剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

文字の大きさ
上 下
360 / 422
獣人を率いる者

359話

しおりを挟む
 本来は公開試合が行われるだけだったその日は、街の住人にとっては完全に予想外の結末で終わったら。
 もちろん、多くの者もクラリスとゴールスが争い、その結果としてどちらが負けたとしても素直に認めるとは思っていなかった。
 そして実際にゴールスが戦いもせずに負けたとなると、それこそ何を起こしてもおかしくなかったのだが……

「まさか、ゴールスが死んでるなんて」

 報告を聞き、死体を見てもクラリスはその事実をすぐに受け入れるような真似は出来なかった。
 当然だろう。今までずっと自分に刺客を送ってきた相手だ。
 そんな相手が、自分たちとしっかり戦うような真似もせず、そのまま消えたというのは納得出来ないのだろう。

「面倒なことにならずにすんだのは、運がよかったと思うけどな」

 そう告げたのは、アラン。
 実際、ゴールスが死んだというのはこれから先のことを考えれば、クラリスが行動を起こす上で大きな意味を持つ。
 とはいえ、ゴールスが死んだことに対する問題がない訳ではない。
 その中でも、特に大きな問題の一つが……

「獣牙衆をどうするか、よね」

 レオノーラの言葉に、部屋の中にいた者たちが同意する。
 ガーウェイを始めとして、何人かの獣牙衆の者たちはクラリスに協力してはいるが、獣牙衆全体として見た場合、その人数は必ずしも多くはない。
 公開試合でもゴールス側の選手として出場したのを確認すれば分かるように、獣牙衆に所属している獣人の大多数はゴールス側だったのだ。
 そんな中で、ゴールスが死んだ。
 状況から考えれば、それを行ったのはアランたちではなく、襲撃してきた心核使いたちだろう。
 人を殺すのを何とも思っていなかったのは、それこそ邪魔だという理由であっさりと観客たちを殺していたのを見れば明らかだったのだから。
 とはいえ、証拠はない。
 ……何しろ、心核使いたちから逃げる際に、観客たちは必死だった。
 その中では当然のようにゴールスの死体を踏まないようにするといったような真似は出来ず、その死体はかなり損傷が激しくなっていたのだ。
 それこそ、その死体を見た者がゴールスであると確認するのが最初は戸惑ったくらいに。
 幸いだったのは、ゴールスが舞台から消えたとき、クラリスたちは全員が舞台にいたということだろう。
 もしクラリスたちの姿が舞台になかった場合、ゴールスを殺したのはクラリスたちだと言われてもおかしくはなかった。

「ともあれ、これでクラリスが一族を率いることになった訳だし、クラリスを殺そうとしてきたゴールスも、もういない。そういう意味では悪い結果ではないと思いたいな」
「そうね。少し後味は悪いけど、それでもこれ以上クラリスが狙われるようなことがなくなったのは、悪くないわ。少し不安なのは獣牙衆だけど。その辺、獣牙衆の一員としてどう思うの?」

 レオノーラの言葉に、ガーウェイは難しい表情を浮かべながらも口を開く。

「そうだな。獣牙衆には色々な奴がいる。俺を見れば明らかなようにな。だから、ゴールスが死んだ以上、もうクラリスを狙わないといったような者もいれば、自分たちの未来を破壊したといったように思って余計に狙ってくるような奴もいると思う。ただ……」
「ただ?」

 何か言い淀むガーウェイに、レオノーラは先を促すように告げる。
 そんなレオノーラに対し、ガーウェイは少し躊躇いながらも口を開く。

「公開試合に出て来たローレスやシャニットの二人は、獣牙衆の中でも最高峰の技量を持つ。そんな二人がいてもやられたんだ。獣牙衆の中でも動きにくいのは間違いない」
「……シャニットはともかく、ローレスはロルフを相手に圧勝したけど?」
「それでも、負けたのは間違いない。レオノーラが言うように、ローレスは勝った。けど、シャニットは負けただろう?」

 そのシャニットを倒したのがレオノーラなので、ガーウェイとしては微妙な表情を浮かべる。
 ガーウェイも獣牙衆の一員だった。
 それだけに、シャニットがどれだけの実力を持っているのかをこれ以上なくよく知っているのだ。

「ともあれ、私が一族を率いるようになったことに決まりました。これからは色々と大変ではありますが」
「頑張りなさい。今の状況を考えると、大変なのは間違いないわ。けど……これからはもっと大変になるわ」
「そうですね」

 クラリスとレオノーラはそうして言葉を交わす。
 それでもレオノーラが少し残念そうに思えるのは、これからのクラリスの行動を見守ることが出来ないからか。
 アランを狙ってガリンダミア帝国の心核使いたちがここに来たということは、それはつまりアランがメルリアナにあるデルリアという街にいるということをしっかり掴んでいるということを意味している。
 そうである以上、当然だがこのままデルリアにアランたちがいれば、またガリンダミア帝国が戦力を差し向けてくるだろう。
 つまり、アランたちはこのままデルリアにいる訳にはいかない。
 クラリスがデルリアに残って行動するのか、あるいは別の場所で行動するのか。
 その辺については分からないが、クラリスがどのような道を選ぶとしても、アランたちは一緒に行動することは出来ないのだ。
 レオノーラ柄もそれが分かっているからこそ、クラリスに対して色々と話しているのだろう。
 クラリスも、当然その件は理解している、
 ……それでも残念そうな様子を見せないのは、一族を率いる長の立場になることを、自分で決めたからだろう。
 もしそのような立場がなければ、クラリスもアランたちと一緒に行動するといったようなことをしても、おかしくはなかったが。

