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07話
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「うおおおおおっ!」
部屋の中に、白夜の言葉が響く。
声を上げる白夜の視線の先にあるのは、買ったばかりの写真集。
水着姿で挑発的な仕草をしている鈴風ラナを見ての感激の声……否、咆吼だった。
その声がうるさかったのだろう。隣の部屋から壁を叩く音が聞こえてくる。
この寮はそれなりに設備が整っているが、だからといって完全な防音という訳でもない。
そうである以上、大声を出せばとなりの部屋に聞こえるのも当然だった。
だが、本人はそんなことには全く気が付いた様子もなく、ただひたすらに目の前にある写真集に……そこに映し出された魅力的な肢体に目を奪われる。
平均以上に盛り上がり、深い谷を作っている胸。くびれた腰、本人いわく、少しコンプレックスを持っているという大きめの尻も、白夜の目からは魅力的にしか見えない。
写真を撮られている本人も、少し照れくさそうにしながらも魅力的な笑みを浮かべており……まさに、白夜にとっての理想の一つがそこにはあった。
「みゃー……」
そんな白夜の上を、ノーラが呆れた声を出しながら飛んでいた。
いや、どちらかと言えば風に浮いていると表現した方が正しいだろう。
だが、そんなノーラの様子には全く気が付かず……もしくは、気が付いても気にせず、白夜は目の前の写真集に意識を集中する。
その集中力は、普段からそれだけ勉強に集中していればテストでもいい成績を残せるだろうに……と、思えるほどだ。
写真集を見ること、数十分……ようやく写真集を見終わった白夜は、至福の一時が終わったことに残念そうにしながらも丁寧に写真集を閉じると、日焼けしないように部屋の中にある棚の中へと収納する。
そのとき窓の外に視線を向けると、すでに太陽は夕日に変わって西に沈もうとしているところだった。
「……腹減ったな」
音也たちと一緒にハンバーガーセットを食べたのだが、元々能力者というのは燃費の悪いものが多い。
能力を使うという行為に、それだけエネルギーが使われているのだろう。
もっとも、それはあくまでも人によって異なる。
中には一般人と同じ程度……どころか、一般人の目から見ても小食の者もいた。
一食で普通の人の十人分以上を食べるような者もいるのだが。
「みゃー?」
そんな白夜に、食事をするという能力のない――そもそも口もないのだが――ノーラが、鳴き声を上げる。
その鳴き声に導かれるように時計を見ると、そろそろ夕食の時間だった。
「じゃ、食事に行くか」
「みゃ!」
白夜の言葉に頷き、そのままノーラは白夜と共に部屋を出ていく。
そうして部屋を出ると、ほとんど同時に隣の部屋の扉も開く。
……そう、さきほど白夜が写真集に集中しているとき、壁を叩いてきた部屋の人物だ。
だが、白夜は写真集に集中していたため、その音に全く気が付いておらず……だからこそ、気安く声をかける。
「お、遠藤も夕飯か?」
「……お前な、部屋の中ではしゃぐのはいいけど、それで奇声を上げるなよ。本を読んでるときに、いきなり隣の部屋から奇声が響けば、ビビるだろ?」
顔を見るなり注意された白夜だったが、本人は何について言われているのか全く分かった様子もなく、首を傾げる。
「何のことだ?」
「……さっきだよ、さっき。何をしてたのかは分かんねえけど、お前の叫び声が思いっきり周囲に響いてたぞ」
「マジ?」
「ああ、大マジだ」
「みゃー」
遠藤の言葉に同意するように、ノーラも鳴き声を上げる。
二人……いや、一人と一匹にそう言われれば、白夜もそんな声を上げていないとは口に出来ない。
「あー……うん。悪い。ちょっと写真集を見ててな」
「……写真集?」
ピクリ、と。
遠藤は写真集という単語を聞き、その動きを止める。
「おい、もしかして今日、この時間帯に写真集っていうことは……もしかして、もしかするのか? それでもって本当にもしかするんじゃないだろうな?」
喋っている中で次第に興奮してきたのか、白夜を見る目が言葉を続けるごとに鋭くなっていく。
