15 / 76
15話
しおりを挟む
白夜たちが隠れている頃、当然その白夜とパーティを組んでいる杏や、拾われた弓奈の二人も山の中に隠れていた。
それでも白夜のような悲壮感がないのは、ゴブリンたちが全て白夜の方に向かったからだろう。
それが自分たち……正確には女の自分たちを守るための行動だというのは、当然知っていた。
「全く、馬鹿な真似をするわね」
口では文句を言う杏だったが、その表情には白夜を心配する色がある。
何だかんだと、白夜には好意を抱いている証だろう。
……もっとも、その好意は白夜が期待しているような男女間のものではなく、どちらかというと友情に類するものなのだが。
弓奈はそんな杏の方を見ながら、手に持っているナイフを弄る。
本来は槍を武器にしている弓奈だが、残念ながら今の武器はこのナイフしかない。
一瞬木の枝の先端にこのナイフを結びつければ槍になるのでは? とを思いもしたが、そんな雑に作った槍が戦いの役に立つとは思えない。
それどころか、何回か攻撃すれば柄にした木の枝が折れて使い物にならなくなってしまうだろう。
「それで、どうするの?」
「……合流するしかないでしょ。そもそも、私は魔法使いで、そっちはナイフだけ。これだと前衛がいないわ」
「でしょうね」
杏の合流するという意見には、当然弓奈も賛成だった。
弓奈の目から見ても、白夜がかなりの腕を持っているというのは理解出来たからだ。
もっとも、そのかなりの腕というのはあくまでネクストのレベルで考えてのことなのだが。
「けど、合流するにしても、どうやって合流するの? 白夜たちがどこにいるのか分からない以上、こっちも動きようがないわよ? 下手に動くと、それこそゴブリンに見つかるかもしれないし」
ゴブリンは全てが白夜を追っていったが、追っていったゴブリンが全てとは限らない。
ゴブリンの集落に、他にもゴブリンが残っている可能性というのは十分にあるのだ。
そうであれば、弓奈や杏たちも迂闊に動く訳にはいかない。
「魔法で何とかするの?」
杏は魔法使いだということに一縷の望みをかけ、弓奈が尋ねる。
だがそんな弓奈に対して、杏は首を横に振った。
「残念だけど、そんな便利な魔法はないわ。……言われてるほど、魔法も便利な代物じゃないのよ」
魔法と聞けば、それこそ何でも出来ると思う者も多い。
だが、魔法というのはそこまで便利な代物ではないのだ。
それこそ、魔法の構成や魔力の配分、使用する魔法媒体……場合によっては、周囲の環境といったものも問題になることがある。
もちろん、もっと腕の立つ魔法使いであれば探している相手がどこにいるのか調べることが出来るような魔法を使える者もいるかもしれないが……残念ながら、杏は攻撃魔法はともかく、その手の魔法は得意ではない。
「じゃあ、もしかして自力で探す……とか?」
「最悪、それしかないと思うわ」
まさかの言葉に杏が頷いたのを見て、弓奈はうげぇ、と女として出してはいけない声を出す。
「しょうがないでしょ。白夜はゴブリンに追われて逃げていったんだから、こっちを探しに来るような余裕はないわ。……ただでさえ、あの子供と一緒に行動しているし」
そう言われれば、弓奈も杏の言葉に従わざるをえない。
そもそも、今の状況でゴブリンに襲われればかなり危険なのは事実なのだ。
出来るだけ早く、前衛を任せられる白夜と合流したい。
「それに……」
弓奈が何とか白夜と合流したいと考えていると、杏がふと小さく呟く。
「それに? 何かあったの?」
「ええ。白夜はあまり信用出来ないけど、白夜の外付け良心のノーラがいるでしょ?」
「……外付け良心……」
