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メルリアナへ

316話

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「えーっと、これは一体……」

 いきなり目の前で起こった光景に、アランは驚きながら呟く。
 当然だろう。まさかいきなり壁が破壊されるといったようなことが起きるとは、思ってもいなかったのだから。
 あるいは、壁を破壊して自分たちに攻撃をしてくる不意打ちなのでは? と一瞬思わないでもなかったが、攻撃される様子はない。

「はっ、この程度の連中を揃えたところで、俺をどうにか出来ると思ってるのか!? 俺がいる限り、クラリスに手を出させるつもりはねえっ!」

 破壊された壁の向こうから聞こえてくる声は、ガーウェイの声。
 それがまた、一瞬アランの反応を鈍らせる。
 今の言葉を聞く限り、ガーウェイはクラリスを守って叫んだのは間違いない。
 また、改めて破壊された壁……いや、その先にあった場所を見てみると、破壊されたのとは反対側の壁に、誰かがめり込んで気絶している。

(つまり、ガーウェイがクラリスを守ったのか? 何で?)

 アランの中では、すでに半ばガーウェイというのは敵という認識だった。
 だからこそ、内心では呼び捨てにして区別していたのだが……

「アラン、そろそろ中に入った方がいいのではないかな? この状況を見れば、やはり敵がいるのは間違いないのだから」
「あ、そうですね」

 アランはジャスパーの声で我に返ると、ガーウェイが攻撃したのだろう相手が開けた穴をちょうどいいと判断し、そこから中に入る。

「アラン!?」

 壁の穴の側にいたロルフが、突然中に入ってきたアランを見て驚きの声を上げる。
 当然だろう。まさかこのようなときにアランが姿を現すとは、思ってもいなかったのだから。
 アランはそんなロルフをよそに、部屋の中にいるクラリスの様子を確認する。
 特に被害を受けた様子はない。
 ……もっとも、クラリスには言葉だけで相手を強制的に動かすことが出来る言霊といった能力がある。
 それを思えば、もしワストナがクラリスに何か危害を加えようとしても、そう簡単には出来ないだろう。
 もっとも、言霊も絶対の能力という訳ではない。
 ようは、クラリスに言葉を発せさせなければいいのだから、その気になれば防ぐ方法は幾らでも存在するだろう。
 そのような真似をさせないために、ロルフたちがいるのだが。

「どうやら無事か」

 クラリスの無事な様子を見て、アランは安堵する。
 そんなアランに対し、ロルフは当然だと頷く。

「ガーウェイさんがいるんだから、姫様に危害が加えられる訳がないだろ?」

 ロルフにしてみれば、ガーウェイは自分の兄貴分とも呼ぶべき存在だ。
 ましてや、そのガーウェイは今はもう獣牙衆の一員になっている。
 それだけに、ガーウェイがいる以上はクラリスに危害が咥えられることはないと、そう判断していたのだろう。
 アランにしてみれば、ガーウェイは昨夜の一件で怪しい存在だと思っているだけに、完全に信じるような真似は出来なかったのだが。

「アランさん!」

 アランの姿を見て、クラリスは笑みを浮かべる。
 兄のように慕っているアランが、この状況で助けにきてくれたことがそれだけ嬉しかったのだろう。

「クラリス、無事だったみたいだな」
「はい。ですが……」

 そう言い、クラリスは悲しそうな視線を部屋の隅いる獣人に向ける。
 ぞの人物が誰なのかは、アランにもすぐに分かった。
 ワストナ……つまり、今日クラリスが会いに来た相手だろう。
 そのワストナは、顔が人間で耳が獣という猿の獣人なのが、今は苛立ちも露わにアランたちの方を睨んでいる。
 クラリスの暗殺……あるいは誘拐に失敗し、ガーウェイによって部下を吹き飛ばされ、それによって壁を破壊され、そこからさらにアランたちが姿を現したのだから、それで起こるなという方が無理だった。

「何をやっている! 何故そのような連中を倒すことが出来んのだ!」

 部下の不甲斐なさにワストナは苛立ちを込めて叫ぶ。
 しかし、それでもワストナの部下たちは動くことが出来ない。
 このような状況で用いられるだけあって、ワストナの部下たちも相応の強さは持っているのだろう。
 だが、それはあくまでも相応でしかない。
 少なくても、ガーウェイのような獣牙衆に所属することが出来るような相手を倒せるだけの実力はなかった。
 また、ロルフたちもクラリスの護衛を任されているだけに、相応の強さは持っている。
 そんなところで、さらにアランやジャスパー、それ以外の護衛たちも姿を現したのだから、ワストナの部下としてはどうにかしろと言われても素直に頷くことは出来ない。
 とはいえ、雇い主のワストナにそんなことを言っても聞き入れられるはずはない。
 今回の一件は、ワストナにとってもある意味で賭けに近い。
 そうして一歩を踏み出してしまった以上、ワストナはここで退くといった真似は出来なかった。

