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ラリアント防衛戦

091話

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 ようやく周囲を見回す余裕が出来たアランだったが、その光景を見て完全に自分が罠に嵌められたのだと理解する。
 何故なら、周囲には巨大な狼の他にラミアや芋虫、巨大な蛾、フクロウ、サイクロプス、ケンタウロス、サハギン、オーク、巨大な蜂、捻れた二本の角を持つバイコーン……それ以外にも複数のモンスターの姿があったのだ。
 ザラクニアと戦ったときも、ガリンダミア帝国軍は多くの心核使いを派遣した。
 それらの心核使いの多くは殺され、もしくは生きて捕虜となっても心核を奪われて無力化したというのに、現在こうしてアランの前にはまだ複数の……それこそ、数えるのが面倒になる程の心核使いがいたのだ。
 多少の例外はあれども、基本的に心核使いというのは一人で戦闘を決することが出来る能力を持つ。
 その心核使いがこれだけ揃っているのだから、ガリンダミア帝国軍の有する心核使いの大部分がここに派遣されてきた……と、そう思ってもおかしくはない。
 それだけドットリオン王国をガリンダミア帝国軍が欲しているということでもあり、同時にアランや……今はもういないが、レオノーラの存在をガリンダミア帝国軍が重要視しているということの証だろう。

「くそっ、罠に引っかかったか!」

 自分が夜襲するのを待っていたのだろう。
 それは、現状を見れば明らかだ。
 ガリンダミア帝国軍は、アランが夜襲をすると理解していたのだ。
 もちろん、本当に今日この場で夜襲をするとは思っていなかっただろう。
 恐らくは昨日もこのようにして警戒していたのはほ間違いない。
 わざわざダミーの野営の陣地を作り、その周辺に心核使いを待機させる。
 ガリンダミア帝国軍の兵士たち篝火といったものがないような状況で、野営させていたのだろうというのも、アランには予想出来た。
 つまり、この状況そのものがアランという敵を誘き寄せるための罠。
 そんな罠に、アランは自分からみすみす飛び込んできたのだ。
 夜襲が失敗した以上、現在の状況でアランがやるのは敵を倒すことではなく、この場から脱出することだ。
 そう判断すると、アランは即座に地面を蹴ってスラスターを全開にし、死地となる地上から脱出すべく行動する。
 当然ただ脱出しようとしても、敵はそんな真似はさせないだろう。
 ここまで手の込んだ真似をした以上、ここで何もせずにアランを……ゼオンを逃がすようなことになれば、それはこの罠が全くの無意味であったということを意味しているのだから。
 だからこそ、アランは敵の目を眩ませるために……そして少しでもダメージを与えるために腹部の拡散ビーム砲を発射する。
 射程距離は短くても、広範囲に広がる複数のビームは、この場合最善の選択と言ってもよかった。
 光の雨が次々と地上に向かって降り注ぐ。
 その光の雨は、人間に当たれば一発で相手を消滅させることが出来るだけの威力を持っているのは間違いなかった。
 だが……相手は、人ではなく心核使いが変身したモンスターだ。
 多くが通常の人間よりも高い防御力を持ち、拡散ビーム砲で放たれたビームを一発くらい食らっても、それが致命傷とはならない。
 もちろん、全ての心核使いが拡散されたビームの一撃に耐えられるという訳でもなく、次々に放たれる一撃はそれこそ連続して命中すれば、心核使いであろうと致命傷となってもおかしくはない。
 だからこそ、姿を現した心核使いたちはすぐにゼオンを攻撃するようなことはなく、まずは防御に専念していた。
 とはいえ、ゼオンの持つ拡散ビーム砲は、あくまでも腹部に内蔵されている武器だ。
 いくら広範囲に攻撃をすることが可能であるとはいえ、それでも三百六十度全てに攻撃出来る訳ではない。
 前方から攻撃をするのは無理であっても、空中にいるゼオンを相手にするならば、上下左右や後ろといった場所からの攻撃も可能だった。
 それを行わなかったのは、やはり心核使いにとってもゼオンという存在が非常に厄介な相手だと、そう思ってたいからか。
 もしくは単純に、今回はゼオンを倒すつもりがないからか。
 普通に考えれば、後者は有り得ない。
 アランもそう理解はしていたが、そもそも今回のガリンダミア帝国軍の侵攻は、前々から予定していたものであると同時に、ゼオンについて向こうが欲しているという意味もある。
 勿論、どうしても……何を犠牲にしても欲しいのではなく、可能であればという程度だろうが。
 だからこそ、向こうも慎重な態度を取っているというのは明らかだった。
 それ以外にも、心核使いの中にはガリンダミア帝国に占領された小国から強制的に引っ張ってこられた者もおり、戦意が高くない者がいるというのも、間違いなかったが。

