上 下
382 / 422
ガリンダミア帝国との決着

381話

しおりを挟む
 ガリンダミア帝国軍を撃退したその日の夜、野営地では飲めや歌えやの大騒ぎとなった。
 当然だろう。ガリンダミア帝国軍……それも一部隊といった規模ではなく、軍勢と呼ぶのに相応しい者達を相手に勝ったのだから。
 それも辛勝であったり、自称勝利といったようなものではなく、本当の意味での勝利だ。
 雲海や黄金の薔薇は怪我人は出たものの、死者ということであればゼロだ。
 レジスタンス側は探索者と鍛え方が違うので、それなりに死人が出た。
 しかし、それでもガリンダミア帝国軍の受けた被害を考えれば、まさに圧勝と言っても間違いのない戦いだった。

(とはいえ、それは俺やレオノーラのお陰なんだけどな)

 アランはスープを食べながら、騒いでいるレジスタンスたちを見て、そんな風に思う。
 それはアランの自惚れといったものではなく、間違いのない事実だ。
 命中すれば大きな被害を及ばす投石機の類や、遠距離から一方的に攻撃出来る弓兵、そして様々魔法を使う魔法使いといった者たちがレオノーラの変身した黄金のドラゴンで一掃され、敵の中でも切り札にして最精鋭の騎兵隊や指揮官たちはゼオンの攻撃によって消滅した。
 生き残りがゼロといった訳ではないだろうが、とてもではないが戦力にはならないだろう。
 そういう意味で、今回の戦いはアランとレオノーラがいたからこそ、ここまで被害が少なかったのは間違いない。
 もちろん、アランとレオノーラがいなくても、最終的にはイルゼンたちが勝っただろう。
 だが、その場合は受けた被害が間違いなく数倍……場合によっては数十倍まで膨れ上がっていたはずだ。
 そうなれば、今回の戦いはともかく、今後の戦いに悪影響を及ぼすのは間違いない。

「どうしたの? 面白くなさそうだけど」

 スープを飲んでいるアランの側に、レオノーラがパンを手にやって来ると、そう尋ねる。
 レオノーラの差し出したパンを受け取り、それを食べながらアランは口を開く。

「雲海と黄金の薔薇はともかく、レジスタンスたちは少し喜びすぎだと思わないか?」

 アランの視線が向けられたのは、馬鹿騒ぎと呼ぶに相応しいくらいに騒いでいるレジスタンスたち。
 レジスタンスたちの実力そのものは、決して高くはないのだ。
 実際、今日の戦いでもレジスタンスは少数の腕利きを除いてほとんど活躍していない。
 だというのに、自分たちの強さについて疑問も抱かず、宴会で騒いでいるのはどうかと、そうアランは思うのだ。
 これは、アランが雲海の中では一番弱く、何とかして強くなろうと努力してきたからこそ、余計にそのように思うのだろう。

「皆がそう思ってる訳じゃないと思うわよ? 今日の戦いを生き残った。それを喜んで、ああして騒いでいるのは……別に悪い話じゃないでしょうし」

 そう言うレオノーラの言葉には、強い説得力がある。
 何かを言い返そうとしたアランだったが、ここで自分が何を言ってもあまり意味はないと、そのように思えてしまう程に。
 それでも何かを言おうとすると……

「アラン、こんな場所で何をしてるんだい? 全く、いないと思ったら……今日は戦いに勝ったんだし、皆にあんたの説明をするから、いくわよ」
「え? ちょっ、母さん!?」

 レオノーラと話していたところに、いきなり母親のリアが姿を現すと、アランを強引に引っ張って連れていく。
 スープやパンをその場に残し、アランは騒いでいる者たちの前まで移動すると……

