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メルリアナへ

307話

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 蛇の獣人が倒されてから少しすると、探索者たちが集まってくる。
 そんな中には、最初に聞こえた雄叫びを上げた狼の獣人と戦っていた探索者もいたのだが……

「向こうが不利だったというのもあるだろうけど、予想していた以上にあっさりと逃げたな」

 そう告げる探索者は、自分が有利だったと口にしてはいるものの、斬り傷の類が何ヶ所かある。
 口にしたほどに、男が有利だったという訳でもないのだろう。

「あっさり、ね。そうなると、あの蛇の獣人が負けた……というか、消滅したのを察知した敵がいたのかしら」

 レオノーラの言葉に、その場にいる者たちの視線が一人に向けられる。
 獣牙衆の一員として、最初こそクラリスを連れ去ろうと攻撃をしてきたものの、ロッコーモによってあっさりと倒されてしまったサスカッチだ。
 元々獣牙衆のメンバーであるというよりも、強さこそ全てといった性格をしているので仲間の情報を口にするのに、そこまで忌避感はない。
 周囲の者たちの視線から、何を期待されているのかを察したサスカッチは口を開く。

「うーん……俺が知ってる限りだと、獣牙衆の中で一番隠密能力に長けていたのはナージャ……蛇の獣人だからな。あいつは普通の獣人と色々と違うところが多かったし」

 そのサスカッチの言葉に、ナージャの姿を直接見た者は納得の表情を浮かべる。
 だが、戦いが終わったあとでここにやって来た者たちは、ナージャという獣人の何が特殊なのかというのが分からない。

「巨大な蛇の身体から人間の上半身が生えているような、そんな獣人だったのよ。それこそ、場合によっては獣人ではなくモンスターと認識されてもおかしくはないでしょうね」

 実際、ナーガというモンスターがいるので、それを知っている者は納得出来た。

(ナーガとナージャ……名前も似てるし、実は本当に獣人じゃなくてモンスターだったとかはないよな?)

 そんな風に疑問に思うアランだったが、そんなアランを置いて話は進む。

「隠密能力だけじゃなくて、もっと特殊な……仲間の命が消えたらそれを察知出来るような能力とかを持ってる獣人はいないの?」

 サスカッチは、レオノーラの言葉に首を横に振る。

「俺は獣牙衆の中でも少し孤立してたからな。こういう状況になるというのを考えて、最初から俺に情報を教えていなかったという可能性も否定出来ない」
「それは……」

 実際にサスカッチは獣牙衆を裏切ってレオノーラたちに味方をしている以上、その言葉を否定出来る要素はない。
 レオノーラもサスカッチの考えは理解したのか、残念そうにしながら口を開く。

「そう。ならしょうがないわね、そうなると、取りあえず残っているのは狼の獣人は確定かしら」

 そう言いながらレオノーラが視線を向けたのは、狼の獣人と戦っていた探索者だ。
 その探索者は、相手を逃がしてしまったことを悔しく思いながらも、レオノーラの言葉に頷く。
 それでいて、先程のように言い訳を口にしない辺り、ある意味で潔いのだろう。

「その件はこれでいいとして……まだ何かある?」

 そんなレオノーラの言葉に、真っ先に反応したのは当然のようにサスカッチだった。

「結局、ここで一体何があったんだ? 何だか地面がもの凄いことになってるけど。それにさっきのもの凄い光とか」

 月明かりの中でも、地面は見て分かる程に焼け焦げている。
 それどころか、一瞬にして地面が高熱に晒された為かガラス化している場所すらあった。
 とてもではないが、普通ではない何かがあったとしか思えない。
 とはいえ、興奮してレオノーラに聞いているサスカッチとは裏腹に、他の者たちはアランに視線を向けている者も多かった。
 この状況で何かをやったとすれば、それを行ったのはアランだろうと、そう思ったのだろうし、実際にそれは間違いという訳ではない。
 だが、それはあくまでも雲海や黄金の薔薇の面々だからこそ分かったことだ。
 その辺の事情を知らないサスカッチが、まさかこれをアランがやったとは思わないだろう。
 レオノーラはこの場でどう答えればいいのかと、少し迷う。
 サスカッチは、今こそこうして自分たちに味方をしてはいるが、それでも獣牙衆の一員なのだ。
 であれば、雲海や黄金の薔薇にとって切り札とも言うべきアランの存在を話してもいいのか。
 そう思ったものの、今の状況を考えればどのみち知られることになるだろうと判断し、口を開く。

「アランがやったのよ」
「……アランが?」

 レオノーラの口から出たのは、サスカッチによっても完全に予想外の言葉だったのだろう。
 間の抜けた声がその口から漏れる。
 サスカッチにとって、アランは何故雲海にいるのかが分からないような相手だ。
 別にアランに敵対心を持っている訳ではない。
 サスカッチから見て、アランはとてもではないが強い相手とは思えないのだ。
 そうである以上……表現は悪いが、好き嫌い以前に眼中にないといった相手だ。
 だからこそ、先程の夜を一瞬で昼にした、言ってみれば夜中の夜明けとでも呼ぶべき光景を作り出したのがアランだとは、到底信じられなかった。
 一瞬、冗談だろう? といった視線を周囲に向けるサスカッチだったが、サスカッチ以外の者たちはアランがどれだけの実力をもつ心核使いなのかを知っている。
 ゴドフリーやロルフを始めとする獣人たちは、アランがそのような相手だとは知らなかったが、こちらはアランがビームサーベルを召喚した光景を自分の目で見ているので、否定しようがない。