「とにかく……くそっ!」

 ウイングバインダーを含めたスラスターを全開にして自分を誘き寄せるための罠から脱出しようとしたアランだったが、心核使いからの攻撃が飛んでくる。
 具体的にどのような攻撃をされたのかは、アランにも分からなかったが、それでも何とか回避することに成功し……そのまま、再度周辺に拡散ビーム砲を撃ち込みながら、この場から撤退していく。
 空を飛べるモンスターの変身した心核使いもいたのだが、そんなゼオンを追うようなことはしかった。
 上からの命令で、今回は追撃しないように言われていたというのもあるし、昨日の日中、そして今夜とゼオンが持つ高い攻撃力を目の前で見せつけられた以上、空を飛べるとはいえ少数の心核使いで下手に追撃をしても返り討ちにされるだけだというのは分かっていたし……何より、ゼオンの飛行速度はかなり速い。
 全速力で追っても、追いつけるかどうかという問題があったためだ。
 この場に残った心核使いは、スラスターを全開にして全速でこの場から離れていくゼオンを黙って見送るだけだった。





「なるほど。こうして改めて見ると、つくづく反則的な能力を持つ心核使いだな。……やはりあれはゴーレムなのか?」

 アランを待ち伏せていた偽りの野営地が見える場所で、ガリンダミア帝国軍の侵略軍を率いるディモは傷だらけの顔に笑み浮かべながらそう告げる。
 その周囲には、ディモの護衛を任されている騎士の姿も多くある。
 猛将として名前を知られており、戦いの中でも最前線で自分も戦いながら指揮を執るといったディモは、当然本人の武勇もかなりのものだ。
 それこそ、護衛としてここに存在している騎士全員と戦っても、十分に勝てるくらいには。
 それでも心核使いが大量に集まってアランという、極めて強力な心核使いを罠に嵌めるという場所を間近で確認するとなると、何が起きるかは分からない。
 ガリンダミア帝国軍に組み込まれた心核使いたちにしても、この状況でディモを見た場合、妙な考えを起こさないとも限らないのだから。
 何しろ、ここはアランを罠に嵌めるために用意された場所である以上、ガリンダミア帝国に恨みを持つ心核使いたちが、戦いの混乱に紛れる形でディモに危害を加えないとは限らない。
 それでも、ディモは今回の成り行きをしっかりと見ておく必要があった。
 ……それが自分の目で直接というのは、ディモの趣味の部分が大きいが。

「正直なところ、あれだけの心核使いが待ち受けている中で、ああも簡単に離脱に成功するとは思いませんでした」

 護衛の騎士の一人が、しみじみといった様子で呟く。
 今回の一件はあくまでも牽制に近い作戦であり、この作戦でアランを捕らえられるとはディモや騎士も思ってはいなかった。
 それでも可能なら相手にダメージを与えるようにと言い聞かせてあったのだが、それがまさかほぼ無傷で脱出されるとは思わなかったのだろう。

「昨日の奇襲のときに、あのゴーレム……ゼオンか。そのゼオンの能力は見ただろ? 俺はむしろあの程度の能力でよかったと思うがな」

 あの程度。
 そう言われた騎士は、ディモに驚愕と同時に希望の混ざった視線を向ける。
 もしかして、ディモならあのゼオンにも勝てるのではないかと、そう思って。
 だが、そんな騎士の希望を砕くかのようにディモは首を横に振る。

「言っておくが、俺だってゼオンと正面から戦ったら勝てないぞ。ただ、能力や性能が分かれば、対処するのは難しい話ではない」
「それは……ディモ様には無理でも、何らかの方法があると?」
「ある。……というか、実際に見せただろう。いくらあのゼオンが強くても、他の心核使いを大量に使えば対処するのは可能だ。実際に今夜は逃げたんだしな」
「それは、向こうにとっても意表を突かれたからからでは? もし心核使いが大勢待ち伏せているとなれば、向こうにとっても対処のしようはあるでしょうし」
「だろうな。だが、こっちが圧倒的に不利でも対抗策はあるんだ。幸い、ラリアントには心核使いはほとんど残っていないと聞く。だとすれば、こちらが有する心核使いの多くはゼオンに集中させることが出来る。それに、一応本国に心核使いの応援を出すように要望してある。もっとも、イクセルの提案に従ってだがな」

 おお、と。
 その言葉を聞いていた者たちは皆が喜びの声を上げるのだった。

 



「ふぅ……やられたな」

 ラリアントに戻っている途中、アランはゼオンのコックピットの中で小さく呟く。
 一度奇襲をしたのだから、敵がゼオンの存在を警戒しているのは分かっていた。
 だが、まさかそれでも野営地そのものをダミーとして、自分を誘き寄せるような真似をするというのは、完全に予想外だった。
 そもそも、あの場所には明かりとなる場所はあの野営地しか存在しなかった。
 つまり、他のガリンダミア帝国軍の兵士たちは、上から見ても分からないほどに遠い場所で野営をしているか、それとえも篝火を焚かないで野営をしているということになる。
 それが可能か不可能かで言えば、当然のように可能だろう。
 だが、可能だからそのような真似をした場合、兵士の疲れを取るのは難しい。
 焚き火の類がなければ、いつモンスターや盗賊、もしくはラリアント軍の奇襲部隊といた者たちに襲われないとも限らない。
 見張りは当然のように暗い中で周囲を警戒することによって精神的に消耗するし、休んでいる者もいつ襲われるかと気が気ではなく、ゆっくりと休めない。
 それでも……そこまでしても、自分を誘き寄せるという行為をしたガリンダミア帝国軍に、アランはその本気を改めて見せつけられるのだった。
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