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10話
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模擬戦の時間が終わり、白夜たちは校舎に戻る。
何面もの訓練場で幾つもの模擬戦が行われたのだが……それでも話題になるのは、やはりゾディアックの麗華の模擬戦だった。
末次もそれなりの強者として、この学校では名前が知られている人物だ。
にもかかわらず、その末次がほとんど抵抗らしい抵抗が出来ないまま麗華に負けてしまったのだ。
さらに麗華が最後に使ったのは光の能力による技で、光による薔薇は荘厳華麗と呼ぶのに相応しい光景であり、それを見た者はそう簡単に光の薔薇を忘れることは出来ない。
「凄かったわよね。本当に……何で麗華様ってあんなに強くて、素晴らしいのかしら」
「それはもう、麗華様だもの。当然でしょ? ……最初はあの喋り方から、何この人って思ったこともあったんだけど……今となっては、麗華様といえばあの喋り方よね」
「ああ、そうそう。私も最初はそう思った」
白夜から少し離れた場所で、三人の女がそれぞれ興奮しながらそう言っているのが耳に入ってくる。
(あー……喋り方か。俺は直接聞いたことはないけど、かなり特徴的な喋り方らしいな)
自分のすぐ側を浮かんでいるノーラの姿を見ながら、白夜は噂話として聞いた内容を思い出す。
語尾が『ですわ』といった……いわゆる、お嬢様言葉のような話し方をするのだと。
もちろん麗華は光皇院財閥の一人娘で、お嬢様という意味では全く間違っていない。
だがそれでも、そのような喋り方をする人物というのは、漫画や小説ならともかく現実ではそう多くはない。
(ま、それでも俺があんな美人とかかわりあうなんて……まずないんだろうけどな)
白夜はそれで麗華についての考えを終え、ノーラと共に校舎に戻るのだった。
模擬戦が終わり時間が流れ、その日の最後の授業……それは、今まで確認されたモンスターについての授業だった。
異世界の存在や、異世界から地球にやって来て繁殖したモンスター、または魔力によって変化した地球の動物や植物といった存在と戦うのが、トワイライトという組織だ。
そして白夜を始めとした若者たちが所属しているネクストは、トワイライトの下部組織や訓練校といった扱いになる。
だからこそ、こうして異世界のモンスターについての授業が行われるのは当然だった。
「いいか、このモンスターはゴブリン。……知ってる者も多いと思うが、ゴブリンというのはモンスターの中でもランクの低い雑魚だ」
映像モニタに映し出されたゴブリンの写真を前にそう言うのは、三十代ほどの男の痩せている男の教師だ。
白衣を着ているその姿からは、能力者というよりは科学者や研究者といった印象を強く受ける。
教室の中で授業を受けている生徒は、教師の話を真剣に聞いている者もいれば、半ば眠っている者、この授業が終われば自由時間だと浮かれている者……といった風に、様々な様子を見せていた。
そんな中、白夜は早く授業が終わって欲しいと考えるグループに入っていたが、それでもゴブリンについての教師の話はしっかりと聞いていた。
ギルドで依頼を受けることの多い白夜だけに、もし東京の外に出て……もしくは異世界と繋がってそこからゴブリンと戦うといったことを考えれば、当然なのだろう。
「身長は大体子供くらいで、力も弱い。ただ……ある程度知能が高いから、武器を使ったり罠をしかけたりといったことをする。また、どんな種族であっても牝であれば繁殖するという特徴を持つ」
その言葉に、教室の中にいた生徒たちのなかでも女が嫌な顔をする。
いや、それは男も同様だろう。
ごく少数の……特殊な趣味を持っている者だけが、教師の説明に何故か頬を赤くしてうっとりとした表情を浮かべていた。
(くっころ好きか? いや、けどオークじゃなくてゴブリンだぞ? ……もしかしてゴブリンでくっころするのか?)
