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オメガだけど、番(つが)ってたまるか
キープ・ア・ウォッチドッグ(1)
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十二時間後。桃真とヒナタはシンガポールの高級ホテルの一室にいた。
あわただしい十二時間だった。アーミーナイフ一丁で七人の男を皆殺しにしたヒナタは、桃真を救出した後、納屋に火を放った。死体と撮影機材を焼き払い、証拠を隠滅するためだ。
ヒナタの車でバンコクへ急行した桃真は、サラーラ王子との約束の時間に間に合い、二億バーツを受け取ることに成功した。
すぐにスワンナプームからプーケットへ飛び、世界各地に分散させた十の銀行口座へバーツをすべて送金。プーケットから今度は国際線に乗ってシンガポールへ。
きらびやかな摩天楼を見渡せる瀟洒なスイートルームで、ようやく一息つくことができた。
二人はテーブルを挟んで差し向いに座っていた。やわらかいソファが体を心地よく包んでくれる。酒のせいもあって、桃真はそのままとろとろと眠り込みたい気分だった。
ヒナタはあまりくつろいでいる様子ではない。両膝に手を置いて、背筋をぴんと伸ばして座っている。まるで待機中の番犬だ。酒のグラスに手をつけていないのは、睡眠薬を警戒しているからだろう。
筋骨隆々のたくましい体の上にちょこんと乗っかった、アンバランスなほど無邪気な童顔。ヒナタはためらいなく人を殺す人間にはとても見えない。
凶暴性は、純朴な顔立ちの奥深くに秘められているのだ。
桃真は、ヒナタがどうやってあの農場を突き止めたのか不思議に思った。しかし、それを尋ねるのは野暮だろう。ヒナタは日本からはるばるタイまで桃真を追ってくるほどの男なのだ。こいつは、やると決めた事は何でもやってのける。
代わりに、どうしても訊いてみたいことがあった。
「おまえ……なんで俺なんかを助けに来た? 俺はおまえをだましてばかりなのに……」
「好きだからです」
何のためらいもない答えが返ってきた。愛を告白しているのに、ヒナタはどこかつらそうな表情だった。
「嘘つかれてもだまされても好きなんです。僕にはあなたしかいないんです。
医者にも『魂の番なんて迷信だ』と言われたけど……僕は、あなたが僕の魂の番だと信じてます。だって、気が狂うぐらい好きなんです……自分でもどうしようもない。あなたに嫌われてることはわかってるけど、僕はあきらめませんよ」
「? ……嫌ってはいねーよ。おまえのこと」
桃真は本音をぽろりとこぼしてしまい、そんな自分の無防備さに驚いた。
ヒナタもびっくりしたらしく、丸い目をさらに丸く見開いて桃真をみつめた。
「嫌いじゃない? 僕をH市に置いてきぼりにしたのに?」
自分が悪いとは、まるっきり思っていないような反応だ。桃真はむっとした。二か月前の憤りがよみがえってきた。
「仕方ねーだろ? いくら『やめろ』って言ってもおまえは四六時中やり続けるし。ヒートでもないのに、あんなにガンガンやられたら身がもたねーよ。それに、俺には仕事があるんだ。部屋にこもってセックスばかりしてられるか」
「ああ……そういう事だったんですか……。よかった。嫌われてたんじゃなくて……」
ヒナタは視線を宙にさまよわせ、夢見るようにつぶやいた。その顔が幸せそうにへらっと笑み崩れた。
「わかりました。今度から、『やめろ』と言われたらちゃんとやめます」
「ちょっと待て。その『今度から』ってのは何だ。言っとくがな、やらせねーぞ? 今夜だって、寝室は別だ。わかったな?」
ヒナタは真顔に戻り、桃真をまっすぐみつめて声を張り上げた。
「僕、思ったんですけど。あなたには専属のボディガードが必要ですよ。あなたは全然、自分の身を守れてない。悪党のくせにガードが甘すぎるんじゃないですか?」
「うっ……」
