剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

文字の大きさ
上 下
296 / 422
メルリアナへ

295話

しおりを挟む
 野営地の多数の場所では、獣人と探索者との戦いが行われていた。
 だが、その戦いも最初こそ激しい戦いではあったのだが、次第に戦いは収まっていく。
 当然ながら、探索者側の勝利といった形でだ。
 獣人たちも、こうして夜襲を行ってくるのだから、自分たちの戦力に自信はあったのだろう。
 だが、雲海や黄金の薔薇の探索者を相手にするには、力不足だった。
 振るわれた攻撃は防がれ、回避され、カウンターを受け……それぞれ、相手に圧倒されてしまう。
 特にカウンターで反撃された獣人は、その大半が一撃で気絶している。
 それも、命に関わるといったようなほどではないにしろ、重傷を負った者も多い。
 野営地の中央付近で、アランはクラリスと共に聞こえてくる喧噪が次第に静かになっていくのをじっと聞いている。
 本来なら、クラリスは怖がって泣き喚いてもおかしくはない。
 何しろ、自分の命を狙って多数の敵が夜襲を行ってきたのだから。
 それでも動揺した様子を見せずにいるのは、姫として育てられたからこそだろう。
 あるいは、クラリスの元々の性格も関係しているのかもしれないが。

(とはいえ、それは表に出していないだけ、か)

 表情には恐怖や動揺を表してはいなかったが、微かに握られている手は力が込められすぎて震えているし、二本の尻尾もクラリスの内心を示すように激しく動き回っている。

「大丈夫だ」

 そんなクラリスに対し、アランはそう声をかける。
 アランの言葉に、クラリスはそっと視線を向け……大丈夫だと言いたいように、頷く。
 今の状況ではそうすることしか出来ないというのもあるのだろう。

「そうですね。大丈夫です。皆を信じていますから」

 クラリスはゴドフリーとロルフ、それ以外の者たちに対しても、信じているといった視線を向ける。
 だが……それでも、やはり恐怖を完全に落ち着かせることは出来ないのか、そっとアランに手を伸ばしてきた。
 手を繋いで欲しい。
 そう態度で示されたアランは、黙ってその手を握り返す。
 握っていた手は、やはり震えていた。
 だが、それでもアランが手を握っていると次第に震えは収まっていく。

(俺が握ってるだけで、何だってそんなに? ……クラリスが落ち着いているのなら、それはそれでいいけど)

 そうしてクラリスの手を握ること、二十分ほど。
 どこからか最後の悲鳴が聞こえてきたのが最後となり、戦いは終了する。
 もっとも、アランはその辺りを読むといったような能力はない。
 それでも戦いが終わったと判断したのは、アランたちの周囲を固めていた探索者たちの緊張が解けたのを感じたためだ。

「どうやら、戦いは終わったようだな。こっちの勝ちだ」
「本当ですか?」

 アランの呟きに、クラリスはそう尋ねる。
 自分が狙われているだけに、狙ってくる相手がどれだけの強さなのかは十分に理解しているのだろう。

「ああ、見てみろ。周囲の人たちが緊張してないだろ?」
「……えっと、ちょっと分かりませんけど」

 アランには分かることだったが、クラリスには分からなかったらしい。
 口調から随分と賢いように思えるが、クラリスはまだ十歳ほどだ。
 それを考えれば、アランに分かることがクラリスに分からなくても仕方がないのだろう。
 もっとも、それは今の話であって、将来的に……もう数年もすれば、クラリスも十分成長してその辺りのことは分かるようになる可能性が高かったが。

(とはいえ、こうして大々的に襲撃してくるというのは予想外だったな。クラリスたちと会ったときのように、十人くらいで襲撃してくるとばかり思ってたんだけど)

 それだけは、アランにとっても予想外だった。
 とはいえ、ガリンダミア帝国軍が襲撃してくることに比べれば、今回の襲撃の方が対処が楽だったのは間違いないが。

(って、本当に獣人なんだよな? 襲撃の規模的に勝手に獣人たちの襲撃だと考えてたけど、実は違ってましたなんてことになったりしたら……まぁ、それはそれで結局撃退することが出来たんだから、大丈夫だとは思うけど)

 アランにしてみれば、どちらが襲撃してきたのだとしても、それを撃退出来たのだから結果的には問題はない。

「アランさん? どうかしましたか?」
「いや、何でもない。今回の襲撃は問題なく対処出来たようで何よりだと思ってな。問題なのは、襲撃してきた連中から情報を吐かせることが出来るかどうかだが」

 尋問というのは、普通はそう簡単に出来るものではない。
 だが、今のような場合は少しでも情報が必要なのも事実だ。
 そうなると、当然だが多少荒っぽいやり方になる。
 黄金の薔薇の面々は、そんな尋問のやり方を好みはしないが、雲海の者たちにとってはそこまで珍しい話ではない。
 それこそ、襲ってきた盗賊たちから拠点を聞き出すために尋問を行うのは、珍しい話ではないのだから。

(とはいえ、クラリスのような子供に見せるものじゃないのは間違いないないよな。出来れば、襲ってきたのは獣人であって欲しいといころだけど)

