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12話
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「んー! んんんんんー!」
木の棒に縛られて運ばれていた女が、白夜と杏の姿を見て呻く。
猿ぐつわをされているために叫ぶことは出来ないが、それでも女は嬉しそうに叫んでいた。
当然だろう。このままでは最悪の結果が待っていたにもかかわらず、それが白夜たちのおかげで助かったのだから。
「猿ぐつわ、ね。……ゴブリンにしては随分と準備がいいけど……どう思う?」
杏の言葉に、白夜は腰の鞘からナイフを引き抜きながら首を横に振る。
「ゴブリンの中にも、頭のいい奴はいるんだろ」
意識があれば、当然ゴブリンに連れ去られているときに大人しくしていることはない。
そして叫べば、当然ながら周囲に声が響く。ここが山の中であることを思えば、声が響くのは街中よりも上だろう。
そうなれば当然のように敵……女にとっては救いの主となるべき人間を呼び寄せる可能性もあり、それを防ぐ為に猿轡をするというのは当然の行為だった。
……もっとも、ゴブリンの中にはそこまで考えが及ばない者が多いのも事実なのだが。
「ちょっと大人しくしててくれよ。すぐに自由にするから」
そう告げ、白夜は女の手足を木の棒に縛り付けている蔦を切っていく。
蔦そのものは普通の蔦で、特に何かある訳でもなかったらしく、あっさりとナイフで切られる。
そして猿ぐつわをナイフで切ると、ようやく女は安心した様子で口を開く。
「ぷはぁっ! 助かったわ! まさか、ゴブリンに捕まるなんて思ってなかったから……東京に近いのに、ゴブリンがいるとはね」
縛られていた手足を解している女は、その身体を金属ではなく魔力による強化が施された強化プラスチックの鎧を身につけていた。
ゴブリンも、女の武器は奪っても鎧を奪うような余裕はなかったのだろう。
下手に時間をかければ、女がいなくなったことに気が付いた者たちがやって来たのは間違いないのだから。
女が口にしたように、東京の周辺ではゴブリンが姿を現すことはほとんどない。
それだけに、口にした通り女に油断があったのは間違いなかった。
「まあね。俺たちもギルドから依頼されてゴブリンのことを調べに来たんだし。それであんたは? ネクストの生徒?」
「……え? うん。そう聞くってことは、やっぱりそっちも? ……まぁ、こうして武装しているのを見る限り、ネクストの生徒で間違いないんでしょうけど」
武装しているという時点で、ネクストの生徒やトワイライトの隊員である可能性は非常に強い。
白夜の言葉に一瞬戸惑ったのは、七色の髪というものを見て言葉を失っていたからだろう。
「ああ、俺は白夜。こっちは杏」
「あ、あたしは弓奈(ゆみな)よ。……で、そこを飛んでる小さくて丸いのは?」
弓奈と名乗った女の視線が向けられているのは、当然のように空飛ぶマリモという、奇妙な存在だった。
「こいつはノーラ、俺の従魔だ。……それより、その様子だと大丈夫そうだけど、他の仲間とかはいなかったのか?」
「あー……そうね。残念ながらあたしは今回ソロでの活動なのよ。元々木の実をちょっと採ってくるって話だったから」
魔力による影響で、植生も大変革以前とは大きく変わっている。
いや、大変革以前の植物も普通に生えているのだが、魔力による新種が以前よりも多くなったのだ。
もっとも、魔力によって食べることが可能な果実や茸、木の実といった種類が増えたのは、食料に困っていた人間にとって決して悪いことではなかったのだろうが。
(そう言えば、どこかの県で一晩で食べられる実をつける植物が出来たとか何とか、以前聞いたような覚えがあるな。あれってどうなったんだっけ?)
