剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

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獣人を率いる者

341話

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「……え?」

 それは一体誰が口にした言葉だったのか。
 だが、誰が口にした言葉にしろ、その光景を見ていた者は全員が信じられないといった思いを抱いたのは、間違いのない事実だった。
 当然だろう。小柄な少女……場合によっては幼女と呼ばれてもおかしくないようなクラリスが、自分の三倍は大きいだろう熊の獣人の手を握ったかと思うと、次の瞬間には相手が地面を転がったのだから。
 一体何があったのかというのは、それこそ全く理解出来ない光景だった。
 それでもアランたちの方が我に返るのが早かったのは、クラリスならあるいはそのような力を持っていてもおかしくはないと、そう思ったからだろう。

「どうですか? これで大人しく通らせて貰えます?」

 可愛らしく尋ねるクラリスに、地面に転がされた熊の獣人は我に返り、慌てて立ち上がる。
 そのときには、すでにクラリスも相手の手を離しており、距離を取っていた。

「あんた……何者だ?」
「見ての通りの人物ですよ」

 警戒して尋ねる熊の獣人に、クラリスは笑みすら浮かべてそう答える。
 だが、熊の獣人はそんなクラリスの笑みに、強い警戒心を抱く。
 今まで、戦いで負けたことはある。
 力で負けたことも、速度で負けたことも、技術で負けたことも。
 しかし……今は、どうやって転ばされたのか、全く分からなかった。
 その得体のしれなさが、クラリスという少女を相手に強い警戒心を抱いたのだろう。

「柔よく剛を制す……か」

 放たれた場所で一連のやり取りを見ていたアランの口から、そんな言葉が出る。
 そんなアランの言葉に、隣のレオノーラも納得したように口を開く。

「柔道ね」

 それは、アランの前世の記憶を追体験したからこそ、出て来た言葉だ。

「だろうな。とはいえ、正確には似たようなものだろうけど」

 クラリスがアランの前世を知っている訳がない以上、当然のようにクラリスが使った技術は、柔道ではなく別物の何かだろう。

(そもそも、漫画とかならともかく、実際には柔道も基本的には体重別で、体重の多い方が勝つ方が有利なのは間違いなかったし)

 アニメや漫画では、小柄な人物が自分よりも大きな相手を次々と投げるといったような光景も珍しくはなかったが、それはあくまでもアニメや漫画だからの話だ。
 実際には、そういうことはない……と思い、そんな地球の常識がこの世界で通じるはずもないかと思い直す。
 何しろ、この世界は普通に魔法が存在するファンタジー世界であり、それ以外にも心核などという、モンスターに変身するマジックアイテムもあるのだ。
 そんな世界で地球の常識が通じるはずもない。

(けど、それでもああやって地面に転がされただけで、相手が諦めるとは思えない。どうするつもりだ?)

 何かあったら、即座に突っ込めるように準備をしつつ、アランはクラリスと熊の獣人のやり取りを眺める。
 そんなアランの視線の先で、やがて立ち上がった熊の獣人は、警戒した様子で口を開く。

「何で、俺が倒れたときに攻撃しなかった? あのとき攻撃をしていれば、もしかしたら倒せたかもしれねえってのに」
「あら、先程のは挨拶のようなものですよ。貴方たちのような方には、ああやって力を見せるのが一番手っ取り早いでしょう? ……それで、通してくれるかしら?」
「本気か? さっきのように偶然俺を転ばせるような真似をしたくらいで、大人しく道を空けるとでも?」
「開けないのなら、相応の方法によって通ることになりますよ? それでもいいのですか?」

 クラリスのその言葉を最後に、双方共に沈黙を保ってお互いがお互いを見続ける。
 ゴールスの屋敷を守っている者たちのリーダーが熊の獣人であり、それはつまりここにいるゴールスの部下の中で最強なのが熊の獣人であるということを意味していた。
 ごくり、と。
 その光景を見ていた者の誰かが唾を呑む音が周囲に響く。
 普通なら、熊の獣人とクラリスでは、お互いの大きさが違いすぎて一方的にクラリスがやられるだけだろう。
 だが、先程熊の獣人を一瞬にして地面に転がしたというその事実が、クラリスを生半可な強さではないと判断し、この沈黙を生み出していた。
 そして……

「がはははははは!」

 不意に熊の獣人が笑い声を発する。
 それも周囲に響き渡るかのような、そんな笑い声だ。
 それを聞いた者は、何故いきなりそんな笑い声を? といった疑問の視線を熊の獣人に向ける。
 当然だろう。今の状況を考えれば、とてもではないがここは笑うようなところではない。
 だというのに、何故笑ったのか。
 特に、ゴールスの屋敷を守っていた者たちが、熊の獣人に不思議そうな視線を向ける。
 そんな視線を向けられた熊の獣人は、やがて笑いの発作が治まると、満面の笑みを浮かべたまま、口を開く。

「いやぁ、お嬢ちゃんのような強い相手にそうまで言われちゃ、俺としても敵わねえな」
「え? ちょ……ドルギさん!?」

 熊の獣人……ドルギの口から出た言葉に、他の護衛たちが慌てた様子を見せる。
 自分が負けたと、そう示しているのが分かってしまったからだ。
 ゴールスからここを守るように言われていたのに、そんなにあっさりと負けを認めてしまっていいのか。
 そう言いたげな他の者達に向かい、ドルギは強い視線を向けて口を開く。