あまりと言えばあまりの表現だったが、弓奈も何故かその表現には納得出来るものがあったのは間違いない。
弓奈と白夜は、まだ会ってから一日も経っていないのだが……それでも白夜の性格を理解してしまうのは、良くも悪くも白夜が分かりやすいことの証なのだろう。
「で、その外付け良心のノーラがいるのは分かったけど、そのノーラがどうするの?」
「ノーラの大きさを考えれば、白夜が移動するよりも見つかりにくいから、向こうからもこっちを探しに来てくれるんじゃないかと思って」
「それは……けど、従魔にそこまでの知能がある?」
弓奈も、従魔を連れている者を何人か見たことがある。
弓奈の通っているネクストの学校にも、従魔を連れている者はそれなりにいた。
その経験から考えると、従魔は主人の言葉には従うが、自分で判断するようなことは苦手のように思えた。
それは杏も知っていたのだが、ノーラに限っては話が別だった。
「ノーラはあんな見かけだけど、かなり頭がいいわ。でないと、それこそ白夜の外付け良心として働かないでしょ?」
「まぁ……そう、ね」
少し言葉を濁しながら頷く弓奈。
どうしてもあの空飛ぶマリモを見て、そこまで知能が高いとは納得出来ないらしい。
「それに、白夜が来るよりは絶対にノーラの方が目立たないし」
「そうね」
こっちは、弓奈もあっさりと頷く。
虹色の髪を持つ白夜は、どう考えても目立つのだから。
「じゃあ、このままここでじっとしててもしょうがないし、私達も移動しましょう。……行くわよ」
杖を手に告げる杏に、弓奈もそれ以上は何も言わない。
とにかく、白夜と早めに合流出来るのであればそれに越したことはないのだから。
そして今の状況では、自分達がノーラを探した方がいいというのも間違いはない。
だが、同時に心配すべきこともある。
「けど、ノーラとの行き違いになったらどうするの? それこそ、ゴブリン達に見つからない?」
「その可能性はあるけど、どちらかと言えばノーラに見つかる可能性の方が高いと思うわ。……ああ見えて、ノーラは探知能力も高いし。もしかして、針が何らかのセンサーになっているのかもしれないわね」
「ノーラって……」
弓奈は思わずといった様子で呟く。
知能が高く、攻撃能力もあり、それでいて探知能力も高い。
とてもではないが、ノーラという存在は弓奈が知っている従魔とは思えなかった。
改めて、そう思ってしまう弓奈だったが、杏が立ち上がったのを見ると、置いていかれては堪らないとそのあとに続く。
魔法使いの杏だったが、行動力という点で見ればかなり高い。
「白夜がいないと、山道を歩くのは大変ね」
山道を歩くこと、十分ほど。
杏の言葉に、弓奈は同意するように頷く。
「そうでしょうね。白夜が私たちが歩く場所の茂みとかをどうにかしてくれてたんでしょ。……槍があれば、私が先頭を歩いてもいいんだけど」
ナイフで背後を警戒しながら告げる弓奈だったが、先頭を進む杏は背後を振り向かず首を横に振る。
「こうして山道を進んでる以上、危ないのは後ろよ。白夜がいるのならともかく、いないなら私が先を進んで、背後を弓奈が警戒する方がいいわ」
「そういうもの? ……まぁ、今の私は武器もこのナイフしかないし、杏がそう言うのなら甘えさせて貰うけど」
「……言っておくけど、休ませるために私が先頭を進んでいる訳じゃないからね。背後の警戒を怠るような真似はしないでしょ?」
「分かってるわよ。こう見えて目も耳もいい方だから、安心して」
軽い調子で聞こえてくる弓奈の声は、言葉通り安心して任せることが出来るかと言われれば、首を捻るしかない。
だがそれでも、今の杏たちにはノーラを探しながら進むしか出来ない以上、背後は弓奈に任せるしかなかった。