そんな相手の様子を見ながら、白夜は得意そうに笑みを浮かべ、口を開く。
「さて、何の話だろうな。残念ながら、俺には遠藤が何を言ってるのか分からないぞ」
「……おい、こら。お前分かってて言ってるだろ?」
「知りませーん。残念ながら俺には何のことか分からないし、食堂に行くからなー」
あからさまに煽るような言葉に、遠藤の視線が厳しくなる。
白夜が今日写真集を見ているということは、間違いなく鈴風ラナの写真集……それもファースト写真集のはずだった。
本来なら遠藤も写真集を買いに行きたかったのだが、残念なことに今日の遠藤のクラスは最後の授業が戦闘訓練で、とてもではないが書店に行くような時間はなかったのだ。
いや、もちろん書店に行こうと思えば行けただろうが、授業が終わったあとで書店に向かっても写真集がまだ残っているとは思えなかった。
そんな遠藤に比べると、白夜は最後の時間をサボっていた。
ギルドに行く必要があったので、正確にはサボった訳ではないのだが。
とにかく、自分は買えなかった写真集を買えたというのが遠藤にとっては羨ましく、妬ましい。
「ぐぎぎぎ」
悔しそうに……本当に心の底から悔しそうに呻き声を上げるも、白夜はそんな遠藤を優越感に満ちた視線で一瞥するだけだ。
勝ち誇った顔を浮かべ、そのまま白夜はノーラと共に食堂に向かう。
去ってく白夜の後ろ姿を恨めしそうに見つめていた遠藤だったが、その遠藤も腹の鳴る音で我に返る。
十代という年齢で、しかも授業ではネクストとして身体を動かす戦闘訓練が多い。
そんな生活をしていれば、夕食の時間に腹が鳴らないはずがなかった。
「……くそう、あとで絶対写真集を貸して貰うからな」
呟き、遠藤は白夜が去ったあとの廊下を進むのだった。
「うわ、相変わらずいい匂いだな……あー、腹減った」
食堂に入った白夜は、少し前にハンバーガーのセットを食べたとは思えないような言葉を口にする。
だが、白夜と同じように間食程度ではとてもではないが腹の虫を抑えることが出来ないものは多く、すでに厨房の前には行列が出来ていた。
漂ってくる香りや、すでにテーブルに座って夕食を食べている面子を見ると、今日のメインは豚の生姜焼きだと判断する。
タレの焦げる匂いは、非常に食欲を刺激する。
激しく自己主張する腹の音を宥めながら、列が進んでいくのを待つ。
そして自分の番になったとき、白夜は厨房にいる相手に向かって口を開く。
「お姉さん、大盛りでちょうだい!」
「あははは、分かってるわよ。全く、上手いんだから」
四十代程の女が、白夜のお世辞に笑みを浮かべて丼に盛りつけるご飯を大盛りにする。
お世辞を言われているのだと分かってはいるのだが、それでも若い子にお姉さんと呼ばれて嬉しくないはずがなかった。
山盛りの丼飯に、メインディッシュの生姜焼きも他の人より多く……そしてキャベツはそれ以上の量を食器に入れられる。
他にも漬け物やきんぴらゴボウといった副菜をいくらかに、魚のあら汁。冷たい麦茶をコップに入れ、最後にデザートとしてプリンが一つ。
十代の、普段から身体を動かしている男にとって、これ以上ないだろう夕食が出来上がると、白夜は食堂の中を見回す。
最も混む時間帯だけに、テーブルはすでに多くの寮生が食事を始めていた。
(にしても、相変わらず男臭いよな。……まぁ、男子寮なんだし仕方がないか。これで女が……それも美少女や美女がいれば、もう少し華やかになるんだろうけど)
ネクストには他にいくつも寮があるのだが、当然ながらその寮は女子寮と男子寮は別々となっている。
いや、いくつかは様々な理由により男女共同となっている寮もあるのだが、そのような寮は当然のように競争率が高い。
男女ともに……特に思春期真っ盛りの男にとって、女と一緒の寮というのは魅力的なのは当然だった。
白夜もネクストに入るときには男女共同の寮に申し込んだが、抽選で外れてこの寮になったのだ。
「おう、白夜。こっちは空いてるぞ! 一緒に食わないか!」
周囲を見回している白夜を見て、自分の座る席を探していると思ったのだろう。
冷泉忠敏(れいせんただとし)というクラスメイトが、白夜に声をかける。
座っているにもかかわらず、忠敏の身長は他の者より頭一つほど大きい。
身長二メートルを超え、とても十代には見えないほどに頑強な筋肉がその身を覆う。
