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逆襲

138話

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 地下八階。
 そこまで降りてきたアランたちは、真剣な表情になっていた。
 当然だろう。地図があるのは地下七階までだけで、地下八階からはまだ誰も行ったことがないのだから。
 普通の遺跡なら、地下七階まで? と呆れる者もいるだろう。
 だが、大樹の遺跡は一階がかなりの広さを持つ。
 それこそ森であったり、洞窟であったりといったように。
 それだけ、一階をクリアするのに大きく時間がかかる。
 実際、アランたち……雲海と黄金の薔薇という二つの実力派クランが協力して遺跡に潜っているのに、今日ですでに四日目だ。
 それだけ、この遺跡が広いということで、ここまでしか地図が残っていないのもアランにしてみれば納得出来る話だった。
 何より、地下八階がどのような場所なのかを考えれば、ここから先は進むという決断を出来る者はそう多くないだろう。

「暑い……大樹の遺跡って名前なのに、何だって砂漠なんて広がってるんだよ。これ、どうするんだ? このまま進むと、間違いなく水が足りなくなるぞ? ……いや、水は魔法である程度どうにかなるかもしれないけど、暑さの対策は……くそっ、地図に少しでもこの状況が書いてれば……」

 探索者の一人が、目の前に広がる砂漠を見て、忌々しげに呟く。
 そう、現在アランたちの目の前に広がっているのは、それこそ一面の砂漠だった。
 それも岩石砂漠の類ではなく、普通の人が一般的に砂漠と言われて思い浮かべるような、砂の砂漠。

「そもそも、ここって大樹の遺跡なんでしょ? なのに、何で砂漠? 遺跡って名前とはとてもじゃないけど合わないじゃない」

 女の探索者が不満を口にするが、それはこの場にいる多くの者が感じていることだった。
 そもそも、ここが大樹の遺跡という場所であるのなら、植物がほとんど存在しない大樹の遺跡という場所は、その名にふさわしくないのではないか、と。

「ですが、大樹の遺跡というのはあくまでも私たちがつけた名前です。古代魔法文明の頃は、別に大樹の遺跡と呼ばれていたとは限りませんよ」
「イルゼンの言う通りよ。けど……問題なのは、これからどうするか、ね」

 レオノーラの言葉に、多くの者が頷く。
 砂漠というのは、基本的に何の準備もなく進めるような場所ではない。
 こうして遺跡に挑む以上、ある程度何があっても対処出来るように色々と準備は整えてきている。
 だが、その色々とという中には、少しくらいの砂漠であればともかく、本格的な砂漠を進むだけの用意はない。

「普通に考えれば、一旦地上に戻るってことなんだけど……それは面倒臭いわね」
「母さん、それは皆が思ってても誰も言ってないのに」

 リアの言葉に、アランは若干の呆れを込めてそう声をかける。
 実際、ここまで来るのに四日かかっている。
 ここからまた地上に戻るまでは四日。……いや、探索をしながら降りてきて四日だったのを思えばもう少し時間は短縮出来るかもしれないが、それでもある程度の時間が必要なのは間違いない。
 そして地上で砂漠を越える用意を整える必要があるのだが、問題なのはそのような真似が出来るかといったことだろう。
 そもそも、この周辺には砂漠の類は存在しない。
 そのような場所で砂漠を越える用意が出来るのかと言われれば、首を傾げざるをえないだろう。
 もしどうにかして砂漠を越える用意を調えたとしても、またこの階層までやってくるのに数日。
 とてもではないが、そのような真似をしたいとは思わなかった。

「それに、砂漠を越える道具がザッカランにあるとは思えないわ。ギルドに融通を利かせて貰うとしても、それが出来るかどうかは微妙なところでしょう?」

 リアのその言葉には、納得出来る部分が多い。
 もしザッカランで砂漠を越える用意が出来なければ、それこそ地上まで戻るのは何の意味もないことなのだから。
 だが、現在の状況のままで砂漠を進むというのも、かなり厳しいのは間違いない。

「でも、リアの姐さん。この砂漠を見る限りだと、俺たちの今の装備で進むのは無理……とは言いませんが、かなり厳しいですぜ? それこそ、そんなに長期間の移動は難しいかと」

 普通の人間……それこそ街で暮らしているような一般の人間なら、現状で砂漠を進むのは難しい。
 だが、それはあくまでも普通の者であればの話だ。
 アランを含め、この場にいる全員は探索者であり、その身体能力は一般人とは比べものにならない。
 だからこそ、今の状況を思えば砂漠を進むのが不可能ではない。
 とはいえ、進むのが不可能ではないからといって、楽に進める訳ではない。
 砂漠を進む以上は、当然のように暑さと戦いながら進む必要があった。
 探索者であり、砂漠を進むことが出来ても、不快なものは不快なのだ。
 そう告げてくる仲間に、リアは当然分かっていると頷く。
 ハーフエルフではあるが、リアもエルフの血を引く者だ。
 当然ながら、このような砂漠を進むよりは、森の中にいた方が快適だ。
 そんなリアが、この状況でも砂漠を進むと提案したのは……

