上 下
247 / 422
逃避行

246話

しおりを挟む
 アランたちが遺跡の攻略を行っている頃、当然の話だが地上では雲海や黄金の薔薇の面々が拠点となる場所を準備していた。
 とはいえ、やる仕事はそこまで複雑ではない。
 雲海や黄金の薔薇の面々が寝泊まり出来る場所を用意し、その周辺に簡単な柵を作るといった程度だ。
 本来なら、柵だけではなく堀の類も作ればいいのだろうが……堀を掘るのは大変だし、ここから旅立つときに堀を埋めるのも面倒だった。
 また、そこまで防御性能を期待出来ないというのも大きいだろう。
 そのような作業は、雲海や黄金の薔薇の面々にしてみれば慣れたものだ。
 それこそ、探索者として暮らしていれば、この程度のことはいつものことなのだから。
 だが……探索者ではない、この遺跡の見張りをしていた兵士……正確にはレジスタンスなのだが、その兵士にしてみれば、十分に驚くべき手際だった。

「凄いな、これ……あっという間に、村……というのはちょっと大袈裟かもしれないが、そんな感じになったぞ?」
「そこまで驚くことではありませんよ」
「うおっ!」

 兵士は独り言を呟いたつもりだったのだが、それがいきなり後ろからそんな風に声をかけられ、驚きの声を出す。
 反射的に振り向くと、そこにいたのはイルゼンだ。
 雲海を率いる人物であり、兵士も上から――もちろんガリンダミア帝国軍ではなくレジスタンスの方だが――可能な限り協力するようにと言われている相手だ。
 それだけに、今の行為には若干の不満を抱いたものの、それを表に出さないようにして栗を開く。

「あまり驚かさないでくれよ」
「悪いね。ただ、ちょっと色々と話をしておきたくて」
「……話? 一体何を? 今の状況で話したい……いや、情報を聞きたいと思うのは俺の方じゃないか?」

 兵士にしてみれば、雲海や黄金の薔薇という存在は色々な意味で特殊であり……同時に、かなり興味深い存在なのは事実だ。
 だからこそ、今の状況で色々と話を聞きたいと思ってもおかしくはない。
 ましてや、もしここで何か有用な情報を得ることが出来れば、それは兵士の所属するレジスタンスにとっても、大きな利益となる可能性があるのだから。

「いえ、そこまで難しい話を聞きたい訳ではありませんよ。現在の帝都がどんな状況になっているのか、何か情報が入ってきてないかと思って」

 それは、イルゼンとしても是非必要な情報だった。
 正確には、他にも情報を入手する手段はいくつものあるので、無理にでも兵士から話を聞く必要はないのだが……それでも、多くの者から様々な情報を得るというのは、この場合大きな意味を持つ。
 また、多数の者から情報を得た場合、そこには他の者が知らない情報が入っている可能性も十分にあった。
 だからこそ、イルゼンは兵士から情報を聞こうとしたのだが……そんなイルゼンの言葉に対し、兵士は首を横に振る。

「俺はこの遺跡の監視があるんだぞ? 基本的には、この遺跡に来る奴は少ないから、その探索者たちの噂話か……それ以外だと、それこそお仲間が接触してきたときに世間話で聞くくらいしかない」

 この場合のお仲間というのは、ガリンダミア帝国軍ではなく、兵士が本当の意味で所属しているレジスタンスの方だ。

「それでも構いませんよ。僕たちが知らないような情報があるかもしれませんし」
「……まぁ、そう言うならいいけどよ」

 目の前にいる、名前の知られたクランを率いている者が知らない情報を自分が持っているかもしれない。
 そうイルゼンから暗に匂わされた兵士は、そのお世辞とも言えないお世辞に、気分がよくなる。
 元々この兵士はそこまで優秀という訳ではない。
 平均的な能力を持っているので、劣っているといった様子でもないのだが。
 だからこそ、褒められるといったことはあまりなく……イルゼンの言葉や態度は兵士にとって非常に心地いいものだったのは、間違いない。
 ……それを見たイルゼンが、表情には出さないようにしながらも扱いやすい相手だと認識したのも知らないまま。
 もちろん、イルゼンはこの兵士に対して何か思うところがある訳ではない。
 だが、今の状況を考えると、やはりいざというときのことを考えておいたおいた方がいいのは事実であり、そういう意味ではこの兵士は非常に有用な存在だった。

「それで、帝都の方では一体どうなってますかね?」

 イルゼンの言葉に、兵士は呆れたように口を開く。

「どうなってるかは、それこそあんたたちが一番分かってるんじゃないのか? 帝都の中にいきなり黄金のドラゴンが現れて、それが帝城の結界を破壊して突入。そして巨大なゴーレムと一緒に逃げ出した。それも、帝城じゃなくて帝都そのものに張られている結界を破壊してだ」

 それで騒ぎにならない方がおかしい。
 そう告げる兵士の言葉は、イルゼンを納得させるのに十分だった。

(とはいえ、ガリンダミア帝国の上層部も上手いですね。レオノーラさんやアラン君を逃がしたという情報は流しつつも、中庭で多くの心核使いが倒されたという情報は徹底的に隠してるのですから)

 レオノーラが変身した黄金のドラゴンに倒された心核使いたち。
 当然のことだが、帝城の守りを任されていた心核使いたちなのだから、全てが精鋭と呼ぶに相応しい者たちだ。
 そのような心核使いたちの多くが、一方的に倒されてしまったということはとてもではないが周囲に広めることは出来ないだろう。
 それこそ、その辺りの情報が広まれば、これ幸いとガリダミア帝国に向かって攻撃をするような国も出て来かねない。