「ワストナ様、あの人を呼んで下さい! 俺たちも頑張りますが、俺たちだけではどうにも出来ません! 抑えるだけで精一杯です!」

 ワストナの部下の一人がそう叫び、ワストナは苛立ち混じりに言葉を返す。

「ふざけるな! どうにか出来ると言っただろうが! 奴を使えば、どうなるか分かっているだろう!」

 その叫びは怒りもあるが、それ以上に恐怖がある。
 それだけで、アランが嫌な予感を覚えるのは当然だった。
 自分たちを騙し討ちするような者が、使うのを拒否する相手。
 ましてや、ワストナが絶対的に不利だという今の状況であるにもかかわらず、使おうとはしないのだ。
 このような状況で嫌な予感を覚えるなという方が無理だった。

(となると、あの人とかいう奴が出て来る前にワストナを確保してしまった方がいいんだろうな……どうだろうな)

 ワストナとクラリスが会談を行っていた部屋は、それなりの広さを持つ。
 だが、それはあくまでもでも部屋としてはの話であって、この人数が戦う場所として考えれば決して十分ではない。
 アランがワストナを確保しようとしても、周辺にいる護衛の者たちがそれを防ぐだろう。
 ここがもっと広ければ、相手に見つからないように大きく回り込むといった真似も出来るのかもしれないが。

(いや、今は出来もしないことを考えているような余裕はないか。とにかく、この状況を何とかする必要があるだけだ)

 アランは視線をジャスパーに向ける。
 この中で、一番頼りになるのが誰なのかは、明らかだったから。
 あるいは、ガーウェイも獣牙衆の一員ということで頼りになるだけの強さを持っているのかもしれないが、生憎とまだアランはガーウェイに対する疑惑を完全に払拭した訳ではない。
 であれば、やはりここは一番信じられる相手に頼むのが最善だろう。
 そんなアランの視線を向けられたジャスパーは、無言で頷く。
 アランが何を言いたいのか、理解したのだろう。
 ジャスパーにしてみれば、部屋の中にいる敵をどうにかするのは難しい話ではない。
 それどころか、殺すのではなく出来るだけ生かして倒す方が難易度が高いとすら思ってしまう。

(そうなるとまずは……いつ行動を起こすかだな)

 タイミングを見計らい……だが次の瞬間、ジャスパーは鋭い視線を自分たちがやってきた通路に向ける。

「ジャスパーさん?」
「中に入って下さい。どうやら、非常に厄介な相手が来たようです。先程の話から考えると、あの人とやらでしょうかね」

 そのジャスパーの言葉に、アランは緊張する。
 あれだけの強さを持つジャスパーがそのような事を言う以上、間違いなく相手は強い。
 ワストナがまだ呼んでいないのに、何故ここに来たのか。
 それはアランにも分からなかったが、ともあれ落ち着きつつあったこの状況に一波乱あるのは間違いのない事実だ。
 とはいえ……ある意味で運がいいこともである。

「ガーウェイさん、強い敵が接近中です!」
「ほう? 例のあの人とやらか? 俺が感じるよりも前に気が付くとは、やるじゃねえか」

 ガーウェイは狼の獣人だけに、五感……特に嗅覚が鋭い。
 だというのに、アランは敵の接近に自分よりも早く気が付いたのだ。……実際には、気が付いたのはアランではなくジャスパーなのだが。
 だが、お互いにその辺については気が付かない。

「ジャスパーさんが戦ってくれるそうですけど、ガーウェイさんにも援軍をお願い出来ますか?」
「あん? 俺だけか? お前は?」

 ガーウェイにしてみれば、アランは近付いてくる敵の存在を自分よりも素早く感じた相手だ。
 そうである以上、戦いにも当然のように参加するのだろうと思っていた。
 だというのに、今のやりとりから考えると、アランは戦いに参加しないように思える。

「廊下が狭いですから、複数の……」
「待て! 貴様ら、何を言っている!」

 アランに最後まで言わせず叫んだのは、ワストナ。
 自分の屋敷で好き勝手な真似をさせてたまるかと、そんな思いから叫んだのだろう。
 だが、アランを含めてクラリス側の者たちにしてみれば、クラリスに危害を加えようとした相手という時点で、そんな相手の言葉など聞く必要はない。
 クラリスも、ワストナを殺すといったようなこと主張した場合は反対したかもしれないが、屋敷の中で暴れて破壊されるのなら、特に何も言うつもりはなかった。

「さて、じゃあどんな敵が来るのか、楽しみだな」
「おい!」

 自分の言葉を全く聞く様子がない……それ以前に完全に無視しているガーウェイに、ワストナは怒りと共に叫ぶ。
 デルリアという街でも、間違いなく上位の資産家であるワストナにしてみれば、ガーウェイが自分の言葉を全く気にせず無視しているのが面白くなかったのだろう。
 デルリアにしてみれば、ガーウェイが獣牙衆の一員だと知っていても、このデルリアでは自分の方が権力があると、そう思っているのだ。
 実際、その考えは決して間違っている訳ではない。
 間違っていないが、今のこの状況でその権力が何の役に立つのかというのを、分かっていなかった。
 いくら権力があったあところで、目の間にある圧倒的な暴力から逃げるといったような真似は出来ないのだから。
 ガーウェイが向けてきた視線にそれを察したのか、ワストナは何も言えなくなり……そんなワストナを鼻で笑うと、ガーウェイは廊下に出るのだった。
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