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18話
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白夜の言葉を聞き、洞窟から一人の少年が姿を現す。
それが誰なのかは、白夜が数秒前に誰の名前を呼んだのを聞いていた者達なら、考えるまでもなく明らかだろう。
白夜の前にいた二人の男女は、姿を現した音也の顔を確認すると、見て分かる程に安堵の息を吐く。
「よかった、音也様……無事だったんですね」
女がそう告げるが、音也の方はそんな女を……そして男を前に、どこか困惑した様子で口を開く。
「蛟(みずち)さん、猛(たける)さん……どうして貴方達が?」
音也の言葉に、ようやく白夜は二人の名前を知る。
女の方が蛟で、男の方が猛なのだろうと。
どちらかに呼び掛けている音也の言葉を聞いた訳ではないが、それでも女に猛という名前は付けないだろうという程度の予想は出来る。
「音也様がこの山に来ているからと聞いたからですよ。……はぁ、いいですか、音也様。たしかに音也様は才能という一点で考えれば、非常に高いものがあります。ですが、音也様はまだ子供だというのを忘れないで下さい」
猛が、しっかりと言い聞かせるように音也に告げる。
そして再度口を開こうとするも……
「ちょっと猛。別に無事だったんだからいいじゃない。音也様には音也様の考えがあるんでしょ」
蛟が音也を庇うように、そう告げる。
そんな蛟に対して猛が何かを言おうとするも、結局それ以上口は開かない。
そもそも、現在はゴブリンの勢力圏内の中に自分達はいるのだ。
そうである以上、ここで悠長に話をしてれば、ゴブリンがやってくる可能性は十分以上にあった。
「そうだね。本当はもっと色々言いたいことがあるんだけど、今はそれどころじゃない」
猛の言葉に、音也は少しだけ安心した表情を浮かべるが……
「ただし、それはあくまでも今だからこそですよ。この山から下りたらしっかりと話をさせて貰いますからね」
そう言葉を続けられ、音也は肩を落とす。
「あー……その、いいですか? 話はその辺にして、出来ればこれからどうするかを一緒に考えてくれると嬉しいんですけど」
「あら? 簡単でしょ? ゴブリンの集落を潰してから下山する。それで終わりじゃない」
当然といった様子で呟く蛟だったが、それを聞いた白夜は反射的に否定の言葉を口にする。
「無理ですよ」
「何で? ああ、別に白夜……だったわよね? 貴方達に戦えとは言わないわ。私と猛の二人がいれば、ゴブリンの集落程度はどうにでもなるわよ」
何の気負いもなく、それこそ自分で出来ることを口にしただけといった様子の蛟。
それには自分の実力に対する過剰な自信……という訳ではなく、やろうと思えば間違いなく出来るという確固たる自信があった。
(本当に、誰なんだこいつら)
音也の様子を眺めながら、白夜は改めて目の前の二人を見る。
白夜も、自分はネクストの生徒の中ではそれなりに腕利きの実力を持っている方だという自信はあった。
だが、そんな自分でもゴブリンの集落を一人で……いや、杏と弓奈、音也、ノーラの合計四人と一匹でどうにか出来るかと問われれば、即座に首を横に振るだろう。
そもそもの話、白夜は体力こそ消耗しているものの、戦闘力という意味では問題ない。
ノーラも白夜同様にまだ余力を持っているだろう。
だが……杏はこれまでの戦闘で相当魔力を消耗しているし、弓奈と音也にいたっては武器はナイフしかない。
そんな状況でゴブリンの集落に戦いを挑むのは、自殺行為にしか思えなかった。
また、ネクストの上位組織のトワイライトの隊員にしても、数人でゴブリンの集落をどうにか出来るかと言えば……出来ないと言う者もいるだろう。
もちろんトワイライトの中でも上位の実力を持つ者であれば、話は別だ。
また、ネクストでもゾディアックの称号を持っている者であれば、ゴブリンの集落はどうとでも出来るだろう。
しかし、残念ながら白夜はトワイライトの隊員でもなければ、ゾディアックの一員という訳でもない。
「あー、ほらほら。蛟もその辺にしておきなよ。元々僕たちは音也様を探しに来たんだから。ゴブリンの集落はあとでもいいだろう?」
