怪衣古今集~声劇シナリオ~

KIN@KO

文字の大きさ
上 下
5 / 6

紡がれる詩に終わりは来ず~下の句~

しおりを挟む
役名等

怪衣短歌かいいたんか:黒髪の不思議な雰囲気を纏う少年
厄姫華奈やくひめかな:明るい女子高生
充月みちづきあざり:少し変わった短歌の助手
鴉羽狗亥からすばいぬい:美しい怪力乱心の鬼
八雲詩歌やくもしいか:世界を憎む黒髪長髪の少年
(M):各キャラのモノローグ
0:ト書き

-------------------------------------------------

詩歌(M):永遠(とわ)の悪夢、悠久の煉獄(れんごく)。
詩歌(M):人間の生きるこの現世(うつしよ)は救済なき牢のようだ。
詩歌(M):無限に紡がれる無為(むい)な時間。
詩歌(M):痛みばかりが繁茂(はんも)し、過去にも未来にも何一つ有為なものなど存在しない。
詩歌(M):価値なき始まりと、意義なき終わりを輪廻する。
詩歌(M):無価値な魂の穢(けが)らわしさを知るのは。
詩歌(M):きっと、僕だけなのだろう。
 : 
0:天狗に運ばれる三人。
 : 
華奈:うわぁ、速い!
短歌:狗亥の隊に拾って貰えたのは幸いだったね。
あざり:速いのですー!!天狗に運ばれて空を飛べるなんてまるでファンタジー!このままどこまでも行きましょうー!
華奈:ファンタジーなのは今更だよ……。って、あっ!
短歌:爆発音……!すまない、少し急いでくれ!
 : 
0:倒れ伏せる、無数の天狗。
 : 
詩歌:つまらない。つまらないなぁ。畏れに隷属(れいぞく)する妖怪が、どうして僕に勝てると?
詩歌:そんなものを根拠にしている限り、何もなし得ない。
狗亥:くっ……。動けるやつは、怪我した天狗を避難させろ!
狗亥:こいつは俺がやる!!
詩歌:君には、荷が重いんじゃないかな。
詩歌:黒天狗。
狗亥:お前が寝てる間に、俺も少しはやれるようになったんだ。
狗亥:見くびるな!
狗亥:唸れ、風切(かざき)り扇子!
詩歌:ふー……いい風。
詩歌:それで?
狗亥:くそ、詩(うた)を詠む前でこれか……!
詩歌:無駄なんだよ、君たちは自らの器を知らない。
詩歌:所詮、その程度が限界だ。
狗亥:舐めんなよ、てめぇに抗(あらが)う術(すべ)を俺たちが手に入れてないとでも?
詩歌:違かったかな?なら楽しみだ。
狗亥:どこまでも、下に見やがって。
詩歌:悪いのは君たちじゃないけど、事実だから。
狗亥:後悔させてやるよ。
狗亥:……闇を封ずる黒。我が身より出(い)でて、かの怨敵(おんてき)を縛り給え。
狗亥:縛怪陣(ばくかいじん)、黒曜(こくよう)!!!
詩歌:!これ、鎖?ん……!あれ、動けない。
詩歌:しかも……畏れを抑制するのか。
狗亥:術陣(じゅつじん)を媒介に妖力を注いで使う技術だよ。妖はついに完成させたのさ。
狗亥:どうやら寝てる時間が、長すぎたみたいだな。
詩歌:好きで今まで、寝てたわけじゃないけどね。
詩歌:でも、厄介かも。
狗亥:……これだけじゃない、今とっておきを見せてやる。
 : 
0:三人が走り込んでくる。
 : 
短歌:狗亥っ!!!
狗亥:短坊……!馬鹿、なんでお前ら!!
詩歌:……短歌?
短歌:っ!
詩歌:あはは、久しいね?
短歌:……詩歌。
華奈:酷い……あちこちめちゃくちゃ……。
華奈:あの子が、やったの?
詩歌:月の天津憑(あまつつき)も一緒か。
詩歌:
あざり:……。
華奈:月の、天津憑……?
短歌:お前が、『黄泉(よみ)落とし』から帰っていたとはね。
詩歌:ああ、あの縛り塚(づか)はすごかったよ。
詩歌:命(みこと)様の力をお借りしてさえ、こんなに時間がかかった。
短歌:そのまま、永久(とこしえ)に眠ってくれたらどれほどよかったか。
詩歌:それは無理な話だよ。
詩歌:僕に与えられた天命は消えないんだから。
短歌:……。
詩歌:あと……そっちの子は?
華奈:えっ、わ、私は、怪衣探偵事務所のアルバイト厄姫華奈!