その趣味はあまり理解出来ない、と。白夜はそっと視線を逸らす。……うっとりした表情を浮かべている女から。
異世界からやって来たモンスターでも、ゴブリンやオークといったモンスターは女にとって非常に厄介な存在だ。
その繁殖力から、一匹でも逃してしまえばどんなことになるのかというのは、歴史が証明していた。
「せんせーい! ゴブリンが最初にこの世界にやって来たとき、意思疎通しようとした人がいたって本当ですかー?」
生徒の中の一人が、手を挙げてそう尋ねる。
「本当だ。人型だったし、手に武器を持っていたというのも大きいだろう。だが、結局は向こうはすぐに襲いかかってきたんだけどな」
「ゴブリンを相手に話し合いって……頭、お花畑なんじゃねえの?」
教師の説明に、生徒の一人が呆れたように呟く。
「伊達、違うぞ。お前が言ってるのは、ゴブリンの生態が分かっているからこそ言えることだ。初めてゴブリンと遭遇したときは、もしかしたら向こうが話し合い出来る相手かもしれないという希望を持ってもおかしくはない」
「でも、先生。相手はゴブリンですよ? 漫画とかでも、大抵敵じゃないですか」
「ま、中にはゴブリンが味方の話とかもあるけどな」
漫画や小説といったものでは、ゴブリンが妖精の一種に数えられているものもある。
事実、地球の伝承の中ではドワーフやノームの仲間だとしているものもあった。
だが……実際に異世界からやってきたゴブリンは、一般的に広がっているようなゴブリンというイメージの存在だ。
もっとも、ゴブリンが自分でゴブリンだと名乗った訳ではない。
あくまでも地球側にある伝承やファンタジー関係の知識から、その存在をゴブリンと命名したにすぎないのだが。
「とにかくだ。ゴブリンを相手にした場合、ネクストの生徒ならよほどのことがない限りは勝てる。いや、能力者云々を別にして、それこそ大人ならゴブリンをどうにかするのは難しい話じゃないだろう。……だが、それはあくまでもゴブリンが一匹、もしくは数匹だけのときの話だ」
教師はそこで一旦言葉を止め、教室を見回し……やがて何故か白夜に視線を止める。
「白鷺、ゴブリンが二十匹、三十匹と現れたら、お前ならどうする?」
「相手を牽制しながら逃げます。そしてこちらも数を揃えてゴブリンを倒します」
即座に答える白夜の言葉に、教室の中にいる何人かは呆れたような表情を浮かべる。
これが普通の人間ならそれで問題はないと判断されるのだろうが、ここはネクストだ。
対異世界部隊の存在であり、同時に能力者や地球で繁殖したモンスターと戦うための人材を育てる学校。
ましてや、白夜は闇というランクAの能力者だ。
そう考えれば、あまりに弱腰だと……そう考える者がいてもおかしくはなかった。
実際、白夜はこのクラスでも腕利きの部類に入る。
そんな白夜が、ゴブリンを相手にあっさり逃げるとは、と。
だが、そんな周囲の様子とは裏腹に、教師は白夜の言葉に満足そうに頷く。
「そうだな。それで正解だ。ただ……可能なら、ゴブリンの情報を集めていく方がいい」
「え? ちょっと待ってよ先生。ゴブリンだぜ? それなのに逃げるって……」
「あのな。目の前に現れたゴブリンで全てという可能性はないだろ。さっきも言ったように、ゴブリンはある程度の知能を持つ。そうである以上、目の前に現れた二十匹、三十匹で全戦力とは限らない」
一旦言葉を止めた教師は、そこで全員が自分の説明を理解したのを確認すると、再び口を開く。
「現れたゴブリンが一匹や二匹程度なら、それこそ倒してしまってもいい。トワイライトの者なら、二十匹や三十匹でも纏めて倒すことが出来る者はいくらでもいるだろう。だが、お前たちはあくまでも訓練生という扱いだ。それを忘れるな」
言い聞かせるように告げる教師の言葉に、生徒達がそれぞれ頷く。
納得したように頷く者もいれば、ゴブリン程度に相手にと不愉快そうな表情を浮かべている者もいる。
教師もそれは分かっていたが、これ以上言っても無駄だろうと判断してそれ以上は口にしない。
そもそもの話、このような話は口で説明されてもあまり意味がない。
自分で経験して、初めてそれを理解出来るのだ。