ふとそんなことを思い出した白夜だったが、今はそんなことを考えているような場合ではないと判断して弓奈に話しかける。
……そこに、弓奈とお近づきになりたいという思いがないと言えば、嘘になるだろうが。
「それで、弓奈はこれからどうする? 俺達はまだもう少しゴブリンのことを調べていく必要があるんだけど」
「それは……」
白夜の言葉に、弓奈は迷う。
本来なら、ゴブリン程度は自分一人でどうとでも倒せるはずだった。
だが、ゴブリンは正面から戦うようなことはせず、隠れた場所から奇襲してくる。
稚拙ではあっても罠を使うこともある。
弓奈が捕まったのも、その辺の事情からだ。
そして、弓奈が今いる場所は山の中。
山奥と言えるほどの場所ではないが、それでも間違いなく東京に辿り着くまではかなりの時間がかかるだろう。
そんな状況で山の中を一人で歩くのは、またゴブリンに捕まる可能性が高いことを意味している。
今回は白夜たちによって偶然助けられたが、もしまたゴブリンに襲撃されでもしたら……それは女として最悪の結果をもたらすことになるのは間違いない。
そうならないためには、やはり白夜たちと一緒に行動するのが最善だった。
(自分からゴブリンに近付いていくのは嫌だけど……それでもさっきの戦闘を見る限り、この二人は間違いなく私よりも腕が立つわ)
白夜の近接攻撃と、杏の魔法。それとノーラの攻撃もどれもが弓奈にとっては凄いと言わざるをえなかった。
そもそも、ゴブリンによって武器を失ってしまった以上、今の弓奈は自分だけで東京に戻るような余裕はない。
「一緒に行くわ。武器はないから、あまり役に立てないとは思うけど」
「俺達と一緒に来てくれるのなら、こっちも助かるよ。ただでさえ、この依頼を受けたのは俺と杏の二人だけだったし。……武器は、取りあえずこれでも使ってくれよ」
白夜は猿ぐつわを切ったナイフを弓奈に渡す。
「普段と違う武器だけど、何もないよりはマシだろ?」
「ええ、ありがとう。普段は槍を使ってるんだけど、ナイフでもあった方がいいわね。……けど、いいの?」
そう尋ねたのは、ナイフは色々と使い勝手のいい刃物だからだ。
短剣のように戦闘に使うにはあまり向いていないが、モンスターを解体したり、木の枝を切ったり、調理に使ったりといったように、使い道が多い。
それだけに、白夜がナイフを渡せば困るのではないかと、そう思った弓奈だったが……白夜は笑みを浮かべて頷く。
「ああ、問題ない。一応予備のナイフはあるし」
腰のポーチから、鞘に入ったナイフを取り出す。
「用意がいいわね」
「山の中での活動ってことだったし、何があるのか分からなかったからな。一応予備を持ってきたんだ」
そう言われれば、弓奈も理解する。
槍のように場所をとる物なら、予備を持つのは難しいだろう。
だが、ナイフあれば予備の一つくらいは持っていてもおかしくはないと。
「じゃ、話は決まったことだし……ああ、それよりも前にゴブリンの剥ぎ取りはどうする?」
杏の言葉に、白夜は地面に倒れているゴブリンの死体に視線を向け、口を開く。
「どうするって言ってもな。売れる素材がないし、肉を持っていくにも負担が大きいだろ」
ゴブリンは弱いモンスターとして有名だが、同時に素材の使い勝手が悪いことでも有名だった。
ただ、ゴブリンに限らずモンスターの肉というのは、魔力を持っている分だけ使い道も色々とある。
ゴブリン程度のモンスターであれば、肥料に使う程度しか使い道がなかったが、それでも一応売ろうと思えば売れるのだ。……値段はともかく。
だが、これからさらに山道を進む以上、ゴブリンの死体を持って移動するというのは明らかに疲労を増やすだけだ。
「じゃあ、魔石だけ取り出して……」
さっさと先を急ごう。
そう白夜が言おうとしたとき、杏が大きく目を見開き、驚愕の声を発する。
「ちょっ、白夜! それ、それ!」
「っ!?」
もしかして新しい敵か!?