土を身体に纏って鎧とするという能力を持ち、それと合わせて巨漢の忠敏と戦う相手はまるで山が自分目掛けて襲ってくるという風に感じる者もいる。
それだけの身体を持っているだけに、忠敏の前にある食事の量は白夜の二倍を超えていた。
白夜の夕食が他の者よりも多いということを考えれば、忠敏の前にある夕食がどれだけの量なのかは、考えるまでもないだろう。
そんな風に身体の大きな忠敏は、白夜から見れば暑苦しい相手だという認識がある。
いや、白夜だけではなく、クラスのほとんどからそのような印象を持たれていた。
それでも性格が悪い相手ではないし、実際に自由に座れる席がほとんど空いていないこともあり、小さく溜息を吐いてから忠敏の方へと向かう。
「悪いな、じゃあ座らせて貰うよ」
「みゃー!」
白夜が忠敏の向かいに座ると、空中を浮かんでいたノーラが鳴き声を上げ、挨拶をする。
大変革前の世界であれば、特定の店以外でペットを食堂に連れてくるというのは非常識な行為だった。
だが、今は違う。
ペットもそうだが、能力者であるなしにかかわらず、従魔という存在がいる。
そのような存在を食堂に連れてくることは、特に問題がないという風潮だ。
もちろん、きちんと躾けることが出来ずに食堂の中を自由に走り回らせるようなことにでもなれば、非難されるのだが。
そういう意味では、白夜の周囲に浮かんでいるノーラは典型的な大人しい従魔だった。
「おう、ノーラもいたか。あまり白夜に迷惑を掛けるなよ」
「みゃ!」
忠敏の言葉に、ノーラは自分が怒っているということを示すように身体中の毛を逆立てる。
マリモではなくウニにしか見えないノーラの姿に、忠敏は豚肉の生姜焼きに手を伸ばしながら謝罪の言葉を口にする。
「ははっ、悪い悪い」
軽く謝る忠敏だったが、それでも本気で謝っていないという風にとられないのは、忠敏の性格の問題だろう。
ノーラも忠敏が謝ったことに満足したのか、再び空中を浮かんで飛び回る。
そんなノーラの様子に溜息を吐きながら、白夜は目の前の夕食に箸を伸ばす……前に、キャベツに軽くマヨネーズを掛ける。
生姜焼きにおけるキャベツというのは、決して脇役や添え物といったものではない。
生姜焼きのタレに絡まり、そこにマヨネーズがかけられ……立派にご飯のおかずとしての役目を果たす。
なお、食事をしている生徒の中にはキャベツに大量のマヨネーズをかけている者もいるが、白夜のかけるマヨネーズの量はそれほど多くない。
生姜焼きのタレもある分、マヨネーズが多すぎると味のバランスが崩れるように感じられたからだ。
もっとも、白夜は別に美食家という訳ではない。
それこそ、今日食べたようにファーストフードでも十分に美味いと感じる舌の持ち主だ。
むしろ上品な料理を食べた場合、育ち盛りの身としては物足りなさを感じてしまうだろう。
まず最初に豚の生姜焼きを口に入れ、炊きたてのご飯を口の中に放り込む。
焼き上がったばかりの豚肉は柔らかく、濃厚な醤油ベースのタレとショウガの風味が口いっぱいに広がり、続いて豚肉の旨味が広まり、そこにご飯が入ってくる。
肉と飯。
それだけにもかかわらず、それは至高の一品のようにすら思える。
口の中の味を楽しみ、いつまでも味わっていたいと思われるような至福の時間がすぎていく。
だが、そんな時間も長くは続かない。
口の中にある以上、それを飲み込むのは当然だった。
次に箸を伸ばしたのは、副菜のきんぴらゴボウ。
こちらは作られてからある程度時間が経っているのか、冷たかったが……それでも濃いめの味付けはご飯をお供としては絶品と言ってもいい。
魚のあら汁を一口飲み、濃厚な魚の出汁を楽しむ。
中に入っている魚の骨から身を解し、豆腐と一緒に食べていく。
口直しにキャベツの漬け物を一口。
口の中がさっぱりとしたところで、次に箸が伸びるのは再び豚の生姜焼き。
ただし、生姜焼きから出たタレとマヨネーズによって味付けされたキャベツの千切りも一緒に口の中に入れ、すかさずご飯を放り込む。
最初に食べたときとは違い、程良いキャベツの千切りの歯応えが口を楽しませる。
マヨネーズとタレが混然一体となり、最初の一口とはまた違う幸せを……口の幸福という意味で、口福を味わうことが出来る。
