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辺境にて

053話

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「アラン、ちょっと、アラン。起きて!」
「……ん……あ……?」

 頭がぼうっとしている状態ではあったが、聞こえてきた声にゆっくりと目を開く。
 テントの周囲にいくつか存在する篝火によって、誰が自分に声をかけているのかというのを十数秒経ち、それでようやく理解する。
 そして同時に、聞こえてくるの何らかの喧噪。
 まだ完全に頭が起きていない状況では、何が起きているのかが全く理解出来ない。

「レオノーラ……一体、どうしたんだ?」
「馬鹿っ! この音を聞いても本当に理解出来ないの!?」

 焦り……いや、憤りすら感じさせる様子で叫ぶレオノーラだったが、アランはそれでも反応が鈍い。
 そんなアランの様子に、レオノーラは苛立つ。
 いっそ鞭で叩けばしっかりと意識が覚醒するのではないかと思いつつ、そこまでするのは悪いかと判断し、アランの頬を少し強めに叩く。
 ……拳ではなく平手、いわゆるビンタだったのは、レオノーラの優しさからだろう。
 強い衝撃によってようやくしっかりと意識を覚醒させることに成功したアランは、改めてテントの外から聞こえてくる喧噪に気が付く。

「これは……えっと、何が起きた? あれ?」

 首を振りつつそう呟いたアランだったが、意識はある程度はっきりしているのに、どうにも頭がろくに働かない。
 それどころか、強い倦怠感に襲われてすらいた。

(風邪? こんなときに……)

 この世界においても、風邪という病気は存在する。
 アランもこの世界に転生して十年以上。
 当然その中で何度か風邪を引いたことはあったが、微妙に今の自分の症状は風邪とは違うように思えた。
 基本的に、風邪というのは個人によって影響の出る場所は様々だ。
 鼻が詰まる者もいれば、喉が腫れる者、腹痛になる者……といったように。
 そういう意味では現在のアランの状況は、風邪ではないように思えた。

「ちょっと、アラン?」

 そんなアランの様子を見て、ようやくレオノーラも違和感を抱いたのだろう。
 不思議そうな、それでいて不安そうな様子でアランの名前を呼ぶ。

「ぴ? ぴぴ? ぴぴ!」

 アランの心核たるカロも、自分の主人が調子を悪そうにしているのに気が付いたのか、心配そうに鳴き声を上げる。
 普段ならカロの鳴き声が周囲に聞こえないようにと心配するアランだったが、今は野営地が騒がしくてそんな状況ではない。

「アラン、身体の症状は?」
「意識はしっかりしてるけど、どうにも考えるのが辛い。それと、かなり強い倦怠感があるな」
「……病気? いえ、それにしては随分とタイミングが……アラン、何か妙なものを拾って食べたりはしてないでしょうね?」

 自分が何か酷い侮辱を受けているのは、今の状況でもアランには理解出来た。
 だが、十分に食料が用意されているのに、わざわざ拾い食いをしたり、森に入って山菜やキノコのように毒と食用の見分けがつきにくいものを食べたりもしてはいない。

「普通に食事はしたけど……」
「なら、何で……いえ、今はそれどころじゃないわね」

 野営地を襲撃した盗賊が、次第に近づいてきているのが、次第に大きくなってくる喧噪の声で理解出来た。
 レオノーラとしては、このままここにいてはどうしようもないのは間違いない。
 何よりも厄介なのは、野営地に盗賊たちが入り込んでしまっていることだろう。
 レオノーラが変身する黄金のドラゴンや、アランが呼び出せるゼオンでは、こうして混戦になってしまえば非常に戦いにくい。

「取りあえず、このままテントの中にいても盗賊たちに見つかるだけよ。今はここから避難しましょう」
「あー……うん。そうした方がいいのか?」
「全くもう」

 要領を得ないかのようなアランの言葉に、レオノーラは若干の呆れを感じつつも、その身体を無理矢理起こして引っ張ってテントから出る。
 本来なら、アランがいつも着ている皮鎧を着せてやりたいところだったが、今はそんな時間もない。
 せめてもと、アランの武器たる長剣を持って。
 そうしてテントから出れば、野営地中から戦闘の声が聞こえてくる。

「不味いわね。完全に敵に入り込まれているわ。こっちにはまだ来てないみたいだけど、いつ来てもおかしくはない、か」

 レオノーラとアランのテントが用意された場所は、野営地の中でも端の方だ。
 本来なら今回の切り札とも言うべきレオノーラたちは、何かあったときにもすぐに反応出来るように、野営地の中央辺りにテントを用意してもおかしくはなかった。
 それが出来なかったのは色々な理由があるが、中でも一番大きな理由としては、やはりレオノーラの美貌だろう。
 討伐隊の中にレオノーラのテントを用意すれば、より多くの者がレオノーラの姿を見ることになり、不埒な考えを抱く者が出て来てもおかしくはない。
 だからこそ、無駄な騒動を引き起こしたくないので、今回の一件ではレオノーラのテントを野営地に外れに用意させて欲しいと言われれば、レオノーラも拒否出来るはずがなかった。
 また、レオノーラのテントが野営地の端に用意されるということは、当然のようにレオノーラの仲間のアランもまた、そのテントの側に用意することになる。
 そんな理由から、アランとレオノーラのテントはこのような場所にあったのだが……それが結果として、盗賊たちの注意を惹かなかったことになり、まだここは安全だった。
 とはいえ、野営地の中にテントがあるのは変わりない以上、いずれ盗賊たちがここまでやって来るのも間違いはなかったが。

