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メルリアナへ
285話
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裏道と呼ぶべき場所ではあるが、ある程度の人通りがある以上は道はそれなりに踏み固められていた。
だが、それでも街道ではない以上は盗賊たちが横行し、強い者こそが勝つ弱肉強食となっている。
中には、盗賊たちとそれなりに親しい者もおり、通行料を支払うことで道を通して貰う……どころか、護衛として盗賊を雇うといったような者も決して少なくはない。
そんな中、獲物がこないかと木の上で見張りをしていた盗賊の一人は、かなりの大所帯が近付いてきているのを見つける。
「お、これは……人数が多いな。けど、馬も多いし馬車も多い。それに……うおっ!」
見張りの男が思わずといった様子で声を上げたのは、裏道を通っている集団の中にとんでもない美貌の持ち主を見つけたためだ。
太陽の光そのものが髪になったかのような、黄金の髪。
そして遠目からでも分かる、非常に女らしい身体。
何よりも、その美貌は盗賊をやっているような男が長い人生の中で初めて見るほどのものだ。
間違いなく一級品……いや、一級品を超えた特級品と呼ぶに相応しい美貌。
その女を一目見ただけで、盗賊の心は完全に奪われてしまった。
だが、心を奪われたものの、すぐに絶望する。
こうして見張りをしているのを見れば分かる通り、盗賊の中で男の地位は決して高くはない。
いや、むしろ下から数えた方が早いだろう。
であれば、当然だがそんな極上の女を捕らえることが出来たとしても、女を味わうのは盗賊の中でも上の地位にいる者たちとなる。
つまり、男があの極上の美女を味わうといった真似は出来ないのだ。
教えたくない。
あの女を自分だけの物にしたい。
そう思った男だったが、もしここで情報を伝えない場合、間違いなく最悪の未来が待っている。
女の美貌を思えば、それこそ自分は殺されてしまうだろう。
それが分かっているだけに、男は渋々と……本当に渋々とではあるが、盗賊たちが集まっている洞窟に向かった。
「親分、獲物が来ました」
その言葉に、集まっていた盗賊たちは嬉しげな笑みを浮かべる。
「そうか。それで数は?」
「かなり多いですね。百人近いです」
百人という数に、親分は嫌そうな表情を浮かべる。
普通に考えて、自分たちが治めていこの場所を通るのは十人……どんなに多くても二十人程度だ。
少なくても、今まではそうだった。
だというのに、百人。
「寝惚けたんじゃねえだろうな?」
お頭が見張りの男にそのように言っても、おかしくはない。
この盗賊団はかなり大規模で、それこそ五十人はいる。
十人や二十人を相手にするのは十分な戦力だったが、相手が百人となれば話は変わってくる。
もちろん、このような場所を通る相手だ。
百人規模であっても、全員が戦闘要員ということはないだろう。
そういう意味では、全員が戦闘員の自分たちなら、戦い方によっては勝ち目はあるかもしれない。
しれないが、それでもすぐに決断出来ることではない。
「おい、ちょっと見てこい。本当に百人規模なのかどうか。それと、その中で戦えるのはどのくらいの数なのか」
お頭は、側近とも言える部下にそう命令する。
元々はガリンダミア帝国軍の中でも偵察部隊に所属していた男だけに、偵察技術という点では盗賊の中の誰よりも上だ。
命じられた盗賊は、頭を下げるとすぐにその場を走り去る。
そんな部下を見送ったお頭は、改めて報告を持ってきた見張りの男を見て、口を開く。
「言っておくが、お前の見間違えだったりしたら……どうなるか、分かってるな?」
「は、はい」
迫力のある声で言われた男は、気圧されながらも頷く。
実際に敵の数は百人規模だったのは、見て分かっている。
であれば、自分がお頭から制裁を受ける必要はない。
そう理解しているからこそ、男は怯えながらも言葉を返せたのだ。
そんな男の様子を見て、取りあえず見間違いではないだろう判断したお頭は、先程偵察に向かわせた部下が戻ってくるまでの間に、軽く情報収集を行う。