そうして茂みの中を進んでいた杏たちだったが……
「っ!?」
不意に、杏が茂みを払っていた杖の動きを止める。
そんな杏の後ろ姿を見た弓奈は、ナイフを掴む手に力を入れた。
この状況で動きを止めたのだから、何かがあったのは確実なのだ。
そう思いながら、そっと杏の背中に触れる。
「……」
背中に触る感触で、弓奈の存在を思い出したのだろう。杏は少しだけ後ろを見ると、やがて視線で先の方を示す。
弓奈はそんな杏の仕草を見ると、そっと杏のとなりに移動する。
茂みの生えている場所だけに、出来るだけ音を立てないようにして杏の隣に移動し、前に視線を向け……握っているナイフの柄を我知らず力強く握ってしまう。
何故なら、そこにいたのは二匹のゴブリンだったからだ。
ただ、杏たちにとって幸運だったことに、そのゴブリンたちは杏たちを探して山の中を移動していた訳ではないらしい。
体長一メートルほどもある巨大な兎を縛っている棒を、二匹のゴブリンがそれぞれ持ちながら移動していた。
いや、移動していた状態で疲れたのか、一休みをしていたというのが正しい。
ゲギョゲギョと嬉しそうな鳴き声を上げているのは、兎を無事仕留めることが出来たからか。
自分たちと同じか、もしくは大きい兎をどうやって仕留めたのかというのは、杏にも疑問は残る。
だが、幸いにも今あのゴブリンたちは自分たちに気が付かず、それどころか兎について頭が一杯なのは間違いない。
……だからこそ、何故、何があって、どのような偶然でゴブリンと自分の視線が合ってしまったのか、杏は理解出来なかった。
ゴブリンに視線を感じるといった能力がない以上、不幸な偶然ではあるのだろうが……
「っ!? 見つかった! 弓奈、前を任せるわ!」
「任せて!」
杏の言葉に、弓奈は嬉々として前に出る。
茂みがあっても関係なく、強引に突っ切った弓奈は、ナイフを片手に二匹のゴブリンを殺気混じりの目で睨む。
こうしているだけで、ゴブリンを相手に不覚を取った屈辱が弓奈の身体を満たしていく。
そんな憎悪混じりの弓奈の視線は、一瞬だけゴブリンたちを怯ませる。
だが、相手が二人……それも女であるというのを理解すると、すぐに口元に嫌らしい笑みを浮かべながらそれぞれ武器を構えた。
弓奈の持っている武器がナイフだけだというのも、ゴブリンたちを好戦的にした理由だろう。
兎を縛っていた棒を持っていたのとは反対の手に握られているのは、棍棒だ。
もちろん棍棒といっても、それは木の枝を折って作ったような簡単な代物でしかない。
それでも、ナイフしか持っていない女と、その背後にいる自分たちと同じような棍棒を持っている女であれば、容易に倒すことが出来ると考えたのだろう。
……杏が持っているのは棍棒ではなく杖なのだが、それをゴブリンに理解しろという方が無理だった。
ゴブリンたちの集落には、魔法を使うゴブリン……いわゆるゴブリンメイジと呼ばれる存在はいないのだから。
もっともゴブリンの知能を考えた場合、ゴブリンメイジがいても杖のことを覚えているのかどうかというのは微妙なところだが。
ともあれ、せっかくの獲物を逃がしてたまるかと、二匹のゴブリンは兎をその場に残して弓奈との距離を詰める。
「ギョギャギャ!」
「ギャーズ!」
それぞれが性欲に満ちた視線で弓奈と杏を見ながら、距離を詰めていく。
「ふん、私を甘く見たことを後悔するといいわ!」
叫びながら、ようやく茂みから抜け出て、ある程度踏み固められた道を走りながら弓奈が叫ぶ。
気合いの叫び声と共に、ゴブリンとの間合いを詰め……ゴブリンが棍棒を振り上げたのを見た瞬間、地面を蹴る力をさらに上げる。