だが……幸いにもと言うべきか、それともこの場合は不幸にもと言うべきか。
東京は日本の中で最も早く復興し、現在は世界でも有数の大都市だ。
さらにはトワイライトやネクストの本部もあり、モンスターも優先的に駆除されている東京の周辺は、非常に安全な場所だった。
だからこそ、地方に住んでいる者は安全を求めて東京にやってきて……結果として、東京に大勢の人間が集まる。
そうなれば当然地方の人口は減り、東京のように安全ではなくゴブリンを始めとしたモンスターが闊歩し、村や街が襲撃されるのも珍しい話ではない。
そんな理由で、ギルドで依頼を受けて行動することが許可されているネクストの生徒達も、実際にゴブリンと戦ったことがある者はそれほど多くはない。
「お前たちが何を考えているのかは分かる。だが、ネクストの生徒として三ヶ月後には実際にそれを体験することになるだろう。そのとき、今の説明の意味が分かるはずだ。……どうやら時間のようだな」
教師の説明が終わったのとほぼ同時に、教室のスピーカーから授業の終わりを知らせるチャイムの音が響いた。
それを聞くと、教師は素早く教科書を閉じ、口を開く。
「では、今日の授業はこれまでとする。次はゴブリン以外にも有名なモンスターについていくつか説明する。ああ、それと白鷺。ギルドの方から呼び出しがあったぞ。このあと、顔を出すように」
短くそう告げると教師は教室から出ていき、今日の授業は終わる。
「ねえ、今日はどこに行く? 私はスルースでやってる期間限定のパフェを食べたいんだけど」
「……梓、あんた昨日太ったって騒いでなかった?」
「何よ、しょうがないじゃない。今日は模擬戦で凄く疲れたんだから。……ま、勝ったから成績的には文句ないんだけど」
「おーい、ゲーセン行こうぜ! 今日ってマーズバトルの新作が出来るんだよな?」
「え? それって今日だっけ? あー……くそっ、それを知ってれば約束しなかったのに……」
「ありゃ、健二は駄目か? なら、翔はどうだ?」
そんな会話を聞きながら、白夜はノーラと共に教室を出る。
何人かに遊びに誘われはしたが、白夜はギルドに呼び出されたからと言ってそれを断っていた。
そして教室を出ていく生徒たち。
……その光景だけを見れば、ごく普通の高校のようにも見える。
だが、それぞれが手に武器を持っており、中には防具を装備している者がいるのは、トワイライトの訓練校、ネクストならではのものだろう。
「みゃー?」
何か悪いことでもしたの? とそう言いたげなノーラの鳴き声に、白夜は不満そうな表情で口を開く。
「俺が何か悪いことをしたと思ったのか? 信用ないな」
「みゃ!」
当然、と鳴き声を上げるノーラ。
そんなノーラの鳴き声に、白夜は面白くなさそうな表情を浮かべるが……今まで何度か騒ぎを起こしてきたのを考えれば、そんな風に見られても仕方がないと、そう思ってしまう。
「あれ、白夜? どうしたのよこんな場所で」
ギルドに向かう白夜の背に、そんな声がかけられる。
声のした方を見ると、そこには髪をポニーテールにした女の姿があった。
手には杖を持ち、ローブを着ているので白夜にとっては残念なことに、その中身を見ることは出来ない。
その姿から、白夜のような能力者ではなく魔法使いだというのは一目瞭然だった。
能力者と対を為す存在の魔法使いは、魔法を発動するのに魔力による魔法式を構成し、呪文を唱える必要がある。
能力を発動させようと思えば、すぐにでも自分の持つ能力を発揮出来る能力者に比べると、攻撃の発動は圧倒的に遅い。
だが……その代償として、魔法使いはいくつもの属性の攻撃を行える。
能力者が持つ属性は一つだけだが、魔法使いはそれこそ火、水、風、土……それ以外にも様々な属性の魔法を行使することが出来る。
もちろん全ての魔法使いが全ての属性を扱える訳ではなく、自分にとって相性のいい属性を数種類使うのが普通なのだが。
自分と相性の悪い属性の魔法も使用出来るが、その場合は魔法式の構築に通常よりも時間がかかったり、消費する魔力量も多くなってしまう。
また、一般的な能力者に比べると時間がかかる分、強力な攻撃も可能だった。
そのような者たちだけに、魔法使いは能力者とは別のクラスで授業を受けている。
