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08話
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「みゃーっ!」
ノーラが愛らしいながらも鋭い鳴き声を上げ、それと同時に何本もの毛針が飛んでいく。
それを見た相手の男は、大きく息を吸い……次の瞬間、その口から炎を吐き出す。
ファイアブレスと呼ぶに相応しい能力で、自分に向かって飛んでくる毛針を燃やす。
放った毛針が燃やされても、ノーラは次々に毛針を飛ばしていた。
そうなれば男もファイアブレスで迎撃するしかないのだが、ファイアブレスを吐きながら移動は出来ないらしく、男はその場に留まっている。
そうして動きが止まっているのであれば、白夜にとっていい標的なのは間違いない。
金属の棍を手に、一気に男との距離を詰める……のではなく、大きく回り込むようにして移動していく。
すぐに相手の男に近付けば、それこそ首を振ってファイアブレスを食らう羽目になる。
いくらこの場所が魔法によって生み出された結界に覆われており、結界の中から一歩でも出れば傷がなくなるのであっても、進んで痛みを感じたいと思うのは特殊な性癖の持ち主だけだろう。
(ったく、どうせ怪我が治るんなら、最初からこの中での痛みも感じないようにしてくれればいいのにな)
ファイアブレスを吐いている男の横から直線距離で十メートルほどの位置で足を止めながら、白夜は現在の状況に不満を覚える。
だが、それが贅沢で……何より危険な悩みであることも、理解はしている。
もし痛みも何もない場所で訓練した者が、モンスターや他の能力者といった存在と戦いになったらどうなるか。
攻撃を受けた際の痛みで、混乱することになるのは間違いなかった。
もちろん中にはそんなことは関係ないと戦いに専念出来る者もいるだろうが、そのような者は当然少数だろう。
そして戦闘で混乱した場合、それは相手にとって絶好の攻撃対象となる。
そうならないため、結界の中では痛みに慣れるように敢えて痛みはそのままとされていた。
金属の棍を手にした白夜は、結界の仕様に不満を抱きつつも地面を蹴る。
相手がノーラの毛針への対処に集中している間に、一気に勝負を決めると……そう思っての行動だった。
だが、白夜は忘れていた。自分にノーラという従魔がいるように、相手にも従魔がいるのだということを。
……これは、従魔を持った者同士の戦いであることを。
「シャアアアッ!」
一歩を踏み出した白夜に向かい、そんな声を上げながら翼の生えたトカゲが襲いかかる。
羽根の生えたトカゲと言えば、ドラゴンを想像する者もいるだろう。
だが、その従魔を見た者はとてもではないがドラゴンという認識を得ることは出来ない。
……蝙蝠のような羽根ではなく、鳥のような翼であるというのも影響しているのだろうが。
また、トカゲの大きさが尻尾まで入れても二十センチ程度しかないというのも影響している。
急降下しながら襲ってきた相手へ、白夜は大きく金属の棍を振るった。
自分に迫ってきた金属の棍に気が付いたトカゲは、大きく翼を羽ばたかせて空中で止まる。
そんなトカゲの目の前を、金属の棍が通りすぎていく。
トカゲの大きさを考えれば、それこそ金属の棍が命中すれば間違いなく吹き飛ばされていただろう。
そうすれば、少なくてもこの模擬戦においてトカゲは戦闘不能という扱いになっていたはずだった。
だが、トカゲは金属の棍の一撃を回避すると、再び白夜に向かって突っ込んでいく。
「ちぃ、させるか! 闇よ、我が誘いに従い我に仇為す者をその大いなる闇にて無に帰せ!」
