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辺境にて

050話

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 討伐隊が盗賊によって壊滅に近い被害を受けたという情報は、すぐにラリアントの中で広まった。
 生き残りが逃げてきた……撤退してきた様子を見た者が大多数だったから、というのも情報が早く広まった理由の一つだろう。
 当然ながらそのような凶悪な、そして大規模な盗賊団が近くにいると聞いた商人たちは、すぐにラリアントを出る。
 だが、当然ながら盗賊たちもラリアントの動きはしっかりと見張っており、そんな商人たちは少数の、本当に運の良い者たちを除いて盗賊たちの餌食となってしまう。
 その情報は、盗賊に襲われながらも何とかラリアントまで逃げてきた商人たちから伝わった情報だった。

「つまり、ラリアントは盗賊に封鎖されている……という訳ね」

 アランたちが泊まっている宿屋の中でも、会議室として使える一室。
 その部屋の中に、レオノーラの言葉が響く。
 現在ここにいるのは、雲海と黄金の薔薇の探索者たち。
 イルゼンの招集によって集まって部屋の中で、レオノーラが現在のラリアントの状況について説明していた。
 とはいえ、この部屋の中にいるような者であれば、街中でどのような噂が流れているのか、そしてラリアントがどのような状況にあるのかというのは、すでに知っている者がほとんどであり、そういう意味ではレオノーラの口から出たのは確認でしかない。

「ありがとう、レオノーラさん。……さて、じゃあここからが本題だよ」

 レオノーラの言葉を継ぐように、イルゼンが部屋の中にいる者たちを見回しながら言う。

「もう予想している人も多いと思うけど、僕たち……正確には雲海と黄金の薔薇の心核使い、特にアラン君とレオノーラさんを指名して、盗賊の討伐依頼が来たんだ。それをどうするのか、というのが今回皆に集まって貰った理由だよ」

 その言葉に、部屋の中がざわめき……

「反対だ!」

 真っ先にそう言ったのは、黄金の薔薇に所属する探索者の男。
 とはいえ、実際に声に出したのはその男だけだったが、それ以外の面々もその叫びに同意するように頷いていた。
 当然だろう。心核使いを募集するというのは、分からないでもない。
 だが、その人物が自分たちを率いるレオノーラだけであるとなれば、黄金の薔薇のメンバーとしては決して許容出来るものではなかった。

「君たちの気持ちも分かる。けど、今回の一件は領主直々の依頼だ。ここで断るとなると、間違いなく面倒なことになる。……また、だからこそ報酬もかなりのものを要求させて貰った。何より……」

 イルゼンが言葉を切り、レオノーラに視線を向ける。
 その視線を受けたレオノーラは、小さく頷いてから口を開く。

「この件は、私が自ら望んで受けることにしたわ」
『なっ!?』

 レオノーラの口から出た言葉に、それを聞いていた者たちは揃って驚愕の声を上げる。
 それは黄金の薔薇のメンバーだけではなく、雲海に所属する探索者たちですらも同様だった。
 本来のレオノーラの身分を考えれば、それこそ今回のような依頼を受けるとは思っていなかったのだろう。

「何故ですか、レオノーラ様!」

 先程、真っ先に反対だと口にした男が、そう叫ぶ。
 その声を聞いたレオノーラは、落ち着かせるように口を開く。

「私が今回の依頼を受けた理由はいくつかあるわ、ただ、その中でも大きいのは、盗賊の中に心核使いがいるということよ。知ってると思うけど、心核というのは非常に貴重な代物。もちろん、心核使いを倒して心核を手に入れても、すぐには使えない」

 それは、心核についての知識がある者であれば誰であっても知ってる内容だった。
 心核使いが使っていた心核は、その期間や心核の能力、心核使いの魔力……様々な要因から、その心核を別の者が使えるようになるまでには時間がかかる。
 その期間は本当に様々で、具体的にいつ使えるようになるのかというのは分からない。
 ……本当に希にではあるが、それこそ数日で使えるようになったという例もあるし、数十年経っても未だに使えない心核というのもある。
 そのような心核だが、非常に貴重な存在であるのは間違いなく、まだ使えなくても高額で買い取るという者は、それこそ数え切れないほどにいるのは間違いなかった。
 だからこそ、入手出来る機会があるのならそれを逃すという手はない。

「この依頼においては、盗賊が持っている財産はラリアントと山分けという形になるけど、心核にかんしては私たちが貰ってもいいという条件があるわ。それに、知っての通り私もアランも普通の心核使いとは違う。そう簡単に負けるようなことはないわよ」
「俺が行くのは、決定事項なんだな。いや、文句はないけど」

 アランとしても、同じ釜の飯を食った兵士たちの仇を取れるのなら、それに越したことはない。
 実際、部下たちと話していたレオノーラも、なら行かないの? と視線で尋ねれば、アランとしてはそれに行かないと答えるつもりはない。