詩歌:アルバイト?よくわからないけど、丁寧にありがとう。
詩歌:じゃあ僕も、自己紹介しないとね。
詩歌:ただその前に……この鬱陶しい鎖は、壊してしまおうか。
あざり:……!狗亥さま!今すぐ術を解いてください!!
狗亥:……!
詩歌:現れたまえ、天叢雲(あまのむらくも)。
狗亥:縛怪陣・黒曜解……!
詩歌:遅いよ?
狗亥:ぐああああ!?
華奈:狗亥さんっ!!鎖が、切れちゃった……。
短歌:……神具(しんぐ)天叢雲(あまのむらくも)。
華奈:天叢雲……それって……!?
短歌:怪具を上回る、信仰と畏れによってできたもの。
短歌:この世に存在してはいけないものだ。
詩歌:これが、完成形?
詩歌:拍子抜けだなぁ。
狗亥:うぐぅ……。
華奈:どうして狗亥さん、切られたわけじゃないのに苦しんでるの!?
短歌:あれは、存在そのものの根源を断つ剣。
短歌:直接当てなくとも、妖力に触れれば持ち主にダメージを与えられるんだ。
華奈:そんな……。
詩歌:判断が遅くなったね、天津憑。
詩歌:昔のお前はそんなじゃなかった。
あざり:なんの、ことでしょうか。
詩歌:……とぼけても仕方ないだろ?
詩歌:まさか、命様の気配を忘れたとか?
あざり:……。
詩歌:どうも調子が狂うなぁ。
短歌:……詩歌!お前の敵は僕だ!天狗には手を出すな!
詩歌:ん?それは聞けないよ。だって僕は今日、大天狗を食いに来たんだから。
華奈:大天狗さんを……!?
詩歌:ああ、ずっと鬱陶しかったんだ。
詩歌:どこにいても千里眼で僕をみていて。
詩歌:力も戻ってきたし、そろそろ消えてもらうんだ。
狗亥:んなこと……させ、るか……!!
詩歌:へぇ、丈夫だね黒天狗。
華奈:どうして、そんなことしようとするの!?
詩歌:どうして、かぁ。
詩歌:それは僕が国津憑(くにつつき)の憑かれ子だからだ。
華奈:えっ……?
詩歌:ああ、自己紹介をするんだったね。
 : 
0:詩歌小さく笑う。
 : 
詩歌:僕は須佐之男命(すさのおのみこと)に憑かれた忌子(いみこ)、八雲詩歌。命(みこと)様の悲願を叶えるため、この現(うつつ)を終わらせるものだ。
華奈:須佐男って……。
短歌:君の知る通りのものだ。
短歌:神代(じんだい)……神の時代を生き、高天原(たかまがはら)を追われた神。
短歌:あいつはそれを宿した、神の憑かれ子だ。
詩歌:残念ながら、命様はまだ姿を顕現(けんげん)させられないけれどね。
短歌:その様(ざま)で、戦えるの?
詩歌:妖怪程度を蹴散らすなら訳ないさ。
詩歌:だから、君がいたのは想定外だけど。
詩歌:月読(つくよみ)とやりあう気はなかったから。
華奈:月読って、まさかあざりちゃんのことじゃ……。
短歌:……。
詩歌:……華奈って、言ったっけ?
詩歌:君、本当に何にも知らないみたいだけど何者?
華奈:私は……普通の高校生。
詩歌:……普通の高校生?もしかして、ただの人間?
華奈:ただの人間だよ!何か文句ある!?
詩歌:……ふっ、あはははは!
詩歌:短歌、どうして人間なんて連れて歩いてるの?
短歌:お前には関係ない。
詩歌:そっか、そうだね。
詩歌:ならせいぜい、死なせないように気をつけなよ。
短歌:言われなくとも、わかってる。
詩歌:それで?ここでやるの?
狗亥:ダメだ……!逃げろ、短歌……!俺たちはお前と天津憑を失うわけにはいかない……!
詩歌:君は、黙ってなよ。
詩歌:天叢雲(あまのむらくも)。
短歌:っ!?避けろ、狗亥!!!
狗亥:くっ……!
あざり:(狗亥の元に走り込む)狗亥さま!!!
あざり:(狗亥を突き飛ばす)やぁっ!!
狗亥:うぉっ!?
華奈:あざりちゃん、狗亥さん!!
詩歌:まさか突き飛ばして避けさせるなんてね。
詩歌:命様のいない僕ごときに、力は使わないとでも言いたいのかな。
狗亥:(咳き込んで)ごほっ、ごほっ。悪い、あざりちゃん。
あざり:いえいえ!ただ、狗亥様。その傷では危険です、離れていてください。私には、あの方の恐ろしさがなんとなくですがわかるのです。