「あー……じゃあ、迎えが来るまでここで待ってるとか?」
「ぴ!」

 アランの言葉に、カロが怒ったように鳴く。
 レオノーラもまた、そんなアランの様子にその美しく整った眉を顰める。
 明らかに、今のアランは普通の状態ではない。
 最初は病気かとも思ったのだが、改めて考えればタイミングが良すぎる。

(盗賊が野営地を襲うのに合わせて、偶然病気に? ……それに、この野営地も盗賊に襲撃されないように十分注意をしていたはず。そうなると……)

 レオノーラの頭の中に、裏切り者や内通者といった言葉が浮かぶ。
 実際にしっかりと見張りがいた中でこうして襲撃が行われているのを考えれば、討伐隊の中に盗賊と繋がっている者が……それも一人や二人ではなく、十人、二十人といった数がいなければ、おかしい。
 つまり、この討伐隊は最初から盗賊達に存在を知られており、さらには獲物として見られてもいたのだろう。

「ここはさっさとここから逃げるべきかしら」

 盗賊たちから逃げ出すというのは、レオノーラにとっても面白くはない。
 だが現状を考えた場合、自分たちがここにいても戦力にならないというのは間違いのない事実なのだ。
 そうであれば、今はとにかくここから一度距離を取り……

「誰?」

 何人かの人影が自分たちの方に近づいてくるのを見て、レオノーラは鋭く叫ぶ。
 肩を貸しているアランの様子を気にしつつ、いざというときはすぐにでも腰にある鞭に手を伸ばせるようにしながら。
 野営地の端にある自分たちのテントのある場所だけに、やってくる相手は恐らく盗賊たちだろうと、そう思いつつ。
 だが……

「ご無事でしたか!」

 そう笑みを浮かべつつ姿を現したのは、騎士と兵士が数人。
 そんな相手ではあったが、盗賊と繋がっていると思しき相手が多数いると予想している以上、最初レオノーラの視線には疑惑の色が濃かった。
 だが、やってきたのがモリクと仲の良かった騎士であるのが篝火や月明かりによって判明すると、少しだけ気を抜く。

「ええ。そちらは随分と大変なようね。まさか討伐隊に対して、これだけ大規模な夜襲を仕掛けてきて……しかも成功させるなんて」

 言葉では大変だと口にしているレオノーラだが、その口調の中には責める色が強い。
 当然だろう。この野営地は討伐隊がいるので絶対に安全だと言われていたにもかかわらず、実際には討伐隊の中に少なからぬ裏切り者が潜んでおり、こうして盗賊たちを招き入れたのだ。
 その上、アランの様子がおかしいのもタイミングが良すぎる。
 このような現状で、レオノーラが討伐隊を責めるなとういう方が無理だった。
 騎士もそれが分かっているのか、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。

「申し訳ありません。正直なところ、こちらとしてもまさかこのようなことになるとは思ってもいませんでした。とにかく、このままここにいては盗賊たちに狙われる危険もあります。現に私たちがここに来るまでの間に、何度か盗賊と戦いましたし」

 そう告げる騎士の鎧には、返り血と思しきものが付着している。
 レオノーラと話している騎士だけではなく、他の騎士や兵士といった者たちまでもが同じような状況であるのを考えれば、盗賊がレオノーラたちのいるこの場所に近づいてくるのも時間の問題といったとろか。
 レオノーラにしてみれば、騎士たちが盗賊たちを倒したからこそ、ここには何かがあると判断され、より多くの盗賊たちがやってくるような気がしないでもなかったのだが。
 とはいえ、もし騎士たちが盗賊を倒していなければ、ここでレオノーラが盗賊と戦う必要があったのだ。
 盗賊程度の相手に負けるようなつもりはレオノーラにはなかったが、調子の悪いアランという足手纏いを抱えた上では、盗賊たちの相手をするのは不可能……とまでは言わないが、難しいのは事実だ。

「そう、ありがとう。それで、これから私たちはどうすればいいのかしら? 見ての通り、アランの調子がよくないようなんだけど」
「ここにいては危険なので、野営地の中心に。現在そこでは、討伐隊の上層部が集まって防衛戦の指揮を執っています。最初こそ夜襲だったのでこちらが押されていましたが、動揺から立ち直れば盗賊相手に負けることはありません」

 そう断言する様子には強い自信が……いや、確信が感じられた。
 そうである以上、この場所にいるよりはそちらに向かった方がいいだろうと判断し、レオノーラは頷く。

「では、そちらに行くので案内をしてちょうだい」
「分かりました。では、こちらです」

 そう言い、騎士が先導するように、そして前後左右にレオノーラとアランを囲むようにして移動し……数分歩いた瞬間、不意にレオノーラは横から強く押され、吹き飛ばされるのだった。
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