「それで、お前が見た連中はどんな奴だった? ……言っておくが、嘘や誤魔化しを言ったりしたら、分かってるな?」
再度そう凄まれれば、男は素直に情報を話すしか出来ない。
「その……初めて見るような、とんでもない美人がいました」
ざわり、と。
男の言葉に話を聞いていた盗賊たちはざわめく。
盗賊をしている者は男がほとんどだ。
いや、正確には他の盗賊団の中には女の盗賊がいたりもするのだが、この盗賊団に限っては全員が男だった。
ましてや、盗賊である以上はそう簡単に村や街によって娼館に行くといったような真似も出来ない。
女を手に入れるとすれば、この道を通る中に女がいればの話だが……当然のように、このような後ろ暗いところのある者だけが通る場所に女が通るといったことは少ない。
つまり、この場にいる者たちは女に飢えていたのだ。
そんな状況で女が……それもとんでもない美人がいると聞かされれば、それで盗賊たちが張り切らない訳がない。
「お頭!」
当然のように盗賊はお頭にそう声をかけるが……声をかけられたお頭は、何故か喜ぶのではなく厳しい表情を浮かべている。
それだけに、声をかけた盗賊たちは戸惑う
てっきり、すぐにでも襲いに行くと言うのかと思っていたからだ。
「お頭? どうしたんです?」
「今回の敵、危ねえかもしれないな」
「……は? 何がです?」
何故お頭がそのようなことを言うのか分からず、戸惑った声を出す盗賊。
それも一人だけではない。お頭の言葉を理解している者が誰もいないというのが、この盗賊団のレベルの低さを表していた。
「いいか? そんないい女なら、当然のように俺たちのような連中に狙われているはずだ。ましてや、この道を通るんだから余計にな。そんな中で、何でその女はまだ生きている? いや、堂々と行動していると言った方がいいか」
お頭の言葉に、他の盗賊たちも理解したらしい。
何故そのような状況で女は堂々と表に出ているのかと。
「おい、その女は強そうだったか?」
お頭が報告を持ってきた男に尋ねるが、その男は盗賊の中でも下っ端と呼んだ方がいい実力の持ち主だ。
そのような人物が、敵が一体どれだけの実力を持っているのかといったことを見抜けるはずもない。
「いえ、その……そう言われましても……」
「だろうな」
言葉に詰まった男に、誰かがそう言った。
……そう、誰かがだ。
最初、お頭は自分の部下の誰かがそのようなことを言ったのかと思ったのだが、違和感がある。
聞こえてきた声は、全く聞き覚えのない声だったのではないか?
「っ!?」
咄嗟に近くにあった長剣を手に、周囲を見回す。
そんなお頭の様子を見て、周囲にいた盗賊の幹部たちも何か危険な相手がいると判断したのだろう。
反射的に武器に手を伸ばし……
「ぎゃあっ!」
そんな中の一人が、突然脇腹に突き刺さった短剣に悲鳴を上げた。
そして、お頭は本当に敵がやって来たと、そう判断する。
「敵だ! 恐らく、道を通ってる連中だ! 注意しろ!」
お頭が叫び、他の者たちも何があってもいいように周囲を警戒し……
「おや、意外と練度は高いんだな」
再度聞こえてきた声の方向に向けて、お頭は勢いよく長剣を振るう。
比較的大規模な盗賊団を率いているだけあって、お頭は腕っ節も決して弱くはない。
盗賊のような者たちの場合、頭がいいといったことよりも単純な腕っ節が大きな意味を持つ。
だが……一撃で殺すつもりで振るわれた長剣の刃は、相手の肉を斬るでもなく何にも命中することなく空中を通りすぎる。
「何!?」
お頭にしてみれば、まさかこのタイミングで攻撃をしたにもかかわらず、命中しないというのは完全に予想外だったのだろう。
動揺の声を出し、次の瞬間には近くにいた部下の一人が長剣によって首を斬り裂かれて激しく血を吹き出す。
お頭には、分からなかっただろう。
自分の放った一撃を回避した相手が、その動きのままに部下の首を斬り裂いたなどと。
ともあれ、それでようやくお頭は自分に声をかけてきた相手の姿を確認することが出来た。
「お前は……誰だ?」
見覚えのない相手の姿に、お頭は訝しげに……それでいながら、最大限の警戒心を働かせながら尋ねる。
