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ザッカラン防衛戦

179話

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 雲海の面々が、いつ何が起きてもいいように準備している頃……ザッカランにある比較的大きな家の中には、ソランタやその仲間たちの姿があった。
 ザッカラン内部にいる協力者たちとの顔合わせを終わらせ、取りあえずの拠点として用意されたのがこの家だった。

「声が小さくなってきましたね」

 ソランタが窓から外の様子を窺いつつ、そう呟く。
 とはいえ、その口調の中には疑問の色は多くない。
 先程まで起こっていた騒動は、元々ソランタたちがザッカランの中に入るのを援護するための陽動だというのを前もって聞かされていたためだ。
 そうである以上、ソランタたちがザッカランの中に入り、内部協力者と簡単な打ち合わせを終えてこうして隠れ家となる家にやって来た以上、大きな騒動を起こす必要はないということなのだろう。

「俺たちがここにいる以上、もう騒いで警備兵の注意を引く必要もないからな。それよりも、大丈夫だとは思うけどあまり窓に近付きすぎて外から見られるような真似はするなよ」
「分かってますよ。その辺はしっかりと考えてやってますので、心配しないで下さい」

 少し過保護では? とソランタも思わないことはなかったのだが、今回の作戦で重要なのは一にも二にもソランタの存在だ。
 正確には、自分と周囲の存在を透明に出来るスキルを持つソランタの存在と表現するのが正しいだろう。
 ソランタもそれは分かっているので、過保護になる仲間たちの様子も理解出来る。

「ならいい。あとの問題は、いつ行動を起こすかだが……ガリンダミア帝国軍が来るまでは、ゆっくりと休んでいるとするか。何だかんだで、こうしてゆっくりする機会ってのは、あまりなかったしな」

 ガリンダミア帝国軍に所属している者としては、その言葉は正しい。
 常に周辺諸国に戦いを挑み続けている以上、当然のことだが軍隊は休むということがほぼない。
 もちろん、本当の意味で戦い続けるともなれば、肉体的にも精神的にも疲労は大きくなってしまい、最終的にはそれによって致命的な被害を受けることもあるので、ある程度の休息は認められている。
 だが、それはあくまでもある程度で、本当の意味でゆっくりするというのは、なかなか難しい。
 そういう意味では、敵地であるザッカランの中に潜んでいるという今の状況も、そんなに差はないのだろうが……それでもここにいる者達にしてみれば、休むには十分な場所と空間なのは間違いなかった。

「そうだな。いつ行動に出るように言われても、対処出来るようにしておいた方がいいけど、それまではゆっくりと休むか。幸い、酒は駄目だが食料とかは十分に用意されてるし」

 いつ行動に出るか分からない以上、当然ながら酒を飲むといったことは出来ない。
 大人の男として、それは非常に……本当に心の底から残念だったが、それでも今の状況を思えば仕方がないと諦めることも出来る。
 今回の任務が終わったら、浴びるほどに酒を飲むぞ。
 そう自分に言い聞かせながら、雑談に興じる。
 すでにやるべきことは決まっており、あとは自分たちの出番が来るまでは大人しくこの家に潜んでおくだけだ。
 だからこそ、ある程度広く……軽く身体を動かせる程度の庭がある、大きめの家を用意して貰ったのだから。

「そういえば、武器の方っていつくらいに運ばれてくるんだっけ?」

 ソファに寝転がっていた男が、そう告げる。
 ソランタの能力で透明になってザッカランの中に侵入したが、透明になれる人数……いや、正確にはソランタが透明に出来る範囲は決まっている。
 そうである以上、人数を多くするためには荷物を少なくするしかない。
 もちろん、最低限の武器は持ってきているが、槍やハルバードのような長物の武器を使う者は、そのような理由から持ってくることが出来ない者もいた。
 そのような者たちの武器は、ザッカランにいる内通者が運び入れることになっていた。
 兵士としての本能のようなものか、やはり使い慣れた自分の武器が手元にないというのは落ち着かないのだろう。

「あー……どうだったか。二日くらいって言ってなかったっけ?」
「……その二日の間に事態が動いたらどうするのやら。嫌だぞ、俺。使い慣れない武器で腕利きの探索者たちと戦うのなんて」
「安心しろ、それは誰でも嫌だから」

 探索者というのは、兵士や傭兵のように戦闘に特化している訳ではない。
 だがそれでも、腕利きの探索者ともなれば基本的にはとんでもない技量を持つ者も多い。
 ましてや、その中に心核使いの類がいるとなれば、よけいにそう思えるだろう。
 それこそ万全の状態であっても、出来れば探索者とは戦いたくないというのが、皆の正直な気持ちだろう。
 だがそれでも、命令を受けた以上はそんなことを言う訳にもいかない。
 ましてや、ゼオンという強力なゴーレムは、間違いなくガリンダミア帝国の利益になるのだから。

「けどさ、そのアランって奴を捕らえても……そいつが大人しく俺たちに協力すると思うか? 俺は、まず無理だと思うけどな」
「あー……それは俺もだ。集めた情報によると、心核使いに特化してるからか、本人の技量そのものは高くないらしいけど、精神力って意味じゃかなりのものらしいし。そういう奴を従えるのは、厳しいんじゃないか?」