闇の能力を使うとき、白夜の口から出る中二病的な台詞。
それが嫌で白夜は滅多に人前でこの能力を使うことはないのだが、今回の模擬戦は授業であり……つまり、成績に大きく影響する。
特にネクストとして……そして上位組織のトワイライトに移るためには出来るだけ良い成績でありたいと思うのは当然だろう。
また、ネクストの成績はギルドで受ける仕事にも影響してくる。
……白夜にとって、どちらが大きいのかは言うまでもなかった。
白夜の影から伸びた闇が、金属の棍に纏わり付く。
そうして闇が纏わり付いた金属の棍を大きく振るうと……金属の棍の手元の部分、丁度白夜が握っている部分から闇が広がり、トカゲを包み込む。
素早く棍を振るい、闇に覆われた金属の棍はそのままトカゲを内部に閉じ込めた闇の塊を遠くへと吹き飛ばす。
まるでゴルフか何かのように吹き飛んだ闇の塊は、訓練場の壁にぶつかり、止まる。
トカゲは何とか闇の塊から出ようと中で暴れているのだが、白夜の持つ闇という能力は、その中二病的な台詞を使って本人の精神にダメージを与えているのと比例しているかのように強力な代物だ。
その時点でもうトカゲはどうすることも出来なくなった。
この戦いではどうしようもない以上、すでに白夜の意識はトカゲから離れて火を噴きながらノーラと戦っている相手に向けられている。
これで実質的には二対一になり、数的には有利になった。
もちろん数だけではなく、質的な問題でも白夜はある程度の自信を持っている。
「よし、行くか。……ノーラ、もう少し頼む!」
ファイアブレスを吐き出している相手に聞こえるように、わざと大声で叫ぶ白夜。
その声に相手は自分の従魔がやられたことに気が付き、焦りの色を顔に浮かべる。
闇に包まれて身動き出来なくなってしまった翼を持つトカゲは、男にとってそれだけ信頼出来る従魔だったのだろう。
事実、身体は小さいこともあって狙いが付けにくかったのは事実なので、その思いは決して自惚れや過信といったものではない。
ただ、白夜の持つ闇という能力がそれだけ強いということなのだ。
(精神的なダメージも大きいけどな)
一瞬だけ先程口にした中二的な台詞が白夜の脳裏を過ぎるも、今はとにかく相手を倒すのが先だと判断してそのまま前に出る。
相手の男はそんな白夜を迎撃したいのだろうが、一瞬躊躇してしまう。
もしファイアブレスを吐くのを止めれば、ノーラの放つ毛針をまともにくらうことになってしまうのだから。
もちろん毛針は致命傷という訳ではない。
だが、痛みを相手に与えるという意味では非常に効果的な攻撃方法でもあった。
ファイアブレスを吐いている男も、以前毛針をくらったことがあり、そのときは激痛に呻いた経験がある。
その一瞬の躊躇が男の行動を躊躇わせ……次の瞬間には、すでに白夜は男のすぐ側までやってきていた。
「はあああああぁあぁぁぁぁあっ!」
叫び声と共に放たれる、金属の棍。
真っ直ぐに放たれた一撃は、ファイアブレスを吐いている男の胴体目掛けて突き出される。
腰の捻りを加えて放たれた突きは、そのまま男の身体に叩き込まれそうになり……
「くそっ!」
その突きをまともに食らうのは危険だと判断した男は、ファイアブレスを吐き出すのを止めると、そのまま跳躍して白夜から距離をとる。
「痛っ!」
ノーラの放つ毛針が何本か身体に刺さったのだろう。男は痛みに呻き、顔を顰めながら、それでも白夜を距離をとることに成功した。
「ちぃっ! 逃げないで俺にファイアブレスを使ってこいよな!」
それなりに力を込めて突き出した金属の棍を手元に戻しながら、白夜の口から出たのは忌々しげな言葉だ。
「はっ、ふざけんなよ。お前の闇の能力を俺が知らないと思ってるのか?」