狗亥:っ!(小声で)……そうか。どんな形であれ、アンタはアンタなんだな。
あざり:えっ?
狗亥:わかった、だが回復し次第加勢する。
狗亥:無茶はするな。
あざり:はい!もっちろんです!
詩歌:……こそこそ話は、終わったかな?
短歌:あざりくん!
あざり:はい!
短歌:……歌を詠む。
あざり:……承知いたしました!
詩歌:そっか、やるんだね。
詩歌:楽しみだ。
詩歌:弱くなってないといいけれど。
短歌:華奈くんは、狗亥と一緒に離れていて。
華奈:わかりました!
短歌:狗亥、華奈くんを頼む!
狗亥:ああ。
あざり:ご主人様!えいっ!
 :
0:短歌、短く息を吐く。
 : 
短歌:八雲より。到(いたり)てくるは。八(やっ)つ首。血しぶき共に。傑物を喰(く)らう。
あざり:字余り!!!
短歌:怪衣憑着(かいいひょうちゃく)、八岐大蛇(やまたのおろち)!!!
 : 
0:短歌の背後から、8つの大蛇の首が現れる。
 : 
詩歌:へぇ。
華奈:なにあれっ!?大きな蛇の首が何本も!?
狗亥:……神代(しんだい)以来の決戦だな。
詩歌:君は相変わらず趣味がいいね。
詩歌:命さまに再び、首を切り落とさせてくれるのか。
短歌:残念ながら今回は酒樽もない。
短歌:不意打ちはできないよ。
詩歌:必要ないさ、そんな紛い物に。
短歌:紛い物はお互い様、だろ!!!
 : 
0:短歌の背後から蛇の首が詩歌に向かう。
 : 
詩歌:ふっ!(攻撃を受け止める)
詩歌:これは……大した妖力だね。
華奈:あんな大きな蛇の首を受け止めた!?
狗亥:一筋縄じゃいかない、認めたくないがアレは本物の化け物。
狗亥:顕現(けんげん)する神、そのものなんだ。
あざり:ご主人様!
短歌:くっ……ならこれで!
華奈:まとめて三頭行った!
詩歌:首が多いのが、面倒だね。
詩歌:そろそろ離れろよ、死に損ない。
 : 
0:詩歌が大蛇の首を切り落とす。
 : 
華奈:首が……切れちゃった。
狗亥:妖力を吸われきったんだ。
華奈:え?
短歌:次はそう簡単にはいかないぞ!はぁっ!
詩歌:だと嬉しいな。
狗亥:天叢雲の力は、絶対の破壊。
狗亥:妖怪、思畏獣、あらゆる力を喰らって切る。
短歌:飲み込め!
詩歌:その腹には、荷が重いよ。
詩歌:天叢雲剣(あまのむらくも)。
詩歌:(刀を振るう)はっ!
狗亥:妖力がなくなれば形を具現化し続けることはできず。
狗亥:きえていくんだ。
短歌:なっ……!
華奈:首が三つとも、まとめて……。
詩歌:あはははは、残る首は後四つだよ。
あざり:うぐっ……。
短歌:あざりくん!!
あざり:(息を切らしながら)だ、大丈夫……です……!この程度、へのへのかっぱっぱーですよ……!
華奈:どうしてあざりちゃんが……。
狗亥:……あの技の存在根拠が短坊じゃなく、あざりちゃんにあるからだ。
華奈:えっ……?
狗亥:短坊の能力は……『神具・万葉衣(しんぐ・まんようごろも)」の力を借りたもの。
狗亥:力の根源はあざりちゃんにある。
狗亥:だからダメージは全て、持ち主が受けることになる。
華奈:そんな……。
詩歌:さあ、残る首は四つだよ?
詩歌:短歌、僕と命さまを失望させないで。
詩歌:君と君の神は宿敵であり、打ち倒すべき過去。その先に命さまの望みがあるんだから。
短歌:……ああ、わかってるよ。
短歌:お前とお前の神は宿敵で、乗り越えるべき過去。人間と妖の未来は、このままでは潰えてしまう。
短歌:だから、ここで僕が止める!
詩歌:その意気だ。
詩歌:来て、短歌。
あざり:ご主人様、いまのあざり達の妖力じゃ次の一撃で憑き物が剥がれます。
あざり:チャンスは、一度きりです!
短歌:ああ、全部出し切る!
華奈:四つの首が一つになった!
詩歌:へぇ。
狗亥:……。
短歌:くらえ、『鬼灯龍牙(ほおずきりゅうが)!!』
詩歌:面白いね、なら……少し本気を出そう。
詩歌:『神具再誕(しんぐさいたん)草薙の一太刀(くさなぎのひとたち)』
短歌:ぐっ……!
華奈:竜の牙が、届かない……。
狗亥:くそっ、妖は……神には届かないのか……!