 少し面白くなさそうなのは、強いのならともかくとして、弱いのに精神力だけは強いというアランの存在が面白くないからなのだろう。
 その辺りの感覚は人によって違うので、男たちの中にはそのようなアランの存在を好ましく思うという者も何人かいるのだが。
 ともあれ、そのように話していた男たちだったが……次の瞬間、まるで全員――ソランタを除く――が揃ったかのように家の玄関の方に視線を向ける。
 そして数秒遅れて、ソランタもその視線を追う。
 誰かが近付いてくる気配を感じた男たちは、それぞれが手元にある武器を手にとり、いつ何が起こっても言いように準備を調える。
 そこには、数秒前には全く存在しなかった、戦場で戦う者としての姿がある。
 そして、ノックされる扉。
 男たちが素早く視線で言葉を交わし、やがて一人の男が動き出す。
 武器を手に、油断しない様子で玄関の方に向かう。
 本来なら、この家を訪ねてくる者は誰もいない。
 ザッカランの協力者たちにも、怪しまれないためにここにはやってこないようにと、そう言ってあったのだ。
 だからこそ、いきなり尋ねてきた相手に男たちが警戒するのは当然だった。

「誰だ?」
『私です』

 扉の向こうから聞こえてきた声は聞き覚えのある声であった。
 ……それこそ、ザッカランにいる協力者の声なのだから、当然だろう。
 だが、よほどのことがない限りは近付いてこないようにと言っておいたにも関わらず、何故来たのか。
 それも……

「お前以外に何人もいるのは、何故だ?」

 警戒心を抱きながら尋ねる。
 そう、扉の向こう側にいるのは、複数の相手だ。
 こうして扉越しに自分に話しかけている相手だけではない。
 もしかして、嵌められたでは? と考えても、おかしくはなかった。
 何かったら、すぐにこの家から脱出する必要がある。
 視線を居間の方に向けると、そこでは他の者たちもすぐ行動に移れるようにし、ソランタの周りに集まっている。
 ソランタの自分の周囲にいる者たちを透明に出来るというスキルさえあれば、このような状況でも対処するのは難しくはない。
 しかし……それでも、面倒なことになった。
 そう思いながら、扉の前にいた男は向こうの返事を待つ。

『いえ、皆さんも退屈をされてるかと思い、女を用意しました』
「……は?」

 一瞬、扉の向こう側にいる男が何を言ったのかと、間の抜けた声が漏れる。
 そして、実は女を連れて来たというのが嘘か何かなのでは? と思いつつ、少しだけ扉を開けて様子を見たのだが……

(嘘だろ)

 むしろ、男としてはそれが嘘であった方がよかった。
 何故なら、扉の向こうには協力者として見覚えのある男がおり、それ以外にも見るからに娼婦と思しき女たちが複数いたのだから。
 それを見れば、一体協力者の男は何を考えているのかと、そう突っ込みたくなるのも当然だろう。
 自分たちは、ザッカランに遊びに来た訳ではない。
 あくまでも、秘密の任務をこなすためにやって来たのだ。
 それは向こうも分かっているはずだ。
 だというのに、何故向こうは女を用意するなどといった真似をしたのか。
 このようなときに使われる女というのは、娼婦の類が多い。
 そして娼婦の中には口が軽い者も多い。
 それこそ、この場所に自分たちがいるという話すら、何かの拍子に誰かにもたらす可能性がある。 当然の話だが、男たちにはそれが許容出来ない。
 情報を流さないように頼んだとしても、それが守られるかどうかというのは、絶対に分からないからだ。
 だとすれば、今の状況でどうするべきか。
 いや、答えは出ているのだ。
 だが、それをやるべき決断が出来ない。
 現在自分たちがここにいることを、絶対にドットリオン王国軍に……いや、雲海に知られる訳にはいかない以上、やるべきことをやるしかない。
 一瞬だけ仕事が終わるまでこの家に監禁しておけばいいのでは? と思ったが、そのような真似をして逃げられてしまえば、間違いになく情報が流されてしまう。
 だとすれば、やはり取るべき手段は一つ。……つまり、この家に来た全ての女の口封じをしてしまうことだ。

「やるぞ」

 男は半ば無理矢理自分の感情と動揺を押し殺し、そう告げる。
 他の者たちも、そんな男と同じ気持ちだったのか、苦々しい表情を浮かべながらも頷く。
 ソランタもまた、スラム街で暮らしていただけに人が死ぬということには慣れていたために、緊張した様子を浮かべはしているものの、動揺は表情に出してはいない。
 皆が頷いたのを確認し、男は扉を開く。

「入ってくれ。あまり人に見られたくはない」

 無駄な死人を作るという仕事をさせられることになった苛立ちを無理矢理押さえ、扉を開いてそう告げる。
 女たちを連れて来た男は、自分の手柄は確実だという笑みを浮かべつつ家の中に入り……数時間後、家に入ったときはまるで違う人物ではないかと思えるほどに消耗して、一人だけ家から出て来るのだった。
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