一瞬にして速度が上がったのだが、ゴブリンはそれがどうしたと棍棒を振るう。
棍棒で狙ったのは弓奈の頭部……ではなく、足。
頭部を破壊してしまえば、弓奈を殺してしまうと理解するくらいの頭はあったのだろう。
そして殺してしまえば、食料としてはともかく自分達の繁殖には使えなくなってしまう。
半ば本能に近い意識からの攻撃だったが、それは弓奈を甘く見ているという証でもあった。
元より、弓奈もネクストの生徒として毎日のように戦闘訓練を行っている。
犯罪を犯した能力者を倒した経験もある。
そんな弓奈にとって、ただでさえ一匹や二匹では雑魚と呼ばれるゴブリンの攻撃を回避するのは、難しい話ではない。
棍棒の一撃を回避しながら距離を詰め、憎しみを込めた一撃でナイフの先端をゴブリンの眼球目掛けて突き出す。
「ギョギャアァアッァァ!」
眼球を潰す手応えを感じると同時に、素早くナイフを手元に戻し、再びナイフを振り上げる。
「ギギギィッ!」
ゴブリンにも仲間という意識があるのだろう。もう一匹のゴブリンが弓奈に対して棍棒を振り下ろそうとするも、杏が使った風の魔法により、身体中を斬り刻まれる。
……ただし、その傷は決して深くはない。
皮膚を斬り裂くことは出来たが、肉を斬り裂くことは出来ない、そんな威力の魔法だった。
普段であれば、それでゴブリンの動きを止めることができていただろう。
だが、今のゴブリンは仲間の危険に興奮しており、多少の傷では動きを止めるようなことは出来ない。
ゴブリンの喉をナイフで斬り裂いた弓奈が気が付くと、ちょうど自分に向かって全身傷だらけになったゴブリンが棍棒を振り下ろそうとしているところだった。
「っ!?」
その光景に一瞬息を呑む弓奈だったが……
「みゃーっ!」
そんな鳴き声と共に無数の針が飛んできて、ゴブリンに突き刺さるのだった。
それでも白夜のような悲壮感がないのは、ゴブリンたちが全て白夜の方に向かったからだろう。
それが自分たち……正確には女の自分たちを守るための行動だというのは、当然知っていた。
「全く、馬鹿な真似をするわね」
口では文句を言う杏だったが、その表情には白夜を心配する色がある。
何だかんだと、白夜には好意を抱いている証だろう。
……もっとも、その好意は白夜が期待しているような男女間のものではなく、どちらかというと友情に類するものなのだが。
弓奈はそんな杏の方を見ながら、手に持っているナイフを弄る。
本来は槍を武器にしている弓奈だが、残念ながら今の武器はこのナイフしかない。
一瞬木の枝の先端にこのナイフを結びつければ槍になるのでは? とを思いもしたが、そんな雑に作った槍が戦いの役に立つとは思えない。
それどころか、何回か攻撃すれば柄にした木の枝が折れて使い物にならなくなってしまうだろう。
「それで、どうするの?」
「……合流するしかないでしょ。そもそも、私は魔法使いで、そっちはナイフだけ。これだと前衛がいないわ」
「でしょうね」
杏の合流するという意見には、当然弓奈も賛成だった。
弓奈の目から見ても、白夜がかなりの腕を持っているというのは理解出来たからだ。
もっとも、そのかなりの腕というのはあくまでネクストのレベルで考えてのことなのだが。
「けど、合流するにしても、どうやって合流するの? 白夜たちがどこにいるのか分からない以上、こっちも動きようがないわよ? 下手に動くと、それこそゴブリンに見つかるかもしれないし」
ゴブリンは全てが白夜を追っていったが、追っていったゴブリンが全てとは限らない。
ゴブリンの集落に、他にもゴブリンが残っている可能性というのは十分にあるのだ。