白夜の能力の闇は、相手の能力の強さにもよるがその現象に対する干渉力を持っている。
それこそ、男の放つファイアブレス程度であれば、闇を使えばあっさりとどうにか出来るほどに。
男もそれが分かっているために、白夜の言葉にあっさりとそう返す。
正直なところ、男も悔しいのだ。
男の能力は火の属性……ただし、火を自由に操ることが出来る訳ではなく、純粋に口からファイアブレスという形で口から炎を吐き出すことしか出来ない。
火ということで、能力ランクそのものは決して低くはない。だが……それでも能力の発現の仕方が限定的なこともあり、男は白夜のような様々に能力を使いこなすことが出来る相手と戦う場合は気をつける必要があった。
「けど、能力以外でなら俺にも十分勝ち目はある!」
このまま負けてたまるかと、男は腰からトンファーを引き抜くと一気に前に出る。
「ノーラ!」
「みゃーっ!」
白夜の呼び掛けに応え、ノーラは前に出た男を牽制するように毛針を飛ばす。
まともに食らえば相当な痛みを感じる毛針だったが、男も覚悟を決めていたのだろう。歯を食いしばり、身体に何本もの毛針が刺さる痛みを感じながらも歩みを止めることはない。
そんな相手を見ながら、白夜も油断なく金属の棍を構える。
長さ二メートル半ばほどの金属の棍と、一メートルもないトンファー。
その間合いの差は、戦う上で決定的なまでに大きいと言ってもいい。
男もそれは理解しているのだろうが、長柄の武器は間合いを詰めてゼロ距離での戦いになるとその長さが足を引っ張るというのも理解している。
そうするために、男は即座に白夜の間合いの内側に入ろうとし……
「みゃーっ!」
再び放たれるノーラの毛針。
真っ直ぐに飛んだ毛針は、何本も男の身体へと突き刺さる。
「痛っ!」
痛みを感じたのは一瞬。だが、その一瞬というのは戦いの場では致命的なまでに大きな隙だった。
「うおおおおおっ!」
男が痛みに一瞬意識を奪われた瞬間、白夜は金属の棍を思い切り突き出す。
振るうのであれば、男も何とか対処出来ただろう。
だが、突きというのは最短距離で男に向かっていくのだ。
集中している状態であればまだしも、痛みに一瞬意識を奪われてしまった男が自分に迫る金属の根に気が付いたときには、どうしようもなかった。
出来ることは、咄嗟にトンファーを盾にするように防御を固めるだけ。
しかし……このときの一撃は白夜にとって運が良かったのか、盾代わりにしたトンファーの隙間を縫うように男の身体へと命中する。
「ぐぼっ!」
金属の棍が命中したのは、丁度男の鳩尾。
急所の一つに命中した攻撃は、その威力もあって肋骨を砕きながらあっさりと男の意識を奪った。
『そこまで!』
機械を通して流れてくる音声が周囲に響き、白夜たちが戦っていた場所に展開されていた結界が解除される。
魔力で出来た結界がそのまま消滅し……同時に、肋骨を折られて地面に倒れていた男の怪我も消えていく。
気絶しながらも痛みに呻いていた男だったが、結界が解除されると男は安堵の息を吐いていた。
「ふぅ……何とか勝てたな」
「みゃー!」
白夜の言葉に、ノーラが嬉しそうに鳴き声を上げる。
元々負けず嫌いの面があるノーラだけに、やはり模擬戦であっても勝ったのは嬉しかったのだろう。
訓練場に治療を担当する人員がやって来たのをみると、白夜はその場を後にする。
結界が消滅して怪我は消えたが、それでも担当の者が身体に異常がないのかを確かめるのだ。
普段であれば白夜も軽い問診を受けるのだが、今回の模擬戦で白夜は敵の攻撃を一度も食らっていない。
攻撃を食らってないない以上、怪我の心配をする必要もなかった。
そして訓練場に隣接されている部屋の中に入ると、そこには白夜のクラスメイトたちが何人もいた。