短歌:まだまだぁ!!!
華奈:あっ、徐々に龍が押し始めて来た!
華奈:いけるよ、短歌くん!
詩歌:……こんなものか。
詩歌:がっかりだよ、短歌。
短歌:っ!?
華奈:蛇の体にヒビが入って……!
詩歌:妖程度の力、いくら束ねようと意味はない。
詩歌:その畏れは、神の真似事でしかないのだから。
狗亥:!短歌、引け!!
詩歌:つまり、さ。
詩歌:喰われるべきは、君の方だろ。
 : 
0:蛇の体全体にヒビが入り、砕ける。
 : 
短歌:(同時に吹き飛ばされる)うわあああああっ!!!
あざり:(同時に吹き飛ばされる)きゃああああああっ!!!
 : 
華奈:短歌くん!!!あざりちゃん!!!
短歌:(倒れたまま)うっ……くっ……。
あざり:(倒れたまま)はぁ……はぁ……。
詩歌:……弱すぎる。
詩歌:あまりに期待はずれだ。
詩歌:このまま、殺してしまおうか。
華奈:っ!(走り出す)
狗亥:嬢ちゃん!!待て!!
華奈:(詩歌の前にたつ)やめて!!!
詩歌:……なに。邪魔だよ、どいて。
華奈:嫌っ!二人は、わたしが守る!
短歌:……華奈、くん……ダメだ、逃げて……。
あざり:華奈、さま……。
詩歌:……ただの人間が、僕を止められると?
詩歌:命は無駄にしない方がいい。
華奈:私は……ただ目の前で大事な人たちが傷つけられるのを見ているくらいなら、死んだ方がマシだ!
詩歌:……人?人だって?誰が?そいつらが?
華奈:そう!
詩歌:……っふ、あはははははは!
華奈:……。
詩歌:何をもって!人間だと判断しているんだ!神の力を行使し!妖を宿して!人ならざる力を使う、僕と変わらない化け物共を!人間だって?笑わせないでよ!あはははははは!
華奈:なら!人間じゃなくたって構わない!!!
詩歌:……!
華奈:短歌くんが人間じゃなかろうが、あざりちゃんが何かもわからないものだろうが、私には関係ない!!
華奈:妖怪でも人間でもそうじゃない何かでも、私にとっては大事な二人なんです!!
短歌:華奈くん……。
詩歌:……僕は。
華奈:……。
詩歌:僕は、君みたいな人間が一番嫌いだ。
華奈:!
詩歌:利己的で、他を許容することなく、邪魔になれば童(わっぱ)だろうが捨て、利用し、生贄にさえしてみせる。
詩歌:自身の命惜しさに、他人の命はゴミのようにぞんざいに扱うんだ。それが人間だ。不浄にして劣悪。あまつとってつけたような綺麗事さえ、君のように並べ連ねる。
詩歌:君だって、本当は自分の命が惜しいんだろ?
華奈:惜しくなんて、ありません。
詩歌:!
あざり:華奈さま……ダメ……。
詩歌:……じゃあ、腕でも切り落としてから同じ質問をしようか。
華奈:っ!
狗亥:嬢ちゃん!逃げろ!
華奈:嫌です!私が二人を守るんだから!!!
詩歌:じゃあまずは、左腕から……うっ!
 : 
0:突然、詩歌が頭を押さえて苦しみ始める。
 : 
詩歌:う、あ……ぐぅぅ……。
華奈:えっ、な、なに?
詩歌:み、こと、様……?えっ……?外へ……?しかし、今はまだ……ぐっ!わ、わかりました……。
 : 
0:苦しみがおさまる。
 : 
詩歌:(何度か苦しそうに呼吸をしてから)……天には座さず、奔放無尽(ほんぽうむじん)を誓いと立てた。開闢(かいびゃく)の子にして、尊ぶべき父に追放されし国津神。我に宿りし破壊の尊名は、海神(うみがみ)にして嵐神(あらしがみ)。その御身、この詩(うた)を持って我が身に降り給え。
詩歌:……神衣憑着、須佐之男命(しんいひょうちゃく、すさのおのみこと)。
 : 
0:詩歌を黒い影が包んでいく。
 : 
華奈:えっ、影が集まって……あ、え?な、なに?ふ、ふるえがとまら……え、あっ。
詩歌:ほぉ、姿形は童のままであるはずだが。
詩歌:お前は、この変化に気づくか。
華奈:あ、あなたは……誰……。
詩歌:名乗りを求められ、それに答えるのは好みではない。
詩歌:しかし久しい面々を除けば、知らぬはお前のみ。
詩歌:少々哀れだ。
詩歌:答えてやるとしよう。