一瞬そう思った白夜だったが、その手の気配察知に鋭い能力を持つノーラが黙っていることに疑問を抱きながら、振り向く。
「……え?」
そして白夜の口から出たのは、そんな間の抜けた声だった。
何故なら、ゴブリンの姿が地面に沈んでいっているのだ。
いや、正確には白夜の影から伸びた闇に、ゴブリンが呑み込まれていると表現した方が正しいだろう。
「ちょっと、白夜。あんた何してるのよ! 魔石を取ってからならともかく、まだそのままよ!?」
何が起きてるのか分からなかった白夜だったが、杏の非難を込めた言葉で我に返って叫ぶ。
「待て、これは俺の仕業じゃない!」
「あんたの仕業じゃないって、それってどう考えても白夜の闇でしょ!?」
そう言われれば白夜も返す言葉がないのだが、実際白夜は自らの能力の闇を使おうとはしていない。
その証拠に、いつもの中二的な台詞も今の白夜の口からは出ていないのだから。
「俺じゃない、闇が勝手に……くそっ、止まれ、止まれっての!」
何とか自分の闇を操作しようとするものの、闇は白夜の意志に全く従う様子もなくゴブリンを呑み込んでいく。
既にゴブリンの死体は身体の半分以上が闇に呑まれていた。
そして、白夜の言葉とは裏腹に闇はゴブリンを完全に呑み込み……やがてゴブリンの姿は完全に闇の中に消え去ってしまう。
「ちょっと、白夜。あんたどういうつもり? そもそも、あんたの闇に何かを呑み込むような力ってあったの?」
「そんな訳ないだろ」
杏の言葉に、白夜は即座に否定する。
白夜が持つ闇の能力は、他者の能力に対する干渉力……もしくは攻撃力を持つというものだ。
もちろんその能力は非常に稀少なもので、ランクA能力に相応しいと言えるだろう。
だが、闇の能力はあくまでもそれだけだった。……そう、つい昨日までは。
「能力が進化した?」
それは、全くないということではない。
頻繁にあることではないが、能力がより強力なものになるというのは今までに何度も報告されている事例だ。
だが、白夜は首を傾げる。
特に何か能力が強化されるような理由が思いつかなかったためだ。
白夜が知っているのは、それこそ異世界から現れた強力なモンスターとの遭遇で能力が強化されたといったものや、自分の力不足で仲間を殺してしまったときの悔しさから能力が強化された……といったもの。
言い換えれば、強力な試練を乗り越えたり、もしくは強い感情――正負問わず――が起爆剤となって、といったものだった。
だが、今の件を考えれば間違いなく新たな能力を得た……いや、能力が拡張した思われるのは事実だ。
そう思い、白夜は地面にある掌大の石の下に闇を伸ばす。
「我が闇に呑まれよ」
「え?」
呟く白夜の言葉に弓奈が妙な声を出すが、杏は白夜が能力を使うときのルール……いや、この場合は制限と呼ぶべきものを知っている。
だからこそ特に気にした様子はなかったが、白夜から伸ばされた闇は石の下には移動したが、石はそのままだ。
「……あれ?」
てっきりゴブリンと同じように闇に呑み込まれると思っていた白夜が、予想外の事態に首を傾げる。
「ちょっと、白夜?」
「いや、俺に言われても……」
「あんたの能力でしょ。他に誰に言えってのよ」
不満そうな様子の杏に、白夜は戸惑う。
「うーん……」
「じゃあ、ゴブリンの死体は出せる?」
「ちょっと待ってくれ。……闇に呑まれし存在よ、我が前に現れ出でよ」
いつものように闇を使おうとする白夜だったが、こちらもまた石のときと同じく出てくる様子はない。
「……ちょっと?」
「悪い、出てくる様子がない」
「みゃー!」
浮かんでいたノーラが、注意をするように鳴き声を上げる。
このままここにいても意味はないと、そう判断したのだろう。
「あー……じゃあ行くか。ゴブリンの集落とかを探す必要もあるし」
「そうね。……もっとも、白夜の能力が暴走したりしないようにして欲しいけど」
杖の先で不機嫌そうに地面を叩いた杏の言葉に、白夜は何かを言おうとするものの、それ以上の言葉は出せない。
事実、自分の能力の闇が半ば勝手に動いてゴブリンを呑み込んだのは事実なのだから。
(能力の暴走とか? ……いや、けど今は普通に動いているしな)
自分の闇に疑問を感じつつ、取りあえず今やるべきことは……と考えれば、やはりそれはゴブリンの捜索となる。
