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ラリアント防衛戦

108話

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 セレモーナ率いる援軍がラリアントに到着してから、数日がすぎた。
 その間、一度もガリンダミア帝国軍との戦闘は起きていない。
 ガリンダミア帝国軍は、現在ラリアントから少し離れた場所に陣地を作り、動かないでいる。
 ラリアント軍との戦いで受けた被害は、決して小さくはない。
 恐らく、現在は戦力を再編しているのだろうというのが、大方の見方だった。
 戦争はすでに始まっており、双方共に相手のいる場所からそう遠くない場所にいる。
 にもかかわらず、未だ戦闘が起きていないというのは不思議だった。

(嵐の前の静けさってのは、こういうときに使うべき表現なんだろうな)

 アランはラリアントの街中を歩きながら、そんな風に考える。
 この戦争において避難出来る住人はすでに避難している以上、今のラリアントには一般人と呼ぶべき者はあまり多くはない。
 ……それでも皆無ではないのは、ラリアントがガリンダミア帝国軍に占領されるのが許せなくて、何でもいいから力になりたいと思った者が大半だった。
 だからこそ、以前……まだこの戦争が始まるよりも前に行われていたように、多くの店が開いているということはない。
 ただし、援軍が来た今、ラリアントの中は相応に活気に溢れていた。
 特にアランは、ゼオンに乗っての戦いで半ば祭り上げられるようにして英雄的な存在とされている。
 当然のように、皆はそんなアランに声をかけることも多い。
 本人としては、そのような真似は気恥ずかしいので出来れば止めて欲しいというのが正直なところなのだが。
 声をかけられた相手に返事をしながら通りを歩いていたアランは、ふと自分を睨んでいる者がいるのに気が付く。
 もちろん、アランも自分が誰からも好かれているとは思っていない。
 ラリアント軍の中にもアランが目立っているのが面白くないと思っている者がいるし、援軍としてラリアントにやって来た者の中には、ゼオンに乗ったアランの活躍を直接見ていないということもあって、面白くないと思っている者も多い。
 特にアランの場合は、生身での戦いとなれば決して強くはない。
 言ってみれば、心核使いとして特化している存在だ。
 だからこそ余計にアランに対して見る目が厳しくなる者もいる。
 とはいえ、アランも自分が英雄と呼ばれるような存在ではないというのは知っているので、そのことでどうこうと思ったりはしない。
 そんな風に街中を歩いていたアランは、空を見上げる。
 雲一つない、真っ青な空。
 その空だけを見上げていれば、現在戦争中だとはとても思えないような、そんな光景。
 だが、今の状況でアランがそんなことを考えたとしても、現実に意味がないというのは明らかだ。
 いくらアランが戦争を好まなくても、現実にガリンダミア帝国軍はラリアントの側に存在しているのだから。

「なぁ、お前もそう思うだろ? こっちに援軍が来たって言っても、ガリンダミア帝国軍だって援軍が来たんだ。勝ち目なんてないって」
「……なら、どうしろと? このラリアントをガリンダミア帝国軍に蹂躙されてもいいってのか?」
「命があってこそだろ? ここで死んだら、それこそ意味がないし」

 街中を歩いていると、ふとそんな声が聞こえてくる。
 話している内容はなかなかに物騒なのだが、本人たちはアランの存在に気が付いていないのか、会話を止める様子はない。
 この場所がラリアントの中でも裏路地に近いからだろう。
 だからこそ、誰かが自分たちの話を聞いているかもしれないとは考えないのだ。
 ……実際に、その考えは間違っていない。
 元々のラリアントの住人は、相当数が戦闘が始まる前にラリアントから脱出している。
 結果として、この付近には誰もいないと判断したのだろう。

「それでも、俺は故郷のラリアントがガリンダミア帝国軍に占領されるのは見たくない。それに、もし占領されてみろ。一体何人が死ぬと思う? 略奪の類だって起きるぞ?」
「何でそう決めつけるんだ? ガリンダミア帝国軍だって、馬鹿じゃない。ここで略奪とかしようものなら、ラリアントの住人の協力は得られないだろ。そんな真似をすると思うか? ……まぁ、一部の兵士はそんな真似をすると思うから、絶対とは言わないけど」
「だろ? 俺の家族はラリアントに残ってるんだ。暴行とかそういうのを見たくはない」
「だからだよ! だからこそ、今のうちに降伏して、家族の身を守る必要があるんだ」

 その会話は、明らかにラリアント軍にとっては許容出来るものではない。
 アランは一歩を踏み出そうとし……生身で戦った場合の自分の実力を思い出し、その動きを止める。
 とはいえ、その一歩の音で誰かが自分たちの側にいると気が付いたのだろう。
 会話をしていた二人が、焦った様子で裏路地から顔を出す。
 そして、二人の男とアランは正面から向かい合い……最初に口を開いたのは、アラン。