「お疲れ、白夜。……どっちかといえば、今日はノーラの活躍が目立ったけどね」
白夜の姿を見たクラスメイトの女が、笑みを浮かべながらそう告げてくる。
白夜を褒める……というよりもノーラを褒めるその言葉に、白夜は特に怒った様子もなく自分の側に浮かんでいるノーラに視線を向けた。
先程の模擬戦でノーラが果たした役目は大きい。
それは間違いのない事実だったからだ。
「それは否定しないな。……まあ、模擬戦で勝ったんだから俺は文句ないけど。それより、知美もそろそろじゃないか?」
鎧……というよりは、プロテクターと呼ぶべき防具を身につけ、ポールアクスを手にした知美は、白夜に言葉に笑みを浮かべる。
そんな知美は、白夜の目から見てもやる気に満ちているように見えた。
どちらかと言えば顔立ちの整っている知美だが、美人ではなく可愛いと表現した方が正しい。
笑えば、その桃色の髪と相まって周囲を明るくする雰囲気を持つ人物だ。
そのような人物ではあっても、ネクストに所属する身である以上当然戦いに臆することはない。
もちろん、ネクストの中でも戦いを怖がる者はいるのだが、知美はむしろ戦いを好んでいると言ってもよかった。
「そうね。ただ、今日の模擬戦は上級生の人たちも混ざってくるんでしょ? ……白夜は須郷が相手だったけど」
須郷桂(すごうけい)。先程、白夜と戦ったクラスメイトだ。
「出来れば俺も先輩たちの方が良かったんだけどな。勝てば成績に直結するし」
「……勝てば、ね。けど……勝てる?」
そう告げた知美の視線の先には、これから白夜が戦ったのとは別の訓練場で行われる模擬戦の参加者が表示されている。
そこに表示されている一人の名前を見て、なぜ白夜は知美が今のようなことを言ったのかを理解する。
映像モニタに映し出されているのは……ゾディアックの一人、光皇院麗華(こうおういんれいか)だったからだ。
ノーラが愛らしいながらも鋭い鳴き声を上げ、それと同時に何本もの毛針が飛んでいく。
それを見た相手の男は、大きく息を吸い……次の瞬間、その口から炎を吐き出す。
ファイアブレスと呼ぶに相応しい能力で、自分に向かって飛んでくる毛針を燃やす。
放った毛針が燃やされても、ノーラは次々に毛針を飛ばしていた。
そうなれば男もファイアブレスで迎撃するしかないのだが、ファイアブレスを吐きながら移動は出来ないらしく、男はその場に留まっている。
そうして動きが止まっているのであれば、白夜にとっていい標的なのは間違いない。
金属の棍を手に、一気に男との距離を詰める……のではなく、大きく回り込むようにして移動していく。
すぐに相手の男に近付けば、それこそ首を振ってファイアブレスを食らう羽目になる。
いくらこの場所が魔法によって生み出された結界に覆われており、結界の中から一歩でも出れば傷がなくなるのであっても、進んで痛みを感じたいと思うのは特殊な性癖の持ち主だけだろう。
(ったく、どうせ怪我が治るんなら、最初からこの中での痛みも感じないようにしてくれればいいのにな)
ファイアブレスを吐いている男の横から直線距離で十メートルほどの位置で足を止めながら、白夜は現在の状況に不満を覚える。
だが、それが贅沢で……何より危険な悩みであることも、理解はしている。
もし痛みも何もない場所で訓練した者が、モンスターや他の能力者といった存在と戦いになったらどうなるか。
攻撃を受けた際の痛みで、混乱することになるのは間違いなかった。
もちろん中にはそんなことは関係ないと戦いに専念出来る者もいるだろうが、そのような者は当然少数だろう。
そして戦闘で混乱した場合、それは相手にとって絶好の攻撃対象となる。
