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逆襲

126話

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 ガリンダミア帝国領内に入ってから、数日。
 ザッカラン攻略隊……いや、ドットリオン王国軍は、いよいよその目的地たるザッカランまでもうすぐそこといった場所までやって来ていた。
 ここまで来れば、当然のように途中でザッカランに住んでいる冒険者や探索者といった面々を見ることもあったが、ドットリオン王国軍はそのような者たちに手を出すようなことはない。
 中には、敵の数を減らすためにも冒険者や探索者を見つけたら捕らえるか、いっそ殺してしまった方がいいと主張する者もいた。
 だが、セレモーナの信頼が厚く、今回のドットリオン王国軍を率いているボーレスはそれを許可しなかった。
 正々堂々を好む……という訳ではないが、まだ戦いになっている訳でもないのに、偶然そこにいただけの冒険者や探索者を殺すことを、よしとしなかったのだ。
 本人の性格もあるが、同時にこれからザッカランを占領しようというのに、戦闘前にもかかわらず、ザッカランの住人を殺すなり捕らえるなりした場合、とてもではないが友好的なやり取りが出来なくなる。
 占領するという時点で友好的なやり取りは出来なくなるのが普通なのだろうが、それでも占領後のやり取りでザッカランの住人を戦いが開始する前に殺しているかどうかというのは、大きな意味を持つ。

「さて、それでどうするんです? 向こうもこっちを迎え撃つ気満々のようですが」

 ドットリオン王国軍の中でも幹部の一人が、遠くに見えるザッカランを眺めながら呟く。
 現在ドットリオン王国軍は、ザッカランから離れた位置に天幕を張って本陣を形成していた。
 ザッカランが門を閉じ、城壁の上に弓を持った兵士や杖を持った魔法使いを並べているのは、この位置からでも見ることが出来る。

「ラリアントでこちらが城壁を使って籠城戦を成功させたが、敵もそれを狙っているのだろう」

 ボーレスは、ザッカランを見ながら呟く。
 自分たちがラリアントの城壁を使ってガリンダミア帝国軍を相手に戦っただけに、その言葉には強い説得力がある。
 ラリアントで成功したのだから、ザッカランでも籠城戦は可能だろうと。

「敵は恐らく援軍を呼んでいるはずだ。そうである以上、援軍が来るまでにザッカランを攻略したい」

 ボーレスの言葉に、皆が頷く。
 ただでさえ籠城戦ともなれば、守る方が有利なのだ。
 敵の援軍が来るよりも前にザッカランを攻略出来ない場合、最悪撤退も考える必要があった。
 ……実際には、ザッカランの領主サンドロは、自分の見栄の為に援軍の要請はしていないのだが。

「そして……早急に攻略する以上、必要になるのは……」

 ボーレスが何か言おうとしたその瞬間、それを遮るように口を開く者がいた。

「待って下さい。ボーレス殿。ザッカランを攻略するのは、私に任せて貰えませんか」

 そう言ったのは、ガーウィット。
 ボーレスに話してはいるが、その視線が向けられているのはアランだ。
 ……本来なら、この場にいるのは指揮官たちだけのはずだった。
 そのような場所に何故アランが居心地の悪い思いをしながらもいるのか。
 それは、単純にザッカランを攻略するのにアランの力が必要だと、そうボーレスが判断してのことだ。
 そもそも、ザッカランの攻略にかんしてはアランの心核たるゼオンを攻撃の中心に据えるというのは、最初から決まっていた。
 そうである以上、最初から作戦会議に参加させておき、色々な事情を説明しておいた方がいいだろうと、そう判断してアランもこの会議に参加していたのだ。
 そんな会議の中で行われた突然のガーウィットの発言は、皆を驚かせるには十分だった。

「突然何を?」

 そう言ったのは、ボーレスの近くにいた指揮官の一人。
 最初からの予定で決まっていたというのに、何故それを覆すような発言をするのかと。
 そんな疑問と余計なことをという苛立ち混じりの言葉。
 もしこの部隊がセレモーナ率いる部隊が中心にあるのでなければ、貴族に配慮した発言をする者も多いだろう。
 だが、ザッカラン攻略を目的としたこの部隊は、そんなセレモーナの部隊が中心となって結成されている。
 たとえ相手が貴族であろうとも、意味もなく混乱を招くような態度をとるのであれば、遠慮も何もなく非難するのは当然だった。
 ガーウィットも、それは分かっていた。
 だが、自分が口を出せるのは今このときだけなのだ。
 もしここで口を出さなければ、自分に……心核使いの自分に役目が回ってくるかどうかは、分からない。
 いや、アランという規格外の心核使いがおり、さらにはレオノーラという、ゼオンに匹敵するだろう黄金のドラゴンに変身する心核使いがいるのを思えば、自分の出番はまずないと思ってもいいだろう。
 それが分かっているだけに、ガーウィットはここで発言をするしかなかった。

