゴブリン如きに興味を持たれても嬉しくないわよ。どうせなら、もっといい男に興味を示して欲しいわ」

 ゴブリンの興味という言葉に、心底嫌そうな表情を浮かべる蛟。

「蛟さんは美人だし、その気になれば恋人とかすぐに出来そうだけど」

 お世辞でも何でもなく、本当にそう思っているから言った様子の白夜の言葉に、蛟は言葉に詰まる。

「そ、そう。……そう言ってくれると私も嬉しいわ」

 何とかそう告げる蛟に、白夜は不思議そうに首を傾げる。
 白夜にとっては、今の言葉は別に口説き文句でも何でもない言葉だったからだ。
 挨拶代わりと言ってもいい。

「と、とにかく! ゴブリンを私たちで倒せるのは分かったでしょ!? なら、ゴブリンの集落を襲撃するのも、難しい話じゃないわ。いいわよね?」

 確認を求められるようにして告げられたその言葉に、白夜は少し考えて頷く。
 先程見せられた蛟の戦闘力を考えれば、戦闘の技量は間違いなく自分よりも圧倒的に上だというのを理解出来た為だ。
 それこそ、他に戦力がいなくてもゴブリンの集落は倒せると、自分の目で確認出来たのは大きい。

「俺は構わないけど……どうする?」

 洞窟から姿を見せた杏は、白夜の言葉に少し迷う。

「そうね。白夜が見て、本当にそれだけの能力があるってはっきりしたんでしょ? だとすれば、さっきまでと事情は違ってくると思うわ。けど……」

 後ろを……洞窟の中を見た杏が何を心配しているのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。
 そこにいるのは、武器もろくにないような前衛。
 それも片方はまだ小さな子供と呼ぶべき年齢だ。
 少なくても、杏の目から見て戦力になるかと言われれば、答えは否だろう。
 もちろん一切戦力にならないという訳ではない。
 結局のところ、相手はゴブリン。個体としてはモンスターの中でもかなり弱い部類に入る存在だ。
 武器を持たない生身での戦いであっても、一匹や二匹程度あればどうにかなる。
 特にネクストの学生は全員が魔法や超能力といったような、何らかの特殊能力の持ち主だ。
 だが……最大の問題は、やはりの数だろう。
 一匹ずつの能力が低いためか、ゴブリンの繁殖力は非常に高い。
 一匹見たら百匹いると思え。
 そんな風に言われることがあるほどなのだから。

「大丈夫です! 僕も決して足手まといにはなりませんから!」

 音也の必死の訴えが、洞窟の中から聞こえてくる。

「蛟……僕はこのまま音也様を連れて帰った方がいいと思うんだけど?」

 そんな音也の言葉に反対するように猛が告げる。
 絶対にこのまま帰った方がいいと言う猛に対し、蛟はゴブリンの退治を主張。
 思い切り対立した二人がそれぞれの意見を言い合う。
 そうして数分が経ち……やがて二人の視線が白夜に向けられた。
 この中では、蛟と猛の二人に次ぐ実力を持ち、それでいて弓奈のように武器を失ってもいない。
 間違いなく戦力となると見なされているからこその、二人の行動。

「その……もし俺がゴブリンの討伐に参加するって言ったら、猛さんはどうしますか?」

 白夜の口から出た言葉に、穏やかに笑っている猛の表情が微かに動く。
 このようなことを尋ねてくるということは、白夜が蛟の提案に惹かれているということを意味しているのは明らかだったためだ。

「そうだね、僕としては出切ればしたくないけど……蛟に協力するだろうね」

 こうして意見が対立しているが、猛と蛟は決して敵対している訳ではない。
 むしろ同僚として、関係は良好だった。
 それでも、音也をどうするかという問題についてはお互いの意見の隔たりが埋まる様子はない。

「じゃあ、俺は……蛟さんの意見に賛成します」

 そう告げた白夜は、手に持つ金属の棍をしっかりと握りしめる。
 先程の戦いでは、半ば蛟がゴブリンを相手に無双するのを見ているだけだった。
 自分もあれだけの強さを持ちたい。
 そんな白夜の気持ちが、蛟の意見に賛成するという選択を取らせたのだろう。

