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獣人を率いる者

360話

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「では、またいらして下さいね」

 そのクラリスの声を聞きながら、アランたちはデルリアを旅立つ。
 デルリアに入ったときは、他の宿に泊まったり、それも出来ない場合は街の外で野営をしていた者たちも全員が集合した結果として、かなりの人数になっている。

「いいの? もっとしっかりと声をかけてあげなくて」

 一緒の馬車に乗っているレオノーラが、アランにそう声をかける。
 だが、アランはそんなレオノーラの言葉に対し、首を横に振るだけだ。
 今この状況で自分が何かを言えば、せっかく笑顔で送り出してくれたクラリスの顔が泣き顔になると、そう理解しているからだろう。

「そう。まぁ、アランがそう言うのなら、構わないけど。……それはそうと、問題はどうやってイルゼンたちと合流するかよね」

 現在イルゼンたち……正確には、イルゼンやアランの両親のニコラス、リアといった面々はアランたちと別行動をとっている。
 元々アランがクラリスたちに協力することにしたのは、ガリンダミア帝国の目をイルゼンたちに向かわせないというためでもあったのだが……そういう意味では、イルゼンの策が成功したのは間違いない。
 とはいえ、それはそれ。
 現在イルゼンたちと別行動をしているアランたちにしてみれば、一体どうやって合流すればいいのかがまるで分からない。

「合流するまではガリンダミア帝国の目をこっちに引き付けておく必要があるから……そういう意味では、現状はそう悪いものではないと思うんだけどな」
「そうね。でも……あら、そんな心配をしなくてもよくなったみたいよ?」
「は?」

 不意にレオノーラの口から出たそんな言葉に、アランは疑問の声を上げる。
 現在の状況で、何故そのようなことを言うのか理解出来なかったからだ。
 だが、馬車の窓から外を見ているレオノーラの視線を追うと……

「なるほど」

 噂をすれば何とやら。
 馬車の窓からは、馬に乗ってアランたちの方に近付いてきているイルゼンたちの姿があった

「もしかして、あれって実は昨日からデルリアにいて、俺たちの戦いを見ていたとか、そんなことはないよな?」
「……ないと言い切れないのが辛いところね」

 レオノーラも、イルゼンとの付き合いはそれほど長くはない。
 だが、それでも共に死地を潜り抜けてきただけに、イルゼンの性格……いや、胡散臭さは理解していた。
 それでいながら、非常に優秀な人物なだけに、手に負えない。

「とにかく、俺たちに合流してきたということは、あの件について何らかの情報を得ることが出来たのは間違いないだろ」

 アランの言葉には、期待の色がある。
 元々、イルゼンたちが別行動をしていたのは、とあるマジックアイテムについて調べるためだった。
 そのマジックアイテムの名は、死の瞳。
 周辺で心核を使えなくするという……この世界においては、極めて強力で、同時に使用する際には使用者の命を消費するという、厄介な性能を持つマジックアイテム。
 しかし、本来なら死の瞳というのは古代魔法文明の時代であっても危険視された代物で、遺跡の中からでも発掘されることはまずないはずの代物。
 だというのに、何故かガリンダミア帝国はそれを所有しており、さらには使いもした。
 その辺りについて探るため、そして死の瞳についても大雑把な情報ではなく、詳細な情報を得るために、イルゼンたちは別行動をしていたのだ。
 そんなイルゼンたちが、こうして合流してきたのだ。
 当然の話だが、何らかの情報を得て合流したのは間違いない。

「一度止まって……いえ、そうすれば何かあったと誰かに見つかるかもしれないわね」
「そう言っても、こうしてイルゼンさんたちが合流してきた以上、誰かが俺たちを見張っているのなら、その辺は理解しているんじゃないか?」

 デルリアでガリンダミア帝国の心核使いと戦ったのだ。
 そうである以上、こうしている今も何らかの心核使い……例えば情報の扱いを得意とするような心核使いや、もしくは離れた場所を見ることが出来るような能力を持つモンスターに変身した心核使いに現在の自分たちが見張られていても、おかしくはない。
 そんな状況で多少の小細工をしたところで、意味はないのではないか。
 そうアランが思うのも、当然のことだろう。

「そうね。意味がないかもしれない。けど、あるかもしれない。そもそも、ガリンダミア帝国の心核使いに見張られているかもしれないというのも、あくまでも現状の予想でしかないわ。なら……何かあったときのために、注意しておくのは悪い話じゃないでしょう?」

 そう言われると、アランも反対は出来ない。
 何しろ、相手はガリンダミア帝国なのだ。
 何をするにしても、対処出来るようにしておいた方がいいのは間違いない。
 念には念を入れて、それでもまた足りない相手……それがガリンダミア帝国であり、アランにとってはビッシュという相手なのだから。

(多分、あの心核使いたちもビッシュの手の者だったんだろうな)

 何らかの確証がある訳ではないが、それでもアランは何となくそうだろうと確信出来た。
 そう考えている間に、イルゼンたちの乗った馬がアランとレオノーラの乗っている馬車の横につく。