だからこそ、こうして白夜に話しかけてきた魔法使いも別のクラスの相手だった。
「ギルドに呼ばれたんだよ。杏(あんず)は?」
「私も同じよ。……白夜と一緒に呼ばれたってことは、微妙に嫌な予感がするわね」
「みゃ!」
「ねー、ノーラちゃんもそう思うわよね」
散々な言われようの白夜だったが、以前プールで杏にやらかしたことを思えば、そう言われても仕方がなかった。
何面もの訓練場で幾つもの模擬戦が行われたのだが……それでも話題になるのは、やはりゾディアックの麗華の模擬戦だった。
末次もそれなりの強者として、この学校では名前が知られている人物だ。
にもかかわらず、その末次がほとんど抵抗らしい抵抗が出来ないまま麗華に負けてしまったのだ。
さらに麗華が最後に使ったのは光の能力による技で、光による薔薇は荘厳華麗と呼ぶのに相応しい光景であり、それを見た者はそう簡単に光の薔薇を忘れることは出来ない。
「凄かったわよね。本当に……何で麗華様ってあんなに強くて、素晴らしいのかしら」
「それはもう、麗華様だもの。当然でしょ? ……最初はあの喋り方から、何この人って思ったこともあったんだけど……今となっては、麗華様といえばあの喋り方よね」
「ああ、そうそう。私も最初はそう思った」
白夜から少し離れた場所で、三人の女がそれぞれ興奮しながらそう言っているのが耳に入ってくる。
(あー……喋り方か。俺は直接聞いたことはないけど、かなり特徴的な喋り方らしいな)
自分のすぐ側を浮かんでいるノーラの姿を見ながら、白夜は噂話として聞いた内容を思い出す。
語尾が『ですわ』といった……いわゆる、お嬢様言葉のような話し方をするのだと。
もちろん麗華は光皇院財閥の一人娘で、お嬢様という意味では全く間違っていない。
だがそれでも、そのような喋り方をする人物というのは、漫画や小説ならともかく現実ではそう多くはない。
(ま、それでも俺があんな美人とかかわりあうなんて……まずないんだろうけどな)
白夜はそれで麗華についての考えを終え、ノーラと共に校舎に戻るのだった。
模擬戦が終わり時間が流れ、その日の最後の授業……それは、今まで確認されたモンスターについての授業だった。
異世界の存在や、異世界から地球にやって来て繁殖したモンスター、または魔力によって変化した地球の動物や植物といった存在と戦うのが、トワイライトという組織だ。
そして白夜を始めとした若者たちが所属しているネクストは、トワイライトの下部組織や訓練校といった扱いになる。
だからこそ、こうして異世界のモンスターについての授業が行われるのは当然だった。
「いいか、このモンスターはゴブリン。……知ってる者も多いと思うが、ゴブリンというのはモンスターの中でもランクの低い雑魚だ」
映像モニタに映し出されたゴブリンの写真を前にそう言うのは、三十代ほどの男の痩せている男の教師だ。
白衣を着ているその姿からは、能力者というよりは科学者や研究者といった印象を強く受ける。
教室の中で授業を受けている生徒は、教師の話を真剣に聞いている者もいれば、半ば眠っている者、この授業が終われば自由時間だと浮かれている者……といった風に、様々な様子を見せていた。
そんな中、白夜は早く授業が終わって欲しいと考えるグループに入っていたが、それでもゴブリンについての教師の話はしっかりと聞いていた。
ギルドで依頼を受けることの多い白夜だけに、もし東京の外に出て……もしくは異世界と繋がってそこからゴブリンと戦うといったことを考えれば、当然なのだろう。
「身長は大体子供くらいで、力も弱い。ただ……ある程度知能が高いから、武器を使ったり罠をしかけたりといったことをする。また、どんな種族であっても牝であれば繁殖するという特徴を持つ」
その言葉に、教室の中にいた生徒たちのなかでも女が嫌な顔をする。
いや、それは男も同様だろう。
ごく少数の……特殊な趣味を持っている者だけが、教師の説明に何故か頬を赤くしてうっとりとした表情を浮かべていた。
(くっころ好きか? いや、けどオークじゃなくてゴブリンだぞ? ……もしかしてゴブリンでくっころするのか?)