「多分大丈夫……だと、思う。そもそもの話、ゴブリンを放っておいて帰る訳にもいかないだろ?」
「もし本当に白夜の能力が使えないのなら、戻った方がいいと思うけど」
白夜はネクストでもそれなりに腕利きとして知られているが、それも闇の能力があってこそだ。
数多ある能力の中でも、高ランクで非常に稀少なランクA能力の闇。
他者の能力に干渉出来る能力こそが、白夜の強さの根幹だった。
もちろん、白夜自身きちんと金属の棍を使っての戦闘技術を訓練しているのだが。
「とにかく、行こうぜ。このままここにいても、時間がすぎていくだけだし」
白夜の言葉に、杏は渋々と……弓奈は他に自分の取るべき選択肢がないことから、一行は山の奥に向かって歩み出すのだった。
木の棒に縛られて運ばれていた女が、白夜と杏の姿を見て呻く。
猿ぐつわをされているために叫ぶことは出来ないが、それでも女は嬉しそうに叫んでいた。
当然だろう。このままでは最悪の結果が待っていたにもかかわらず、それが白夜たちのおかげで助かったのだから。
「猿ぐつわ、ね。……ゴブリンにしては随分と準備がいいけど……どう思う?」
杏の言葉に、白夜は腰の鞘からナイフを引き抜きながら首を横に振る。
「ゴブリンの中にも、頭のいい奴はいるんだろ」
意識があれば、当然ゴブリンに連れ去られているときに大人しくしていることはない。
そして叫べば、当然ながら周囲に声が響く。ここが山の中であることを思えば、声が響くのは街中よりも上だろう。
そうなれば当然のように敵……女にとっては救いの主となるべき人間を呼び寄せる可能性もあり、それを防ぐ為に猿轡をするというのは当然の行為だった。
……もっとも、ゴブリンの中にはそこまで考えが及ばない者が多いのも事実なのだが。
「ちょっと大人しくしててくれよ。すぐに自由にするから」
そう告げ、白夜は女の手足を木の棒に縛り付けている蔦を切っていく。
蔦そのものは普通の蔦で、特に何かある訳でもなかったらしく、あっさりとナイフで切られる。
そして猿ぐつわをナイフで切ると、ようやく女は安心した様子で口を開く。
「ぷはぁっ! 助かったわ! まさか、ゴブリンに捕まるなんて思ってなかったから……東京に近いのに、ゴブリンがいるとはね」
縛られていた手足を解している女は、その身体を金属ではなく魔力による強化が施された強化プラスチックの鎧を身につけていた。
ゴブリンも、女の武器は奪っても鎧を奪うような余裕はなかったのだろう。
下手に時間をかければ、女がいなくなったことに気が付いた者たちがやって来たのは間違いないのだから。
女が口にしたように、東京の周辺ではゴブリンが姿を現すことはほとんどない。
それだけに、口にした通り女に油断があったのは間違いなかった。
「まあね。俺たちもギルドから依頼されてゴブリンのことを調べに来たんだし。それであんたは? ネクストの生徒?」
「……え? うん。そう聞くってことは、やっぱりそっちも? ……まぁ、こうして武装しているのを見る限り、ネクストの生徒で間違いないんでしょうけど」
武装しているという時点で、ネクストの生徒やトワイライトの隊員である可能性は非常に強い。
白夜の言葉に一瞬戸惑ったのは、七色の髪というものを見て言葉を失っていたからだろう。
「ああ、俺は白夜。こっちは杏」
「あ、あたしは弓奈(ゆみな)よ。……で、そこを飛んでる小さくて丸いのは?」
弓奈と名乗った女の視線が向けられているのは、当然のように空飛ぶマリモという、奇妙な存在だった。
「こいつはノーラ、俺の従魔だ。……それより、その様子だと大丈夫そうだけど、他の仲間とかはいなかったのか?」
「あー……そうね。残念ながらあたしは今回ソロでの活動なのよ。元々木の実をちょっと採ってくるって話だったから」
魔力による影響で、植生も大変革以前とは大きく変わっている。
いや、大変革以前の植物も普通に生えているのだが、魔力による新種が以前よりも多くなったのだ。
もっとも、魔力によって食べることが可能な果実や茸、木の実といった種類が増えたのは、食料に困っていた人間にとって決して悪いことではなかったのだろうが。
(そう言えば、どこかの県で一晩で食べられる実をつける植物が出来たとか何とか、以前聞いたような覚えがあるな。あれってどうなったんだっけ?)
