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メルリアナへ

312話

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 ギジュの屋敷で初めて迎える夜は、豪華な夕食となった。
 ギジュがクラリスのために……そしてクラリスの護衛をしてきたゴドフリーやロルフたちのために、奮発してくれたのだろう。
 アランとジャスパーも、当然その夕食に招かれている。

「うん、美味いな。ギジュさん、これって凄い美味いですね」

 肉の塊を食べていたロルフは、満足そうにそう告げる。
 実際、その料理はただ肉の塊を焼いただけではなく、様々な香辛料が使われており、火の入れ具合もしっかりと計算されていた。
 肉の中心部分がピンク色になっているのを見たアランは、ローストビーフ? といった印象を持つ。
 とはいえ、アランの知っているローストビーフというのは、あくまでもスーパーで売ってるようなローストビーフでしかなく、本当の料理人が作ったローストビーフを食べたことはない。
 そういう意味で、本当に美味いローストビーフがどういうのかは分からない。
 ……いや、実際にはアランにとってはスーパーで売ってるローストビーフも十分に美味いと思えたのだが。
 ともあれ、そんな前世の記憶を持つアランにしても、その肉料理は十分美味いと思えた。
 こっそりと隣のジャスパーに視線を向けると、貴族として生まれ育ち、多くの美食を味わってきたジャスパーもまた、そんなローストービーフ――牛肉ではないし、正確には違う料理名なのだろうが――を食べて、少し驚きの表情を露わにしているのを見れば、やはりこの料理は一級品なのだろうと、そう思える。
 一応アランも雲海が貴族のパーティに呼ばれたときは、一緒に行って料理を食べたりといったこともしていたのだが、そんなアランでも夕食として出された料理はどれも美味いと思えた。

「皆さん、喜んで貰えたようで何よりです。……ただ、食事の最中ですが、少し残念な話をしなければなりません」

 ギジュのその言葉に、食事をしていた面々は顔を上げる。
 すでにギジュから話は聞いているのか、その隣ではクラリスが真剣な表情を浮かべていた。
 そんなクラリスの表情を見れば、ギジュの言っている残念な話というのが決して嘘でないというのが理解出来た。
 アランたちの視線を向けられたギジュは、憂鬱そうな様子で口を開く。

「ゴールスですが、獣牙衆を大々的に動かすようにしたようです。ただ、幸いなことに獣牙衆の中には、ゴールスには従えないと判断してこちらに手を貸してくれる者も何人かいます。……もちろん、ゴールスに協力している者たちに比べれば少数ですが」

 その言葉は、アランたちを喜ばせるには十分だった。
 実際、獣牙衆が全面的に敵に回るよりは、明らかに有利な点となる。
 もっとも、だからといって今まで以上に獣牙衆がゴールスに協力するとなれば、それはそれで色々と不味いことになるのだが。

「何人かでも獣牙衆が味方になってくれるのは嬉しいですね。……ですがその、私が言うのも何ですが、その相手は本当に信じてもいいのですか? もしかしたら、こちら側に潜入するためにそのような形を取っているといった可能性も……」

 ゴドフリーの言葉に、話を聞いていた者たちはなるほどと頷く。
 実際、今まで何人かの獣牙衆がクラリスを狙って襲ってきた。
 その中には、サスカッチのように自分に勝った相手に従うといたようなことをする者もいたが、そのような者は少数だろう。
 実際、サスカッチもそのように言っていたのだから、確実だ。
 そうアランが思っていると、アランの横でギジュの話を聞いていたジャスパーが、不意に視線を食堂の入り口に向ける。
 隣にいるアランだからこそ、そんなジャスパーの様子に気が付き、その視線を追うと……

「へぇ、この距離で俺に気が付ける奴がいたのか。さすがだな」

 と、食堂の入り口にいた人物がそんなことを言いながら中に入ってくる。
 その人物が食堂に入り口にいたことに気が付いたのは、ジャスパーだけだった。
 だが、その人物にしてみればそれで十分驚きだったのだろう。

「ガーウェイさん!?」

 そんな人物の姿を見て、驚きの……そして喜びの声を上げたのは、ロルフ。
 ガーウェイと名前を呼んだことから、知り合いだったのは間違いないだろう。

(同じ狼系の獣人だし、顔見知りでもおかしくないのか? それに、今の状況を考えると……)

 ギジュが言っていた、獣牙衆がこちらに協力してくれる人物が誰なのかというタイミングで姿を現したのだから、その人物こそがそのような人物なのだと予想するのは難しい話ではない。
 ましてや、ロルフが敬語を使って名前を呼んでいるのだ。
 その人物は間違いなくロルフよりも強いのだろう。

「おう、ロルフか。お前もまだまだな。俺の存在にもう少し早く気が付いて欲しかったんだがな」

 年齢は三十代半ば程か。
 ロルフに向かって声をかける様子は、親しみに満ちていた。
 そんな様子を見れば、二人の関係を予想するのは難しくはない。

(多分、ロルフの師匠……師匠? 師匠とまではいかないか? 兄貴分とか、そんな感じか? ともあれ、親しいのは見たところ間違いない)