「皆の意見も分かります。アランの心核はそれだけ強力なのですから。だが……それでも、ここまで来た以上、私を含む他の心核使いにも活躍の場は貰えませんか? もちろん、現状でそれが厳しいのは分かります。ですが……それでも、出番を下さい」

 ガーウィットのその言葉に、ボーレスは……そして他の面々も難しい表情を浮かべる。
 本来であれば、ザッカランの攻略はアランとレオノーラをメインにして行うということで話は決まっていた。
 だが、それでも……そう、それでも、ガーウィットの意思は理解出来るのだ。
 心核使いとして期待されて援軍としてやって来たのに、実際にはその戦いで名を馳せたのはアラン。
 同じ心核使いとして、それを悔しく思わないということはない。
 それが分かるだけに、ボーレスは悩んだが……やがて、首を横に振る。

「駄目だ、今回の戦いは予定通り行う」

 ボーレスも、ガーウィットの気持ちは理解出来る。
 だが、ガーウィットの気持ちを理解出来るとはいえ、その為に部隊に余計な被害を出すような真似は許容出来ない。
 アランのゼオンであれば、ザッカランに余計な被害を出すよりも前に、向こうが降伏してくる可能性も高いし、何よりもガーウィットを主力にした場合、戦いの決着まで時間がかかりすぎるというのが、大きい。
 ザッカランの攻略に時間をかければ、それだけガリンダミア帝国軍が援軍として派遣されてくる可能性が高いのだ。
 だからこそ、援軍が到着するよりも前にザッカランを占領する必要があった。
 ……実際には、領主の見栄のために援軍を呼んではいないのだが、それがボーレスに分かるはずもない。
 普通に考えれば、ザッカランに残る戦力が少ない状況でドットリオン王国軍が近付いてきているのだから、自分たちだけでそれに対処出来ないとなれば、そこで援軍を求めるというのは当然のことだった。
 だからこそ、ボーレスも援軍が来るまでの短時間で何とかしようと、そう考えていたのだから。

「何故ですか!」

 だが、そんなボーレスの言葉に納得出来ないのは、ガーウィットだ。
 ガーウィットの予定では、ここで自分が活躍することでアランだけが強力な心核使いではないと、そう示すはずだった。
 なのに、何故自分には活躍する機会すら与えられないのか。
 それを不公平に思い、苛立ちを露わにする。

「そう言っても、元々ザッカランの攻略はアランに任せるつもりだった。アランの実力がどれだけのものなのかは、皆が知ってるはず。そんなアランを主力にするのは当然だと思うが?」

 ザッカランを攻略するためにやって来た者たちは、当然のように少し前に行われたラリアント防衛戦に参加している。
 最初からラリアント防衛戦に参加していたのか、それともセレモーナ率いる援軍としてやって来たのかで多少の違いはあれど、アランが……正確にはアランの心核たるゼオンが大きな活躍をしたというのは、当然のように知っていた。
 間近で見たからこそ、ゼオンがどれだけの実力を持っているのかというのを知っているのだ。
 それだけに、今回の一件においてはその実力に期待する者が多いのは当然だろう。
 ましてや、ザッカランを攻略したあとはそこを拠点の一つとして活動していくことになる。
 そうなれば、可能な限りザッカランの住民から恨みを買うのは避けたい。
 ……ラリアント防衛戦を考えれば、それは虫のいい話だというのは、ボーレスも分かってはいるが、それでも可能な限りの手を打っておくに越したことはない。

「ですが!」

 ガーウィットは、そんなボーレスの言葉に反発するように叫ぶ。
 ガーウィットにしてみれば、ここで……皆の注目が集まっている今の状況で活躍をする必要があった。
 そうでなければ、何故このような場所までやって来たのか。
 ラリアント防衛戦でも、ある程度……本当にある程度ではあっても活躍をしたが、それは結局ある程度でしかない。
 そうである以上、ここで何とかして活躍をする必要があった。
 そんなガーウィットの視線が向けられたのは、当然のように……アラン。
 もしガーウィットが戦いに参加しないのであれば、ザッカラン攻略ににはアランが大きな役目を負うことになっているのだから。
 そんなガーウィットの視線を向けられたアランは、どう対応すべきか迷う。
 だが、もしここでお前では力不足だなどと言ったりしようものなら、間違いなく自分は恨まれることになる。
 いや、恨まれるのが自分だけであればまだいいのだが、ガーウィットの性格を考えれば、それこそ自分だけではなく、他の者にも被害が向かいかねない。

「ふむ、では先鋒を彼に頼んでみては? 防衛を固めているだろうザッカランですが、もしかしたら何らかの奥の手がある可能性もあります。そうである以上、いざというときのことを考えると最初に一当てした方がいいでしょうし」

 そう提案を口にしたのは、アラン……ではなく、イルゼン。
 いつものような飄々とした笑みを浮かべつつ、そう告げる様子は、ガーウィットを相手にしても変わらない。

「これは、相手の出方を見る。……言ってみれば、捨て駒に近いものです。それでもやりますか?」

 そう尋ねるイルゼンに、ガーウィットは少し考え……真剣な表情で頷くのだった。
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