そうであれば、弓奈や杏たちも迂闊に動く訳にはいかない。
「魔法で何とかするの?」
杏は魔法使いだということに一縷の望みをかけ、弓奈が尋ねる。
だがそんな弓奈に対して、杏は首を横に振った。
「残念だけど、そんな便利な魔法はないわ。……言われてるほど、魔法も便利な代物じゃないのよ」
魔法と聞けば、それこそ何でも出来ると思う者も多い。
だが、魔法というのはそこまで便利な代物ではないのだ。
それこそ、魔法の構成や魔力の配分、使用する魔法媒体……場合によっては、周囲の環境といったものも問題になることがある。
もちろん、もっと腕の立つ魔法使いであれば探している相手がどこにいるのか調べることが出来るような魔法を使える者もいるかもしれないが……残念ながら、杏は攻撃魔法はともかく、その手の魔法は得意ではない。
「じゃあ、もしかして自力で探す……とか?」
「最悪、それしかないと思うわ」
まさかの言葉に杏が頷いたのを見て、弓奈はうげぇ、と女として出してはいけない声を出す。
「しょうがないでしょ。白夜はゴブリンに追われて逃げていったんだから、こっちを探しに来るような余裕はないわ。……ただでさえ、あの子供と一緒に行動しているし」
そう言われれば、弓奈も杏の言葉に従わざるをえない。
そもそも、今の状況でゴブリンに襲われればかなり危険なのは事実なのだ。
出来るだけ早く、前衛を任せられる白夜と合流したい。
「それに……」
弓奈が何とか白夜と合流したいと考えていると、杏がふと小さく呟く。
「それに? 何かあったの?」
「ええ。白夜はあまり信用出来ないけど、白夜の外付け良心のノーラがいるでしょ?」
「……外付け良心……」
あまりと言えばあまりの表現だったが、弓奈も何故かその表現には納得出来るものがあったのは間違いない。
弓奈と白夜は、まだ会ってから一日も経っていないのだが……それでも白夜の性格を理解してしまうのは、良くも悪くも白夜が分かりやすいことの証なのだろう。
「で、その外付け良心のノーラがいるのは分かったけど、そのノーラがどうするの?」
「ノーラの大きさを考えれば、白夜が移動するよりも見つかりにくいから、向こうからもこっちを探しに来てくれるんじゃないかと思って」
「それは……けど、従魔にそこまでの知能がある?」
弓奈も、従魔を連れている者を何人か見たことがある。
弓奈の通っているネクストの学校にも、従魔を連れている者はそれなりにいた。
その経験から考えると、従魔は主人の言葉には従うが、自分で判断するようなことは苦手のように思えた。
それは杏も知っていたのだが、ノーラに限っては話が別だった。
「ノーラはあんな見かけだけど、かなり頭がいいわ。でないと、それこそ白夜の外付け良心として働かないでしょ?」
「まぁ……そう、ね」
少し言葉を濁しながら頷く弓奈。
どうしてもあの空飛ぶマリモを見て、そこまで知能が高いとは納得出来ないらしい。
「それに、白夜が来るよりは絶対にノーラの方が目立たないし」
「そうね」
こっちは、弓奈もあっさりと頷く。
虹色の髪を持つ白夜は、どう考えても目立つのだから。
「じゃあ、このままここでじっとしててもしょうがないし、私達も移動しましょう。……行くわよ」
杖を手に告げる杏に、弓奈もそれ以上は何も言わない。
とにかく、白夜と早めに合流出来るのであればそれに越したことはないのだから。
そして今の状況では、自分達がノーラを探した方がいいというのも間違いはない。
だが、同時に心配すべきこともある。
「けど、ノーラとの行き違いになったらどうするの? それこそ、ゴブリン達に見つからない?」