詩歌:おれは国産みが子「建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)」姿はこいつを借りているから締まらんがな。
短歌:(立ち上がりながら)……くっ……ス、スサノオ……!!!
詩歌:歌詠みの童(わっぱ)か、変わりがないようで重畳。
詩歌:うぬの力を侮ったばかりに苦渋を飲まされたからな。
詩歌:して、その体たらくはなんだ?
短歌:だ、まれ……!
詩歌:おれと闘ったとき、そこまでの様ではなかったと思うが。
詩歌:何より……。
あざり:(立ち上がりながら)ご主人、様……。
詩歌:久しいな、姉上。
あざり:えっ……。
詩歌:……やはり、器だけか。
あざり:あなたは……?
詩歌:……はははは!!やはりか。歌詠み、うぬはこの天津神から本当の名を奪ったのだな。
短歌:!
詩歌:通りで、こいつにすら圧倒されるわけよ。
あざり:本当の……名前……?
短歌:……。
詩歌:理由を問う必要はないが。
狗亥:……風切り扇子っ!!!!
詩歌:ん?なんだ?
詩歌:天狗、何か用か?
狗亥:罪深き国津神……!やっと、やっと会えたな……!!
詩歌:妖の面を覚えるほどの暇(いとま)はない。
狗亥:くそ、舐めやがって!!縛怪陣……!
詩歌:(遮るように)騒ぐな。
詩歌:伏せよ。
狗亥:(体が重くなり、地面に押し付けられる)うっ……!ぐあああああああああ!!
短歌:狗亥!!!!
詩歌:無駄な力を使わせるな。
詩歌:おれもまだ、全てが戻ったわけではない。
短歌:やめろ……!!僕がお前の相手をする……!!
詩歌:くだらぬ。
詩歌:身の程を弁えろ。
詩歌:月読命(つくよみのみこと)なきうぬなど、泣き喚くことしかできない赤子と変わらん。
短歌:なんだと……!僕は、闘える!!
あざり:だめです!ご主人様!!
短歌:!
あざり:だめです……だめなんです……。無謀には、何の意味もありません。
短歌:……っ!
詩歌:はははははは!姉上はどのような見窄(みすぼ)らしい者に成り果てようと、やはり聡明であるな!腕っ節にしかない取り柄のないおれも見習いたいものよ。
短歌:それでも僕は、お前を止めるんだ!
 : 
0:短歌がよろめきながら詩歌に殴りかかる。
 : 
短歌:たぁ!!!
詩歌:(腕を掴む)ふん。
短歌:くっ!
詩歌:このような小さな拳でよく、おれに挑むものよ。
短歌:(もがいて)離せ!
詩歌:うぬは、容姿のみならず何もかもが変わらぬな。
詩歌:それではなに一つ、守り通すことなど叶わん。
詩歌:(腕を離す)ふっ。
短歌:(倒れながら)うわっ!
華奈:短歌くん!(駆け寄って)大丈夫!?
詩歌:己が無力をしれ。うぬは所詮、力に飼われただけの人間だ。
あざり:!
詩歌:愚かしく、惨めな、贄(にえ)の忌み子風情が自惚れるな。
あざり:訂正してください!!!
あざり:ご主人様を侮辱するのは、あざりが絶対許しません!!!
詩歌:……。
あざり:ご主人様は、あざりの大切な人です!立派な人です!すごい人なんです!あなたみたいな意味のわからないものに、そんなふうに言われる筋合いはありません!!
あざり:それに、それに!ご主人様は、忌み子なんかじゃありません!!怪衣短歌っていう名前があるんです!!!
華奈:あざりちゃん……。
詩歌:……くだらん人の真似事だ。
詩歌:訂正はせん、おれに結果で見せてから意見をしろ。叩き潰してやる。
あざり:……。
詩歌:ああ、そうだ。娘。
華奈:な、なに。
詩歌:お前は力なき人でありながら、天晴れであった。
詩歌:おれはお前の覚悟を称賛するために現れたのでな。死なせるには惜しい。
華奈:……。
詩歌:用は済んだ。
詩歌:後はこいつが、万事(ばんじ)済ませるゆえ。
詩歌:おれは去るとしよう。
詩歌:懐かしき面々よさらば、次はうぬらの死地にて会おうか。
短歌:待て!
華奈:だめ!短歌くん!その傷で動いちゃ!
短歌:華奈くん、離せ!!僕はあいつを!
 : 
0:雰囲気が詩歌のものに戻る。
 :