「何だ? 俺の行動に文句でもあるのか? なら、それはそれでいい。やり合って決めてもいいんだぜ?」

 そう言われると、他の者たちも迂闊に何も言えなくなる。
 ここで何か不満を口にしたりすれば、本気でドルギと戦うといったようなことになりかねないからだ。
 そしてもしドルギと戦った場合、自分たちに勝ち目はないと、そう皆が理解している。
 それだけドルギは、この場で実力者として認められるだけの実力を持っていた。
 ……そんなドルギを、呆気なく地面に倒してしまったクラリスの技術は、それこそ見ている者にとって一体どれだけのものだったのかと、そんな風に思う者も多い。
 それでも、ゴールスの屋敷を守っていた者は、本当にこのままドルギの言う通りにアランたちを屋敷の中に入れてもいいのかと、そんな風に思う。
 それでも、ドルギの様子を見ればここで何かを言うような真似は出来ない。

「では、中に通して貰えますか?」
「しょうがねえな。ただ……何人もって訳にはいかねえ。俺もこの屋敷を守れって命令されてここにいるからな。それを思えば、お前を入れて三人だ。三人だけ、中に入れてもいい」

 ドルギのその言葉に、クラリスは少し迷う。
 今の自分の状況を考えると、出来れば護衛は多ければ多い程にいいのだから。
 クラリスとしては、現在連れていくべき候補は三人。
 まず、今までずっと自分を守ってきてくれたロルフ。
 そして、兄のように慕っているアラン。
 最後に、個人的には面白くないが、現在ここにいる中で最強の戦力と呼んでもいい……そんな人物たる、レオノーラ。
 そして自分を入れると四人。

「私以外に三人。全部で四人に出来ませんか?」
「却下だ」

 クラリスの提案を、ドルギは即座に首を横に振って否定する。
 そんなドルギの様子を見て、クラリスは考え……やがて、決める。

「アランさん、レオノーラさん、私と一緒に来て下さい」
「姫様っ!?」

 まさか、自分の名前が呼ばれないとは思わなかったのだろう。
 ロルフは信じられないといった様子で叫ぶ。

「ロルフ、貴方には悪いと思いますが、三人となるとそうなります。許して下さい」

 それは、ロルフにとっては残酷な言葉だっただろう。
 だが、クラリスに忠誠を誓っているロルフは、その言葉に色々と思うところはあれど、結局不満を口にすることはなかった。
 自分がここで何を言っても、それは負け惜しみでしかない。
 あるいは、これでアランとレオノーラという腕利きの二人でなく、別の人物であれば、ロルフも不満を口にしたかもしれない。
 だが、レオノーラが圧倒的な強さを持っているのは、自分の目で確認しているし、アランにいたってはデルリアに到着するまでの間に、ゼオンの武器を召喚して起こした破壊の数々を自分の目で見ている。
 心核使いではなく、単純に生身での戦いとなれば、アランはそこまで頼りになる訳ではないが……それでも、何かあったときのことを考えれば、ゼオンの武器の召喚というのは折り紙付きだ。

「分かりました。……お気を付けて」

 結局ロルフの口から出たのは、それだけだ。
 そうしてアランとレオノーラがクラリスの側に向かうと、そんな二人を見たドルギが不思議そうにする。
 ドルギから見て、レオノーラが強者だというのは分かる。
 だが、アランはどう見ても強者には思えなかったのだ。
 もっとも、相手の実力を見抜くという意味であれば、クラリスもそんなに強いとは思えなかったのに、自分は一瞬にして地面に転がされたのだ。
 そう思えば、アランの力を見抜くことも出来ないのではないかと、そう思ってもおかしくはない。

「そっちの美人はともかく、こっちの男はそう強そうに見えないけどな。それでもいいのか? 何かあったとき、どうなるかは考えるまでもないだろう?」
「アランさんは強いですよ。それこそ、本気になれば……いえ、何でもありません」

 意味ありげに、途中で言葉を切るクラリス。
 そんなクラリスの様子に、ドルギは改めてアランに視線を向ける。
 自分を苦もなく捻ったクラリスの言葉だけに、もしかしたら単純に自分が実力を見誤っているだけなのではないかと、そのように思ったのだ。
 だが、改めてアランを見ても、そんなに強いようには思えない。

「まぁ、いい。……通りな」

 結局アレンの実力を見抜くのは自分には不可能だと判断し、そう口に出す。
 ドルギが道を空けた以上、他の者たちも迂闊に手を出す訳にはいかず……アランたちは、これ以上は誰にも邪魔されることなく、ゴールスの屋敷の敷地内に入る。

「それにしても、クラリス。お前実は強かったのか?」

 アランは周囲に聞こえないように、そうクラリスに尋ねる。
 アランにしてみれば、ドルギのような相手を一瞬で地面に転ばせることが出来るような技術をクラリスが持っているとは思えなかったからだ。
 しかし……クラリスはそんなアランの言葉に、笑みを浮かべつつも首を横に振る。

「あれは、向こうが何も知らないから上手くいっただけです。恐らく、二度目は通じないでしょう。私の一族に伝わる護身術なのですが……」

 その言葉を信じればいいのかどうか、アランは微妙な表情を浮かべるのだった。
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