「え? 俺?」

 リアに視線を向けられたアランは、戸惑ったようにそう言う。
 だが、近くにいた者たちはリアの言いたいことが分かったのだろう。少しだけ安心した様子を見せる。

「つまり、アラン君がゼオンで周囲の様子を確認して、それで行けそうなら進む。そういうことですか?」

 確認するような……いや、アランに言い聞かせるように尋ねるイルゼンの言葉に、リアは頷く。

「ええ。砂漠と言えばオアシスがつきものでしょ。オアシスがあれば、そこを拠点にして移動すればいいし……場合によっては、アランがゼオンで皆を運ぶという方法もあるわ」
「ああ、なるほど」

 最初、自分だけで砂漠の探索をしてこいと言われるのかと思ったが、イルゼンとリアの会話を聞いて納得する。
 実際、ゼオンのコックピットは空調が効いており、砂漠の中でも何の問題もなく行動出来る。
 ……いや、むしろ涼しいだけ快適だと言ってもいいだろう。

「分かったみたいね。じゃあ、お願い出来る?」
「俺は構わないけど……それでいいんですか?」

 尋ねるアランに、イルゼンは問題ないと頷く。
 イルゼンにしてみれば、もし上手くいけば儲けものだと、そんなところなのだろう。

「構いませんよ。幸いにして、アラン君が乗ってるゼオンは強力です。その辺のモンスターがどうこうしようとしても、容易に撃退出来るでしょう」

 イルゼンのその言葉に、アランは少し驚き……同時に嬉しそうな表情を浮かべる。
 ゼオンに乗っている自分の存在を認めて貰っているというのが、この場合は大きいのだろう。

「それにしても、この大樹の遺跡って狭い場所って聞いてましたけど……何げにゼオンを動かせるだけの空間的な余裕がありますよね」

 照れ混じりにそう告げるアランだったが、その言葉はそこまで間違っていない。
 洞窟のような場所のように、非常に狭い場所もあったが、森やこの砂漠のように、ゼオンを使っても移動するのが難しくない場所もそれなりに多かった。
 前もって得られた情報によれば、基本的にこの場所はかなり狭い場所で、アランの心核のゼオンを使うのはまず無理……と、そう聞いていたのだ。
 だが実際に遺跡に潜ってみれば、ゼオンを使える場所は意外に多い。
 そのことが、アランにとってすこし不思議だったのだ。

「ふむ、そうですね。アラン君の言うことも分かります。ただ、ここから先は地図に載っていない場所である以上、どのような場所があってもおかしくはないでしょう。……ここまで来る途中で、ゼオンを動かせるだけの空間的な余裕があったのは、少し疑問があるのは変わりませんが」

 イルゼンの言葉に、それを聞いていた何人もが頷く。
 それは、皆が感じていた疑問だったのだろう。

「ともあれ、ここからは未知の領域となります。皆さん、しっかりと周囲を警戒して先に進みましょう。……アラン君、お願いします」

 砂漠の暑さにもかかわらず、ほとんど汗を掻いていないイルゼンがそう告げる。
 それに何人かが気が付くが、雲海のメンバーにしてみればイルゼンが色々と奇妙な存在なのは今更の話なので、特に驚いた様子はない。
 黄金の薔薇に面々にしてみれば、まだ話は違っていたが。
 イルゼンがそんな風に驚きの視線で見られているとは思っていないアランは、皆から少し離れた場所まで移動して、カロに話しかける。

「カロ、いいな? ゼオンを召喚するぞ。この暑さで……いや、カロの場合はこういう暑さとかは苦にならないのか?」
「ぴ!」

 アランの言葉に、カロは任せてと言いたげに鳴き声を上げる。
 人工知能、もしくはゴーレム的な存在であるカロにとって、暑さというのは……それこそ暑いのではなく、熱い。焼かれるくらいの熱さではない限り、何の問題もないのだろう。
 そのことを羨ましく思いながら、アランはゼオンを召喚する。
 次の瞬間、姿を現す全高十八メートルの巨大人型兵器。
 そしてアランはゼオンのコックピットに乗り込む。
 アランの様子を見たイルゼンたちは、ひとまず地下七階に続く階段に戻っていく。

『アラン君、体力の消耗を少しでも抑えるために、僕たちは一度地下七階に戻ります。砂漠の偵察が終わったら、アラン君もこちらに来て下さい』

 ゼオンのコックピットにイルゼンの声が響き、アランはそんなイルゼンにゼオンの手を振ってみせる。
 それを了承の返事だと判断したのだろう。イルゼンは他の面々地下七階に戻っていく。

「薄情な。……って、普通なら言うんだろうけど」

 ゼオンのコックピットの中でそう呟くアランだったが、そこに悲嘆の色はない。
 探索者として、いざというときのために体力の消耗を抑えるのは当然のことなのだから。
 特に今回は、アランの偵察の結果によってはこのまま砂漠を進むという可能性もあると考えれば、少しでも体力を消耗しない方がいいのは明らかだ。

「さて、と。……それにしても、この空間はどうなってるんだろうな」

 ふわり、と。
 ゼオンを空中に浮かばせながら、アランはそんな疑問を抱く。
 地下七階からこの地下八階に降りる階段は、特にそこまで長いという訳ではなく普通の階段でしかない。
 だというのに、こうやってゼオンが空を飛んでも問題ないだけの高さがあるのだから、アランがそれを疑問に思うのは当然だろう。

「まぁ、古代魔法文明の遺跡なんだし、気にするだけ無駄か。魔法って何でもありだし」

 呟きながら、アランはゼオンで砂漠の偵察を始めるのだった。
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