上 下
147 / 422
逆襲

146話

しおりを挟む
「お、見えてきた。……見て下さい。あそこが地下九階に続く階段ですよ」

 ゼオンのコックピットの中で、アランは外部スピーカーのスイッチを入れてそう告げる。
 ゼオンの背中を含め、様々な場所に乗っている者たちは、アランのその声にゼオンの進行方向に視線を向け……

『あれか。モンスターに襲われてるとか何とか言ってたけど、どうやらもう倒してしまったみたいだな』

 地下九階の階段の辺りに視線を向けた探索者の一人が、そう呟く声がアランにも聞こえる。
 実際、アランがオアシスに向かって出発する前は、以前偵察したときに見た巨大なサソリと戦っていたのだが……すでに戦闘は終わっており、地下九階への階段の側で、現在雲海、黄金の薔薇の探索者が揃ってサソリの解体を行っている様子が映像モニタに表示されていた。
 別に無理にサソリの解体をする必要もないのだが、今は特にやるべきこともないからということで、暇潰しも兼ねて行っているのだろう。
 本来なら、地下九階の様子を見てくるということをしてもいいのだが、その辺はイルゼンとレオノーラという、それぞれのクランのリーダーに止められている以上、そのようなことは出来ない。
 これが軽い命令であればともかく、くれぐれも早まった真似はしないようにと、前もって言い聞かされている。
 ……もっとも、そんな真似をしなくても無茶な真似はしないだろうとというのが、アランの予想だったが。
 この大樹の遺跡の地下八階と地下九階……そしてそれより深い場所は、未だに何の情報もない。
 そのような場所に少数で、それも暇潰しの面白半分で行こうなどということは、自殺行為でしかない。
 お互いのことを何も知らない者同士であればともかく、雲海も黄金の薔薇も相応に長い間一緒にクランを組んで活動している者たちだ。
 イルゼンやレオノーラにそのように言われていのに、それを無視するような真似はしないだろう。

「じゃあ、取りあえずサソリの解体の手伝いをお願いしますね。皆を下ろしたら、俺はまたオアシスに戻るので」
『おう、分かった。……にしても、あのサソリの解体は結構面倒そうだな。まだ昨夜の狼の方が簡単そうだ』

 面倒そうな、そして嫌そうな声が聞こえてくるが、アランもその意見には賛成だ。
 狼の類はそこまで解体が難しくはないのだが、サソリのようなモンスターの場合は、何気に結構解体が難しい……いや、より正確には面倒なのだ。

「なら……」

 そう言おうとしたその瞬間、不意にゼオンが近付いてくる敵がいるという反応をレーダーで捉えたゼオンが、音を立ててそれを知らせる。

「何だ?」

 その反応を疑問に思ったアランだったが、現在何人もを身体の様々な場所に乗せている以上、迂闊に動くような真似も出来ない。
 それこそ、敵が……もしくは何らかの未知の存在がやってきたからといって素早く動くような真似をした場合、掴まっている者が落ちる可能性が高いのだから。
 そして落ちれば、下は砂漠でも怪我をすのは間違いなく、下手をすれば死にかねない。
 だからこそ、今の状況でアランが出来るのは一つだけ。

「何かが……恐らくは敵が近付いてきます! もしかしたら戦いになるかもしれないので、全員しっかりと掴まって下さい!」
『近付いてきたって……敵か? コウモリは楽に倒せるとか言ってなかったか?』

 ここまでの旅路で、世間話のようにしてアランから聞いたことを口にする探索者だったが、アランはそれを即座に否定する。

「この反応からすると、多分コウモリじゃない、別の何かです。……レオノーラ、そっちでも感じるか?」
『ええ。どうやら結構な大物が襲ってくるみたいね』

 最後の言葉をレオノーラに尋ねると、念話で返ってくる。
 レオノーラも感じているのなら、それはやはりレーダーの故障といったものではないのは明らかだ。
 そうなると、問題なのはその大物を相手にどうするべきか。
 考え……やがて取れる選択肢はほぼないことに気が付く。

「隠れるにしても、場所がない。それどころか、隠れている場所を攻撃されれば、向こうが有利になる。かといって迎撃するのは……これもまた難しい」

 迎撃するとなれば、当然のように激しく空中でやり合うことになる。
 そうなると、ゼオンや黄金ドラゴンに掴まっている者も戦闘中の動きで振り落とされたり、敵の攻撃を回避したつもりでもそのような者たちに当たったりといったことになりかねない。
 その辺の事情を考えると、戦闘をするのは避けたいというのが、アランの正直な気持ちだった。

『なら、急いで俺たちを降ろせ! いや、地上近くまで高度を下げれば、こっちで勝手に飛び降りるから、高度を下げろ!』

 外部スピーカーが入ったままだったので、アランの呟きが聞こえたのだろう。
 先程までアランと話していた男がそう叫ぶ声が聞こえてくる。

(高度を下げて、皆に飛び降りてもらう。それしかないか?)