ふとそんなことを思い出した白夜だったが、今はそんなことを考えているような場合ではないと判断して弓奈に話しかける。
……そこに、弓奈とお近づきになりたいという思いがないと言えば、嘘になるだろうが。
「それで、弓奈はこれからどうする? 俺達はまだもう少しゴブリンのことを調べていく必要があるんだけど」
「それは……」
白夜の言葉に、弓奈は迷う。
本来なら、ゴブリン程度は自分一人でどうとでも倒せるはずだった。
だが、ゴブリンは正面から戦うようなことはせず、隠れた場所から奇襲してくる。
稚拙ではあっても罠を使うこともある。
弓奈が捕まったのも、その辺の事情からだ。
そして、弓奈が今いる場所は山の中。
山奥と言えるほどの場所ではないが、それでも間違いなく東京に辿り着くまではかなりの時間がかかるだろう。
そんな状況で山の中を一人で歩くのは、またゴブリンに捕まる可能性が高いことを意味している。
今回は白夜たちによって偶然助けられたが、もしまたゴブリンに襲撃されでもしたら……それは女として最悪の結果をもたらすことになるのは間違いない。
そうならないためには、やはり白夜たちと一緒に行動するのが最善だった。
(自分からゴブリンに近付いていくのは嫌だけど……それでもさっきの戦闘を見る限り、この二人は間違いなく私よりも腕が立つわ)
白夜の近接攻撃と、杏の魔法。それとノーラの攻撃もどれもが弓奈にとっては凄いと言わざるをえなかった。
そもそも、ゴブリンによって武器を失ってしまった以上、今の弓奈は自分だけで東京に戻るような余裕はない。
「一緒に行くわ。武器はないから、あまり役に立てないとは思うけど」
「俺達と一緒に来てくれるのなら、こっちも助かるよ。ただでさえ、この依頼を受けたのは俺と杏の二人だけだったし。……武器は、取りあえずこれでも使ってくれよ」
白夜は猿ぐつわを切ったナイフを弓奈に渡す。
「普段と違う武器だけど、何もないよりはマシだろ?」
「ええ、ありがとう。普段は槍を使ってるんだけど、ナイフでもあった方がいいわね。……けど、いいの?」
そう尋ねたのは、ナイフは色々と使い勝手のいい刃物だからだ。
短剣のように戦闘に使うにはあまり向いていないが、モンスターを解体したり、木の枝を切ったり、調理に使ったりといったように、使い道が多い。
それだけに、白夜がナイフを渡せば困るのではないかと、そう思った弓奈だったが……白夜は笑みを浮かべて頷く。
「ああ、問題ない。一応予備のナイフはあるし」
腰のポーチから、鞘に入ったナイフを取り出す。
「用意がいいわね」
「山の中での活動ってことだったし、何があるのか分からなかったからな。一応予備を持ってきたんだ」
そう言われれば、弓奈も理解する。
槍のように場所をとる物なら、予備を持つのは難しいだろう。
だが、ナイフあれば予備の一つくらいは持っていてもおかしくはないと。
「じゃ、話は決まったことだし……ああ、それよりも前にゴブリンの剥ぎ取りはどうする?」
杏の言葉に、白夜は地面に倒れているゴブリンの死体に視線を向け、口を開く。
「どうするって言ってもな。売れる素材がないし、肉を持っていくにも負担が大きいだろ」
ゴブリンは弱いモンスターとして有名だが、同時に素材の使い勝手が悪いことでも有名だった。
ただ、ゴブリンに限らずモンスターの肉というのは、魔力を持っている分だけ使い道も色々とある。
ゴブリン程度のモンスターであれば、肥料に使う程度しか使い道がなかったが、それでも一応売ろうと思えば売れるのだ。……値段はともかく。
だが、これからさらに山道を進む以上、ゴブリンの死体を持って移動するというのは明らかに疲労を増やすだけだ。
「じゃあ、魔石だけ取り出して……」
さっさと先を急ごう。
そう白夜が言おうとしたとき、杏が大きく目を見開き、驚愕の声を発する。
「ちょっ、白夜! それ、それ!」
「っ!?」
もしかして新しい敵か!?