「次から次へと変な連中に捕まって。よくもまあ、今まで無事でいられたもんですね」
痛いところを突かれ、桃真はばつが悪いのをごまかすためにグラスをあおった。
「……今までこんな目に遭ったことは一度もない。おまえに会うまでは。最近やたらとケツを狙われるが……今までそんなことは全然なかったんだ」
「あー。もしかしたら僕のせいかもしれませんね。男にたっぷり可愛がられた人は、独特の色気が出るって言いますからね。男を引き寄せる……」
「……」
桃真は十二時間前の絶望と恐怖を思い出した。ヒナタに助け出されたときの泣きたくなるような安堵感も忘れられない。
ヒナタは強くて頼れる奴だ。
どんな遠くからでも、どんな手を使ってでも追ってくる執念深さは、味方にした場合、絶対的な安心につながる。
どうせ逃げられないのなら、手を組むのも悪くないかもしれない。
何だかんだ言って、桃真はヒナタを嫌いではない。初めて会ったときから。
「よし。おまえをボディガードとして雇う」
桃真はきっぱり言い切った。ヒナタは顔を輝かせ、子どものようにはしゃいだ。
「わあい! やったぁ! 無料キャンペーンはまだ継続中ですよ。食事と寝床を提供してもらえれば、無給で働きます」
「いや。給料は払う。そして条件がある……セックスは絶対になし、だ。俺に手を出したら即刻クビにする。いいな?」
「えっ、そんな……」
ヒナタの上機嫌が曇った。耳と尾がしょんぼりと垂れるのが見えるかのようだ。
だが、すぐに気を取り直したらしく、
「わ、わかりました。それであなたのそばにいられるのなら……」
と弱々しい声で承諾した。
こいつは本当に犬みたいだな、と桃真は思った。冷酷に標的の喉元を食いちぎる猟犬の時もあれば、今みたいに、飼い主に甘える子犬の時もある。
子犬モードのヒナタは、すがるようなまなざしで桃真を見据えた。
「でもっ! でも、桃真さんがヒートの時は仕方ないですよね? 抱いちゃってもいいでしょ? 僕はアルファなんだから。我慢なんかできない」
「ああ。……おまえの前でヒートを起こさないよう気をつけるよ」
桃真はうなずいた。
長年使っていなかったが、抑制剤の使用を再開した方がよさそうだ。
あわただしい十二時間だった。アーミーナイフ一丁で七人の男を皆殺しにしたヒナタは、桃真を救出した後、納屋に火を放った。死体と撮影機材を焼き払い、証拠を隠滅するためだ。
ヒナタの車でバンコクへ急行した桃真は、サラーラ王子との約束の時間に間に合い、二億バーツを受け取ることに成功した。
すぐにスワンナプームからプーケットへ飛び、世界各地に分散させた十の銀行口座へバーツをすべて送金。プーケットから今度は国際線に乗ってシンガポールへ。
きらびやかな摩天楼を見渡せる瀟洒なスイートルームで、ようやく一息つくことができた。
二人はテーブルを挟んで差し向いに座っていた。やわらかいソファが体を心地よく包んでくれる。酒のせいもあって、桃真はそのままとろとろと眠り込みたい気分だった。
ヒナタはあまりくつろいでいる様子ではない。両膝に手を置いて、背筋をぴんと伸ばして座っている。まるで待機中の番犬だ。酒のグラスに手をつけていないのは、睡眠薬を警戒しているからだろう。
筋骨隆々のたくましい体の上にちょこんと乗っかった、アンバランスなほど無邪気な童顔。ヒナタはためらいなく人を殺す人間にはとても見えない。
凶暴性は、純朴な顔立ちの奥深くに秘められているのだ。
桃真は、ヒナタがどうやってあの農場を突き止めたのか不思議に思った。しかし、それを尋ねるのは野暮だろう。ヒナタは日本からはるばるタイまで桃真を追ってくるほどの男なのだ。こいつは、やると決めた事は何でもやってのける。
代わりに、どうしても訊いてみたいことがあった。
「おまえ……なんで俺なんかを助けに来た? 俺はおまえをだましてばかりなのに……」
「好きだからです」
何のためらいもない答えが返ってきた。愛を告白しているのに、ヒナタはどこかつらそうな表情だった。