「イルゼンさん、じゃあ今回の依頼は本当にこの二人だけを?」

 雲海の探索者の言葉に、イルゼンは頷く。

「そうなります。私もこの二人以外の心核使いを派遣してもいいと言ったのですがね。もしくは、心核使い以外の人たちを派遣してもいいとも。ですが、討伐隊が二度も敗退したことにより、ラリアントとしても外聞があると言われてしまえば……」

 無理を通せなかった、と。
 そう告げるイルゼン。
 ラリアント側の言葉が納得出来るものなのは、話を聞いている者たちも理解した。
 だが、だからといってそれを承諾出来るのかと言われれば、答えは否だろう。

「そんなっ! あっちの外聞や面子のために、何でこっちが遠慮しないといけないんですか!」

 探索者の一人が発した声に、多くの者が賛同するように声を上げる。
 だが、そんな者たちを落ち着かせるように、レオノーラが口を開く。

「安心しなさい。私とアランの心核は空を飛べるのを忘れたの? いざとなったら、それこそすぐにでも空を飛んで戦場を離脱することが出来るわ。……もっとも、空から一方的に攻撃をするといった真似をするかもしれないけど」

 その言葉に、納得する者としない者が半々ほどになる。
 心核使いが変身したモンスターの中には、空を飛ぶ能力を持っている存在もいる。
 数は決して多い訳ではないのだが、皆無という訳ではない。
 それこそ、アランたちが体験したスタンピードのときに、その発生原因のグラルスト遺跡まで移動するときに、四枚羽の鳥のモンスターに変身出来る心核使いに送ってもらったことがあった。

「それでも、盗賊に空を飛ぶモンスターの心核使いがいないとも限らないのでは?」
「そうね。でも、私やゼオンの速度に追いつけるモンスターは、そう多くないでしょうね」

 レオノーラがきっぱりと告げると、それ以上反対の声は上がらなくなる。
 それだけ、二つのクランにおいてレオノーラの実力がどれだけのものなのか知れ渡っているということだろう。
 実際にレオノーラは雲海、黄金の薔薇問わずに戦闘訓練には頻繁に参加しており、雲海の中でも生身では最強クラスのリアと互角に渡り合っており、魔法の実力にかんしてもニコラスが驚くほどに高い。
 それだけに、レオノーラがこうも自信満々に自分たちは大丈夫だと言い張れば、そうなのかと納得してしまってもおかしくはなかった。

「では、これで決まりですね。……領主様には、こちらから返事をしておきます。アラン君とレオノーラさんは、いつ討伐隊が出発してもいいように、準備をしておいてください」
「ぴ!」

 イルゼンが話を纏めた瞬間、アランの懐の中いるカロが、自分も忘れるなと鳴き声を上げた。
 意思を持つ心核という、非常に稀少な存在ではあるのだが、カロ自身は自分がそのような貴重な存在であるとは思っていない。……いや、正確には理解出来ていない、というのが正しいか。
 アランがこれまで接してみたところ、カロの知能は決してそこまで高くはない。
 それこそ、犬や猫のようなペットのような存在というのが正しい。
 とはいえ、人前で鳴き声を上げるなといったようなことは普通に聞くので、そういう意味ではペット以上の存在であるのは間違いないのだろうが。

「ああ。すいません。カロも一緒でしたね。では、カロもいつ事態が起きてもいいように準備をしておいてください」
「……カロって、一体どんな準備をするんだろうな」

 ふと、誰かの呟く声が部屋の中に響く。
 実際、カロは意志こそ持っているものの、自分で自由に動き回ったりといったことは出来ないのだ。
 そんなカロが一体何の準備をするのかと言われれば、それは皆が悩むのは当然だろう。

「ぴ?」

 そんな声に反応したのかのように、カロが鳴き声を上げる。
 そう言えば……といったような、疑問を含んだ鳴き声。

「ぷっ……あ、あはははは」

 カロの疑問を抱いた鳴き声が面白かったのか、部屋の中にいた一人が笑い出し、それに続けて他の者たちも同様に笑う。
 少し前まで部屋の中にあった、緊張と若干の不満を混ぜたような雰囲気は、そんな笑い声で吹き飛ぶ。

(何だかんだで、カロってこういうときに役立つよな。癒やし系とかゆるキャラってこういうのをいうんだっけ?)

 姿形そのものは普通の心核とそう違いはないのだから、ゆるキャラという表現はこの場合相応しくないのかも? と思わないでもなかったが、ともあれアランはレオノーラに視線を向ける。

「盗賊だろうが、他国の連中だろうが、こっちに喧嘩を売ってきた以上、しっかりと反撃はしてやらないとな」
「そうね」

 盗賊団は、明確に雲海や黄金の薔薇に敵対した訳ではない。
 だが、アランたちがいる状況でラリアントを半ば封鎖するような真似をして生活をしにくくし、さらにはアランたちが訓練をつけた兵士たちの多くを殺すような真似までしたのだ。
 それは、アランにとっては敵対したと言っても決して間違いではなかった。

「二人とも、やる気で何よりだよ。ただ……一応、気をつけておいて欲しい。今回の一件はちょっとおかしなところがあるからね」

 そう告げるイルゼンの言葉に、アランとレオノーラの二人は頷きを返すのだった。
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