こうして、白夜は思う存分夕食を楽しみ……最後にデザートのプリンへと手を伸ばすのだった。
部屋の中に、白夜の言葉が響く。
声を上げる白夜の視線の先にあるのは、買ったばかりの写真集。
水着姿で挑発的な仕草をしている鈴風ラナを見ての感激の声……否、咆吼だった。
その声がうるさかったのだろう。隣の部屋から壁を叩く音が聞こえてくる。
この寮はそれなりに設備が整っているが、だからといって完全な防音という訳でもない。
そうである以上、大声を出せばとなりの部屋に聞こえるのも当然だった。
だが、本人はそんなことには全く気が付いた様子もなく、ただひたすらに目の前にある写真集に……そこに映し出された魅力的な肢体に目を奪われる。
平均以上に盛り上がり、深い谷を作っている胸。くびれた腰、本人いわく、少しコンプレックスを持っているという大きめの尻も、白夜の目からは魅力的にしか見えない。
写真を撮られている本人も、少し照れくさそうにしながらも魅力的な笑みを浮かべており……まさに、白夜にとっての理想の一つがそこにはあった。
「みゃー……」
そんな白夜の上を、ノーラが呆れた声を出しながら飛んでいた。
いや、どちらかと言えば風に浮いていると表現した方が正しいだろう。
だが、そんなノーラの様子には全く気が付かず……もしくは、気が付いても気にせず、白夜は目の前の写真集に意識を集中する。
その集中力は、普段からそれだけ勉強に集中していればテストでもいい成績を残せるだろうに……と、思えるほどだ。
写真集を見ること、数十分……ようやく写真集を見終わった白夜は、至福の一時が終わったことに残念そうにしながらも丁寧に写真集を閉じると、日焼けしないように部屋の中にある棚の中へと収納する。
そのとき窓の外に視線を向けると、すでに太陽は夕日に変わって西に沈もうとしているところだった。
「……腹減ったな」
音也たちと一緒にハンバーガーセットを食べたのだが、元々能力者というのは燃費の悪いものが多い。
能力を使うという行為に、それだけエネルギーが使われているのだろう。
もっとも、それはあくまでも人によって異なる。
中には一般人と同じ程度……どころか、一般人の目から見ても小食の者もいた。
一食で普通の人の十人分以上を食べるような者もいるのだが。
「みゃー?」
そんな白夜に、食事をするという能力のない――そもそも口もないのだが――ノーラが、鳴き声を上げる。
その鳴き声に導かれるように時計を見ると、そろそろ夕食の時間だった。
「じゃ、食事に行くか」
「みゃ!」
白夜の言葉に頷き、そのままノーラは白夜と共に部屋を出ていく。
そうして部屋を出ると、ほとんど同時に隣の部屋の扉も開く。
……そう、さきほど白夜が写真集に集中しているとき、壁を叩いてきた部屋の人物だ。
だが、白夜は写真集に集中していたため、その音に全く気が付いておらず……だからこそ、気安く声をかける。
「お、遠藤も夕飯か?」
「……お前な、部屋の中ではしゃぐのはいいけど、それで奇声を上げるなよ。本を読んでるときに、いきなり隣の部屋から奇声が響けば、ビビるだろ?」
顔を見るなり注意された白夜だったが、本人は何について言われているのか全く分かった様子もなく、首を傾げる。
「何のことだ?」
「……さっきだよ、さっき。何をしてたのかは分かんねえけど、お前の叫び声が思いっきり周囲に響いてたぞ」
「マジ?」
「ああ、大マジだ」
「みゃー」
遠藤の言葉に同意するように、ノーラも鳴き声を上げる。
二人……いや、一人と一匹にそう言われれば、白夜もそんな声を上げていないとは口に出来ない。
「あー……うん。悪い。ちょっと写真集を見ててな」
「……写真集?」
ピクリ、と。
遠藤は写真集という単語を聞き、その動きを止める。
「おい、もしかして今日、この時間帯に写真集っていうことは……もしかして、もしかするのか? それでもって本当にもしかするんじゃないだろうな?」
喋っている中で次第に興奮してきたのか、白夜を見る目が言葉を続けるごとに鋭くなっていく。
そんな相手の様子を見ながら、白夜は得意そうに笑みを浮かべ、口を開く。
「さて、何の話だろうな。残念ながら、俺には遠藤が何を言ってるのか分からないぞ」