「随分と面白そうな会話をしていたな。……お前、もしかしてガリンダミア帝国軍の手の者か何かか?」

 そう言いながらも、アランは腰の長剣に手を伸ばす。
 とはいえ、アランの剣の腕というのは決して高くはない。
 だがそれを知っている者はそこまで多くないというのも、事実だった。
 アランがラリアントの英雄として有名になり、その上でゼオンを使って敵を蹂躙する光景を他の者に見せているのだ。
 それを思えば、アランが武器を構える様子を見て自分たちでは勝てない強敵だと、そう認識してもおかしな話ではなかった。

「どうした? 俺は今の話をちょっと聞かせて欲しいと言ってるだけだが? 何なら、これから他の場所で話を聞いても構わないか?」
「そ、それは……」

 男も、自分が口にしていた話が他人に漏れると不味いというのは理解しているのだろう。
 アランに対して何も言えなくなり……

「くそっ!」

 叫び、そのまま逃げ出す。
 男に降伏しないかと持ち掛けられていた男の方も、このままでは面倒なことになると判断したのだろう。
 男が逃げ出したのを見て、自分も逃げ出す。
 それを見ていたアランは、一瞬ここで追った方がいいのか? と疑問を抱く。
 だが、相手は別に明確に裏切りをしていた訳ではなく、単純にこのままでは負けるから降伏も考えた方がいいのではないか? と話していたにすぎない。
 もちろんここで捕まえて上に……モリクやセレモーナに突き出せれば、尋問が行われてガリンダミア帝国軍の手の者ではないかどうかというのを調べられるだろう。
 だが、現状でそのような真似をすれば、ラリアントにいる者たち……アランたちと共にガリンダミア帝国軍と戦った者たちや、セレモーナが率いていた援軍の双方に疑心を抱かせる可能性があった。

(どうすればいい? ……いや、この件は別に俺が無理に考える必要はないのか。イルゼンさんとかに聞いてみればいいのか。イルゼンさんのことだから、何かまたとんでもないことをしそうな気がするけど)

 普段は昼行灯といった感じであまり頼りにならないイルゼンだったが、いざというときにこれ以上頼れる相手をアランは知らない。
 実際に今まで何度も助けられてきたからこそ、アランはそう断言出来る。
 そう判断すれば、アランはすぐに行動に移る。
 雲海が拠点としている宿に向かい、歩き始め……当然の話だが、途中で何人もから声をかけられつつ、道を進む。
 とはいえ、友好的なのはほとんどが以前からラリアントにいた者で、実際にゼオンを見てはいても、そのゼオンがどれだけ活躍しているのかを知らない者にしてみれば、アランに対して何故そこまで信頼を? という思いを抱く者もいる。
 ラリアントの心核使いの中にいたように、純粋にアランが気にくわないという者もいるが。
 そんな中を歩き続けたアランは、やがて目的の場所……自分たちの拠点となっている場所に到着する。

「お? アランじゃないか。どうしたんだ、そんなに急いだ様子で」

 雲海の探索者の一人が、宿に入った来たアランの姿を見て疑問を口にする。
 とはいえ、その口調には若干からかいの色があった。
 アランがラリアントの英雄としてもてはやされていることを照れ臭く思っているのは、当然知っている。
 だからこそ、今こうして逃げてきたのも、その関係があってのことだと思ったのだろう。
 ここ数日はガリンダミア帝国軍との戦闘が起こっていないこともあり、気楽にすごすことが出来ていたからこその態度。

「イルゼンさんっていまどこにいます?」
「イルゼンさん? 今日はまだ外に出ていないし、部屋にいると思うけど?」

 その言葉を聞くや否や、アランはすぐにイルゼンの部屋に向かう。
 それを見た探索者は、アランの様子から冗談ではすまない何かがあったのだと悟る。
 とはいえ、今の状況で自分が何をしても何が出来る訳でもない以上、イルゼンが行動しようとした時、すぐそれに対応出来るように準備をするくらいしかやるべきことははなかったが。





「イルゼンさん、いますか?」
「出来れば、ノックしてから入ってきて欲しかったね。こっちにも準備があるんだから」

 急いでいたあまり、ノックも何もなく扉を開けたアランに、イルゼンは軽く注意するようにそう告げる。
 その言葉に、それどころではないと言おうとしたアランだったが、部屋の中にイルゼン以外に見覚えのない人物……軍服を着た人物がいるのに気が付き、口を噤む。

「ああ、いや。構いませんよ。こちらの用件はすんでいるので、世間話をしていただけですし。……では、私はこれで失礼します。イルゼンさん、例の件、よろしくお願いしますね」

 軍人にしては柔らかい口調でそう告げると、その男は部屋を出ていく。
 その際、頭を軽く下げられたアランは慌てて自分も頭を下げる。
 イルゼンの部屋にいた人物ということは、恐らくお偉いさんだろうと判断して。
 そうして軍人が部屋を出ていくとのを見送ったアランは、口を開く。

「イルゼンさん、ラリアントの中にガリンダミア帝国軍の手の者がいる可能性がある。……いや、多分いるとは思ってたんだけど」
「そう言うということは、何かありましたね?」

 尋ねてくるイルゼンにアランは頷き、自分が見た光景を口にするのだった。
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