「ほら、この子が私の息子だよ。今日、敵の後方にいた騎兵隊や指揮官たちを一気に倒したのもこの子だ」
「……この人が? 見た感じ、そんなに強そうには思えないけど」

 そう言ったのは、騒いでいたレジスタンスの一人。
 そして、この本隊に合流した後で真っ先にリアに食ってかかった者の一人だ。
 結局リアに負けてしまい、それ以後は逆らわずにリアに忠実な部下となったが。
 それだけに、そんなリアの息子のアランを目の前にし、驚きを隠せない。
 本当に目の前にいる人物がリアの息子? と。
 しかし、そのアランの戦果は間違いなく一級品なのは間違いない。
 それこそ、アランやレオノーラがいなければ、今日の戦いにおいて一体自分たちにどれくらいの被害が出たのか、全く分からないと思えるほどに。
 だからこそ、この場にいるレジスタンスがアランに向ける視線は、友好的なものが多い。
 ……中には、本当にアランがリアの子供か? といったように疑惑の視線を向ける者もいるが。
 ハーフエルフのリアは、まあ外見は二十代前半といったところで、アランのような子供を持つ母親であるというのは、見ている者に疑問を抱かせるには十分だった。
 リアがハーフエルフだと認識出来れば、それも不思議ではないと思うのだが。
 ただし、エルフというのは魔法や弓を得意とする者たちで、近接戦闘が得意な者は決して多くはない。
 近接戦闘を行う際も、短剣やレイピアといった軽い武器を使う者が大半だ。
 そんなエルフの血を引いているというのに、リアは人間が使うような長剣を平気で振り回す。
 使いにくいので使わないが、リアがその気になれば大剣ですら使いこなすことも出来る。
 そんなリアだからこそ、ハーフエルフといったように思うのは難しいのだろうが……それでも、こうして息子の側にいるリアを見れば、そういうものかと納得する者もいた。
 中には、そんなリアとアランの姿を見ても、姉と弟といったようにしか思えない者もいるのだが。

「リアの姐さんには、世話になったんだよ。もしリアの姐さんがいなければ、俺たちはかなり大きな被害を受けていただろうからな」

 男の一人が、アランに向かってそう言ってくる。
 その言葉は大袈裟なものでもなんでもなく、今日の戦いのときにはリアが動き回ってレジスタンスの中でも危なくなった場所で戦い、戦線を維持していたのだ。
 もしリアがいなければ、戦線が崩壊……とまではいかないまでも、かなりの被害を受けていたのは間違いないだろう。
 そしてこの中にも、多数の者こうして勝利の美酒を味わうといった真似は出来なかったはずだ。

「母さんが世話になったみたいですね。……痛っ!」

 アランが言い終わったと思った瞬間、いきなり背後から殴られる。
 一体誰かが殴ったのかと言われれば、それは当然のようにリアだ。

「何するんだよ、母さん!」
「何するじゃないでしょ。私が世話になったんじゃなくて、私が世話をしたの。その辺り、間違えてるわよ」
「そう言ってもな。母さんの性格を考えれば……いや、母さんが世話をしたんだな。分かった」

 言葉の途中で、リアがアランに見せつけるように拳を握り締めるのを見て、慌ててそう告げる。
 今の状況で下手なことを言えば、間違いなくその拳が飛んでくると、そう理解したからだ。
 アランにしてみれば、それは絶対に避けたい。
 そう思っての判断であり……驚くべきことに、周囲で酒を飲んでいる者たちは、誰もそんなアランをからかったりしない。
 戦いの中で、リアに逆らった者がどうなるのか、心の底から思い知らされているのだろう。

(母さんのことだから、殺してはいないと思うけど)

 ここまで恐れられているリアだが、同時に先程の男が口にしたように好かれてもいる。
 そういう意味では、色々と複雑な感情を抱いてる者も多いのだろう。

「明後日からは、また忙しくなるんだ。アランの場合は明日からかもしれないけどね。なら、今はゆっくりと休んでおいた方がいい。飲んで騒いで……そして今日の勝利を祝うんだよ」

 リアのその言葉に、宴をしていた者たちはそれぞれに雄叫びを上げ始める。
 そんな光景を見ていると、アランは先程まで自分が考えていたことが馬鹿らしく思えてきた。
 今はこの宴を楽しみ、明日からの行動のために英気を養った方がいいだろうと判断する。

