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ラリアント防衛戦

099話

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「ラリアント軍も、そろそろ音を上げてきたと思うか?」
「さて、どうでしょうね。向こうもこの状況でラリアントに残った連中です。まだ大部分は何とか持ち堪えてるでしょう」

 ディモの問いに、イクセルはそう返す。
 実際にラリアント軍の抵抗は少しずつ……本当に少しずつではあるが、弱くなってきている。
 それは連日連夜攻撃をし続けている効果が出て来ているということでもある。
 だが、同時にそれが決定的な事態をもたらすまでには、まだ時間がかかるのも事実だ。
 そして、こうしている間にも向こうは王都からの援軍が来ると信じており、その到着を待ちわびていた。
 だからこそ……そのような状況だからこそ、打てる手もある。

「相手の戦意を完全にへし折るのは、向こうが希望を得た瞬間にその希望を叩き潰すことです」
「分かっている。正直、援軍を認めさせるには苦労をしたからな。とはいえ、他にも戦線を抱えている以上、用意されたのはあくまでも見せかけの軍だぞ? 一応精鋭部隊もある程度揃ってはいるが、大半は徴兵した者たちだ」
「ええ、それで構いません。あとは、タイミングですね。援軍が来たと向こうが喜んでいるその瞬間に、こちらの援軍が到着すれば……」

 相手の戦意はへし折れる。
 言外にそう告げるイクセルに、ディモは重々しく頷く。

「問題なのは、向こうの心核使いか。何人いるのか分からないというのは、痛いな」
「そうですね。初日にオークの心核使いが出て来ましたが、それ以降は全く出て来る様子がありません。あのオークの件を考えれば、こちらの挑発に乗るなり、現状を打破するために出て来てもおかしくはないのですが」
「ゼオンもそうだな」
「はい。……あのゴーレムは非常に厄介です。そもそも、あのようなゴーレムなど見たことがありません。普通なら、もっとゴーレムらしいゴーレムになるのですが。もしかしたら、本当にもしかしたらですが、あのゴーレムは本当ならゴーレムではないのかもしれませんね」

 普通なら、お前は何を言ってるんだ? と言われてもおかしくはない、イクセルの言葉。
 だが、イクセルを全面的に信頼しているディモは、その言葉に納得した様子を見せる。
 実際にゼオンが空を飛んでいる光景や、凶悪な光を発する攻撃手段を持っているのを思えば、とてもではないが普通のゴーレムと思えないのは、間違いない。

「ゼオンには気をつけるようにという情報があったのは間違いないが、それでも予想以上の被害を受けたのは事実だ。そうなると、やはり次の問題は……」

 ディモの言葉に、イクセルは真剣な表情で頷く。

「今は、とにかく向こうに消耗させる必要があります。それこそ、私たちは向こうの狙いを読んでおり、援軍が来るまでラリアントを落とそうとしていると見せるように」
「ああ。……それで、こちらの被害はどうなっている? 何だかんだと、今までの戦闘で相応の被害は出ているのではないか?」
「従属国から連れて来た兵士たちにはそれなりに被害が出ていますが、ガリンダミア帝国軍にはそこまで被害が出ていません。……ただ、このまま兵士たちの消耗を続けると危険かもしれません。心核使いの中にも、不満を抱いている者がいますし」

 今回の侵略に際し、従属国から心核使いを連れて来た。
 だが、心核使いたちは自分たちの国がガリンダミア帝国軍に征服されて従属国という扱いになっているとはいえ……いや、だからこそと言うべきか、ガリンダミア帝国軍を嫌悪している者も多い。
 そのような状況で、自分の国から徴兵された兵士たちラリアント軍の消耗させるためだけの捨て駒として使われるようなことになった場合、それを到底許容出来ない者もいる。
 ガリンダミア帝国軍としても、心核使いという強力な相手だからこそ、下手に攻撃的になる訳にもいかない。
 ここで暴れられるようなことでもあれば、ガリンダミア帝国軍が被害を受けるのは間違いなかった。

「そうなると、不満を持っている者は戦場に出した方がいいと思うか?」
「いえ、それは悪手です。そうなった場合、下手をすると心核使いが各個撃破される可能性がありますから。それなら、いっそのこと心核使いを纏めて出してしまった方がいいかもしれません」
「待て。そんな真似をすれば、向こうも心核使いを出してくる。ゼオンが危険だと言っていたのはお前だろう?」
「はい。ですが、こちらの援軍が到着すれば、心核使いの補充も可能になります」
「……心核使いも来るのか?」
 
 援軍を送るように手配したのはディモだったが、それは普通の兵士たちだった。
 もちろん、普通のとは言ってもガリンダミア帝国軍の兵士である以上、様々な戦いを繰り広げてきた以上、練度は非常に高い。
 だがそれでも、やはり強さという点では心核使いに及ばないのは間違いなかった。
 しかし、そんな援軍の中に心核使いが混ざっているとなれば、話は変わってくる。
 それもイクセルの言葉から考えるに、占領した属国から連れて来た心核使いではなく、ガリンダミア帝国軍の心核使いなのはほぼ間違いない。