 アランはロルフの様子から見て、そう予想する。
 そんなアランの横では、ジャスパーもまたガーウェイと呼ばれた狼の獣人を見て、少しだけ驚いた様子を見せている。
 ジャスパーから見ても、ガーウェイは十分な強さを持っているということの証なのだろう。

「俺と他にも何人か、こっち側につくことにした。……獣牙衆全体から見れば少ないけど、ちょとした戦力なのは間違いないぜ?」
「ガーウェイさんがいるだけで、安心出来ますよ!」

 そう言うロルフの様子は、普段とは全く違う。
 それこそ、普段のロルフはここまで露骨に感情を表に出すようなことはしない。
 いや、不満そうな様子を見せたりといったようなことはあるので、全く何の表情も出さないといった訳ではないだのだが。

「ガーウェイさん、よく来て下さいましたな。……他の方は?」

 ギジュは笑みを浮かべ、食堂に姿を現したガーウェイに尋ねる。
 そんなギジュに対し、ガーウェイは頭を掻きながら口を開く。

「他の連中は少し遅れるらしい。とはいえ、それでも今夜中には屋敷にやって来るって話だったからな。まぁ、あの連中ならそこまで心配する必要もないだろうさ」
「そうですか。では、他の方々に会えるのを楽しみにしておきましょう。……クラリス様、彼が獣牙衆の一人、ガーウェイ殿です」

 ギジュは隣に座っているクラリスにそう説明する。
 ロルフとのやり取りで、当然クラリスも相手がどのような人物なのかは理解出来ていたのだろう。
 クラリスは笑みを浮かべ、口を開く。

「ガーウェイさん、私を守るために協力してくれるのは非常に嬉しいです。ですが……いいのですか? 私に味方をするということは……」
「ゴールスと敵対するということですね?」

 ロルフに対してのものとは違う、丁寧な言葉遣い。
 クラリスがどのような存在なのか、理解しての言葉遣いなのだろう。

「ええ。彼の影響力は、私よりもむしろ獣牙衆の一員であるガーウェイさんの方が理解しているのでは?」

 その言葉は、クラリスにとって真剣なものだ。
 実際にゴールスが獣牙衆を動かし、クラリスたちを襲わせたのは間違いのない事実なのだから。
 そのような状況にもかかわらず、ガーウェイを含めた数人が自分に協力してくれるというのだから、嬉しいのは間違いない。
 嬉しいのは間違いないが、厳しい言い方をすればどれだけの強さを持っていても、いざというときに頼りにならない護衛というのは、下手な敵よりも厄介な相手なのだ。
 だからこそ、本当に信じることが出来るかどうか。
 それをしっかりと確認する必要があった。
 ガーウェイも、そんなクラリスの様子から何を求められているのか理解しているのだろう。
 真剣な表情で頷き、口を開く。

「ゴールスが強い影響力を持っているのは間違いないです。ですが……だからといって、何をしてもいい訳ではない。獣牙衆は本来ならこのようなことに使われるような者たちではないというのを、示す必要があるかと。失礼を承知の上で言わせて貰えば、私はクラリス様を守るために味方をすると決めた訳ではありません」
「ガーウェイさんっ!?」

 ガーウェイの口から出たその言葉に、最初に驚きの声を上げたのはロルフだ。
 自分が尊敬する相手だっただけに、まさかそのようなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。
 しかし、そんなロルフをクラリスは視線で抑える。
 まだ小さい……いや、幼いという表現が正しいクラリスだったが、ロルフを抑えたその視線は十分に獣人たちを率いるだけの威厳があった。
 そうして何かを言おうとしたロルフは何も言えなくなり、食堂の中には静寂だけが満ちる。
 数秒……あるいは数十秒くらいが経過し、やがてそんな中でクラリスが口を開く。

「貴方の目的は分かりました。ですが、今回の一件は下手をすればそのようなこととは全く関係のない出来事になってしまうかもしれません。それは分かっていますか?」
「……それは一体どのような意味です? クラリス様をゴールスから守る。そうすればゴールスの力は落ちると思いますが」

 ガーウェイにしてみれば、本人が口にしたようにクラリスを守るといったことよりも、ゴールスの影響力を下げる方が優先される。
 だからこそこうしてクラリスを守ろうとしているのだ。
 だというのに、それに意味がないかもしれないと言われれば、それが許容出来るはずもない。

「そうですね。少し言い方を間違えました。結果的にゴールスの影響力は落ちるかもしれません。ですが、今回の一件の本当の意味はそのようなところにあるのではなく、獣人族の中でも大きな一族である私たちの未来が懸かっていると、そう言った方がいいでしょう」

 普通なら、クラリスのような子供がそのようなことを口にしても、何を大袈裟なと笑われてもおかしくはない。
 だが、今のクラリスはそのようなことは関係なく、耳を傾けなければならないような、そんな何かが間違いなく存在している。
 それはアランたちだけではなく、ジャスパーであっても……そしてガーウェイやギジュのような者たちにとっても、真剣に受け止めざるを得なかった。
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