 アランとしては、そんな真似は出来れば避けたいというのが正直なところだったが、敵に……それも恐らくはコウモリとは違うだろう強力な敵と戦うのを考えると、それが最善の選択のような思いがあった。

「分かりました。なら、すぐに高度を下げるので飛び降りて下さい」

 下が地面ではなく、砂だというのもこの場合は大きかっただろう。
 ゼオンや黄金のドラゴンが飛んでいる高度から飛び降りれば、ただではすまない。
 だが、高度を下げた状態から飛び降りたのであれば、砂漠の砂が優しく受け止めてくれるはずだった。
 だからこそ、アランもすぐにそう判断したのだ。

『なら、私の背中に乗ってる人たちにも伝えてくれる?』

 黄金のドラゴンに変身した状態のままでは、念話でアランにしか自分の意思を伝えられないレオノーラの頼みに頷き、アランは黄金ドラゴンに近付くと、背に乗っている者たちに向けてレオノーラの言葉を外部スピーカーで告げる。
 飛んでいる最中ではあったが、かなり近くまで接近したということもあり、背中に乗っている面々にも聞こえたのか手を振って合図をしてくる。
 アランはレオノーラにそれを伝え、高度を下げていく。
 やがて地上近くなったところで、ゼオンと黄金のドラゴンに乗っていた面々が次々と飛び降りていく。
 飛行速度も相応に落としていたこともあり、地上が砂で、飛び降りた者たち全員が探索者ということもあって、全員が怪我もなく無事に飛び降りることに成功する。

「隠れてて下さい!」

 外部スピーカーでそう告げるアランだったが、考えてみれば砂漠で隠れるような場所はない。
 周囲に岩か何かでもあれば話は別だったのだろうが、残念ながら周囲にそのような物は存在しない。
 だからこそ、今の状況では地面にいる者たちに注意が向かないようにアランやレオノーラが頑張る必要があった。

「レオノーラ、まずは近付いてくる敵をこっちに引き付ける。敵の姿は見えたか?」
『……見えたわ。また、とんでもないのが来たわね』

 呆れが強く出た様子で呟いたレオノーラに、アランも周囲の様子を確する。
 高度をとったおかげで、周囲の見晴らしはいい。
 そんな中でアランが見たのは……

「嘘……だろ……」

 とてもではないが信じられない。
 そんな色が強く出たのは、近付いてきた相手が予想外も予想外といったところだったからだろう。
 もちろん、コウモリのような容易く倒せる敵が出て来るとは、アランも思っていなかった。
 だが……ゼオンの映像モニタに表示された姿は、そんな楽観的な思いを容易に吹き飛ばすような光景。
 一言で言えば、巨大な鷲。
 それも巨大と言っても、普通の鷲よりも大きな鷲といった訳ではなく、それこそゼオンや黄金のドラゴンよりもさらに大きい。
 一体、このようなモンスターがどうやって棲息出来ているのかはアランにも分からないが、目の前にいるのは間違いない。
 であれば、そのような存在がいるというのは間違いない。
 ……それでいて、その巨大な鷲は真っ直ぐにゼオンと黄金のドラゴンに向かって移動してくるのだ。
 明らかに、それはただ通り掛かった訳ではなく、何らかの意図を持って近付いてきている。

「レオノーラ、逃げられると思うか?」
『無理でしょうね。……私たちだけなら、どうにかなったと思うけど』

 そんなレオノーラの声に、やっぱりなとアランも納得してしまう。
 ゼオンと黄金のドラゴンの飛行速度は、かなり速い。
 恐らく迫ってくる巨大な鷲を相手にしても、逃げ切れるだろう程には。
 だが……それは、あくまでもゼオンと黄金のドラゴンだけであればの話だ。
 先程砂漠に降ろした面々を乗せて出せる速度では、到底近付いてくる巨大な鷲から逃げられるとは思えなかった。

(そうなるとい、やるしかない……か。まぁ、あれだけ巨大なモンスターが多数いる訳じゃないだろうから、ここであの巨大な鷲を倒してしまえば、この砂漠での移動も多少は安全になるのは間違いないはずだ)

 半ば無理矢理にそう自分に言い聞かせたアランは、ゼオンにビームライフルを構えさせる。

「レオノーラ、まずは俺が先制攻撃をする。それで構わないか?」
『ええ。じゃあ、私はビームライフルの後にレーザーブレスで追撃するわね』
「頼む」

 短く言葉を交わし、ビームライフルの銃口を巨大な鷲に向け……すると、次の瞬間、巨大な鷲は翼を羽ばたかせながら、急激に進路を変える。
 上空で激しく羽ばたかされた翼により、地上では激しい風が吹き荒れる。
 幸いにしてまだ距離があったので、地上に降りた仲間たちに被害が出るようなことはなかった。
 だが……そんなことよりもアランが驚いたのは、巨大な鷲がまるでゼオンの構えたビームライフルに反応するように突然進路を変えたことだ。
 進路を変えたとはいえ、それはアランたちから離れた訳ではない。
 進路を変えながらも、未だにゼオンや黄金ドラゴンがいる方に向かって飛んできている。
 しかし……そんな巨大な鷲の姿を見て、アランは驚く。
 ビームライフルを構えた瞬間にその射線軸上から移動したということは、それはつまりあの巨大な鷲はビームライフルについて危険を感じたということになる。
 この地下八階に入ってからは、まだ一度しか使っていないビームライフルに。

(一体、何でビームライフルの危険を知っている?)

 そう思いながらも、狙いを修正し……ビーラムライフルのトリガーを引くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

ルイナ

Dr.SUN
ファンタジー
【週1更新目標にしています】 クフ王ピラミッド内部で発見された遺物と、それを使用することで起こる超常的現象。 それが強大な力であることは明確だった。 国家がその力を手に入れた先に待つものは破滅か、支配か。 遺物とは何か。 なぜそこで発見されたのか。 どうしてこうなったのか。 本作は現代を舞台とした魔法系のものです。転生はしません。 カワイコチャンも出ないしカッコイイ人も出ません。 力を得た人々が破滅に突き進んでいく有様を目に焼き付けてください。 あと初作品なので感想お待ちしてます! なろうでも掲載してます https://ncode.syosetu.com/n6658hb/

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~

アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」  突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!  魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。 「これから大災厄が来るのにね~」 「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」  妖精の声が聞こえる私は、知っています。  この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。  もう国のことなんて知りません。  追放したのはそっちです!  故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね! ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

処理中です...