「その可能性はあるけど、どちらかと言えばノーラに見つかる可能性の方が高いと思うわ。……ああ見えて、ノーラは探知能力も高いし。もしかして、針が何らかのセンサーになっているのかもしれないわね」
「ノーラって……」
弓奈は思わずといった様子で呟く。
知能が高く、攻撃能力もあり、それでいて探知能力も高い。
とてもではないが、ノーラという存在は弓奈が知っている従魔とは思えなかった。
改めて、そう思ってしまう弓奈だったが、杏が立ち上がったのを見ると、置いていかれては堪らないとそのあとに続く。
魔法使いの杏だったが、行動力という点で見ればかなり高い。
「白夜がいないと、山道を歩くのは大変ね」
山道を歩くこと、十分ほど。
杏の言葉に、弓奈は同意するように頷く。
「そうでしょうね。白夜が私たちが歩く場所の茂みとかをどうにかしてくれてたんでしょ。……槍があれば、私が先頭を歩いてもいいんだけど」
ナイフで背後を警戒しながら告げる弓奈だったが、先頭を進む杏は背後を振り向かず首を横に振る。
「こうして山道を進んでる以上、危ないのは後ろよ。白夜がいるのならともかく、いないなら私が先を進んで、背後を弓奈が警戒する方がいいわ」
「そういうもの? ……まぁ、今の私は武器もこのナイフしかないし、杏がそう言うのなら甘えさせて貰うけど」
「……言っておくけど、休ませるために私が先頭を進んでいる訳じゃないからね。背後の警戒を怠るような真似はしないでしょ?」
「分かってるわよ。こう見えて目も耳もいい方だから、安心して」
軽い調子で聞こえてくる弓奈の声は、言葉通り安心して任せることが出来るかと言われれば、首を捻るしかない。
だがそれでも、今の杏たちにはノーラを探しながら進むしか出来ない以上、背後は弓奈に任せるしかなかった。
そうして茂みの中を進んでいた杏たちだったが……
「っ!?」
不意に、杏が茂みを払っていた杖の動きを止める。
そんな杏の後ろ姿を見た弓奈は、ナイフを掴む手に力を入れた。
この状況で動きを止めたのだから、何かがあったのは確実なのだ。
そう思いながら、そっと杏の背中に触れる。
「……」
背中に触る感触で、弓奈の存在を思い出したのだろう。杏は少しだけ後ろを見ると、やがて視線で先の方を示す。
弓奈はそんな杏の仕草を見ると、そっと杏のとなりに移動する。
茂みの生えている場所だけに、出来るだけ音を立てないようにして杏の隣に移動し、前に視線を向け……握っているナイフの柄を我知らず力強く握ってしまう。
何故なら、そこにいたのは二匹のゴブリンだったからだ。
ただ、杏たちにとって幸運だったことに、そのゴブリンたちは杏たちを探して山の中を移動していた訳ではないらしい。
体長一メートルほどもある巨大な兎を縛っている棒を、二匹のゴブリンがそれぞれ持ちながら移動していた。
いや、移動していた状態で疲れたのか、一休みをしていたというのが正しい。
ゲギョゲギョと嬉しそうな鳴き声を上げているのは、兎を無事仕留めることが出来たからか。
自分たちと同じか、もしくは大きい兎をどうやって仕留めたのかというのは、杏にも疑問は残る。
だが、幸いにも今あのゴブリンたちは自分たちに気が付かず、それどころか兎について頭が一杯なのは間違いない。
……だからこそ、何故、何があって、どのような偶然でゴブリンと自分の視線が合ってしまったのか、杏は理解出来なかった。
ゴブリンに視線を感じるといった能力がない以上、不幸な偶然ではあるのだろうが……
「っ!? 見つかった! 弓奈、前を任せるわ!」
「任せて!」
杏の言葉に、弓奈は嬉々として前に出る。
茂みがあっても関係なく、強引に突っ切った弓奈は、ナイフを片手に二匹のゴブリンを殺気混じりの目で睨む。