「俺に内緒で心核使いを用意したか。勝手なことを」

 言葉ではイクセルを叱っていたが、その表情はよくやったと褒めていた。
 元々ゼオンが強力だということで、多くの心核使いを連れてきたのだが、その強さは前もって聞いていた以上のものだ。
 一応ある程度余裕を持って戦力を連れてきたのだが、ゼオンの強さはその上をいっていたのだ。
 正直なところ、とてもではないが許容出来るものではない。
 だからこそ、イクセルの手配にディモは感心した様子を見せたのだ。

「ともあれ、もう少しだ。もう少し時間が経てば、戦況は一気に変わる」

 そう断言するディモに、イクセルは同意するように深く頷くのだった。





「くそっ、あの連中は疲れってもんを知らねえのか!」

 ラルクスの城壁の上で矢を射っていた男が、苛立ち混じりに叫ぶ。
 今日の戦いが始まってから、もう一体どれくらいの時間が経ったのかは、男にも分からない。
 だが、連日のように矢を射続けてきた腕は重く、弓の弦を弾く右手は既に赤く腫れている。
 矢を射るごとに、右手の痛みは増していくのだ。
 このような時間が一体いつまで続くのか。
 それを思えば、今の状況は最悪に近いと判断するしかない。

「落ち着け! 向こうの戦力が多いってのは、分かりきっていたことだろ!」

 男の隣で矢を言っていた男が、苛立ち混じりに叫んだ男を落ち着かせるように言う。
 その言葉で、苛立っていた男は少しではあるが落ち着いた様子を見せた。
 今の状況で苛立ちを露わにしても、何の意味もないと理解したが故に。
 むしろ、ガリンダミア帝国軍にその苛立ちをぶつけた方がいいと。

「悪い。手が痛くてな」
「俺もだよ。いい加減、一体今までで何人倒したのか分からなくなってくる程だ」

 はぁ、と。
 溜息を吐きながらも、男は次々と矢を射る。
 弓を使っているが。ここにいる者たちはそこまで弓が得意という訳ではない。
 それでも男たちが射った矢が次々とガリンダミア帝国軍の兵士に命中するのは、単純にラリアントの周囲には大量の……それこそ、数えるのが面倒になるくらいの兵士が存在しているからだ。
 巨大な梯子を持ってきては、城壁にに叩きつけるようにして設置しては乗り越えようとする。
 木材を利用して簡易的な破城槌のような物を作り、それを正門に叩きつけようともしてくる。
 また、弓兵が雨のように矢を射続けるといった真似もしていた。
 それでもラリアント軍側の直接的な被害がそこまで大きくないのは、城壁の上には木材を使って簡単な盾とも屋根ともつかない物が設置されているからだろう。
 そのようなラリアント軍側に比べると、ガリンダミア帝国軍の徴兵された者たちは、そんな便利な物はない。
 それこそ、仲間の死体を盾にするようなことしか出来なかった。
 当然のように、そのようなことを好んでする訳ではないが、徴兵された者たちが纏まって逃げ出したりしないように、出身地が同じ者たちはある程度ばらばらにしているのが功を奏していた。
 おかげで死体を盾代わりに使うにも、出身地が同じではない者たちなので、心理的負担は小さい。
 ……もちろん小さいとはいっても、人間の死体を盾代わりにしているのだから、ストレスや罪悪感は当然のように溜まる。

「くそっ、くそっ、くそっ! 何だって俺がこんな目に……くそぉっ!」

 二十代の男が、怒りと憤りと悔しさと無念さと死の恐怖と……それ以外にも、様々な負の感情を込めながら城壁にいるラリアント軍の兵士に向かって矢を射る。
 その男の顔は、盾代わりにした男の死体から流れている血で汚れていた。
 だが、矢を射っている男はそんなことには全く気にした様子もなく、死にたくない一心で延々と矢を射続ける。
 本来なら、結婚を約束した幼馴染みと幸せな生活をしているはずだった
 なのに、何故か今はこうして戦場に駆り出されており、それもろくな防具も持たせて貰えず、ラリアント軍を消耗させる為だけの肉壁として扱われていた。
 そのことに恨みを抱きつつ……ふと気が付けば、城壁の上にいるラリアント軍の兵士や自分に向けて矢を射ろうとしているのを目にする。
 反射的に死体を盾にしようとするが、今までの疲れからか足がもつれ、盾代わりにしようとした死体に躓いてその場に転ぶ。
 致命的な失敗。
 死に直結するミス。
 何故、どうしてこんな目に……
 そう思いながら、自分をこんな目に遭わせたガリンダミア帝国軍を恨みつつ、真っ直ぐ向かってくる矢を見て……
 どんっ、と。
 強い衝撃と共に男が吹き飛ぶ。

「え?」

 一瞬、矢に射貫かれた衝撃で吹き飛んだとのかと思った男だったが、吹き飛ばされたことによる痛みはあっても矢で射貫かれた痛みはない。
 そのことに安堵しつつ、同時に何故? と視線を先程まで自分がいた場所に向けると……そこには、足が六本ある人間ほどの大きさの亀のモンスターの姿があった。

「無事かい? まだ君が死ぬには早い。今は、生き残ることだけを考えるんだ」
「カカラーナ様……」

 男は、自分の国で有名な心核使いの名前を呟くのだった。
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