「……おい、こら。お前分かってて言ってるだろ?」
「知りませーん。残念ながら俺には何のことか分からないし、食堂に行くからなー」
あからさまに煽るような言葉に、遠藤の視線が厳しくなる。
白夜が今日写真集を見ているということは、間違いなく鈴風ラナの写真集……それもファースト写真集のはずだった。
本来なら遠藤も写真集を買いに行きたかったのだが、残念なことに今日の遠藤のクラスは最後の授業が戦闘訓練で、とてもではないが書店に行くような時間はなかったのだ。
いや、もちろん書店に行こうと思えば行けただろうが、授業が終わったあとで書店に向かっても写真集がまだ残っているとは思えなかった。
そんな遠藤に比べると、白夜は最後の時間をサボっていた。
ギルドに行く必要があったので、正確にはサボった訳ではないのだが。
とにかく、自分は買えなかった写真集を買えたというのが遠藤にとっては羨ましく、妬ましい。
「ぐぎぎぎ」
悔しそうに……本当に心の底から悔しそうに呻き声を上げるも、白夜はそんな遠藤を優越感に満ちた視線で一瞥するだけだ。
勝ち誇った顔を浮かべ、そのまま白夜はノーラと共に食堂に向かう。
去ってく白夜の後ろ姿を恨めしそうに見つめていた遠藤だったが、その遠藤も腹の鳴る音で我に返る。
十代という年齢で、しかも授業ではネクストとして身体を動かす戦闘訓練が多い。
そんな生活をしていれば、夕食の時間に腹が鳴らないはずがなかった。
「……くそう、あとで絶対写真集を貸して貰うからな」
呟き、遠藤は白夜が去ったあとの廊下を進むのだった。
「うわ、相変わらずいい匂いだな……あー、腹減った」
食堂に入った白夜は、少し前にハンバーガーのセットを食べたとは思えないような言葉を口にする。
だが、白夜と同じように間食程度ではとてもではないが腹の虫を抑えることが出来ないものは多く、すでに厨房の前には行列が出来ていた。
漂ってくる香りや、すでにテーブルに座って夕食を食べている面子を見ると、今日のメインは豚の生姜焼きだと判断する。
タレの焦げる匂いは、非常に食欲を刺激する。
激しく自己主張する腹の音を宥めながら、列が進んでいくのを待つ。
そして自分の番になったとき、白夜は厨房にいる相手に向かって口を開く。
「お姉さん、大盛りでちょうだい!」
「あははは、分かってるわよ。全く、上手いんだから」
四十代程の女が、白夜のお世辞に笑みを浮かべて丼に盛りつけるご飯を大盛りにする。
お世辞を言われているのだと分かってはいるのだが、それでも若い子にお姉さんと呼ばれて嬉しくないはずがなかった。
山盛りの丼飯に、メインディッシュの生姜焼きも他の人より多く……そしてキャベツはそれ以上の量を食器に入れられる。
他にも漬け物やきんぴらゴボウといった副菜をいくらかに、魚のあら汁。冷たい麦茶をコップに入れ、最後にデザートとしてプリンが一つ。
十代の、普段から身体を動かしている男にとって、これ以上ないだろう夕食が出来上がると、白夜は食堂の中を見回す。
最も混む時間帯だけに、テーブルはすでに多くの寮生が食事を始めていた。
(にしても、相変わらず男臭いよな。……まぁ、男子寮なんだし仕方がないか。これで女が……それも美少女や美女がいれば、もう少し華やかになるんだろうけど)
ネクストには他にいくつも寮があるのだが、当然ながらその寮は女子寮と男子寮は別々となっている。
いや、いくつかは様々な理由により男女共同となっている寮もあるのだが、そのような寮は当然のように競争率が高い。
男女ともに……特に思春期真っ盛りの男にとって、女と一緒の寮というのは魅力的なのは当然だった。
白夜もネクストに入るときには男女共同の寮に申し込んだが、抽選で外れてこの寮になったのだ。
「おう、白夜。こっちは空いてるぞ! 一緒に食わないか!」
周囲を見回している白夜を見て、自分の座る席を探していると思ったのだろう。
冷泉忠敏(れいせんただとし)というクラスメイトが、白夜に声をかける。
座っているにもかかわらず、忠敏の身長は他の者より頭一つほど大きい。
身長二メートルを超え、とても十代には見えないほどに頑強な筋肉がその身を覆う。
土を身体に纏って鎧とするという能力を持ち、それと合わせて巨漢の忠敏と戦う相手はまるで山が自分目掛けて襲ってくるという風に感じる者もいる。