「それは……けど、ゴブリンの集落を放っておけば、色々と大変なことになるのよ? それこそ、女にとってゴブリンは最悪な存在以外のなにものでもないんだから。猛もそれは知ってるでしょ?」
蛟は、女だからこそゴブリンの集落をここで潰しておきたいと、そう考えているのだろう。
異世界からやってきた存在で、地球の環境に適応してここまで繁殖した相手。
家族、恋人、友人……それらがゴブリンの犠牲となったことで異世界に対して強い敵意を持つようになった者も、決して少なくはなかった。
「それでも……」
何とか蛟を止めようとした猛だったが、何か言おうとするよりも前に、白夜の側で浮かんでいたノーラが不意に鳴き声を上げる。
「みゃーっ!」
誰が聞いても、警戒の色が強いと分かる。
そんな鳴き声。
そして一番ノーラとの付き合いの長い白夜は、すぐに何らかの敵が迫っているのだと判断し、金属の棍を手にいつでも武器を振るえるように準備する。
白夜以外の者達……特に蛟と猛の二人も、白夜に一瞬遅れたものの、すぐに何が起きても対応出来る体勢をとった。
「はからずも、蛟の言う通りゴブリンとの戦闘になってしまうようだね」
猛が槍を手に呟くと、鞘から抜いた長剣を手に蛟は獰猛な笑みを浮かべる。
「私にとっては最善の結果なんだけど。……音也様、これから戦いになりますから、そっちの洞窟に隠れていて下さい」
「蛟さん、僕も……」
自分も戦う。
そう言おうとした音也を制するように、猛が話に割り込む。
「音也様は武器を持ってないのだから、戦いようがないでしょう? まさか、そんなナイフで戦うとでも?」
丁寧な言葉遣いながら、猛は間違いなく音也を窘めていた。
白夜は、いざとなれば音也もそのナイフで戦力として数えるつもりだったので、微妙に居心地が悪かったのだが……それでも、今は蛟と猛という、明らかに自分よりも強い相手がいることで、いくらか余裕を取り戻せている。
「音也、大丈夫だ。とりあえず洞窟の中に戻っててくれ。他の連中を守るためにもな」
「守る……僕が……はい、分かりました!」
白夜の口から出た言葉が嬉しかったのか、音也は真剣な表情で頷くと洞窟の中に戻っていく。
そんなやり取りを見ていた猛は、少しだけ驚いたように白夜を見て、口を開く。
「音也様をああも簡単に動かせるとはね」
「そう言われても……別に、特別なことは何もしてないですよ?」
事実、白夜が口にしたのは洞窟の中にいる者たちを守って欲しいということだけだ。
それくらいであれば、それこそ猛や蛟であっても言うことは難しくはないだろう。
そう告げる白夜だったが、猛は槍を構えたまま口を開く。
「僕たちがああいう風に言っても、多分音也様は聞いてくれないよ。さっきのは、言ったのが君だったから音也様も聞いたんだろう……ね!」
その言葉と共に、近くの茂みに槍を突き出す。
鋭い……まさしく、白夜の目から見て鋭いとしか表現出来ないような一撃。
だが、何故何もない場所に攻撃を? と一瞬疑問を抱いた白夜だったが……
「ギャアアアアアア!」
茂みから聞こえてきた悲鳴で、そこに何者かが……恐らくゴブリンが潜んでいたことを悟る。
白夜にも、そして偵察関係の能力が高いノーラでも気が付かなかっただろう存在を、容易く把握し、一撃で倒す。
それが、白夜が感じた目の前の二人の実力の高さが見間違いではないことの証だった。
「蛟、隠密性が得意なシーフやアサシン系統の能力を持つ奴がいる。気をつけろ」
気配を殺し、ここまで近付いてきたのだ。
その能力に注意するように叫ぶ猛だったが、蛟はそんな猛の言葉を聞き流して素早く長剣を振るう。
瞬間、自分の方に向かって飛んでた石を素早く叩き落とす。
白夜も遠距離から自分に向けられた石には気が付いており、金属の棍を振るってそれを弾く。
石を弾くといった行為をする場合、長剣や槍といた武器よりも白夜が持つ棍のような武器の方が向いていた。
鋭い刃のある武器であれば、石を弾いたことにより刃が欠ける可能性もある。
だが、棍であればそのような心配はないのだ。
特に白夜の持つ棍は金属で出来ているだけに、より強固だ。
棍と同じような長柄の武器を使うものであれば、その武器を素早く回転させ、盾のように使える者もいる。