 そうアランが思うのは、ガリンダミア帝国軍の兵士……それも精鋭部隊ともなると、尋問――もしくは拷問――に対する訓練を積んでいることが多いためだ。
 それに比べると、獣人は素の状態で高い身体能力を持っているためか、兵士のように鍛えるといった者はそう多くはない。
 いない訳ではないのだが。
 尋問や拷問に対して訓練をしていない者が相手であれば、情報を引き出すのはそう難しい話ではない。
そう考えていたアランに、ゴドフリーが近付いてくる。

「アランさん、少しいいですか?」
「はい? どうしました?」
「尋問の件ですが、お手伝い出来ると思います」
「は?」

 ゴドフリーの口から出たのは、アランにとっても予想外の言葉。
 正直なところ、アランはクラリスたちを戦力として数えてはいない。
 生身の自分よりも強いというのは分かっているのだが、それでも他の探索者たちに比べれば数段……あるいはそれ以上に劣る実力の持ち主だ。
 そうである以上、尋問といった行為にも参加せず、クラリスの護衛だけをしていればいいと思っていたのだが……そんな中で出て来たのが、尋問に役立てるという言葉なのだから、驚くのは当然だろう。

「そういう技術でも持ってるんですか?」

 尋ねてみたアランだったが、クラリスの護衛という意味では襲ってきた相手から情報を引き出す必要があるので、その手の技術を持っていてもいおかしくはないと、そう思ったのだが……ゴドフリーの口から出て来たのは、予想外の言葉。

「いえ、姫様がその手のことを得意としています」
「……クラリスが?」

 ゴドフリーの言葉に、アランはクライスへ視線を向ける。
 そんなアランの頭の中では、クラリスが鞭や蝋燭を持って捕虜を尋問している光景が思い浮かべられた。
 なお、その際にクラリスが来ていたのは女王様――国の長ではなく、性的な意味で――に相応しいボンテージだったが、十歳程度のクラリスがそのような服を着ても当然ながらどことは言わないが大きな隙間が浮かんでしまう。

「痛っ!」

 そんなことを考えていたアランだったが、クラリスの握っていた手が強く握り締められ、反射的に叫ぶ。

「アランさん、何か妙なことを考えませんでしたか?」

 まだ十歳でも、女の勘というのは働くのか。
 そんなことを思いながら、アランは何もやましいことは考えていないと首を横に振る。

「いやいや、そんなことは何も考えてないから、安心してくれ。それで、クラリスがどうやって尋問するんだ? 見たところ、そういう能力を持ってるようには思えないけど」
「ふふっ、初めて会ったときのことを……いえ、あのとき、アランさんは私の声が効いてないようでしたね」

 そう告げるクラリスの言葉に、アランはクラリスを初めて見たときのことを思い出す。
 あのとき、クラリスの声は間違いなく何らかの不思議な力を持っていた。
 何故か……本当に何故かアランにその声が何らかの効果を発揮するようなことはなかったが、それはアランだから話であって、他の者たちは違う。
 であれば、そんなクラリスの言葉を使えば、獣人から何らかの情報を引き出せるかもしれないというのは、アランにも納得出来た。

(言霊、だったか? 言葉には力が持つとかいう概念)

 日本にいたときに漫画か何かで見た記憶を思い出すアラン。
 もっとも、言霊ということでアランが知っているのは、あくまでもそういう力があるというだけであって、実際にどのような効果があるのかは分からない。

「ともあれ、クラリスの力があれば情報を引き出せる訳だな。なら、イルゼンさんにその辺を話してみるか。それでイルゼンさんが許可を出せば、クラリスに試して貰えばいい。それでいいか?」

 尋ねるアランに、クラリスは頷く。
 出来れば、クラリスも自分の力を使いたくはない。
 しかし、今の状況を考えればそんなことを考えていられる訳がない。
 何よりも自分の力を使っても影響を受けない人がいるというのを知れたのは、クラリスにとっても非常に嬉しいことだった。
 そうして、アランはクラリスと共に……そして当然ながら、ゴドフリーやロルフといった護衛たちも一緒に、イルゼンが使っているテントに向かう。
 イルゼンのことだから、恐らく……いや、ほぼ間違いなく自分で前線に出るような真似はせず、後方――正確には野営地の中央なのだが――から味方に指示を出していると、そう思ったためだ。
 そして実際、アランの予想は正しかった。
 到着した場所には、イルゼンやその護衛として何人もの探索者たちが待機している。
 最初こそ獣人の姿を見て警戒した様子だったが、すぐにゴドフリーやロルフ、そしてなによりアランが一緒にいるのを見て、安心したよう力を抜く。
 中にはアランがクラリスと手を握っているのを見て、面白そうな様子を見せる者もいたが、アランは取りあえずそれを無視しておく。

(ロルフたちを見て警戒していたってことは、やっぱり野営地を襲撃してきたのは獣人だったか。クラリスを狙ってのものなのは間違いないだろうな)

 アランはそんな風に考えつつ、イルゼンに事情を説明するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...