「嘘つかれてもだまされても好きなんです。僕にはあなたしかいないんです。
医者にも『魂の番なんて迷信だ』と言われたけど……僕は、あなたが僕の魂の番だと信じてます。だって、気が狂うぐらい好きなんです……自分でもどうしようもない。あなたに嫌われてることはわかってるけど、僕はあきらめませんよ」
「? ……嫌ってはいねーよ。おまえのこと」
桃真は本音をぽろりとこぼしてしまい、そんな自分の無防備さに驚いた。
ヒナタもびっくりしたらしく、丸い目をさらに丸く見開いて桃真をみつめた。
「嫌いじゃない? 僕をH市に置いてきぼりにしたのに?」
自分が悪いとは、まるっきり思っていないような反応だ。桃真はむっとした。二か月前の憤りがよみがえってきた。
「仕方ねーだろ? いくら『やめろ』って言ってもおまえは四六時中やり続けるし。ヒートでもないのに、あんなにガンガンやられたら身がもたねーよ。それに、俺には仕事があるんだ。部屋にこもってセックスばかりしてられるか」
「ああ……そういう事だったんですか……。よかった。嫌われてたんじゃなくて……」
ヒナタは視線を宙にさまよわせ、夢見るようにつぶやいた。その顔が幸せそうにへらっと笑み崩れた。
「わかりました。今度から、『やめろ』と言われたらちゃんとやめます」
「ちょっと待て。その『今度から』ってのは何だ。言っとくがな、やらせねーぞ? 今夜だって、寝室は別だ。わかったな?」
ヒナタは真顔に戻り、桃真をまっすぐみつめて声を張り上げた。
「僕、思ったんですけど。あなたには専属のボディガードが必要ですよ。あなたは全然、自分の身を守れてない。悪党のくせにガードが甘すぎるんじゃないですか?」
「うっ……」
「次から次へと変な連中に捕まって。よくもまあ、今まで無事でいられたもんですね」
痛いところを突かれ、桃真はばつが悪いのをごまかすためにグラスをあおった。
「……今までこんな目に遭ったことは一度もない。おまえに会うまでは。最近やたらとケツを狙われるが……今までそんなことは全然なかったんだ」
「あー。もしかしたら僕のせいかもしれませんね。男にたっぷり可愛がられた人は、独特の色気が出るって言いますからね。男を引き寄せる……」
「……」
桃真は十二時間前の絶望と恐怖を思い出した。ヒナタに助け出されたときの泣きたくなるような安堵感も忘れられない。
ヒナタは強くて頼れる奴だ。
どんな遠くからでも、どんな手を使ってでも追ってくる執念深さは、味方にした場合、絶対的な安心につながる。
どうせ逃げられないのなら、手を組むのも悪くないかもしれない。
何だかんだ言って、桃真はヒナタを嫌いではない。初めて会ったときから。
「よし。おまえをボディガードとして雇う」
桃真はきっぱり言い切った。ヒナタは顔を輝かせ、子どものようにはしゃいだ。
「わあい! やったぁ! 無料キャンペーンはまだ継続中ですよ。食事と寝床を提供してもらえれば、無給で働きます」
「いや。給料は払う。そして条件がある……セックスは絶対になし、だ。俺に手を出したら即刻クビにする。いいな?」
「えっ、そんな……」
ヒナタの上機嫌が曇った。耳と尾がしょんぼりと垂れるのが見えるかのようだ。
だが、すぐに気を取り直したらしく、
「わ、わかりました。それであなたのそばにいられるのなら……」
と弱々しい声で承諾した。
こいつは本当に犬みたいだな、と桃真は思った。冷酷に標的の喉元を食いちぎる猟犬の時もあれば、今みたいに、飼い主に甘える子犬の時もある。
子犬モードのヒナタは、すがるようなまなざしで桃真を見据えた。
「でもっ! でも、桃真さんがヒートの時は仕方ないですよね? 抱いちゃってもいいでしょ? 僕はアルファなんだから。我慢なんかできない」
「ああ。……おまえの前でヒートを起こさないよう気をつけるよ」
桃真はうなずいた。
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