(とはいえ、あれだけのことがあったのですから、その全てを隠し通すことなど不可能でしょうね。あの襲撃には、レジスタンスたちも参加してましたし。そこから情報が流れる可能性は十分に……いえ、ほぼ確実と言ってもいいでしょう)

 イルゼンが帝城襲撃の件にレジスタンスたちを巻き込もうと考えたのは、その辺りにも大きな理由がある。
 自分たちが逃げ出したあとで、ガリンダミア帝国は帝城に侵入してきたレジスタンスの対処もする必要がある。
 黄金のドラゴンの影響で城内が混乱していたこともあり、間違いなく多数のレジスタンスが逃げ出したはずだ。
 ……中には城の奥深くまで移動してしまったせいで、脱出することが出来なかった者や、お宝探しに夢中になっており、脱出する機会を逃した者……といったような者いただろうし、兵士や騎士に遭遇して捕らえられてしまった者も出ただろう。
 だが、それでも多くの者が脱出に成功したのは間違いない。
 もちろん、レジスタンスたちはそれぞれに自分のやるべきことがあったので、全員が中庭での戦いを見た訳ではない。
 いや、むしろ中庭での戦いをその目で見た者は決して多くはないだろう。
 それでも中庭での一件が広まっているとイルゼンが考えているのは、当時は中庭での戦いを知っている兵士や騎士が相応にいて、黄金のドラゴンを何とかするべく帝城の中で動き回っていたはずだからだ。
 レジスタンスの者たちは、自分たちで直接黄金のドラゴンの戦闘を見ることは出来なくても、兵士や騎士……もしくはそれ以外の帝城で働いていた者たちが動き回っているのを見て、その辺りの情報を知ることが出来てもおかしくはない。

「なるほど。……ちなみに、レジスタンスの人たちはどのくらい捕まりました?」
「それなりの人数は捕まったらしい」

 イルゼンのその言葉に若干苦々しげな色があるのは、捕らえられたレジスタンスの中に兵士の知り合いや友人が捕まったのかもしれない。
 イルゼンはそんな兵士の様子を見て納得する。
 だが、迂闊に兵士を慰めるといったような真似はしない。
 レジスタンスが捕らえられた場合、どのような扱いを受けるのかは想像するのが難しくなかった。
 少なくても、アランが受けたような待遇で……というのは絶対に無理だろう。
 よくて、地下牢に放り込まれるといったところで、悪ければ拷問されて情報を引き出される……もしくは、何らかの人体実験の検体として使われたり、帝城の者達の動揺を鎮めるために即座に処刑される……といったところか。
 だからこそ、ガリンダミア帝国に対して大きなダメージを与えたのは間違いないのだが、今回捕まった者には、それこそ最悪の結末しか待っていない。

「ともあれ、今は情報をもっと集める必要があるでしょうね。大きく混乱をしたのなら、ここに入ってくる情報も正確であるとは限らないのですから」
「それは……捕まった連中がまだ無事だという話か?」
「その辺は分かりません。ですが、僕たちの行動によって、帝城が……いえ、帝都が混乱しているのは事実なのでしょう? なら、そうなると正しい情報が入ってきていないといいう場合もあります」
「イルゼンさん、ちょっといいか!」

 兵士と話していたイルゼンは、不意にそんな風に声をかけられる。
 声のした方に視線を向けると、そこには黄金の薔薇の探索者の姿があり、イルゼンに向かって手を振っていた。
 恐らく、何らかの理由があって自分を呼んでいるのだろうと判断したイルゼンは、今まで話していた兵士に向かって、小さく頭を下げる。

「すいませんね。少し向こうで用事があるようです。……情報、助かりましたよ」

 そう告げると、兵士に小さく頭を下げてから呼んでいる探索者の下に向かう。
 兵士もそんなイルゼンに向かって特に何を言うでもなく、見送る。
 実際にはイルゼンともう少し話をしてみたいという思いがあったのか、今はイルゼンたちも忙しいのだろうから、無理強いは出来ないと思ったのだろう。
 それ以外にも、現在の自分の状況を考えると、イルゼンと気安く話すのはどうかという思いがあったのも事実だ。
 気安く話すことが出来たのは間違いないが、イルゼンは雲海を率いるだけの人物だ。
 レジスタンスとはいえ、この遺跡に配属されるような兵士にしてみれば、間違いなく化け物と呼ぶべき存在なのだ。
 ……話していると、とてもではないがそのような相手には思えなかったが。
 そんな風に思いつつ、兵士は取りあえず周囲の様子を確認して異常がないかどうかを調べるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された多武器使い、一人で邪神を倒しに行く

秋鷺 照
ファンタジー
 邪神を倒すために、強者6人で結成された邪神討伐隊。その一員であるノーシュは、悪人だと誤解されて追放されてしまう。  自業自得の面もあるのだが、納得できない。それ故ノーシュは決意する。一人で邪神を倒してやろう、そして「ざまぁみろ」と言ってやろう、と。 ※7万文字くらいの中編です。長編版をなろうで投稿しています。

クレハンの涙

藤枝ゆみ太
ファンタジー
太古に栄えたクレハン王国は、広大なサルドリス大陸の中で、それはそれは栄華を極めていた。 しかし、とある出来事によって、その時代は呆気なく幕を閉じることとなったのだ。 時は進み、サルドリス大陸は第五大陸と名を変え、誰もクレハンの名を知らない時代。 一人の少女が母を探しに旅立とうとしていた。 名前は、ラビリィフェイフェグタン。 ひょんな事で出合った男、フェグと共に、母親探しと、男の記憶にある『城』を探す旅に出た。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...