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キャント・ヘルプ・フォーリン・イン・ラブ【SIDE: ヴァレンチン】二年前

いつか塀を越えるまで

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 マルクはまもなく牙の出し入れの方法をマスターした。血を吸う時にも気を使うようになった。 
 おかげで牙が刺さっても前ほど痛くはなくなったし、血を吸われても意識が飛ぶことはなくなった。


 幽閉されてからきっかり三十日後。重い扉がようやく開き、俺たちは部屋から出された。
 リュボフ博士がにやにや笑いながら廊下に立っていたので、俺はその顔面を拳で思いきり殴りつけた。


 バンパイアとのペアリング後の二か月で、俺のクラスメイトだった連中のうち十一人が死んだ。そのうち六人は自殺だった。また、精神を病んだクラスメイトも三人いた。
 一方、マルクのクラスメイトだった三十九人のうち、十四人がバンパイア化に耐えられず命を落とした。
 無事に成立したペアは二十組に満たなかった。その結果が上出来なのかどうかは、俺たちには知るよしもない。

 しかし、バンパイア化してからのマルクの身体能力の向上ぶりは、リュボフ博士をはじめとする研究者たちを非常に喜ばせた。マルクは過去のどの[エンハンスト]バンパイアよりも高い数値を叩き出した。まさしく史上最強、世界最強のバンパイアだった。
 それは、[造血器官]の作り出した血よりも生身の人間から直接吸う血の方が、バンパイアの強化にとって効果的であることを明確に立証する結果だった。


 俺は戦闘訓練を受けさせられるようになった。
 ――将来、マルクはバンパイア・ソルジャーとして実戦投入される。そうなると、マルクの「食糧」である俺も戦場に同行しなければならない。兵士として戦える状態にしておく必要があるだろう、という研究所の方針だ。

 俺は真剣に訓練に取り組んだ。銃器の扱いを覚え、格闘の技能を磨き、攪乱戦術を学んだ。
 強くなりたかった――てっとり早く使える『力』が欲しかった。
 必ず、[研究所]の警備システムを突破して脱走してやる。リュボフ博士の鼻を明かしてみせる。そのためには俺にも戦える力が必要だ。


「なあ。ひさしぶりにまた聞かせてくれないか、おまえの歌」

 マルクがぼそっとつぶやいた。
 演習場の隅にある大木の陰に座って拳銃の手入れをしていた俺は、顔を上げてマルクを見た。

「一人じゃ、歌えねえよ」

 俺のバンド仲間だったクラスメイトたちは全員死んでしまった。あれ以来、俺は一度も歌ってない。

「俺、好きなんだ。おまえの歌う声が」
「あんたが楽器を覚えろよ。ギターか何か弾けるようになれ。伴奏してくれるんだったら歌ってやる」

 そう言ってやると、マルクは困惑のていで眉根を寄せた。

「俺が楽器? できるだろうか、そんなこと……」
「やってみろよ。やる気があれば、なんとかなんだろ。どんなことでも」
「そうだな」

 不意にマルクがにっこりした。

「不思議だ。おまえに言われると、なんでもできるような気がする」

 俺は、相手の脳天気な顔を見上げて、ちょっと迷った。

 俺は近いうちに[研究所]を逃げ出すつもりだ。[研究所]の警備システムは把握したし、戦闘訓練の間に、脱走に必要な装備も手に入れた。準備は万端整っている。
 [研究所]は俺をドナーとして使うために作ったんだろうが、生まれちまったからには俺の命は俺のものだ。好きな所へ行って好きなように生きてやる。バンパイアの餌として生きるだけの命だなんて、勝手に決めつけられてたまるもんか。

 絶望の中で死んだり正気を手放したりした俺のクラスメイトたちも。
 せめてクラスの中で誰か一人ぐらい自由に笑って生きていけたとすれば――きっと喜んでくれるよな。

 だけど、俺がいなくなったら、マルクは困るだろう。

 [研究所]がマルク向けの[造血器官]をすぐに用意するだろうが、マルクは俺から直接吸血していた時ほどのパフォーマンスをあげられなくなるだろう。


 それに、たぶん、この男はとても寂しがるだろうな。俺を失ったら。


 そう想像するだけで、ずきっと心に痛みが走るのは、俺もしょせん遺伝子の呪縛を逃れきれていないという何よりの証拠だった。
 ――遺伝子だ。俺たちが惹かれ合うのは、遺伝子レベルでそのように作られているからに過ぎないんだ。
 俺は懸命に自分に言い聞かせ、マルクから視線を外して銃の手入れを再開した。そうでないと、「俺はもうすぐここから脱走するつもりだけど、あんたも一緒に来る?」などと、うっかり口をすべらせてしまいそうだった。

 バンパイアの餌として生まれてきた運命。
 そこから抜け出したくて、[研究所]を脱走しようとしているのに。
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