「で、アランだったよな。今更聞くまでもないんだろうけど……本当にお前はリアさんの息子なのか?」

 気持ちを切り替えて宴を楽しんでいると、近くにいる男の一人がアランにそう尋ねてくる。
 リアの外見から考えれば、アランのような息子がいるのはおかしい。
 もしかしたら、養子か何かなのではないか。
 そう思っての質問なのだろう。
 ハーフエルフだけあって、リアは若々しい美貌をその身に宿している。
 それだけに、ここで宴に参加している者の何人かはリアとそういう関係になりたいと、そのように思っている者も多いのだろう。
 それは分かる。分かるのだが、アランとしては自分の実の母親をそういう目で見られるというのは……困る。
 以前であれば、母さんをそんな目で見るなと不機嫌になったりもしたのだろうが、何だかんだとこの世界で生を受けて十数年。
 何度もそのようなことが繰り返されれば、嫌でも慣れてしまう。

「母さんは俺の実の母親ですよ。それに、父さんとも未だに仲がいいみたいですし。……ほら」

 アランが示すと、男は……そして周囲で気が付かれないように話を聞いていた他の男たちも、アランの示す先を見る。
 するとそこでは、リアが夫のニコラスと二人で楽しそうに酒を飲み、独特の雰囲気を作っていた。
 そんな二人の姿を見れば、リアとニコラスがどのような関係で、どれだけお互いに心を許しあっているのかといったようなことを男たちに悟らせるには十分だ。

「う……」

 アランに話しかけてきた男も、その光景を見れば何も言えなくなる。

「ああいう訳なんで、母さんに妙な感情を抱くな……というのは無理かもしれませんけど、それを表に出すような真似はしないで下さいね。そうなった場合、色々と面倒なことになると思うので」

 そんなアランの言葉に、男は頷く。
 今のリアを見て、自分がどう思っているのかといったようなことを言っても、それは意味がないと……そう思えたのだろう。

(ふぅ、取りあえずこれでよけいな騒動が起きなくてすんだ、か)

 リアの美貌に牽かれて、口説こうと思う者が出て来るのは珍しい話ではない。
 アランもそれが分かっているだけに、騒動が大きくなる前に片付けることが出来たことに安堵し……改めて、今日の宴はやっぱりやってよかったのかも……と、そう思うのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

深き安眠は終わり、始まるは道無き道

takosuke3
ファンタジー
"プラナダ"と呼ばれるその惑星には、太古の超文明の遺跡が点在している。その発掘調査を生業とするソーディス一家の一員であるレイヤは、海底で眠る巨大沈没船に足を踏み入れ、その最奥にて眠っていた白い少女━━あるいは少年━━を発見し、覚醒させる。 太古の生き証人である少女は、ソーディス一家にとっては宝の地図も同然。強大で埒外な力、完全で異質な肉体、現在とは異なる知識常識━━その存在に戸惑いつつも、少女の案内で遺跡を目指すソーディス一家だったが・・・・・ 〈2019年2月3日告知〉 本日より、連載を開始します。 更新は不定期になりますが、可能な限り週イチを心掛けるつもりです。 長い目と広い心でもってお付き合いください・・・・ 〈2019年8月19日告知〉 本日の更新をもちまして、本編は完結と致します。 以降は人物紹介を掲載していきます 〈2019年8月27日告知〉 本日の更新をもちまして、完結タグに切り替えます。 短い間でしたが、拙作にお付き合い下さり、ありがとうございました

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

私が生きるということについて、強い執念をもつようになったあの日

木立 花音
ファンタジー
 魔法と錬金術によって栄えている島トリエスト。  島の西方地区にある傭兵訓練所に、ユーリという名の少女が居た。彼女は優れた動体視力と剣技を持ちながらも、常に手抜きともとれる戦い方ばかりをしていた。  ユーリの捨て鉢とも思える行動を気にかけていた青年レオニスは、彼女に声掛けをし、遺跡探索の旅へと誘う。  金か名声か、それとも単なる暇つぶしか。何の気なしに承諾したユーリだったが、遺跡へと赴く旅の途中で、久しぶりともいえる人の心の温かさに触れる事に。  当初はぎくしゃくしていたものの、次第に関係が軟化していく二人。だが、旅の先で起こった出来事が、やがて二人に不幸をもたらした。 ※純粋なファンタジー小説の皮を被った、ただの恋愛小説です。

処理中です...