当然だろう。話をしていたとはいえ、自分たちに全く気が付かれることなくここまで接近してきた相手だ。
この時点で、お頭は目の前の男が自分よりも強いと認識する。
「誰? 本当に分からないのか?」
そう言われても、お頭は目の前の相手に見覚えはない。
男から視線を外さずに周囲にいる部下の様子を窺うが、そこにあるのは恐怖と混乱の気配だけだ。
あるいは、自分は知らないが部下と何らかの因縁がある相手なのではないかと、そうも思ったのだが。
「本当に? 本当に分からないのか? ……なら、これを見れば分かるだろ」
そう言い、男は長剣を持っていない方の手で布の塊を投げる。
何かを包んでいたその布は、地面にぶつかった衝撃で解け……
「ひぃっ!」
盗賊の一人が転がってきた物体を見て悲鳴を上げる。
当然だろう。そこに転がっていたのは、先程見張りにいった盗賊の切断された頭部だったのだから。
そして、ここまで来ればお頭にも目の前の男が誰なのかは理解出来る。
……正確には、理解したくないと思って必死に目を背けていた可能性が、見事に当たってしまったというのが正しいのだが。
「俺たちを襲おうとしていたみたいだが、こっちもわざわざお前たちと戦っているような時間はないんでな。このまま消えて貰うぞ。ああ、お前たちが集めたお宝は俺たちが使わせて貰うから、安心しろ」
「ちぃっ! おい、何をやっている! 侵入者だ!」
自分だけでは目の前の相手に勝てないと判断したお頭は、部下たちを呼ぶ。
人数を増やしたところで、必ずしも勝てるとは思えない。
だが、最悪の場合は部下たちが男と戦っている間に、自分だけでもこの場から逃げるといったように考えての行動。
起死回生の一手。
いや、正確には自分が生き延びるにはそれしか手段がないと、そう判断しての行動だったのだが……呼んでも、誰も来ることはない。
「残念」
そうして部下を呼ぼうして男から一瞬気を逸らし……次の瞬間、耳元で聞こえてきた声を最後にお頭の意識は闇に沈むのだった。
だが、それでも街道ではない以上は盗賊たちが横行し、強い者こそが勝つ弱肉強食となっている。
中には、盗賊たちとそれなりに親しい者もおり、通行料を支払うことで道を通して貰う……どころか、護衛として盗賊を雇うといったような者も決して少なくはない。
そんな中、獲物がこないかと木の上で見張りをしていた盗賊の一人は、かなりの大所帯が近付いてきているのを見つける。
「お、これは……人数が多いな。けど、馬も多いし馬車も多い。それに……うおっ!」
見張りの男が思わずといった様子で声を上げたのは、裏道を通っている集団の中にとんでもない美貌の持ち主を見つけたためだ。
太陽の光そのものが髪になったかのような、黄金の髪。
そして遠目からでも分かる、非常に女らしい身体。
何よりも、その美貌は盗賊をやっているような男が長い人生の中で初めて見るほどのものだ。
間違いなく一級品……いや、一級品を超えた特級品と呼ぶに相応しい美貌。
その女を一目見ただけで、盗賊の心は完全に奪われてしまった。
だが、心を奪われたものの、すぐに絶望する。
こうして見張りをしているのを見れば分かる通り、盗賊の中で男の地位は決して高くはない。
いや、むしろ下から数えた方が早いだろう。
であれば、当然だがそんな極上の女を捕らえることが出来たとしても、女を味わうのは盗賊の中でも上の地位にいる者たちとなる。
つまり、男があの極上の美女を味わうといった真似は出来ないのだ。
教えたくない。
あの女を自分だけの物にしたい。
そう思った男だったが、もしここで情報を伝えない場合、間違いなく最悪の未来が待っている。
女の美貌を思えば、それこそ自分は殺されてしまうだろう。
それが分かっているだけに、男は渋々と……本当に渋々とではあるが、盗賊たちが集まっている洞窟に向かった。
「親分、獲物が来ました」
その言葉に、集まっていた盗賊たちは嬉しげな笑みを浮かべる。
「そうか。それで数は?」
「かなり多いですね。百人近いです」
百人という数に、親分は嫌そうな表情を浮かべる。
普通に考えて、自分たちが治めていこの場所を通るのは十人……どんなに多くても二十人程度だ。