そうならないため、結界の中では痛みに慣れるように敢えて痛みはそのままとされていた。
金属の棍を手にした白夜は、結界の仕様に不満を抱きつつも地面を蹴る。
相手がノーラの毛針への対処に集中している間に、一気に勝負を決めると……そう思っての行動だった。
だが、白夜は忘れていた。自分にノーラという従魔がいるように、相手にも従魔がいるのだということを。
……これは、従魔を持った者同士の戦いであることを。
「シャアアアッ!」
一歩を踏み出した白夜に向かい、そんな声を上げながら翼の生えたトカゲが襲いかかる。
羽根の生えたトカゲと言えば、ドラゴンを想像する者もいるだろう。
だが、その従魔を見た者はとてもではないがドラゴンという認識を得ることは出来ない。
……蝙蝠のような羽根ではなく、鳥のような翼であるというのも影響しているのだろうが。
また、トカゲの大きさが尻尾まで入れても二十センチ程度しかないというのも影響している。
急降下しながら襲ってきた相手へ、白夜は大きく金属の棍を振るった。
自分に迫ってきた金属の棍に気が付いたトカゲは、大きく翼を羽ばたかせて空中で止まる。
そんなトカゲの目の前を、金属の棍が通りすぎていく。
トカゲの大きさを考えれば、それこそ金属の棍が命中すれば間違いなく吹き飛ばされていただろう。
そうすれば、少なくてもこの模擬戦においてトカゲは戦闘不能という扱いになっていたはずだった。
だが、トカゲは金属の棍の一撃を回避すると、再び白夜に向かって突っ込んでいく。
「ちぃ、させるか! 闇よ、我が誘いに従い我に仇為す者をその大いなる闇にて無に帰せ!」
闇の能力を使うとき、白夜の口から出る中二病的な台詞。
それが嫌で白夜は滅多に人前でこの能力を使うことはないのだが、今回の模擬戦は授業であり……つまり、成績に大きく影響する。
特にネクストとして……そして上位組織のトワイライトに移るためには出来るだけ良い成績でありたいと思うのは当然だろう。
また、ネクストの成績はギルドで受ける仕事にも影響してくる。
……白夜にとって、どちらが大きいのかは言うまでもなかった。
白夜の影から伸びた闇が、金属の棍に纏わり付く。
そうして闇が纏わり付いた金属の棍を大きく振るうと……金属の棍の手元の部分、丁度白夜が握っている部分から闇が広がり、トカゲを包み込む。
素早く棍を振るい、闇に覆われた金属の棍はそのままトカゲを内部に閉じ込めた闇の塊を遠くへと吹き飛ばす。
まるでゴルフか何かのように吹き飛んだ闇の塊は、訓練場の壁にぶつかり、止まる。
トカゲは何とか闇の塊から出ようと中で暴れているのだが、白夜の持つ闇という能力は、その中二病的な台詞を使って本人の精神にダメージを与えているのと比例しているかのように強力な代物だ。
その時点でもうトカゲはどうすることも出来なくなった。
この戦いではどうしようもない以上、すでに白夜の意識はトカゲから離れて火を噴きながらノーラと戦っている相手に向けられている。
これで実質的には二対一になり、数的には有利になった。
もちろん数だけではなく、質的な問題でも白夜はある程度の自信を持っている。
「よし、行くか。……ノーラ、もう少し頼む!」
ファイアブレスを吐き出している相手に聞こえるように、わざと大声で叫ぶ白夜。
その声に相手は自分の従魔がやられたことに気が付き、焦りの色を顔に浮かべる。
闇に包まれて身動き出来なくなってしまった翼を持つトカゲは、男にとってそれだけ信頼出来る従魔だったのだろう。
事実、身体は小さいこともあって狙いが付けにくかったのは事実なので、その思いは決して自惚れや過信といったものではない。
ただ、白夜の持つ闇という能力がそれだけ強いということなのだ。