詩歌:……(息を切らしながら)はぁはぁ、命さまも無茶をなさる。
狗亥:げほっ、げほっ!圧が無くなった……。
あざり:……。
短歌:……くそっ……。
詩歌:惨めだね。
狗亥:なんだと……!
詩歌:何か成そうと、もがき苦しんでも、せいぜいこの程度止まり。
詩歌:言の葉ばかりが強くなろうと、生まれる詩に力はなく。
詩歌:意味もない。
詩歌:……さて、そろそろ僕は本来の目的を果たしにいくよ。
短歌:っ!待て!
詩歌:待ったところで短歌、君に見せられるものなんてないだろう。
詩歌:がっかりだよ。
短歌:……。
詩歌:命さまはまだ、君と月読に期待をしているようだけど。
詩歌:僕には戦う価値があるとは思えない。
詩歌:今回は許してもらえたんだ。
詩歌:せいぜい、ままごとのお父様が殺されるのを黙って待ってるといい。
短歌:っ!
 : 
0:詩歌が飛んでいく。
 : 
狗亥:あいつ!大親方様のところに!
狗亥:誰か!動ける天狗!俺を背負って奴を追いかけてくれ!
短歌:親父様……!
狗亥:助かった!短歌たちも頼む!急いでくれ!!
 : 
0:大天狗の元に辿り着く詩歌。
 : 
詩歌:ずいぶんたくさんの天狗がいるね。
詩歌:まあ、邪魔だから寝ててよ。
 : 
0:詩歌が天叢雲を振り抜く。
 : 
詩歌:ふぅ、静かになってよかった。
詩歌:久しぶりだね、大天狗。
詩歌:……何?だんまり?つまらないな。
詩歌:思い出話とか色々話したいことがあったんだけど、それならいいや。
詩歌:僕はあなたを食って、信仰と千里眼をいただく。
詩歌:悪く思わないでね。
詩歌:……じゃあ、おさらばだ。天狗の長。
 : 
0:詩歌が刀で大天狗を切る。
 : 
0:少し遅れて、天狗たちに連れられた短歌達がやってくる。
 : 
狗亥:大親方様!!!
詩歌:……やあ、遅かったね。
詩歌:大天狗なら今しがた、妖らしく無に帰ってもらったよ。思ったよりずっと、食いごたえがなかったけれど。
華奈:嘘……。
あざり:……。
短歌:親父、様。
詩歌:あは、あははははは!だから言っただろう?君には何も救えない、何者にもなれない。なぜなら君は僕と同じ、ただの忌み子なんだから!
華奈:こんな、ひどい。
詩歌:ひどい?君たち人間に比べたらずっとましだと思うよ。あるはずのないものを消しているだけなんだから。
詩歌:それじゃあそろそろ、僕はお暇するよ。大天狗の力をきちんと飲み込まないといけないからね。
詩歌:また会えることを楽しみにしている。
詩歌:あはははははははは!
 : 
0:詩歌が立ち去る。
 : 
狗亥:……全天狗に伝達、大天狗が落ちた。
狗亥:決して敵は追わず、怪我した天狗の治療を優先するように。
狗亥:この命令は絶対だ。
華奈:ねぇ……大天狗さん、死んじゃったの……?まだ、助かるんじゃないの……?
あざり:……いいえ。妖力を一切感じません。もうすぐ、この亡骸(なきがら)も消えてしまうでしょう。
華奈:そんな。
あざり:存在根拠……魂がもうここにはないのです。手の施しようがありません。
華奈:……どうして、こんなことに。
短歌:……。
狗亥:お前らも早く、治療に行け。
狗亥:そのままでいるのも辛いだろう。
短歌:……!狗亥!!!!
短歌:(狗亥につかみかかる)
狗亥:……手を離せ短坊。
狗亥:邪魔だ。
短歌:どうしてそんな平然としてる!?
短歌:親父様が殺されたのに!!
華奈:短歌くん!
あざり:ご主人様!
狗亥:(圧をかけるように)離せって言ってるのが聞こえないのか。
短歌:!
華奈:狗亥、さん……?
狗亥:……大親方は、こうなることを予想していた。
狗亥:自分が、スサノオの憑かれ子に殺されると悟っていたよ。
短歌:なっ……。
華奈:えっ……。
狗亥:だから、奴が復活したと分かったときその存在根拠と妖力をほぼ全て山に帰化(きか)していた。
短歌:帰化していた、だって。
華奈:帰化って……?
あざり:……妖(あやかし)が自身の集めた畏れや信仰を世界に返すことです。それをすると妖は、この世に姿を持つことができなくなり消えてしまいます。