それだけの身体を持っているだけに、忠敏の前にある食事の量は白夜の二倍を超えていた。
白夜の夕食が他の者よりも多いということを考えれば、忠敏の前にある夕食がどれだけの量なのかは、考えるまでもないだろう。
そんな風に身体の大きな忠敏は、白夜から見れば暑苦しい相手だという認識がある。
いや、白夜だけではなく、クラスのほとんどからそのような印象を持たれていた。
それでも性格が悪い相手ではないし、実際に自由に座れる席がほとんど空いていないこともあり、小さく溜息を吐いてから忠敏の方へと向かう。
「悪いな、じゃあ座らせて貰うよ」
「みゃー!」
白夜が忠敏の向かいに座ると、空中を浮かんでいたノーラが鳴き声を上げ、挨拶をする。
大変革前の世界であれば、特定の店以外でペットを食堂に連れてくるというのは非常識な行為だった。
だが、今は違う。
ペットもそうだが、能力者であるなしにかかわらず、従魔という存在がいる。
そのような存在を食堂に連れてくることは、特に問題がないという風潮だ。
もちろん、きちんと躾けることが出来ずに食堂の中を自由に走り回らせるようなことにでもなれば、非難されるのだが。
そういう意味では、白夜の周囲に浮かんでいるノーラは典型的な大人しい従魔だった。
「おう、ノーラもいたか。あまり白夜に迷惑を掛けるなよ」
「みゃ!」
忠敏の言葉に、ノーラは自分が怒っているということを示すように身体中の毛を逆立てる。
マリモではなくウニにしか見えないノーラの姿に、忠敏は豚肉の生姜焼きに手を伸ばしながら謝罪の言葉を口にする。
「ははっ、悪い悪い」
軽く謝る忠敏だったが、それでも本気で謝っていないという風にとられないのは、忠敏の性格の問題だろう。
ノーラも忠敏が謝ったことに満足したのか、再び空中を浮かんで飛び回る。
そんなノーラの様子に溜息を吐きながら、白夜は目の前の夕食に箸を伸ばす……前に、キャベツに軽くマヨネーズを掛ける。
生姜焼きにおけるキャベツというのは、決して脇役や添え物といったものではない。
生姜焼きのタレに絡まり、そこにマヨネーズがかけられ……立派にご飯のおかずとしての役目を果たす。
なお、食事をしている生徒の中にはキャベツに大量のマヨネーズをかけている者もいるが、白夜のかけるマヨネーズの量はそれほど多くない。
生姜焼きのタレもある分、マヨネーズが多すぎると味のバランスが崩れるように感じられたからだ。
もっとも、白夜は別に美食家という訳ではない。
それこそ、今日食べたようにファーストフードでも十分に美味いと感じる舌の持ち主だ。
むしろ上品な料理を食べた場合、育ち盛りの身としては物足りなさを感じてしまうだろう。
まず最初に豚の生姜焼きを口に入れ、炊きたてのご飯を口の中に放り込む。
焼き上がったばかりの豚肉は柔らかく、濃厚な醤油ベースのタレとショウガの風味が口いっぱいに広がり、続いて豚肉の旨味が広まり、そこにご飯が入ってくる。
肉と飯。
それだけにもかかわらず、それは至高の一品のようにすら思える。
口の中の味を楽しみ、いつまでも味わっていたいと思われるような至福の時間がすぎていく。
だが、そんな時間も長くは続かない。
口の中にある以上、それを飲み込むのは当然だった。
次に箸を伸ばしたのは、副菜のきんぴらゴボウ。
こちらは作られてからある程度時間が経っているのか、冷たかったが……それでも濃いめの味付けはご飯をお供としては絶品と言ってもいい。
魚のあら汁を一口飲み、濃厚な魚の出汁を楽しむ。
中に入っている魚の骨から身を解し、豆腐と一緒に食べていく。
口直しにキャベツの漬け物を一口。
口の中がさっぱりとしたところで、次に箸が伸びるのは再び豚の生姜焼き。
ただし、生姜焼きから出たタレとマヨネーズによって味付けされたキャベツの千切りも一緒に口の中に入れ、すかさずご飯を放り込む。
最初に食べたときとは違い、程良いキャベツの千切りの歯応えが口を楽しませる。
マヨネーズとタレが混然一体となり、最初の一口とはまた違う幸せを……口の幸福という意味で、口福を味わうことが出来る。
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