「……はぁ、分かったよ。白夜がそう言うのなら、蛟の意見に賛成しよう。……このまま強引に反対しても、音也様は白夜達と一緒に行きかねないし」

 不承不承といった感じで猛がそう呟く。
 猛の視線の先では、洞窟から顔を出した音也が白夜に期待を込めた視線を向けている。
 その期待が何なのかというは、考えるまでもなく明らかだった。

「えっと、それで音也の処遇は……」

 もしかして自分に任されるのだろうか。
 蛟のようにゴブリンとしっかり戦うというのが目的の白夜だけに、もし音也の処遇を完全に自分に任されるというのは、出来れば避けたい事態だった。
 そんな白夜の思いを、猛も理解しているのだろう。
 小さく溜息を吐き、弓奈に視線を向ける。

「君は武器がないらしいし、音也様の護衛をお願い出来るかな?」
「え? 私ですか? ……そうですよね、私くらいしかいませんよね」

 武器を持っていない以上、弓奈はゴブリンと戦う手段がない。
 いや、一匹や二匹であれば何とでもするだけの自負はあったが、それが十匹、二十匹……百匹となれば、話は違ってくる。
 槍という点では猛が持っている槍もあるのだが、まさか自分よりも強い相手の武器を譲って貰う訳にはいかないだろう。
 結果として、弓奈が出来るのは大人しく音也の面倒を見るということだけだった。
 ……もっとも、その音也がしっかりと弓奈の言うことを聞くかと言われれば、その答えは微妙だとしか言えなかったが。
 それに弓奈の中にはゴブリンに対する強い憎しみがある。
 もし白夜たちに助けられていなければ、今頃自分はゴブリンによって女として最悪の体験をすることになっていた。
 それだけに、今回の一件で音也の護衛ということになるのは思うところがあった。

「よし、じゃあそういうことで。……さっさと行こうか。出来るだけ早くゴブリンの件は片付けて、出来れば早く山を下りたいしね」
「あら、さっきまで嫌だって言ってたと思ったら、随分とやる気じゃない」

 猛の言葉に、蛟はからかうようにそう告げる。
 そんな蛟に対し、猛は穏やかそうな表情の中にも不満そうな様子を表しながら口を開く。

「本当なら、すぐにでも山を下りたいと思ってるのは変わらないよ。けど、音也様の様子を見れば、蛟の意見に賛成するしかないじゃないか。……もちろん、面白くないけどね」

 本当に面白くないと感じているのだろう。
 だがそれでも、今は音也を無事に山から連れ出すためには、ゴブリンの討伐に参加する方が得策だと判断したのだ。
 一見すると音也の無事とは全く正反対の行動をとっているようにも思えるが、音也は年齢に見合わぬ行動力がある。
 そうである以上、ここで無理に連れ戻そうとした場合どうなるのか……それを考えれば、やはりここは蛟の提案に乗るのが最善だったのだ。

「ふーん。ま、私はゴブリンの集落を殲滅出来れば、それで十分だけどね」

 殲滅、と。物騒な言葉を口にしながら、誰もそれを指摘するようなことはない。
 ゴブリンのような存在を放っておけばどうなるのかは、これまでの歴史が判明している。
 大変革以降、ゴブリンによって被害を受けた者は数え切れない。
 初めてゴブリンと接触したときには、ゴブリンにも人権を! と叫ぶ者がいたのだが、そのような声もゴブリンの生態を考えれば小さくなっていき、消滅するのは当然だった。
 ゴブリンは見つけ次第出来るだけ早く殲滅するというのは、半ば常識近くなっている。
 ……それでいながらまだゴブリンが地球で生き延びている辺り、ゴブリンの強い繁殖力を示しているのだろう。

「そうだね。僕だって別にゴブリンを生かしておいてもいいとは思っていないさ。……さ、行こうか」

 猛の言葉に蛟が、そして白夜や他の者たち全員が頷き、そのまま足を進めていく。
 向かうのは、ゴブリンの集落。
 先程白夜たちが目にしたゴブリンの集落だ。

「逃げ出した俺達を探している可能性が高いので、集落に残っているゴブリンの戦力は少ないかもしれませんね」

 白夜の言葉に、猛は複雑な表情を浮かべる。
 元々ゴブリンの集落を攻撃することは反対だったのだが、それでも攻撃をすると決めたのであれば、出来るだけゴブリンの数を減らしたいと思ったからだ。

「あれだけ派手に私達が逃げたんだから、ゴブリンにとっても追うのは間違いないでしょうしね」

 杖を手に、杏も表情を微かに歪めながら呟く。

「そうかもしれないわ。けど、それでもゴブリンを率いている存在は集落にいるのは間違いないだろうから、最低でもその上位種くらいは倒してきたいんだけど」

 杏の言葉に、蛟がそう返す。
 自分たちを率いていた上位種が死んでしまえば、ゴブリンは統率を保っていられずにそれぞれ数匹から、多くても十匹程度の小集団に分かれていく。
 そうなればなったで新たな被害者が出る危険もあったが、このまま現在のような集落を作れるほどの集団で動かれるよりは被害が少なくなるのは間違いない。

「それで、道はこの方向でいいんだよね? 実は道を間違ってましたなんてことになったら、ちょっと面白くないんだけど」
「えっと……多分間違ってないかと。逃げるときに結構必死だったので、確実じゃないですけど」

 白夜がゴブリンたちから逃げるときは、音也を掴んで必死に逃げた。
 もし白夜がもっと腕が立ち、このような状況に慣れているのであれば、逃げている最中にも周囲を見回す余裕はあっただろう。
 だが、当時の白夜にそんな余裕は一切なかった。
 とにかくゴブリンから逃げること。
 そして、杏や弓奈の方にゴブリンが向かわないようにすること。
 その二つだけを必死で考えていたのだ。
 それだけに、完全に道を覚えているのかと言われれば、白夜も首を横に振らざるを得ない。
 もっとも、こうして逃げてきた大体の方向に進んでいけば、いずれゴブリンの集落に到着するだろうというのは、白夜にも予想出来ていた。
 そして……白夜の予想が半ば当たっていたことは、次の瞬間に判明する。

「みゃー!」

 白夜の周囲を飛びながら周囲の様子を警戒していたノーラが、鋭く鳴き声を上げる。
 警戒するように告げてくるその鳴き声を聞いた瞬間、それぞれがすぐに戦闘準備に入り……やがて、茂みの向こう側から十匹ほどのゴブリンが姿を現す。

「ギョギャギャ!」
「ギャガ!」
「ギャギョ!」

 白夜たちを見つけることが出来て嬉しいのか、それぞれが醜悪と呼ぶべき笑みを浮かべつつ、それぞれが手に持つ武器で攻撃を仕掛けてくる。

「蛟、素早く片付けるよ」
「分かってるわ!」

 真っ先に猛が飛び出し、それに続くように蛟が追う。
 普段の二人の性格を考えれば、普通は逆なのではないかと、そう思う者がいてもおかしくはない。
 だが、少なくても白夜たちの視線の先では、猛を追うように蛟が走っているのは間違いのない事実だった。

「ノーラ、俺たちも行くぞ!」
「みゃ!」

 そんな二人に負けてはいられないと、白夜も己の武器の金属の棍を握りしめながら前に出る。
 真っ先に白夜が攻撃をしかけたのは、群れの中でも右側にいたゴブリンたち。

「うおおおおおおおおおおっ!」

 自らを鼓舞するかのような声を上げながら、金属の棍が振るわれる。
 空気を斬り裂く……とまでは言わないが、空気そのものを殴り飛ばすような攻撃。
 その一撃は、次の瞬間には空気だけではなくゴブリンをも殴り飛ばしていた。
 ゴブリンも持っていた棍棒で防ごうとしたのだが、白夜の振るう一撃の速度に棍棒を構える速度は追いつかず、あっさりと頭部を真横から殴られ、砕かれる。
 基本的にゴブリンというのは人間の子供くらいの背丈で、そういう意味では白夜にとってゴブリンの頭部というのは非常に殴りやすい位置にある。

「ギャアッ!」

 短い悲鳴を上げ、ゴブリンはそのまま命の炎を消す。

「ギャッ!」

 仲間の仇と白夜に向かってゴブリンが錆びたナイフで攻撃しようとするが、それを牽制するようにノーラから毛針が放たれ、ゴブリンの目を潰す。
 そうして悲鳴を上げ、目を押さえながら地面を転げ回っているゴブリンの頭部に、白夜の金属の棍が振り下ろされるのだった。
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