華奈:死んじゃうってこと……?
狗亥:正確には違うが、似たようなもんだ。
狗亥:大親方様は、全てを返したわけじゃないが。
短歌:なぜ。
狗亥:奴らに、千里眼を渡さないためだ。
短歌:……。
狗亥:あれを渡せば戦況は一気に不利になる。だから、そうなる前に自分で能力を手放したんだ。
狗亥:そして、奴らに討たれるよう仕組んだ。大天狗を殺せたと思えば、奴らは千里眼の力を妖力の中から手に入れようとするだろう。そうすれば幾許(いくばく)か時間が稼げる。
短歌:なんだよ、それ。
短歌:命まで、捨てて。
短歌:どうして。
狗亥:短坊、大親方様はお前に託したんだよ。
短歌:っ!
狗亥:大親方様はいつだってお前を気にかけていた。お前ならきっと覚悟を決めてくれると最後まで信じていた。だから、天狗の未来、妖の未来、人の未来、子どもたちの未来にかけた。
短歌:……。
狗亥:短坊。守るもののために誰もが覚悟を決めている。
狗亥:何かを捨ててでも戦おうとしている。俺はお前にまでそれを求めようとは思わない。
狗亥:けどな、このままじゃ過去、現在、未来、全てが無になってしまう。
狗亥:もう、お前たちだけの問題じゃないんだよ。
短歌:……。
狗亥:……嬢ちゃん、悪いが二人を頼む。
狗亥:困ったことがあれば、近くの天狗に聞いてくれ。
狗亥:俺は、後始末がある。
華奈:……わかりました。
 : 
0:狗亥がその場からいなくなる。
 : 
華奈:……短歌くん、あざりちゃん。
あざり:……さ!早く治療を受けに行きましょう!
華奈:えっ?
あざり:突っ立っていても仕方ありませんから!ほら、時は金なり!時が金なら金は時!お金を無駄にする人のところにはお金は回ってきませんから!
あざり:早く行きましょー!
華奈:う、うん。
あざり:ご主人様も!行きますよ!
短歌:……。
あざり:ややっ、足が重いですね!鉛みたいです!でも、鉛より重いものって沢山あるのになんで鉛って例えらるんでしょう?不思議ですね!
華奈:あざりちゃん……。
あざり:早くしないとおいていっちゃいますよ!いち、にー、さん、しー!ごー、ろく、しち、はち!手と脚を同時に動かしたらメッですからね!あっ、そこをいかれる天狗様!治療部屋の場所を教えてくださいましー!
短歌:……。
華奈:……。
 : 
華奈(M):私には、無理やり明るく振る舞うあざりちゃんにも何も話さない短歌くんにもかける言葉が見つからなかった。
華奈(M):何を言っても今は、中途半端な慰めにしかならない。それが何より無意味なことは誰より知っているから。
華奈(M):あたりを見渡すと、集落のあちこちが壊れて沢山の天狗さんたちが怪我をしている。凄惨(せいさん)だった。
華奈(M):私は結局何もできなくて、見ていることしかできなかった。言いようのない言葉を飲み込むと、暁天山を照らす夕日が少し目に染みて、頬に何かが伝っていく。そうして気づいた頃には、太陽が沈み月がやってきた。長い1日の終わりを知らせるこの夜は、いつもよりずっと。静かで寂しいものだった。
 : 
0:以下、モノローグ。
 : 
詩歌(M):永遠(とわ)の悪夢、悠久の煉獄(れんごく)。
詩歌(M):人間の生きるこの現世(うつしよ)は救済なき牢のようだ。
詩歌(M):だが、この世界にも終わりは来る。
詩歌(M):来たるべき日はもう目の前だ。
詩歌(M):不浄なる魂は全て消え失せ。
詩歌(M):真っ白な書き物だけが残る。
詩歌(M):心せよ、欲に塗れし人間らよ。
詩歌(M):覚悟せよ、作られし妖らよ。
詩歌(M):この詩を紡ぎ終えたときこそ。
詩歌(M):空白を持って全てが改(あらた)まるのだから。
 : 
詩歌(M):怪衣古今集(かいいここんしゅう)。
詩歌(M):紡がれる詩に終わりは来ず-下(しも)の句-了(りょう)。
 : 
0:終劇。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

