剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

文字の大きさ
上 下
342 / 422
獣人を率いる者

341話

しおりを挟む
「……え?」

 それは一体誰が口にした言葉だったのか。
 だが、誰が口にした言葉にしろ、その光景を見ていた者は全員が信じられないといった思いを抱いたのは、間違いのない事実だった。
 当然だろう。小柄な少女……場合によっては幼女と呼ばれてもおかしくないようなクラリスが、自分の三倍は大きいだろう熊の獣人の手を握ったかと思うと、次の瞬間には相手が地面を転がったのだから。
 一体何があったのかというのは、それこそ全く理解出来ない光景だった。
 それでもアランたちの方が我に返るのが早かったのは、クラリスならあるいはそのような力を持っていてもおかしくはないと、そう思ったからだろう。

「どうですか? これで大人しく通らせて貰えます?」

 可愛らしく尋ねるクラリスに、地面に転がされた熊の獣人は我に返り、慌てて立ち上がる。
 そのときには、すでにクラリスも相手の手を離しており、距離を取っていた。

「あんた……何者だ?」
「見ての通りの人物ですよ」

 警戒して尋ねる熊の獣人に、クラリスは笑みすら浮かべてそう答える。
 だが、熊の獣人はそんなクラリスの笑みに、強い警戒心を抱く。
 今まで、戦いで負けたことはある。
 力で負けたことも、速度で負けたことも、技術で負けたことも。
 しかし……今は、どうやって転ばされたのか、全く分からなかった。
 その得体のしれなさが、クラリスという少女を相手に強い警戒心を抱いたのだろう。

「柔よく剛を制す……か」

 放たれた場所で一連のやり取りを見ていたアランの口から、そんな言葉が出る。
 そんなアランの言葉に、隣のレオノーラも納得したように口を開く。

「柔道ね」

 それは、アランの前世の記憶を追体験したからこそ、出て来た言葉だ。

「だろうな。とはいえ、正確には似たようなものだろうけど」

 クラリスがアランの前世を知っている訳がない以上、当然のようにクラリスが使った技術は、柔道ではなく別物の何かだろう。

(そもそも、漫画とかならともかく、実際には柔道も基本的には体重別で、体重の多い方が勝つ方が有利なのは間違いなかったし)

 アニメや漫画では、小柄な人物が自分よりも大きな相手を次々と投げるといったような光景も珍しくはなかったが、それはあくまでもアニメや漫画だからの話だ。
 実際には、そういうことはない……と思い、そんな地球の常識がこの世界で通じるはずもないかと思い直す。
 何しろ、この世界は普通に魔法が存在するファンタジー世界であり、それ以外にも心核などという、モンスターに変身するマジックアイテムもあるのだ。
 そんな世界で地球の常識が通じるはずもない。

(けど、それでもああやって地面に転がされただけで、相手が諦めるとは思えない。どうするつもりだ?)

 何かあったら、即座に突っ込めるように準備をしつつ、アランはクラリスと熊の獣人のやり取りを眺める。
 そんなアランの視線の先で、やがて立ち上がった熊の獣人は、警戒した様子で口を開く。

「何で、俺が倒れたときに攻撃しなかった? あのとき攻撃をしていれば、もしかしたら倒せたかもしれねえってのに」
「あら、先程のは挨拶のようなものですよ。貴方たちのような方には、ああやって力を見せるのが一番手っ取り早いでしょう? ……それで、通してくれるかしら?」
「本気か? さっきのように偶然俺を転ばせるような真似をしたくらいで、大人しく道を空けるとでも?」
「開けないのなら、相応の方法によって通ることになりますよ? それでもいいのですか?」

 クラリスのその言葉を最後に、双方共に沈黙を保ってお互いがお互いを見続ける。
 ゴールスの屋敷を守っている者たちのリーダーが熊の獣人であり、それはつまりここにいるゴールスの部下の中で最強なのが熊の獣人であるということを意味していた。
 ごくり、と。
 その光景を見ていた者の誰かが唾を呑む音が周囲に響く。
 普通なら、熊の獣人とクラリスでは、お互いの大きさが違いすぎて一方的にクラリスがやられるだけだろう。
 だが、先程熊の獣人を一瞬にして地面に転がしたというその事実が、クラリスを生半可な強さではないと判断し、この沈黙を生み出していた。
 そして……

「がはははははは!」

 不意に熊の獣人が笑い声を発する。
 それも周囲に響き渡るかのような、そんな笑い声だ。
 それを聞いた者は、何故いきなりそんな笑い声を? といった疑問の視線を熊の獣人に向ける。
 当然だろう。今の状況を考えれば、とてもではないがここは笑うようなところではない。
 だというのに、何故笑ったのか。
 特に、ゴールスの屋敷を守っていた者たちが、熊の獣人に不思議そうな視線を向ける。
 そんな視線を向けられた熊の獣人は、やがて笑いの発作が治まると、満面の笑みを浮かべたまま、口を開く。

「いやぁ、お嬢ちゃんのような強い相手にそうまで言われちゃ、俺としても敵わねえな」
「え? ちょ……ドルギさん!?」

 熊の獣人……ドルギの口から出た言葉に、他の護衛たちが慌てた様子を見せる。
 自分が負けたと、そう示しているのが分かってしまったからだ。
 ゴールスからここを守るように言われていたのに、そんなにあっさりと負けを認めてしまっていいのか。
 そう言いたげな他の者達に向かい、ドルギは強い視線を向けて口を開く。