少なくても、今まではそうだった。
だというのに、百人。
「寝惚けたんじゃねえだろうな?」
お頭が見張りの男にそのように言っても、おかしくはない。
この盗賊団はかなり大規模で、それこそ五十人はいる。
十人や二十人を相手にするのは十分な戦力だったが、相手が百人となれば話は変わってくる。
もちろん、このような場所を通る相手だ。
百人規模であっても、全員が戦闘要員ということはないだろう。
そういう意味では、全員が戦闘員の自分たちなら、戦い方によっては勝ち目はあるかもしれない。
しれないが、それでもすぐに決断出来ることではない。
「おい、ちょっと見てこい。本当に百人規模なのかどうか。それと、その中で戦えるのはどのくらいの数なのか」
お頭は、側近とも言える部下にそう命令する。
元々はガリンダミア帝国軍の中でも偵察部隊に所属していた男だけに、偵察技術という点では盗賊の中の誰よりも上だ。
命じられた盗賊は、頭を下げるとすぐにその場を走り去る。
そんな部下を見送ったお頭は、改めて報告を持ってきた見張りの男を見て、口を開く。
「言っておくが、お前の見間違えだったりしたら……どうなるか、分かってるな?」
「は、はい」
迫力のある声で言われた男は、気圧されながらも頷く。
実際に敵の数は百人規模だったのは、見て分かっている。
であれば、自分がお頭から制裁を受ける必要はない。
そう理解しているからこそ、男は怯えながらも言葉を返せたのだ。
そんな男の様子を見て、取りあえず見間違いではないだろう判断したお頭は、先程偵察に向かわせた部下が戻ってくるまでの間に、軽く情報収集を行う。
「それで、お前が見た連中はどんな奴だった? ……言っておくが、嘘や誤魔化しを言ったりしたら、分かってるな?」
再度そう凄まれれば、男は素直に情報を話すしか出来ない。
「その……初めて見るような、とんでもない美人がいました」
ざわり、と。
男の言葉に話を聞いていた盗賊たちはざわめく。
盗賊をしている者は男がほとんどだ。
いや、正確には他の盗賊団の中には女の盗賊がいたりもするのだが、この盗賊団に限っては全員が男だった。
ましてや、盗賊である以上はそう簡単に村や街によって娼館に行くといったような真似も出来ない。
女を手に入れるとすれば、この道を通る中に女がいればの話だが……当然のように、このような後ろ暗いところのある者だけが通る場所に女が通るといったことは少ない。
つまり、この場にいる者たちは女に飢えていたのだ。
そんな状況で女が……それもとんでもない美人がいると聞かされれば、それで盗賊たちが張り切らない訳がない。
「お頭!」
当然のように盗賊はお頭にそう声をかけるが……声をかけられたお頭は、何故か喜ぶのではなく厳しい表情を浮かべている。
それだけに、声をかけた盗賊たちは戸惑う
てっきり、すぐにでも襲いに行くと言うのかと思っていたからだ。
「お頭? どうしたんです?」
「今回の敵、危ねえかもしれないな」
「……は? 何がです?」
何故お頭がそのようなことを言うのか分からず、戸惑った声を出す盗賊。
それも一人だけではない。お頭の言葉を理解している者が誰もいないというのが、この盗賊団のレベルの低さを表していた。
「いいか? そんないい女なら、当然のように俺たちのような連中に狙われているはずだ。ましてや、この道を通るんだから余計にな。そんな中で、何でその女はまだ生きている? いや、堂々と行動していると言った方がいいか」
お頭の言葉に、他の盗賊たちも理解したらしい。
何故そのような状況で女は堂々と表に出ているのかと。
「おい、その女は強そうだったか?」
お頭が報告を持ってきた男に尋ねるが、その男は盗賊の中でも下っ端と呼んだ方がいい実力の持ち主だ。
そのような人物が、敵が一体どれだけの実力を持っているのかといったことを見抜けるはずもない。
「いえ、その……そう言われましても……」
「だろうな」
言葉に詰まった男に、誰かがそう言った。
……そう、誰かがだ。
最初、お頭は自分の部下の誰かがそのようなことを言ったのかと思ったのだが、違和感がある。
聞こえてきた声は、全く聞き覚えのない声だったのではないか?