その趣味はあまり理解出来ない、と。白夜はそっと視線を逸らす。……うっとりした表情を浮かべている女から。
異世界からやって来たモンスターでも、ゴブリンやオークといったモンスターは女にとって非常に厄介な存在だ。
その繁殖力から、一匹でも逃してしまえばどんなことになるのかというのは、歴史が証明していた。
「せんせーい! ゴブリンが最初にこの世界にやって来たとき、意思疎通しようとした人がいたって本当ですかー?」
生徒の中の一人が、手を挙げてそう尋ねる。
「本当だ。人型だったし、手に武器を持っていたというのも大きいだろう。だが、結局は向こうはすぐに襲いかかってきたんだけどな」
「ゴブリンを相手に話し合いって……頭、お花畑なんじゃねえの?」
教師の説明に、生徒の一人が呆れたように呟く。
「伊達、違うぞ。お前が言ってるのは、ゴブリンの生態が分かっているからこそ言えることだ。初めてゴブリンと遭遇したときは、もしかしたら向こうが話し合い出来る相手かもしれないという希望を持ってもおかしくはない」
「でも、先生。相手はゴブリンですよ? 漫画とかでも、大抵敵じゃないですか」
「ま、中にはゴブリンが味方の話とかもあるけどな」
漫画や小説といったものでは、ゴブリンが妖精の一種に数えられているものもある。
事実、地球の伝承の中ではドワーフやノームの仲間だとしているものもあった。
だが……実際に異世界からやってきたゴブリンは、一般的に広がっているようなゴブリンというイメージの存在だ。
もっとも、ゴブリンが自分でゴブリンだと名乗った訳ではない。
あくまでも地球側にある伝承やファンタジー関係の知識から、その存在をゴブリンと命名したにすぎないのだが。
「とにかくだ。ゴブリンを相手にした場合、ネクストの生徒ならよほどのことがない限りは勝てる。いや、能力者云々を別にして、それこそ大人ならゴブリンをどうにかするのは難しい話じゃないだろう。……だが、それはあくまでもゴブリンが一匹、もしくは数匹だけのときの話だ」
教師はそこで一旦言葉を止め、教室を見回し……やがて何故か白夜に視線を止める。
「白鷺、ゴブリンが二十匹、三十匹と現れたら、お前ならどうする?」
「相手を牽制しながら逃げます。そしてこちらも数を揃えてゴブリンを倒します」
即座に答える白夜の言葉に、教室の中にいる何人かは呆れたような表情を浮かべる。
これが普通の人間ならそれで問題はないと判断されるのだろうが、ここはネクストだ。
対異世界部隊の存在であり、同時に能力者や地球で繁殖したモンスターと戦うための人材を育てる学校。
ましてや、白夜は闇というランクAの能力者だ。
そう考えれば、あまりに弱腰だと……そう考える者がいてもおかしくはなかった。
実際、白夜はこのクラスでも腕利きの部類に入る。
そんな白夜が、ゴブリンを相手にあっさり逃げるとは、と。
だが、そんな周囲の様子とは裏腹に、教師は白夜の言葉に満足そうに頷く。
「そうだな。それで正解だ。ただ……可能なら、ゴブリンの情報を集めていく方がいい」
「え? ちょっと待ってよ先生。ゴブリンだぜ? それなのに逃げるって……」
「あのな。目の前に現れたゴブリンで全てという可能性はないだろ。さっきも言ったように、ゴブリンはある程度の知能を持つ。そうである以上、目の前に現れた二十匹、三十匹で全戦力とは限らない」
一旦言葉を止めた教師は、そこで全員が自分の説明を理解したのを確認すると、再び口を開く。
「現れたゴブリンが一匹や二匹程度なら、それこそ倒してしまってもいい。トワイライトの者なら、二十匹や三十匹でも纏めて倒すことが出来る者はいくらでもいるだろう。だが、お前たちはあくまでも訓練生という扱いだ。それを忘れるな」
言い聞かせるように告げる教師の言葉に、生徒達がそれぞれ頷く。
納得したように頷く者もいれば、ゴブリン程度に相手にと不愉快そうな表情を浮かべている者もいる。
教師もそれは分かっていたが、これ以上言っても無駄だろうと判断してそれ以上は口にしない。
そもそもの話、このような話は口で説明されてもあまり意味がない。
自分で経験して、初めてそれを理解出来るのだ。
だが……幸いにもと言うべきか、それともこの場合は不幸にもと言うべきか。
東京は日本の中で最も早く復興し、現在は世界でも有数の大都市だ。
さらにはトワイライトやネクストの本部もあり、モンスターも優先的に駆除されている東京の周辺は、非常に安全な場所だった。
だからこそ、地方に住んでいる者は安全を求めて東京にやってきて……結果として、東京に大勢の人間が集まる。