「それで、アランさんたちはいつ旅立つのですか?」
「出来るだけ早い方がいい。俺がデルリアにいるのを、すでにガリンダミア帝国は知っている。そうである以上、明日にでも旅だった方がいいと思う。それに、イルゼンさんたちと合流した方がいいし」

 そう言うアランだったが、この場合問題なのはどうやってイルゼンたちと合流するかということだろう。
 何しろ、イルゼンたちがどこに行ったのか、アランには分からない。
 そうである以上、デルリアを出たとしてもどこに向かえばいいのかというのは、分からなかった。
 それでも、デルリアで待機しているとなれば、またガリンダミア帝国から心核使いが派遣されかねない。
 今回は幸いにも心核使いと戦ったのが街の外だったので、デルリアには被害が出なかった。……それでも、死人は少ないながらも出てしまったが。
 だが、街の外だったからこそ、死人の数は少なくてすんだのだ。
 もしデルリアの中にいるときに心核使い同士の争いとなれば、それこそ街が壊滅しかねない。
 アランにしてみれば、それは絶対に避けたい。
 この街にはそこまで長い間いた訳ではないが、それでも多少なりとも愛着はある。
 そうならないためには、やはりデルリアから立ち去る必要があった。

「そうですか。……残念ですけど、仕方がないですね」

 アランの言葉に、クラリスがしみじみと告げる。
 クラリスにしてみれば、アランは兄のように慕っている相手だ。
 出来れば一緒にいてほしかったし、もし可能なら自分も一緒にアランと旅立ちたいと思わないでもない。
 だが、今の自分がゴールスを倒し、一族の長となることが決まった身だ。
 まさか、このような状況でアランと一緒に旅立つなどといった真似が出来るはずもない。
 それはクラリスも分かっているのだが、それでも残念に思い……悲しそうな表情になってしまうのは仕方がない。
 クラリスの様子を見たレオノーラは、アランに向かって視線を向ける。
 何か言え、と。そう態度で示されたアランは、少し考えてから口を開く。

「そんなに残念そうな顔をするなって。別にこれが最後の別れって訳じゃないんだ。ガリンダミア帝国の一件が片付いたら、またデルリアに顔を出すよ」
「……本当ですか?」
「ああ。間違いなくな。この街は気に入ってるし」
「分かりました」

 実際には、クラリスがいつまでもデルリアにいるとは限らない。
 クラリスがデルリアに来たのは、あくまでもゴールスとの対決のためなのだから。
 その対決もクラリスの勝利に終わった以上、本来ならクラリスがいつまでもデルリアにいる必要はないのだが……それでも、アランが来るというのであれば、デルリアを拠点にしてもいいと、そう思う。

「姫様、それなら今日はパーティをしたらどうでしょう? アランたちが明日出ていくのなら、その送別会と……そして何より、姫様がゴールスに勝利したことを祝うという意味でも」
「それはいいですね!」

 ロルフの言葉に、クラリスは即座に反応する。
 クラリスにしてみれば、アランたちの送別会というのは全く考えてもいないことだった。
 とはいえ、ロルフからの意見を聞けば、それがこの場に相応しいというのは理解出来た。

「ふむ。ではパーティの用意は儂がしましょう。姫様の勝利を祝う意味でも、ちょうどいいでしょうしな」
「ありがとうござ……え?」

 ギジュに感謝の言葉を口にしようとしたクラリスだったが、ギジュの呼び方が名前ではなく姫様に変わっていたことに気が付き、驚く。
 つい今朝までは、クラリス様と名前で呼んでいたのだ。
 そして名前で呼んでいた理由は、クラリスを尊重しつつも完全に認めてはいなかったから。

「姫様。今までの失礼をお許し下さい。今回の一件……いえ、デルリアに来てからの行動を見て、姫様は十分に一族を率いるに相応しい御方だと判断しました」

 そう言い、ギジュは頭を下げる。
 今までもギジュはクラリスを客人として扱ってきたし、その護衛のために多くの者を雇うなど、力を貸してきた。
 しかし、それは主君に対するものではなく、あくまでも客人に対する扱いでしかない。
 それが突然変わったことにクラリスは驚く。
 ……とはいえ、それを見ている方にしてみれば、特に驚くようなことではない。
 恐らくは今までの生活の中で、ギジュがクラリスを見定めており、それが結果として最終的にはこうして認めるようになったのだろう。
 そう思いながら、アランはまた一人クラリスの味方が増えたことに安堵するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

処理中です...