(精神的なダメージも大きいけどな)
一瞬だけ先程口にした中二的な台詞が白夜の脳裏を過ぎるも、今はとにかく相手を倒すのが先だと判断してそのまま前に出る。
相手の男はそんな白夜を迎撃したいのだろうが、一瞬躊躇してしまう。
もしファイアブレスを吐くのを止めれば、ノーラの放つ毛針をまともにくらうことになってしまうのだから。
もちろん毛針は致命傷という訳ではない。
だが、痛みを相手に与えるという意味では非常に効果的な攻撃方法でもあった。
ファイアブレスを吐いている男も、以前毛針をくらったことがあり、そのときは激痛に呻いた経験がある。
その一瞬の躊躇が男の行動を躊躇わせ……次の瞬間には、すでに白夜は男のすぐ側までやってきていた。
「はあああああぁあぁぁぁぁあっ!」
叫び声と共に放たれる、金属の棍。
真っ直ぐに放たれた一撃は、ファイアブレスを吐いている男の胴体目掛けて突き出される。
腰の捻りを加えて放たれた突きは、そのまま男の身体に叩き込まれそうになり……
「くそっ!」
その突きをまともに食らうのは危険だと判断した男は、ファイアブレスを吐き出すのを止めると、そのまま跳躍して白夜から距離をとる。
「痛っ!」
ノーラの放つ毛針が何本か身体に刺さったのだろう。男は痛みに呻き、顔を顰めながら、それでも白夜を距離をとることに成功した。
「ちぃっ! 逃げないで俺にファイアブレスを使ってこいよな!」
それなりに力を込めて突き出した金属の棍を手元に戻しながら、白夜の口から出たのは忌々しげな言葉だ。
「はっ、ふざけんなよ。お前の闇の能力を俺が知らないと思ってるのか?」
白夜の能力の闇は、相手の能力の強さにもよるがその現象に対する干渉力を持っている。
それこそ、男の放つファイアブレス程度であれば、闇を使えばあっさりとどうにか出来るほどに。
男もそれが分かっているために、白夜の言葉にあっさりとそう返す。
正直なところ、男も悔しいのだ。
男の能力は火の属性……ただし、火を自由に操ることが出来る訳ではなく、純粋に口からファイアブレスという形で口から炎を吐き出すことしか出来ない。
火ということで、能力ランクそのものは決して低くはない。だが……それでも能力の発現の仕方が限定的なこともあり、男は白夜のような様々に能力を使いこなすことが出来る相手と戦う場合は気をつける必要があった。
「けど、能力以外でなら俺にも十分勝ち目はある!」
このまま負けてたまるかと、男は腰からトンファーを引き抜くと一気に前に出る。
「ノーラ!」
「みゃーっ!」
白夜の呼び掛けに応え、ノーラは前に出た男を牽制するように毛針を飛ばす。
まともに食らえば相当な痛みを感じる毛針だったが、男も覚悟を決めていたのだろう。歯を食いしばり、身体に何本もの毛針が刺さる痛みを感じながらも歩みを止めることはない。
そんな相手を見ながら、白夜も油断なく金属の棍を構える。
長さ二メートル半ばほどの金属の棍と、一メートルもないトンファー。
その間合いの差は、戦う上で決定的なまでに大きいと言ってもいい。
男もそれは理解しているのだろうが、長柄の武器は間合いを詰めてゼロ距離での戦いになるとその長さが足を引っ張るというのも理解している。
そうするために、男は即座に白夜の間合いの内側に入ろうとし……
「みゃーっ!」
再び放たれるノーラの毛針。
真っ直ぐに飛んだ毛針は、何本も男の身体へと突き刺さる。
「痛っ!」
痛みを感じたのは一瞬。だが、その一瞬というのは戦いの場では致命的なまでに大きな隙だった。
「うおおおおおっ!」
男が痛みに一瞬意識を奪われた瞬間、白夜は金属の棍を思い切り突き出す。
振るうのであれば、男も何とか対処出来ただろう。