「昨日は大変でしたね」
「イルゼンさん、ここでそんな言葉が出て来るということは……やっぱり、昨日いたんですね?」
「ええ。もっとも、最後の方だけですが」
「なら、もっと早くに合流してもよかったんじゃ?」
「それが出来れば、そうしたんですけどね。デルリアで合流するには、少し問題があったんですよ」
「問題? 一体何が……いえ、聞くまでもないですね。ガリンダミア帝国の手の者がまだいましたか」

 アランにしてみれば、心核使い以外にもデルリアにガリンダミア帝国の手の者が潜んでいるというのは、予想出来た。
 いや、予想ではなく半ば確信を持ってすらいたのだ。
 そもそもの話、狙われているアランがデルリアを出ても、それがガリンダミア帝国に伝わらなければ意味がないのだから。
 そうでなければ、ガリンダミア帝国から派遣された者たちがまたデルリアにやって来かねない。
 アランたちはそうならないために、デルリアから出ることにしたのだから。

「そうなります。……それにしても、アラン君も随分と成長しましたね」

 それは、公開試合や心核使いたちとの戦いを見ての言葉だろう。
 イルゼンから褒められたアランは、嬉しく思う。
 とはいえ、今はそれよりも前に聞いておくことがあった。

「それで、死の瞳にかんしては何か分かりましたか?」

 元々、イルゼンたちが別行動を……それも、アランたちに陽動を頼んでまで行動をしたのだ。
 何か重要な相手に会いに行くのだから、当然だろう。

「ええ、ある程度の情報を入手しました」
「それで? 一体、どういうことが分かったんです?」

 自分がこうして目立った成果があったと知り、安堵する。
 そして、具体的に一体どうやって死の瞳を入手したのかを聞くべく、イルゼンに視線を向ける。

「そうですね。簡単に言えば……ガリンダミア帝国には、秘密があるそうです。特にアラン君も会ったという、ビッシュという人物。その人物が何らかの秘密を握っているようですね」

 ビッシュという名前を聞いても、アランはやっぱりかといったようにしか思えない。
 実際にアランがガリンダミア帝国で会ったビッシュは、明らかに普通とは思えない相手だった。

「ビッシュ、ですか。……そう言われると、寧ろ納得出来ますね」

 ビッシュという人物の異様さを考えれば、イルゼンの言葉は間違いなく納得出来るものがあった。

「それで、どうするの? そのビッシュという人物が死の瞳と関係するのは間違いないのでしょう? であれば、このまま逃げてるだけではどうしようもないけど。……それとも、ガリンダミア帝国から脱出する?」

 レオノーラのその言葉は、候補としては十分に有り得るものだ。
 ガリンダミア帝国は、その勢力圏では強い影響力を持っている。
 だが、その勢力圏内から抜け出せば、ガリンダミア帝国であっても好きには出来ない。
 とはいえ、それはあくまでも程度の問題ではあるのだが。
 ガリンダミア帝国がそれでアランを諦めるはずがない以上、今までのように大々的ではなくても、心核使いが派遣されてもおかしくはない。
 そして何より、ガリンダミア帝国は今もまだ隣接している周辺諸国に軍を出しては戦い、占領し、あるいは従属国にしている。
 そのような存在である以上、もしここでガリンダミア帝国から脱出しても、やがてアランたちがいる場所まで勢力を広げるということは十分にあった。
 そして街中で心核使いが暴れればどうなるのかは、アランも自分が心核使いなだけに十分理解出来る。
 あるいは、山の中や森の中といった人がいない場所で暮らしていれば、ガリンダミア帝国の手の者に見つからないだろうし、見つかっても周囲に被害を出すといったようなことはないかもしれない。
 しかし、それは逃げだ。
 アランにしてみれば、ここで逃げるといったような真似をした場合、これからの人生も全て逃げ続けなければならなくなる。
 だからこそ、アランはここで逃げるといったような真似はしたくない。

「いや、逃げない。ここで逃げても、ガリンダミア帝国の手の者は延々とこっちを狙ってくるはずだ」

 これで、アランがゼオンを召喚するといったような特殊な心核使いではなく、普通の心核使いであれば、ガリンダミア帝国から逃げ出せばそれ以上は追ってこないかもしれないが、今の状況を考えると、間違いなくいつまでも追ってくる。
 であれば、アランのやるべきことは一つだけ。

「俺を狙ってくるのなら、相手がガリンダミア帝国のような大国であっても倒す。倒してみせる」

 そんなアランの言葉を聞き、リアとニコラスは自分の息子の成長を喜べばいいのか、危ないことはするなと言えばいいいのか、迷う。
 両親としては、それこそ今のアランの言葉は痛し痒しといったところだろう。
 しかし、そんな二人の様子を気にすることはなく……イルゼンが口を開く。

「分かりました。では、ガリンダミア帝国を倒しましょう」

 そう、告げるのだった。
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