「何だ? 俺の行動に文句でもあるのか? なら、それはそれでいい。やり合って決めてもいいんだぜ?」

 そう言われると、他の者たちも迂闊に何も言えなくなる。
 ここで何か不満を口にしたりすれば、本気でドルギと戦うといったようなことになりかねないからだ。
 そしてもしドルギと戦った場合、自分たちに勝ち目はないと、そう皆が理解している。
 それだけドルギは、この場で実力者として認められるだけの実力を持っていた。
 ……そんなドルギを、呆気なく地面に倒してしまったクラリスの技術は、それこそ見ている者にとって一体どれだけのものだったのかと、そんな風に思う者も多い。
 それでも、ゴールスの屋敷を守っていた者は、本当にこのままドルギの言う通りにアランたちを屋敷の中に入れてもいいのかと、そんな風に思う。
 それでも、ドルギの様子を見ればここで何かを言うような真似は出来ない。

「では、中に通して貰えますか?」
「しょうがねえな。ただ……何人もって訳にはいかねえ。俺もこの屋敷を守れって命令されてここにいるからな。それを思えば、お前を入れて三人だ。三人だけ、中に入れてもいい」

 ドルギのその言葉に、クラリスは少し迷う。
 今の自分の状況を考えると、出来れば護衛は多ければ多い程にいいのだから。
 クラリスとしては、現在連れていくべき候補は三人。
 まず、今までずっと自分を守ってきてくれたロルフ。
 そして、兄のように慕っているアラン。
 最後に、個人的には面白くないが、現在ここにいる中で最強の戦力と呼んでもいい……そんな人物たる、レオノーラ。
 そして自分を入れると四人。

「私以外に三人。全部で四人に出来ませんか?」
「却下だ」

 クラリスの提案を、ドルギは即座に首を横に振って否定する。
 そんなドルギの様子を見て、クラリスは考え……やがて、決める。

「アランさん、レオノーラさん、私と一緒に来て下さい」
「姫様っ!?」

 まさか、自分の名前が呼ばれないとは思わなかったのだろう。
 ロルフは信じられないといった様子で叫ぶ。

「ロルフ、貴方には悪いと思いますが、三人となるとそうなります。許して下さい」

 それは、ロルフにとっては残酷な言葉だっただろう。
 だが、クラリスに忠誠を誓っているロルフは、その言葉に色々と思うところはあれど、結局不満を口にすることはなかった。
 自分がここで何を言っても、それは負け惜しみでしかない。
 あるいは、これでアランとレオノーラという腕利きの二人でなく、別の人物であれば、ロルフも不満を口にしたかもしれない。
 だが、レオノーラが圧倒的な強さを持っているのは、自分の目で確認しているし、アランにいたってはデルリアに到着するまでの間に、ゼオンの武器を召喚して起こした破壊の数々を自分の目で見ている。
 心核使いではなく、単純に生身での戦いとなれば、アランはそこまで頼りになる訳ではないが……それでも、何かあったときのことを考えれば、ゼオンの武器の召喚というのは折り紙付きだ。

「分かりました。……お気を付けて」

 結局ロルフの口から出たのは、それだけだ。
 そうしてアランとレオノーラがクラリスの側に向かうと、そんな二人を見たドルギが不思議そうにする。
 ドルギから見て、レオノーラが強者だというのは分かる。
 だが、アランはどう見ても強者には思えなかったのだ。
 もっとも、相手の実力を見抜くという意味であれば、クラリスもそんなに強いとは思えなかったのに、自分は一瞬にして地面に転がされたのだ。
 そう思えば、アランの力を見抜くことも出来ないのではないかと、そう思ってもおかしくはない。

「そっちの美人はともかく、こっちの男はそう強そうに見えないけどな。それでもいいのか? 何かあったとき、どうなるかは考えるまでもないだろう?」
「アランさんは強いですよ。それこそ、本気になれば……いえ、何でもありません」

 意味ありげに、途中で言葉を切るクラリス。
 そんなクラリスの様子に、ドルギは改めてアランに視線を向ける。
 自分を苦もなく捻ったクラリスの言葉だけに、もしかしたら単純に自分が実力を見誤っているだけなのではないかと、そのように思ったのだ。
 だが、改めてアランを見ても、そんなに強いようには思えない。

「まぁ、いい。……通りな」

 結局アレンの実力を見抜くのは自分には不可能だと判断し、そう口に出す。
 ドルギが道を空けた以上、他の者たちも迂闊に手を出す訳にはいかず……アランたちは、これ以上は誰にも邪魔されることなく、ゴールスの屋敷の敷地内に入る。

「それにしても、クラリス。お前実は強かったのか?」

 アランは周囲に聞こえないように、そうクラリスに尋ねる。
 アランにしてみれば、ドルギのような相手を一瞬で地面に転ばせることが出来るような技術をクラリスが持っているとは思えなかったからだ。
 しかし……クラリスはそんなアランの言葉に、笑みを浮かべつつも首を横に振る。

「あれは、向こうが何も知らないから上手くいっただけです。恐らく、二度目は通じないでしょう。私の一族に伝わる護身術なのですが……」

 その言葉を信じればいいのかどうか、アランは微妙な表情を浮かべるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

処理中です...