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オメガだけど、やられてたまるか

ワイルド・チェイス(2)

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 桃真が宿泊しているのは、市内の一等地に立つ国際ブランドのラグジュアリーホテルだった。

 豪華な内装のホールは、ショッピングツアーから帰ってきたばかりの団体客でごった返していた。予定通りだ・・・・・。桃真はチェックインと同時にホテルのシステムをハッキングして、団体客の到着・出発スケジュールや空室状況などを完全に把握していたのだ。

 桃真はヒナタと共にエレベータに乗った。その後からデューティフリーの紙袋を抱えた外国人客が大勢乗り込んできた。客の流れがなかなか途切れないので、ケージの扉は開いたままだ。

 桃真はさりげない風を装って、ケージ内の状況を確認した。

 彼の左側にはヒナタがいて、そのさらに左側には中年の白人女が立っている。ちょっと多すぎる贅肉と、ちょっと多すぎるアクセサリーをふんだんにぶら下げた、これ見よがしに裕福そうな女だ。女は右手に――つまりヒナタに近い側の手に――高価そうなハンドバッグを提げていた。

 並んで立ちながら、ヒナタはおしゃべりしたくてたまらない様子だ。うきうきした声で、

「僕がどうやってあなたの居場所をつきとめたのか、聞きたくありませんか?」
「その話は後でな。たぶん、人前でしちゃダメなタイプの話だろ、それは」
「僕、こう見えても結構腕利きなんですよ。ボディガードだけじゃなく色々できます」

 得意げに話し続けるヒナタの背後へ、桃真はそっと手を伸ばした。女のハンドバッグに指先が触れた。

 ヒナタは完全に桃真に注意を向けていて、隣の女の存在など気づいてもいないようだ。もともと女には興味がないのだろう。

「……こんな僕をお給料無しで使えるなんてお得ですよ、桃真さん。こんなお得な機会は今だけです」
「テレビショッピングかよ」

 桃真は指先だけの感覚を頼りに、女のハンドバッグの留金を音もなく回した。

 次の瞬間、ハンドバッグの防犯ブザーが耳をつんざく警報音を発した。エレベータケージ内の全員が振り返った。桃真はとっくの昔に手を引っ込めていたから、その状況では、どう見ても怪しいのは女の隣にいるヒナタだった。

 白人女がヒナタの腕をがっしりとつかんだ。

「あなた……私のバッグを開けた。あなた、泥棒」

 たどたどしい口調で責められ、ヒナタは目を真ん丸に見開いた。

「え? 何? なんのこと? 僕知らないよ」
「泥棒。警察呼ぶ」

 周囲の注目を一身に浴びて、ヒナタは立ちすくんだ。女の連れらしい大柄な白人男が三人、いっせいに早口の英語でしゃべり始め、ヒナタをこづいたり、肩をつかんだりした。女もキイキイわめいている。

 その騒ぎの間に、エレベータに乗り込む客の流れが途切れ、扉が閉じ始めた。

 白人たちにわめかれ、叩かれ、さすがのヒナタも完全にそちらに気を取られているようだ。その隙に、桃真は密集した客の間をするりと抜けて、扉の隙間から外に飛び出した。

 扉が閉じ、彼とヒナタとを隔てた。ケージはすかさず上昇し始める。

 桃真は駆け出した。ロビーを抜けてホテルの外へ――ではなく、ロビーの別の場所にある屋上直通の高速エレベータへ向かって。これも、追ってくるかもしれないヒナタをまくための手のひとつだった。桃真がまさか同じ建物内へ逃げたとはヒナタも思わないだろう。

 高速エレベータに乗り込んで、ひとつしかない「屋上」のボタンを押し、扉を閉じる。屋上のヘリポートまで直通のこのエレベータは、他のエレベータよりはるかに速い。全身にかかるGを感じながら、桃真は少しほっとしかけていた。

 タイミングはばっちりだった。これでヒナタをまくことができたはずだ。

 屋上でエレベータを降りると、そこは市内循環ドローンの乗降口になっていた。H市のビル群を上空から見下ろし、市内を回遊できるドローンだ。料金は高いが、観光客や地上の渋滞を嫌うビジネスパーソンに利用されている。
 音声案内が、次の便の出発が五分後に迫っていることを告げていた。

 すべて予定通りだった。桃真は乗降口へ向かって足を踏み出した。その時。

 何の予告もなく、空からヒナタが降ってきた。桃真のすぐ鼻先に着地し、眼光鋭く睨み据えてきた。髪をふり乱し、息を弾ませている。

「あー。もう来たのか。……早かったな」

 落胆を態度に出さないようにして、桃真はつぶやいた。

「ひ・ど・い・じゃありませんか、桃真さん、置いてきぼりだなんて! 危なく見失うところでしたよ!」
「どうやってここまで来た? 直通エレベータは一基しかないのに。階段を駆け上ってきたわけじゃないよな?」
「貨物射出用のジェットシューターで吹っ飛ばしてもらいました。地上からここまで二秒でしたよ」
「……シューターって……人間を射出できるようにはなってないはずだが……」
「僕は頑丈なので、わりと色々なことが大丈夫なんです」

 ヒナタはぎらぎら光る眼で桃真をとらえ、一歩踏み出してきた。

「さあ。桃真さんの部屋へ連れて行ってくださいよ。話をするんでしょ、誰にも邪魔されない所で?」

 桃真は思わず、一歩退いた。猛烈な身の危険を感じていた。

 この野獣のような相手と、今二人きりになるのはまずい。この世の中に、「変なことはしない」という男の約束ほどあてにならないものはないのだ。

 ポケットに忍ばせた超強力スタンガンさえ、ヒナタから身を守る役には立ってくれそうにない、という予感がしていた。

「気が変わった。街へ出よう」

 なるべく平静を装い、桃真は元来たエレベータに向かって歩き出した。

 ヒナタは眉をひそめた。

「街で何するんです?」
「おまえにスーツを買ってやる。そんなラフな格好じゃ仕事にならないからな。俺の仕事を手伝うというなら、ちゃんとした服装をしろ。外見も商売道具の一つだぞ」
「僕を仕事仲間にしてくれるんですか? やったぁ!」

 ヒナタの顔がぱっと輝いた。その晴れやかな笑顔が桃真の胸に焼きついた。

 きまりの悪さを感じ、桃真はあわてて視線をそらした。

「おまえが見た目ほど素朴じゃないってことがわかったからな。使えそうだ」
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