だが、突きというのは最短距離で男に向かっていくのだ。
集中している状態であればまだしも、痛みに一瞬意識を奪われてしまった男が自分に迫る金属の根に気が付いたときには、どうしようもなかった。
出来ることは、咄嗟にトンファーを盾にするように防御を固めるだけ。
しかし……このときの一撃は白夜にとって運が良かったのか、盾代わりにしたトンファーの隙間を縫うように男の身体へと命中する。
「ぐぼっ!」
金属の棍が命中したのは、丁度男の鳩尾。
急所の一つに命中した攻撃は、その威力もあって肋骨を砕きながらあっさりと男の意識を奪った。
『そこまで!』
機械を通して流れてくる音声が周囲に響き、白夜たちが戦っていた場所に展開されていた結界が解除される。
魔力で出来た結界がそのまま消滅し……同時に、肋骨を折られて地面に倒れていた男の怪我も消えていく。
気絶しながらも痛みに呻いていた男だったが、結界が解除されると男は安堵の息を吐いていた。
「ふぅ……何とか勝てたな」
「みゃー!」
白夜の言葉に、ノーラが嬉しそうに鳴き声を上げる。
元々負けず嫌いの面があるノーラだけに、やはり模擬戦であっても勝ったのは嬉しかったのだろう。
訓練場に治療を担当する人員がやって来たのをみると、白夜はその場を後にする。
結界が消滅して怪我は消えたが、それでも担当の者が身体に異常がないのかを確かめるのだ。
普段であれば白夜も軽い問診を受けるのだが、今回の模擬戦で白夜は敵の攻撃を一度も食らっていない。
攻撃を食らってないない以上、怪我の心配をする必要もなかった。
そして訓練場に隣接されている部屋の中に入ると、そこには白夜のクラスメイトたちが何人もいた。
「お疲れ、白夜。……どっちかといえば、今日はノーラの活躍が目立ったけどね」
白夜の姿を見たクラスメイトの女が、笑みを浮かべながらそう告げてくる。
白夜を褒める……というよりもノーラを褒めるその言葉に、白夜は特に怒った様子もなく自分の側に浮かんでいるノーラに視線を向けた。
先程の模擬戦でノーラが果たした役目は大きい。
それは間違いのない事実だったからだ。
「それは否定しないな。……まあ、模擬戦で勝ったんだから俺は文句ないけど。それより、知美もそろそろじゃないか?」
鎧……というよりは、プロテクターと呼ぶべき防具を身につけ、ポールアクスを手にした知美は、白夜に言葉に笑みを浮かべる。
そんな知美は、白夜の目から見てもやる気に満ちているように見えた。
どちらかと言えば顔立ちの整っている知美だが、美人ではなく可愛いと表現した方が正しい。
笑えば、その桃色の髪と相まって周囲を明るくする雰囲気を持つ人物だ。
そのような人物ではあっても、ネクストに所属する身である以上当然戦いに臆することはない。
もちろん、ネクストの中でも戦いを怖がる者はいるのだが、知美はむしろ戦いを好んでいると言ってもよかった。
「そうね。ただ、今日の模擬戦は上級生の人たちも混ざってくるんでしょ? ……白夜は須郷が相手だったけど」
須郷桂(すごうけい)。先程、白夜と戦ったクラスメイトだ。
「出来れば俺も先輩たちの方が良かったんだけどな。勝てば成績に直結するし」
「……勝てば、ね。けど……勝てる?」
そう告げた知美の視線の先には、これから白夜が戦ったのとは別の訓練場で行われる模擬戦の参加者が表示されている。
そこに表示されている一人の名前を見て、なぜ白夜は知美が今のようなことを言ったのかを理解する。
映像モニタに映し出されているのは……ゾディアックの一人、光皇院麗華(こうおういんれいか)だったからだ。
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