「っ!?」
咄嗟に近くにあった長剣を手に、周囲を見回す。
そんなお頭の様子を見て、周囲にいた盗賊の幹部たちも何か危険な相手がいると判断したのだろう。
反射的に武器に手を伸ばし……
「ぎゃあっ!」
そんな中の一人が、突然脇腹に突き刺さった短剣に悲鳴を上げた。
そして、お頭は本当に敵がやって来たと、そう判断する。
「敵だ! 恐らく、道を通ってる連中だ! 注意しろ!」
お頭が叫び、他の者たちも何があってもいいように周囲を警戒し……
「おや、意外と練度は高いんだな」
再度聞こえてきた声の方向に向けて、お頭は勢いよく長剣を振るう。
比較的大規模な盗賊団を率いているだけあって、お頭は腕っ節も決して弱くはない。
盗賊のような者たちの場合、頭がいいといったことよりも単純な腕っ節が大きな意味を持つ。
だが……一撃で殺すつもりで振るわれた長剣の刃は、相手の肉を斬るでもなく何にも命中することなく空中を通りすぎる。
「何!?」
お頭にしてみれば、まさかこのタイミングで攻撃をしたにもかかわらず、命中しないというのは完全に予想外だったのだろう。
動揺の声を出し、次の瞬間には近くにいた部下の一人が長剣によって首を斬り裂かれて激しく血を吹き出す。
お頭には、分からなかっただろう。
自分の放った一撃を回避した相手が、その動きのままに部下の首を斬り裂いたなどと。
ともあれ、それでようやくお頭は自分に声をかけてきた相手の姿を確認することが出来た。
「お前は……誰だ?」
見覚えのない相手の姿に、お頭は訝しげに……それでいながら、最大限の警戒心を働かせながら尋ねる。
当然だろう。話をしていたとはいえ、自分たちに全く気が付かれることなくここまで接近してきた相手だ。
この時点で、お頭は目の前の男が自分よりも強いと認識する。
「誰? 本当に分からないのか?」
そう言われても、お頭は目の前の相手に見覚えはない。
男から視線を外さずに周囲にいる部下の様子を窺うが、そこにあるのは恐怖と混乱の気配だけだ。
あるいは、自分は知らないが部下と何らかの因縁がある相手なのではないかと、そうも思ったのだが。
「本当に? 本当に分からないのか? ……なら、これを見れば分かるだろ」
そう言い、男は長剣を持っていない方の手で布の塊を投げる。
何かを包んでいたその布は、地面にぶつかった衝撃で解け……
「ひぃっ!」
盗賊の一人が転がってきた物体を見て悲鳴を上げる。
当然だろう。そこに転がっていたのは、先程見張りにいった盗賊の切断された頭部だったのだから。
そして、ここまで来ればお頭にも目の前の男が誰なのかは理解出来る。
……正確には、理解したくないと思って必死に目を背けていた可能性が、見事に当たってしまったというのが正しいのだが。
「俺たちを襲おうとしていたみたいだが、こっちもわざわざお前たちと戦っているような時間はないんでな。このまま消えて貰うぞ。ああ、お前たちが集めたお宝は俺たちが使わせて貰うから、安心しろ」
「ちぃっ! おい、何をやっている! 侵入者だ!」
自分だけでは目の前の相手に勝てないと判断したお頭は、部下たちを呼ぶ。
人数を増やしたところで、必ずしも勝てるとは思えない。
だが、最悪の場合は部下たちが男と戦っている間に、自分だけでもこの場から逃げるといったように考えての行動。
起死回生の一手。
いや、正確には自分が生き延びるにはそれしか手段がないと、そう判断しての行動だったのだが……呼んでも、誰も来ることはない。
「残念」
そうして部下を呼ぼうして男から一瞬気を逸らし……次の瞬間、耳元で聞こえてきた声を最後にお頭の意識は闇に沈むのだった。
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