こうしているだけで、ゴブリンを相手に不覚を取った屈辱が弓奈の身体を満たしていく。
そんな憎悪混じりの弓奈の視線は、一瞬だけゴブリンたちを怯ませる。
だが、相手が二人……それも女であるというのを理解すると、すぐに口元に嫌らしい笑みを浮かべながらそれぞれ武器を構えた。
弓奈の持っている武器がナイフだけだというのも、ゴブリンたちを好戦的にした理由だろう。
兎を縛っていた棒を持っていたのとは反対の手に握られているのは、棍棒だ。
もちろん棍棒といっても、それは木の枝を折って作ったような簡単な代物でしかない。
それでも、ナイフしか持っていない女と、その背後にいる自分たちと同じような棍棒を持っている女であれば、容易に倒すことが出来ると考えたのだろう。
……杏が持っているのは棍棒ではなく杖なのだが、それをゴブリンに理解しろという方が無理だった。
ゴブリンたちの集落には、魔法を使うゴブリン……いわゆるゴブリンメイジと呼ばれる存在はいないのだから。
もっともゴブリンの知能を考えた場合、ゴブリンメイジがいても杖のことを覚えているのかどうかというのは微妙なところだが。
ともあれ、せっかくの獲物を逃がしてたまるかと、二匹のゴブリンは兎をその場に残して弓奈との距離を詰める。
「ギョギャギャ!」
「ギャーズ!」
それぞれが性欲に満ちた視線で弓奈と杏を見ながら、距離を詰めていく。
「ふん、私を甘く見たことを後悔するといいわ!」
叫びながら、ようやく茂みから抜け出て、ある程度踏み固められた道を走りながら弓奈が叫ぶ。
気合いの叫び声と共に、ゴブリンとの間合いを詰め……ゴブリンが棍棒を振り上げたのを見た瞬間、地面を蹴る力をさらに上げる。
一瞬にして速度が上がったのだが、ゴブリンはそれがどうしたと棍棒を振るう。
棍棒で狙ったのは弓奈の頭部……ではなく、足。
頭部を破壊してしまえば、弓奈を殺してしまうと理解するくらいの頭はあったのだろう。
そして殺してしまえば、食料としてはともかく自分達の繁殖には使えなくなってしまう。
半ば本能に近い意識からの攻撃だったが、それは弓奈を甘く見ているという証でもあった。
元より、弓奈もネクストの生徒として毎日のように戦闘訓練を行っている。
犯罪を犯した能力者を倒した経験もある。
そんな弓奈にとって、ただでさえ一匹や二匹では雑魚と呼ばれるゴブリンの攻撃を回避するのは、難しい話ではない。
棍棒の一撃を回避しながら距離を詰め、憎しみを込めた一撃でナイフの先端をゴブリンの眼球目掛けて突き出す。
「ギョギャアァアッァァ!」
眼球を潰す手応えを感じると同時に、素早くナイフを手元に戻し、再びナイフを振り上げる。
「ギギギィッ!」
ゴブリンにも仲間という意識があるのだろう。もう一匹のゴブリンが弓奈に対して棍棒を振り下ろそうとするも、杏が使った風の魔法により、身体中を斬り刻まれる。
……ただし、その傷は決して深くはない。
皮膚を斬り裂くことは出来たが、肉を斬り裂くことは出来ない、そんな威力の魔法だった。
普段であれば、それでゴブリンの動きを止めることができていただろう。
だが、今のゴブリンは仲間の危険に興奮しており、多少の傷では動きを止めるようなことは出来ない。
ゴブリンの喉をナイフで斬り裂いた弓奈が気が付くと、ちょうど自分に向かって全身傷だらけになったゴブリンが棍棒を振り下ろそうとしているところだった。
「っ!?」
その光景に一瞬息を呑む弓奈だったが……
「みゃーっ!」
そんな鳴き声と共に無数の針が飛んできて、ゴブリンに突き刺さるのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる