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メルリアナへ

305話

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 最初に行動を起こしたのは、レオノーラだった。
 素早く振るわれた鞭は、音速を超えた先端を蛇の獣人に叩きつけんと迫ったが、蛇の獣人は巨大な蛇の身体をくねらせながら、その一撃を回避する。
 しかし、レオノーラの攻撃は当然ながらそれでは終わらない。
 鞭の一撃を外したと判断した瞬間、鞭を手元に戻してから再び振るう。
 しかし、蛇の獣人は再度攻撃を回避する。
 だが、蛇の獣人も鞭の攻撃を回避することは出来るが、余裕でそのようなことが出来ている訳ではない。
 レオノーラの攻撃の隙を突いて一気に前に出たいところだが、鞭の一撃が素早く、攻撃に移ることは出来ないんでいた。

「は、速い……どうやってあんな攻撃を見切ってるんだ?」

 唖然とした様子で、獣人の一人がレオノーラと蛇の獣人の戦闘を見た感想を口にする。
 獣人は普通の人間よりも高い身体能力と鋭い五感を持つ。
 その上、ここにいるのはクラリスを守るために選ばれた精鋭だ。
 もちろん獣牙衆のような、精鋭の中の精鋭には遠く及ばないが……それでも、今こうして目の前で起きている戦いは、驚きしか感じなかった。
 少なくても、自分たちではこの戦いに関与することは出来ない。
 そう思っての行動なのだろう。

「当然だ。レオノーラは黄金の薔薇の中でも最強だからな。人間という種族の中でも最高峰の実力を持っている」

 何故かアランは、レオノーラを自慢するように告げる。
 そう自慢しながら、アランにもレオノーラの鞭の攻撃を完全に見切るといったような真似は出来ていなかったのだが。

(とはいえ、だからって俺が何もしない訳にもいかないよな。けど……どうする?)

 普通に考えれば、ここで援護をするべきなのだろう。
 だが、少なくてもアランがこの状況で下手に援護をしようものなら、それはレオノーラの邪魔にしかならない。
 そもそも、アランには遠距離から攻撃する方法がない。
 まさか長剣を投げるといった真似をする訳にもいかないし、弓の類を持ってきて矢が命中するとは思えない。
 そのような真似をすれば、それこそレオノーラの邪魔になるだけだろう。
 であれば、ここでアランがやるべきはクラリスの乗っている馬車を避難させることか。
 レオノーラと蛇の獣人の戦いは、一進一退といった感じで続いている。

(何とかこの状況を変えることが出来れば……)

 蛇の獣人は、回避に徹しているからこそレオノーラと互角に戦えている。
 それはつまり、レオノーラが攻撃をしていれば蛇の獣人は反撃を出来ないということだ。
 それに、蛇の獣人は探索者たちを倒してここまでやって来た訳ではなく、隠密行動で見つからないようにここまでやって来た。
 だとすれば、時間が経てば経つ程に探索者が集まってきて、アランたちにとっては有利になるということを意味している。
 だが……それは当然蛇の獣人も同様のはずだった。
 ここがアランたちにとっての本拠地である以上、やって来る味方は間違いなくアランたちの方が多いだろう。
 しかし、潜入している獣牙衆が蛇の獣人だけとも限らない。
 実際、陽動として狼の獣人が派手に暴れているのだから。

(それでも問題はないと思う。思うけど……それでも、今の状況を考えれば出来るだけ早く蛇の獣人を倒す必要がある。なら、どうする? 今の俺であの戦いに入っていくことは出来ない。だとすれば、戦いの外から攻撃をする必要がある)

 そう考えたアランは、一つのことを思い浮かべる。
 それは、最近何とかしようとして訓練を重ねていること……つまり、心核のカロを使って、ゼオンではなく武器だけを召喚するといった方法。
 今まで一度も成功しておらず、その手掛かりすらも見つけていない。
 そうである以上、この状況で成功するといったことはまずないだろう。
 それは理解しているが、現状ではアランが出来ることはそれしかないのも事実だった。

(とはいえ、この状況で必要なのはビームサーベルじゃなくてビームライフル。出来ればフェルスが欲しいけど、それは難しいだろうし)

 そう判断しつつも、もしビームライフルを召喚することが出来たとしてもここでは迂闊に使えない。
 ビームライフルの威力は非常に強力で、命中すればまず助からない。
 そして威力の強弱をアランがコントロールするといったようなことも出来ない。
 アランたちが現在いるのは、クラリスのいる場所。
 つまり、野営地の中心部分だ。
 そのような場所でビームライフルを撃ったらどうなるか。
 蛇の獣人を倒す――消滅するという表現の方が正しいが――ことは出来ても、その射線軸上にいる仲間たちをも殺してしまうことになる。
 これがビームライフルを自由に動かせるのなら、真上から地上に向けて撃つといったような真似も出来たのだろうが。
 そのような真似が出来ない以上、やはりビームライフルは危険だと判断するしかない。

(ビームサーベルだな。あれなら威力も高いし、射程距離も決まっている。もちろん、その方向に人がいないのを確認してから攻撃する必要があるけど。……頭部バルカンが召喚出来ればな)

 頭部バルカンは、ゼオンが持つ武器の中でも一番攻撃力が低い。
 だが、それはあくまでもゼオンがもつ他の武器の威力が高すぎるからこそ、そのように思えるだけだ。
 純粋に威力だけを考えれば、それこそ戦車の主砲程度の威力はある筈だった。
 ……それはあくまでもアランのイメージで、本当にそうなのだとは断言出来ないが。
 そんな風にアランが考えている間にも、レオノーラと蛇の獣人の戦いは続く。

「ロルフ、ちょっと来てくれ」

 正直なところ、話しかけるのは誰でもよかった。
 そんな状況でロルフに声をかけたのは、純粋にアランの近くにいたからという理由からだ。

「何だ?」

 アランにそう声を返したロルフだったが、その視線はアランを見ていない。
 未だに戦い続けている、レオノーラと蛇の獣人に向けられている。
 そんなロルフの様子を気にせず、アランは口を開く。

「この状況が長引くと不味い」
「だろうな。他の獣牙衆がやって来ないとも限らないし」
「ああ。だから、この状況を覆すための一手を打ちたい」
「……お前が?」

 この状況を覆す一手。
 そう言ったアランに、ロルフは初めて視線を向けてきた。
 ロルフが知っているアランは、クラリスの言霊が効かないといった特殊性はあるものの、あくまでもそれだけだ。
 この状況を動かすための一手があるとは思えない。
 アランに何かをさせるのなら、それこそ誰か他の探索者を呼んできた方がいいのではないか。
 そう思うのは、当然のことだろう。

「ああ。とはいえ、出来ればいいなって程度だけどな。……それでも成功させる。ただ、そのときに俺がどういう感じになってるのか分からないから、何かあったら守って欲しい。それと俺の企みが上手くいけば、真っ直ぐ一直線に攻撃が行われると思うから、それを伝えて欲しい」
「……どういう攻撃だ?」
「ビームサーベル。そう言えば、雲海と黄金の薔薇の探索者なら分かってくれると思う。ロルフを始めとした獣人たちは、俺より前に出ないで横か……出来れば後ろにいて欲しい」

 そう告げるアランの言葉に、何らかの説得力を感じたのだろう。
 最初こそ疑問を抱いた様子だったロルフは、やがて頷く。

「分かった。ビームサーベルだな」
「ああ」

 ゼオンについての詳細は、ほぼ全てを仲間たちに教えている。
 武器の名前も同様だ。
 だからこそ、ビームサーベルとロルフが言えば、当然のように他の者達はそれが具体的にどのような武器なのかを理解出来る。

(とはいえ、それはあくまでもビームサーベルを召喚出来ればの話だ。……それに、ビームサーベルを召喚しても上手く使わないとどうしようもないし)

 ビームサーベルは、その柄からビームの刃が一直線に伸びるといったような武器だ。
 それだけに、柄のビームが出る方向をしっかりと確認しないで発動しようものなら、それこそ場合によっては味方に被害が出る可能性も否定は出来なかった。
 ましてや、レオノーラに被害が出たら最悪の出来事になるのは間違いない。
 だからこそ、ビームサーベルを召喚したとしても、迂闊に使うといったような真似は出来ないのだ。

「じゃあ、行ってくる。頼んだぞ」

 ロルフにとっても、蛇の獣人を倒すというのは他人事ではない。
 そもそも蛇の獣人が狙ってきたのはクラリスなのだ。
 そのクラリスの護衛としては、どのような手段を使っても蛇の獣人をここで倒して起きたかった。
 だからこそ、半ば賭けのようにも思えるアランの提案に頷いたのだろう。
 そうして早速動き出したロルフを見送ると、アランはカロを手に取る。

「カロ、頼む。力を貸してくれ。ここであの蛇の獣人を倒さないと、色々と面倒なことになるんだ」
「ピ!」

 アランの言葉を理解したのか、カロは短く鳴き声を上げる。
 そんなカロの声に励まされるように、アランはカロを握って意識を集中していく。
 これは今までに何度となく試してきたことだ。
 だが、残念ながら今まで集中こそ出来たものの、武器だけを召喚するための取っかかりにすら辿り着いたことはない。
 それでも、今の状況をアランがどうにかするためには、ゼオンの武器が……ビームサーベルが必要だった。
 とはいえ、当然だが今まで出来なかったことが、そうすぐに出来るようになる訳がない。
 意識を集中し続け……耳には、レオノーラと蛇の獣人の戦いの音が聞こえてくる。
 そちらに意識を向けそうになるのを何とか我慢し、カロに意識を集中し……

(意識を集中するだけではなく、自然な気持ちで受け入れて下さい)

 ふと、どこからともなくそんな声がアランの中に聞こえてきた。
 ……そう、耳ではなく、アランの中にだ。
 そんな声に導かれるように、アランは自然とリラックスした。
 すると不思議なことに、集中しようとしていたときも明らかに深い場所まで届く。
 集中の深度とでも呼ぶべきものは、間違いなく先程よりも上がっており……

「ピ!」

 そんな中で不意にカロが鳴き声を上げ、アランはその鳴き声の導かれるように手を伸ばし……そして、光を掴み取るのだった。
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