「アラン……お前、凄かったんだな」

 そんな光景を見れば、サスカッチもまさか自分を嵌めるためだけにこのような光景を作ったとは思えず、素直にアランに向かってそう告げる。
 この辺りの素直さは、サスカッチの美点だろう。
 ともあれ、サスカッチの驚きの件はこれで終わることになり、皆がそれぞれ散っていく。
 そうして散っていく者たちの顔には、襲撃してきた相手を倒したという安堵があり、同時に緊張感もそこには同居していた。
 襲撃をしてそれを防ぎ、安堵したところでさらにもう一度襲撃する。
 使い古された手ではあるが、有効な手段だからこそ多用され、多用されるからこそ使い古されるようになるのだ。
 そして雲海や黄金の薔薇の探索者は腕利き揃いで、相手がそのような手段を使ってこないとも限らないと理解している。
 だからこそ、今の状況においては襲撃してきた相手を倒したからといって、容易に安堵したりせず集中する必要があった。
 そうして皆がいなくなると、改めてレオノーラはアランのいる方に近付く。
 そんなレオノーラの姿を馬車の中から見たのか、クラリスの乗っている馬車が少しだけ揺れる。
 だが、レオノーラはそんな馬車の様子を全く気にすることなく、アランに近付く。

「それで、アラン。いつの間にあんなことが出来るようになったの?」
「いつからってことなら、それこそさっきからだな」

 レオノーラの言葉に、そう答える。
 実際、それは決して嘘ではない。
 今まで必死にやろうとしても出来なかったことが、レオノーラの危機――と本人は認識していたかどうかは不明だが――に、ようやく成功したのだ。
 レオノーラもそれは嬉しい。嬉しいのだが、だからといって今のような状況でそのようなことが出来たというのは、都合がよすぎないか。
 そう疑問に思うのは当然だろう。
 そんなレオノーラの疑問を解決する声が周囲に響く。

「私が手助けをしました。とはいえ、全部私が何かをやったという訳ではなく、あくまでも私が与えたのは切っ掛けでしかありませんが」

 その言葉を発したのは、ことが終わってもう安全だと判断して馬車から降りてきたクラリス。
 そんなクラリスの説明は、聞いている者たち全員に強い説得力を与える。
 何しろ、クラリスの言霊は雲海や黄金の薔薇の探索者たちですら防ぐことが出来ないのだ。
 あるいは、そういうのがあると認識して前もって対抗策を考えておけば、どうにか対処出来るかもしれないが。
 少なくても、今こうしている者たちが不意にクラリスに言霊を使われれば、それを防ぐといったことはまず不可能だった。
 唯一、アランのみが何故か言霊の効果がなかったが。

(あ、でもじゃあ何でカロに集中しているときに、クラリスの声が届いたんだ?)

 ふとそんな疑問を抱くアランだったが、聞こえてきた声のおかげでビームサーベルを召喚出来たのは、間違いのない事実だ。

「そう。……助かったわ。ありがとう」
「あら、アランさんにお礼を言われるのなら分かるんですけど、何故レオノーラさんがお礼を?」
「何故って、私はアランのパートナーだからだけど?」

 意味深に言うレオノーラだったが、実際にはそのパートナーというのは、恋人ととったような意味ではなく、心核使いとしてのパートナーという意味が強い。
 何しろ、アランのゼオンとレオノーラの黄金のドラゴンは、合体……より正確には融合とも呼ぶべき形態になることが出来る。
 とはいえ、その融合形態のゼオリューンは、今まで一度しか成功したことがないのだが。
 何度か試してはいるものの、再度ゼオリューンになる気配は今のところない。

「パートナー……で、ですけどそれはあくまでも心核使いだからですよね?」

 パートナーという言葉に一瞬怯んだクラリスだったが、それでもすぐに事情を認識して、レオノーラに反論したのは、その賢さゆえか。
 図星を突かれたレオノーラだったが、それでもクラリスの言葉を素直に認めるといったような真似はしない。
 実際に、クラリスの言葉を素直に頷けない理由はあったのだから。
 とはいえ、それを実際に口に出すといったようなことは、そう出来ることではない。
 ……そう、アランの前世の記憶を追体験したことで、異世界の存在を知っているといったようなことは、可能な限り秘密にするべきなのだ。
 少なくても、このような場所で言っていいようなことではない。

「取りあえず、アランの新しい力を目覚めさせてくれたことには感謝するわ。それに、今回の獣牙衆を撃退したことから、次の襲撃まではある程度時間があると思うし」

 そんなレオノーラの言葉に、皆が頷くのだった。
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