一瞬そう思った白夜だったが、その手の気配察知に鋭い能力を持つノーラが黙っていることに疑問を抱きながら、振り向く。
「……え?」
そして白夜の口から出たのは、そんな間の抜けた声だった。
何故なら、ゴブリンの姿が地面に沈んでいっているのだ。
いや、正確には白夜の影から伸びた闇に、ゴブリンが呑み込まれていると表現した方が正しいだろう。
「ちょっと、白夜。あんた何してるのよ! 魔石を取ってからならともかく、まだそのままよ!?」
何が起きてるのか分からなかった白夜だったが、杏の非難を込めた言葉で我に返って叫ぶ。
「待て、これは俺の仕業じゃない!」
「あんたの仕業じゃないって、それってどう考えても白夜の闇でしょ!?」
そう言われれば白夜も返す言葉がないのだが、実際白夜は自らの能力の闇を使おうとはしていない。
その証拠に、いつもの中二的な台詞も今の白夜の口からは出ていないのだから。
「俺じゃない、闇が勝手に……くそっ、止まれ、止まれっての!」
何とか自分の闇を操作しようとするものの、闇は白夜の意志に全く従う様子もなくゴブリンを呑み込んでいく。
既にゴブリンの死体は身体の半分以上が闇に呑まれていた。
そして、白夜の言葉とは裏腹に闇はゴブリンを完全に呑み込み……やがてゴブリンの姿は完全に闇の中に消え去ってしまう。
「ちょっと、白夜。あんたどういうつもり? そもそも、あんたの闇に何かを呑み込むような力ってあったの?」
「そんな訳ないだろ」
杏の言葉に、白夜は即座に否定する。
白夜が持つ闇の能力は、他者の能力に対する干渉力……もしくは攻撃力を持つというものだ。
もちろんその能力は非常に稀少なもので、ランクA能力に相応しいと言えるだろう。
だが、闇の能力はあくまでもそれだけだった。……そう、つい昨日までは。
「能力が進化した?」
それは、全くないということではない。
頻繁にあることではないが、能力がより強力なものになるというのは今までに何度も報告されている事例だ。
だが、白夜は首を傾げる。
特に何か能力が強化されるような理由が思いつかなかったためだ。
白夜が知っているのは、それこそ異世界から現れた強力なモンスターとの遭遇で能力が強化されたといったものや、自分の力不足で仲間を殺してしまったときの悔しさから能力が強化された……といったもの。
言い換えれば、強力な試練を乗り越えたり、もしくは強い感情――正負問わず――が起爆剤となって、といったものだった。
だが、今の件を考えれば間違いなく新たな能力を得た……いや、能力が拡張した思われるのは事実だ。
そう思い、白夜は地面にある掌大の石の下に闇を伸ばす。
「我が闇に呑まれよ」
「え?」
呟く白夜の言葉に弓奈が妙な声を出すが、杏は白夜が能力を使うときのルール……いや、この場合は制限と呼ぶべきものを知っている。
だからこそ特に気にした様子はなかったが、白夜から伸ばされた闇は石の下には移動したが、石はそのままだ。
「……あれ?」
てっきりゴブリンと同じように闇に呑み込まれると思っていた白夜が、予想外の事態に首を傾げる。
「ちょっと、白夜?」
「いや、俺に言われても……」
「あんたの能力でしょ。他に誰に言えってのよ」
不満そうな様子の杏に、白夜は戸惑う。
「うーん……」
「じゃあ、ゴブリンの死体は出せる?」
「ちょっと待ってくれ。……闇に呑まれし存在よ、我が前に現れ出でよ」
いつものように闇を使おうとする白夜だったが、こちらもまた石のときと同じく出てくる様子はない。
「……ちょっと?」
「悪い、出てくる様子がない」
「みゃー!」
浮かんでいたノーラが、注意をするように鳴き声を上げる。
このままここにいても意味はないと、そう判断したのだろう。
「あー……じゃあ行くか。ゴブリンの集落とかを探す必要もあるし」
「そうね。……もっとも、白夜の能力が暴走したりしないようにして欲しいけど」
杖の先で不機嫌そうに地面を叩いた杏の言葉に、白夜は何かを言おうとするものの、それ以上の言葉は出せない。
事実、自分の能力の闇が半ば勝手に動いてゴブリンを呑み込んだのは事実なのだから。
(能力の暴走とか? ……いや、けど今は普通に動いているしな)
自分の闇に疑問を感じつつ、取りあえず今やるべきことは……と考えれば、やはりそれはゴブリンの捜索となる。
「多分大丈夫……だと、思う。そもそもの話、ゴブリンを放っておいて帰る訳にもいかないだろ?」
「もし本当に白夜の能力が使えないのなら、戻った方がいいと思うけど」
白夜はネクストでもそれなりに腕利きとして知られているが、それも闇の能力があってこそだ。
数多ある能力の中でも、高ランクで非常に稀少なランクA能力の闇。
他者の能力に干渉出来る能力こそが、白夜の強さの根幹だった。
もちろん、白夜自身きちんと金属の棍を使っての戦闘技術を訓練しているのだが。
「とにかく、行こうぜ。このままここにいても、時間がすぎていくだけだし」
白夜の言葉に、杏は渋々と……弓奈は他に自分の取るべき選択肢がないことから、一行は山の奥に向かって歩み出すのだった。
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レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
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