……残念ながら、今の白夜では出来ない技術だが。
「白夜、行くわよ!」
「え!? 俺ですか!?」
まさか自分の名前が呼ばれるとは思わなかったのか、白夜は少しだけ驚く。
てっきり猛と共に敵に向かって攻撃し、自分がこの洞窟を守るのではないかと、そう勝手に思っていたからだ。
「いいから、行くわよ!」
そう叫んだとき、すでに蛟は走り出していた。
一瞬猛を見る白夜だったが、白夜が向けた視線に無言で頷きを返す。
これには、白夜により多くの実戦を経験させようと考えているのもあったが、音也が隠れている洞窟を腕が未熟な者に任せたくないという思いもあっての行動だった。
もし蛟と猛の二人が攻撃に出て、白夜が洞窟を守り切れずに音也が死ぬようなことにでもなったら……それこそ、猛にとっては考えたくないほどの後悔に襲われるのは間違いない。
(白夜だっけ。ネクストの生徒としては、それなりに腕利きのようだけど……それでもトワイライトの隊員には劣るし、ましてやゾディアックには遠く及ばない)
自分に向かって投擲された石を槍で弾きながら、猛は以前会ったことのある何人かのゾディアックの顔を思い浮かべる。
まだネクストの生徒だというのに、その誰もが猛から見ても自分より明らかに強いと思える相手。
中には、戦うという気持ちすら抱けない相手もいた。
そのような者たちと比べれば、白夜はまさにまだ赤子……というのは多少言いすぎかもしれないが、そのように認識してもおかしくはない程度の強さしか持っていないのは確実だった。
「あの、私たちも何か手伝いましょうか?」
そう言ってきたのは、洞窟の中にいた杏だった。
猛は誰かが後ろから近づいてきているというのは知っていた。
それでも何も行動を起こさなかったのは、それが味方だと……より正確には自分が庇うべき相手、守るべき相手だと認識していたからだろう。
正直なところ、猛は白夜たちを戦力としては見ていない。
……それでも蛟がいるのであれば白夜が死ぬようなことはないだろうから、いい経験にはなると思っていたのだが。
「いや、いいよ。君は魔法使いだろう? なら、これから君の魔法に頼るときがあるかもしれない。今は魔力を無駄にしないようにしておいてくれるかな」
柔らかな笑みと共に口を開いたが、そこから出てきたのは優しくも明確な拒絶。
猛の笑みに何を見たのか、杏は特に口答えもせずにそのまま大人しく洞窟の奥へ戻っていく。
その気配を察しながら、猛は槍を握る手に力を入れ、騒がしくなっている方……蛟と白夜が戦っている方を見る。
(ああ、そういえばノーラだったかな? あの従魔も一緒のようだけど……結構可愛いよね)
空中を浮かんでいる、マリモ。
何となくそれがツボに入ったのか、猛はノーラが戦いで被害を受けないようにと、考えるのだった。
「はああぁあぁああっ!」
鋭い気合いの声と共に振るわれる鋭い長剣の一撃。
一撃の威力ではなく、鋭さと速度を活かした一撃だ。
(クレイモアとかより、刀とかそっち系の技術……か?)
少し離れた場所で、白夜はそんな蛟の戦いをじっと眺めていた。
技量という点では蛟に劣る白夜だったが、それでもこうして蛟の戦いを見ることが出来るのは、純粋にゴブリンたちの狙いが蛟に集中していた為だ。
ゴブリンという存在にとって、白夜と蛟のどちらが重要なのかと言われれば、それは当然のように蛟だ。
自分たちの数を増やすためにも、女は必須なのだから。
「その程度で、私をどうにか出来ると思っているの!」
棍棒の一撃を回避しながら、長剣を振るう。
ゴブリンの胴体が鋭く斬られ、その傷口からゴブリンの内臓がこぼれ落ちる。
そこからさらに蛟の動きは続き、短剣を手に跳躍して襲いかかってきた相手に突きを放つ。
狙ったのは、胴体……ではなく、狙いは小さいが急所の頭部。
ゴブリンの頭部を貫き、周囲には脳みそや血、肉、体液といったものが飛び散る。
そんな戦いを見ながら、当然白夜も遊んでいた訳ではない。
ノーラと共にゴブリンに攻撃し、金属の棍をゴブリンの血と肉と体液で汚していく。
ゴブリンの中には、明らかに普通より強いゴブリンもいたのだが、それでも蛟に攻撃が集中しているためか、白夜は容易に隙を突き、倒していく。
そうして十分もしないうちに、この戦いは終わることになる。
勝利をしたのは、当然のように蛟と白夜、それとノーラ。
全員が無傷の、完勝と呼ぶべき結果だった。
それが誰なのかは、白夜が数秒前に誰の名前を呼んだのを聞いていた者達なら、考えるまでもなく明らかだろう。
白夜の前にいた二人の男女は、姿を現した音也の顔を確認すると、見て分かる程に安堵の息を吐く。
「よかった、音也様……無事だったんですね」
女がそう告げるが、音也の方はそんな女を……そして男を前に、どこか困惑した様子で口を開く。
「蛟(みずち)さん、猛(たける)さん……どうして貴方達が?」
音也の言葉に、ようやく白夜は二人の名前を知る。
女の方が蛟で、男の方が猛なのだろうと。
どちらかに呼び掛けている音也の言葉を聞いた訳ではないが、それでも女に猛という名前は付けないだろうという程度の予想は出来る。
「音也様がこの山に来ているからと聞いたからですよ。……はぁ、いいですか、音也様。たしかに音也様は才能という一点で考えれば、非常に高いものがあります。ですが、音也様はまだ子供だというのを忘れないで下さい」
猛が、しっかりと言い聞かせるように音也に告げる。
そして再度口を開こうとするも……
「ちょっと猛。別に無事だったんだからいいじゃない。音也様には音也様の考えがあるんでしょ」
蛟が音也を庇うように、そう告げる。
そんな蛟に対して猛が何かを言おうとするも、結局それ以上口は開かない。
そもそも、現在はゴブリンの勢力圏内の中に自分達はいるのだ。
そうである以上、ここで悠長に話をしてれば、ゴブリンがやってくる可能性は十分以上にあった。
「そうだね。本当はもっと色々言いたいことがあるんだけど、今はそれどころじゃない」
猛の言葉に、音也は少しだけ安心した表情を浮かべるが……
「ただし、それはあくまでも今だからこそですよ。この山から下りたらしっかりと話をさせて貰いますからね」
そう言葉を続けられ、音也は肩を落とす。
「あー……その、いいですか? 話はその辺にして、出来ればこれからどうするかを一緒に考えてくれると嬉しいんですけど」
「あら? 簡単でしょ? ゴブリンの集落を潰してから下山する。それで終わりじゃない」
当然といった様子で呟く蛟だったが、それを聞いた白夜は反射的に否定の言葉を口にする。
「無理ですよ」
「何で? ああ、別に白夜……だったわよね? 貴方達に戦えとは言わないわ。私と猛の二人がいれば、ゴブリンの集落程度はどうにでもなるわよ」
何の気負いもなく、それこそ自分で出来ることを口にしただけといった様子の蛟。
それには自分の実力に対する過剰な自信……という訳ではなく、やろうと思えば間違いなく出来るという確固たる自信があった。
(本当に、誰なんだこいつら)
音也の様子を眺めながら、白夜は改めて目の前の二人を見る。
白夜も、自分はネクストの生徒の中ではそれなりに腕利きの実力を持っている方だという自信はあった。
だが、そんな自分でもゴブリンの集落を一人で……いや、杏と弓奈、音也、ノーラの合計四人と一匹でどうにか出来るかと問われれば、即座に首を横に振るだろう。
そもそもの話、白夜は体力こそ消耗しているものの、戦闘力という意味では問題ない。
ノーラも白夜同様にまだ余力を持っているだろう。
だが……杏はこれまでの戦闘で相当魔力を消耗しているし、弓奈と音也にいたっては武器はナイフしかない。
そんな状況でゴブリンの集落に戦いを挑むのは、自殺行為にしか思えなかった。
また、ネクストの上位組織のトワイライトの隊員にしても、数人でゴブリンの集落をどうにか出来るかと言えば……出来ないと言う者もいるだろう。
もちろんトワイライトの中でも上位の実力を持つ者であれば、話は別だ。
また、ネクストでもゾディアックの称号を持っている者であれば、ゴブリンの集落はどうとでも出来るだろう。
しかし、残念ながら白夜はトワイライトの隊員でもなければ、ゾディアックの一員という訳でもない。
「あー、ほらほら。蛟もその辺にしておきなよ。元々僕たちは音也様を探しに来たんだから。ゴブリンの集落はあとでもいいだろう?」
「それは……けど、ゴブリンの集落を放っておけば、色々と大変なことになるのよ? それこそ、女にとってゴブリンは最悪な存在以外のなにものでもないんだから。猛もそれは知ってるでしょ?」
蛟は、女だからこそゴブリンの集落をここで潰しておきたいと、そう考えているのだろう。
異世界からやってきた存在で、地球の環境に適応してここまで繁殖した相手。
家族、恋人、友人……それらがゴブリンの犠牲となったことで異世界に対して強い敵意を持つようになった者も、決して少なくはなかった。
「それでも……」
何とか蛟を止めようとした猛だったが、何か言おうとするよりも前に、白夜の側で浮かんでいたノーラが不意に鳴き声を上げる。
「みゃーっ!」
誰が聞いても、警戒の色が強いと分かる。
そんな鳴き声。
そして一番ノーラとの付き合いの長い白夜は、すぐに何らかの敵が迫っているのだと判断し、金属の棍を手にいつでも武器を振るえるように準備する。
白夜以外の者達……特に蛟と猛の二人も、白夜に一瞬遅れたものの、すぐに何が起きても対応出来る体勢をとった。
「はからずも、蛟の言う通りゴブリンとの戦闘になってしまうようだね」
猛が槍を手に呟くと、鞘から抜いた長剣を手に蛟は獰猛な笑みを浮かべる。
「私にとっては最善の結果なんだけど。……音也様、これから戦いになりますから、そっちの洞窟に隠れていて下さい」
「蛟さん、僕も……」
自分も戦う。
そう言おうとした音也を制するように、猛が話に割り込む。
「音也様は武器を持ってないのだから、戦いようがないでしょう? まさか、そんなナイフで戦うとでも?」
丁寧な言葉遣いながら、猛は間違いなく音也を窘めていた。
白夜は、いざとなれば音也もそのナイフで戦力として数えるつもりだったので、微妙に居心地が悪かったのだが……それでも、今は蛟と猛という、明らかに自分よりも強い相手がいることで、いくらか余裕を取り戻せている。
「音也、大丈夫だ。とりあえず洞窟の中に戻っててくれ。他の連中を守るためにもな」
「守る……僕が……はい、分かりました!」
白夜の口から出た言葉が嬉しかったのか、音也は真剣な表情で頷くと洞窟の中に戻っていく。
そんなやり取りを見ていた猛は、少しだけ驚いたように白夜を見て、口を開く。
「音也様をああも簡単に動かせるとはね」
「そう言われても……別に、特別なことは何もしてないですよ?」
事実、白夜が口にしたのは洞窟の中にいる者たちを守って欲しいということだけだ。
それくらいであれば、それこそ猛や蛟であっても言うことは難しくはないだろう。
そう告げる白夜だったが、猛は槍を構えたまま口を開く。
「僕たちがああいう風に言っても、多分音也様は聞いてくれないよ。さっきのは、言ったのが君だったから音也様も聞いたんだろう……ね!」
その言葉と共に、近くの茂みに槍を突き出す。
鋭い……まさしく、白夜の目から見て鋭いとしか表現出来ないような一撃。
だが、何故何もない場所に攻撃を? と一瞬疑問を抱いた白夜だったが……
「ギャアアアアアア!」
茂みから聞こえてきた悲鳴で、そこに何者かが……恐らくゴブリンが潜んでいたことを悟る。
白夜にも、そして偵察関係の能力が高いノーラでも気が付かなかっただろう存在を、容易く把握し、一撃で倒す。
それが、白夜が感じた目の前の二人の実力の高さが見間違いではないことの証だった。
「蛟、隠密性が得意なシーフやアサシン系統の能力を持つ奴がいる。気をつけろ」
気配を殺し、ここまで近付いてきたのだ。
その能力に注意するように叫ぶ猛だったが、蛟はそんな猛の言葉を聞き流して素早く長剣を振るう。
瞬間、自分の方に向かって飛んでた石を素早く叩き落とす。
白夜も遠距離から自分に向けられた石には気が付いており、金属の棍を振るってそれを弾く。
石を弾くといった行為をする場合、長剣や槍といた武器よりも白夜が持つ棍のような武器の方が向いていた。
鋭い刃のある武器であれば、石を弾いたことにより刃が欠ける可能性もある。
だが、棍であればそのような心配はないのだ。
特に白夜の持つ棍は金属で出来ているだけに、より強固だ。
棍と同じような長柄の武器を使うものであれば、その武器を素早く回転させ、盾のように使える者もいる。
……残念ながら、今の白夜では出来ない技術だが。
「白夜、行くわよ!」
「え!? 俺ですか!?」
まさか自分の名前が呼ばれるとは思わなかったのか、白夜は少しだけ驚く。
てっきり猛と共に敵に向かって攻撃し、自分がこの洞窟を守るのではないかと、そう勝手に思っていたからだ。
「いいから、行くわよ!」
そう叫んだとき、すでに蛟は走り出していた。
一瞬猛を見る白夜だったが、白夜が向けた視線に無言で頷きを返す。
これには、白夜により多くの実戦を経験させようと考えているのもあったが、音也が隠れている洞窟を腕が未熟な者に任せたくないという思いもあっての行動だった。
もし蛟と猛の二人が攻撃に出て、白夜が洞窟を守り切れずに音也が死ぬようなことにでもなったら……それこそ、猛にとっては考えたくないほどの後悔に襲われるのは間違いない。
(白夜だっけ。ネクストの生徒としては、それなりに腕利きのようだけど……それでもトワイライトの隊員には劣るし、ましてやゾディアックには遠く及ばない)
自分に向かって投擲された石を槍で弾きながら、猛は以前会ったことのある何人かのゾディアックの顔を思い浮かべる。
まだネクストの生徒だというのに、その誰もが猛から見ても自分より明らかに強いと思える相手。
中には、戦うという気持ちすら抱けない相手もいた。
そのような者たちと比べれば、白夜はまさにまだ赤子……というのは多少言いすぎかもしれないが、そのように認識してもおかしくはない程度の強さしか持っていないのは確実だった。
「あの、私たちも何か手伝いましょうか?」
そう言ってきたのは、洞窟の中にいた杏だった。
猛は誰かが後ろから近づいてきているというのは知っていた。
それでも何も行動を起こさなかったのは、それが味方だと……より正確には自分が庇うべき相手、守るべき相手だと認識していたからだろう。
正直なところ、猛は白夜たちを戦力としては見ていない。
……それでも蛟がいるのであれば白夜が死ぬようなことはないだろうから、いい経験にはなると思っていたのだが。
「いや、いいよ。君は魔法使いだろう? なら、これから君の魔法に頼るときがあるかもしれない。今は魔力を無駄にしないようにしておいてくれるかな」
柔らかな笑みと共に口を開いたが、そこから出てきたのは優しくも明確な拒絶。
猛の笑みに何を見たのか、杏は特に口答えもせずにそのまま大人しく洞窟の奥へ戻っていく。
その気配を察しながら、猛は槍を握る手に力を入れ、騒がしくなっている方……蛟と白夜が戦っている方を見る。
(ああ、そういえばノーラだったかな? あの従魔も一緒のようだけど……結構可愛いよね)
空中を浮かんでいる、マリモ。
何となくそれがツボに入ったのか、猛はノーラが戦いで被害を受けないようにと、考えるのだった。
「はああぁあぁああっ!」
鋭い気合いの声と共に振るわれる鋭い長剣の一撃。
一撃の威力ではなく、鋭さと速度を活かした一撃だ。
(クレイモアとかより、刀とかそっち系の技術……か?)
少し離れた場所で、白夜はそんな蛟の戦いをじっと眺めていた。
技量という点では蛟に劣る白夜だったが、それでもこうして蛟の戦いを見ることが出来るのは、純粋にゴブリンたちの狙いが蛟に集中していた為だ。
ゴブリンという存在にとって、白夜と蛟のどちらが重要なのかと言われれば、それは当然のように蛟だ。
自分たちの数を増やすためにも、女は必須なのだから。
「その程度で、私をどうにか出来ると思っているの!」
棍棒の一撃を回避しながら、長剣を振るう。
ゴブリンの胴体が鋭く斬られ、その傷口からゴブリンの内臓がこぼれ落ちる。
そこからさらに蛟の動きは続き、短剣を手に跳躍して襲いかかってきた相手に突きを放つ。
狙ったのは、胴体……ではなく、狙いは小さいが急所の頭部。
ゴブリンの頭部を貫き、周囲には脳みそや血、肉、体液といったものが飛び散る。
そんな戦いを見ながら、当然白夜も遊んでいた訳ではない。
ノーラと共にゴブリンに攻撃し、金属の棍をゴブリンの血と肉と体液で汚していく。
ゴブリンの中には、明らかに普通より強いゴブリンもいたのだが、それでも蛟に攻撃が集中しているためか、白夜は容易に隙を突き、倒していく。
そうして十分もしないうちに、この戦いは終わることになる。
勝利をしたのは、当然のように蛟と白夜、それとノーラ。
全員が無傷の、完勝と呼ぶべき結果だった。
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