片思い台本作品集(二人用声劇台本)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
今まで投稿した事のある一人用の声劇台本を二人用に書き直してみました。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。タイトル変更も禁止です。 ※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

👨一人用声劇台本「寝落ち通話」

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
彼女のツイートを心配になった彼氏は彼女に電話をする。 続編「遊園地デート」もあり。 ジャンル:恋愛 所要時間:5分以内 男性一人用の声劇台本になります。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜

摩訶子
大衆娯楽
ボイコネのみで公開していた声劇台本をこちらにも随時上げていきます。 ご利用の際には必ず「シナリオのご利用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m

【フリー台本】二人向け(ヤンデレ多め)

しゃどやま
恋愛
二人向けのフリー台本を集めたコーナーです。男女性転換や性別改変、アドリブはご自由に。 別名義しゃってんで投稿していた声劇アプリ(ボイコネ!)が終了したので、お気に入りの台本や未発表台本を投稿させていただきます。どこかに「作・しゃどやま」と記載の上、個人・商用、収益化、ご自由にお使いください。朗読、声劇、動画などにご利用して頂いた場合は感想などからURLを教えていただければ嬉しいのでこっそり見に行きます。※転載(本文をコピーして貼ること)はご遠慮ください。

執事👨一人声劇台本

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
執事台本を今まで書いた事がなかったのですが、機会があって書いてみました。 一作だけではなく、これから色々書いてみようと思います。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...