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ニーラータラッタ編
130頁 ラグナロク
しおりを挟む清涼な小川はよく見れば魚が泳ぎ、遠くにある森からは鳥が飛び立つ姿も見える。
振り向けどそこに扉はなく、自然豊かな地が果てしなく続くのみ。
少なくともあの不毛の大地と扉1枚隔てて行ける場所ではない。
………ほんとにここどこ?
ポカンとする俺に、ちょっと気まずそうに唇を尖らせる緑の龍人が話しかける。
「別に騙したりはしてないっスからね?あの神殿に魔女さん達が待ってるっス」
彼に案内されるまま神殿に入る。
「うわ、ぁ…」
神殿は小学校の校舎程度の大きさに見えたが、中に入ると何倍もの広さがある事に気付かされる。
どうなってるんだ、この空間は。
「あ、いらっしゃい。待ってたわよ、カイト」
案内された先には、優雅にティーカップを傾けるイザベルの姿。どうやらイザベルが呼んでいたというのは嘘ではなかったようだ。
同じ小テーブルにこちらは優雅さのかけらもなくクッキーをポリポリとかじるエレノアと隊長の姿もある。
結構この空気に馴染んでいるあたり、イザベルと敵対したりもしてないらしい。
「とりあえず座って」
俺と緑の龍人の席も用意してあったので、腰掛けた。
すると、自動的に湯気の立つ紅茶と追加のクッキーが現れる。……本当にいったい何なんだ、この場所は。
「色々質問はあると思うんだけど、まず、私の話を聞いてもらえるかしら」
「はい…」
「ありがと」
イザベルはコホン、と咳をひとつして、話し出した。
「まず、神が言っていたことについて。今はいろんなところでホログラムが出てると思うけど、あれは全部本当のこと。彼…あるいは彼女は、本当に7日後世界を滅ぼす気よ。ただ、生命を全て滅ぼそうとしているわけじゃないの。今私たちがいる場所は、世界が滅んだ後も残り続ける場所。例えるなら、次の世界の種。今の世界の中から無事にここまで辿り着けた人は次の世界でも生きていけるの。神はこの一連の出来事を神々の黄昏と呼んでいたわ」
神々の黄昏。
確か、北欧神話の神様達が全滅して世界が滅ぶやつ…だっけ?
「……とりあえず、ここまでで質問は?」
質問…いろいろ気になることはあるけど。
「なんでイザベルさんはそんなこと知ってるんだ?」
「それは…そうね。私のステータスを見てもらえるかしら」
言われた通りにイザベルのステータスを開く。
そこには、以前見たものとは全く違うステータスが表示されていた。
ーステータスー 「イザヴェル・ギムレー・アースガルド」 LV100 MAX
職業 輝く野原の管理者
種族 神の造形物
HP??? MP???
攻??? 防???
スキル
『ヒール』『ヒーリング』『オールレンジヒーリング』
『ロックウォリアー』『アースクエイク』『トルネード』『ストーム』『ヴォルテックス』『ブリザード』『バースト』『ボルカニック』『カラミティー』
『パッシブ 魔力上昇』『パッシブ 魔力上昇+』
「…これって…どういう…」
「私を創った神は、私をこの世界に降ろすときに言ったわ。『お前は輝く野原にて滅びぬ広間を護り、新たなる王国を創り出す存在。神々の黄昏が来たら、使命に殉じて下さいね』と」
イマイチよく分からんが…。
「つまり、イザベルさんはシロの仲間ってことか…?」
「まぁ、ざっくり言えばそうね」
「……もうひとつ、質問いいかな?」
「いいわよ」
「シロは…なんでこんなことを…?」
飽きた、と、言っていた。
けど、俺はそれを今でも信じられなかった。
「……それは、…この世界の寿命がもう近いの。今後、この世界には強力な魔物が増え、精神に異常をきたす者が増え、異常気象が増え……地獄さながらの世界になるわ。神はそうなる前に新しく世界を作り直そうとしているのよ」
地獄みたいな世界になる前に、世界を壊す。
シロは…悪いことをしていたわけじゃない、のか?
けど、それならなんであんな嫌われるようなやり方を…。
その疑問は、イザベルの次の言葉で疑問ではなくなった。
「……ただ、この世界のほとんどの生命は生き残れないわ。この世界に適応しすぎた生命は、次の世界に順応できない。どれほど前の世界に似せて作っても、別物だから。
そして、ちょっと複雑だから結果だけ言ってしまうけど、この世界の命のシステム上、彼らは自らの命の寿命が尽きるまで、自我を持ったまま、訳もわからず死を繰り返すことになるの……そして、その時に発生するエネルギーが次の世界を作り出すために必要なのよ。神とはいえ、そんなホイホイと世界を作るほどの魔力は有していないから」
寿命や病気以外では死んでも生き返る世界。
世界が壊れれば、生き返ることができない魂たちは燃え尽きるその瞬間まで永遠の死を繰り返し続けることになる。
「……じゃあ、シロは…わざと憎まれ役になったのか?
自我を持ったままの魂の死んだ理由付けのために」
「ええ、そうよ。…きっと、本人としては罪滅ぼしのつもり……なんでしょうね。他に、質問は?」
「……なんで…その話を俺に?」
あの夜、シロは俺にあえて嫌われる態度を取った。
あの言葉がどれくらい本当なのかは知る由もないが、俺に憎まれるのが目的なら、イザベルに裏設定を告げさせる意味がない。
「……これは、私が勝手にやっていることなの」
「え?」
「神は…あの人は、今までずっと…ずっと、世界のために働いてきたわ。たしかにちょっと不真面目だったり、ぐーたらしたところはあったけれど…、それでも、ずっとこの世界を愛して、途方もない時間を、この世界のために使ってたの……。それは、この世界ができた時から一緒にいる私が1番よく知ってる」
「……………」
「けど、そんなあのひとが…最近は嬉しそうだったの。カイトさんがー、カイトさんがー、って、しょっちゅうテレパシー飛ばして来て……本当に、嬉しそう、だったの…。だから、あなたに嫌われたままなんて…つらくて」
イザベルの目の縁に涙が浮かぶ。
そして、イスから立ち上がり、俺をじっと見つめた。
「世界の更新と同時に、神は生まれ変わる。……それって、今のあのひとは消えちゃうってことでしょ…?」
「…え、?生まれ変わるって、どういう……」
「そのままの意味よ。ラグナロクはそのまま、あのひとの死でもあるの。だから……カイト、これはお願いであって、命令でもなんでもないわ………。お願い、お願い…、カイト。もう1度、あのひとにあってあげて…。私には他に何も教えてくれなかったけど、あなたなら…神の友人なら、こんなことしなくて済む方法を教えてくれるかも知れないっ」
「…………わかった」
そう言うと、イザベルはホッとしたようにイスに崩れ落ちた。
「…ありがとう、カイト」
「そうと決まれば、あー、かいと、だったか?次は俺たちの話を聞いてくれ」
神の死、神々の黄昏、その他もろもろで頭がグルグルしている中、龍人組の隊長が手を挙げた。
「ああ、わかった…そう言えば、なんであんたらがここに…?」
「あー、俺らはさっき説明にあった、この世界に適応しすぎてない生命らしいぜ。リヴィアで船室から出ようと扉を開けたらいつの間にかここにいたんだ……って、そうじゃなくて、話があんだよ」
おお、なんだかんだで面倒見いいタイプか、隊長さん。
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