そうなれば当然地方の人口は減り、東京のように安全ではなくゴブリンを始めとしたモンスターが闊歩し、村や街が襲撃されるのも珍しい話ではない。
そんな理由で、ギルドで依頼を受けて行動することが許可されているネクストの生徒達も、実際にゴブリンと戦ったことがある者はそれほど多くはない。
「お前たちが何を考えているのかは分かる。だが、ネクストの生徒として三ヶ月後には実際にそれを体験することになるだろう。そのとき、今の説明の意味が分かるはずだ。……どうやら時間のようだな」
教師の説明が終わったのとほぼ同時に、教室のスピーカーから授業の終わりを知らせるチャイムの音が響いた。
それを聞くと、教師は素早く教科書を閉じ、口を開く。
「では、今日の授業はこれまでとする。次はゴブリン以外にも有名なモンスターについていくつか説明する。ああ、それと白鷺。ギルドの方から呼び出しがあったぞ。このあと、顔を出すように」
短くそう告げると教師は教室から出ていき、今日の授業は終わる。
「ねえ、今日はどこに行く? 私はスルースでやってる期間限定のパフェを食べたいんだけど」
「……梓、あんた昨日太ったって騒いでなかった?」
「何よ、しょうがないじゃない。今日は模擬戦で凄く疲れたんだから。……ま、勝ったから成績的には文句ないんだけど」
「おーい、ゲーセン行こうぜ! 今日ってマーズバトルの新作が出来るんだよな?」
「え? それって今日だっけ? あー……くそっ、それを知ってれば約束しなかったのに……」
「ありゃ、健二は駄目か? なら、翔はどうだ?」
そんな会話を聞きながら、白夜はノーラと共に教室を出る。
何人かに遊びに誘われはしたが、白夜はギルドに呼び出されたからと言ってそれを断っていた。
そして教室を出ていく生徒たち。
……その光景だけを見れば、ごく普通の高校のようにも見える。
だが、それぞれが手に武器を持っており、中には防具を装備している者がいるのは、トワイライトの訓練校、ネクストならではのものだろう。
「みゃー?」
何か悪いことでもしたの? とそう言いたげなノーラの鳴き声に、白夜は不満そうな表情で口を開く。
「俺が何か悪いことをしたと思ったのか? 信用ないな」
「みゃ!」
当然、と鳴き声を上げるノーラ。
そんなノーラの鳴き声に、白夜は面白くなさそうな表情を浮かべるが……今まで何度か騒ぎを起こしてきたのを考えれば、そんな風に見られても仕方がないと、そう思ってしまう。
「あれ、白夜? どうしたのよこんな場所で」
ギルドに向かう白夜の背に、そんな声がかけられる。
声のした方を見ると、そこには髪をポニーテールにした女の姿があった。
手には杖を持ち、ローブを着ているので白夜にとっては残念なことに、その中身を見ることは出来ない。
その姿から、白夜のような能力者ではなく魔法使いだというのは一目瞭然だった。
能力者と対を為す存在の魔法使いは、魔法を発動するのに魔力による魔法式を構成し、呪文を唱える必要がある。
能力を発動させようと思えば、すぐにでも自分の持つ能力を発揮出来る能力者に比べると、攻撃の発動は圧倒的に遅い。
だが……その代償として、魔法使いはいくつもの属性の攻撃を行える。
能力者が持つ属性は一つだけだが、魔法使いはそれこそ火、水、風、土……それ以外にも様々な属性の魔法を行使することが出来る。
もちろん全ての魔法使いが全ての属性を扱える訳ではなく、自分にとって相性のいい属性を数種類使うのが普通なのだが。
自分と相性の悪い属性の魔法も使用出来るが、その場合は魔法式の構築に通常よりも時間がかかったり、消費する魔力量も多くなってしまう。
また、一般的な能力者に比べると時間がかかる分、強力な攻撃も可能だった。
そのような者たちだけに、魔法使いは能力者とは別のクラスで授業を受けている。
だからこそ、こうして白夜に話しかけてきた魔法使いも別のクラスの相手だった。
「ギルドに呼ばれたんだよ。杏(あんず)は?」
「私も同じよ。……白夜と一緒に呼ばれたってことは、微妙に嫌な予感がするわね」
「みゃ!」
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散々な言われようの白夜だったが、以前プールで杏にやらかしたことを思えば、そう言われても仕方がなかった。
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「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
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