バッド・ロマンス【連作短編】

七条楓華@Unsweet(アンスイート)

文字の大きさ
上 下
29 / 35
キャント・ヘルプ・フォーリン・イン・ラブ【SIDE: ヴァレンチン】二年前

バードケージ

しおりを挟む
「ほぉ。またラムダ棟へ行きたくなったかね、ヴァレンチン? 体がうずくのか」

 ノックもなしに所長室へ入り込んだ俺に向かって、リュボフ博士は意味ありげに微笑んでみせた。

 反吐が出るほど下劣な笑みだ。枯れかかったジジイのくせに、好色さをたっぷりとにじませている。
 このつらのことを「厳格だが知的」などと感じていたんだから、俺も見る目がなかったな。

「そんなわけねーだろーがっ、このむっつり助平ジジイ」

 俺は臆せず叫び返した。
 ラムダ棟に監禁され、夜も昼もなくアスリートクラスの連中におもちゃにされた、悪夢のような二週間。あれ以来、俺は「絶対になめられまい」と、前にも増して荒々しく振る舞うようになっていた。常に眉間に皺を寄せ、肩をいからせて歩き、乱暴な言葉遣いをした。
 ――俺を犯した奴らの一人と、どこかで出くわしたらどうしよう、という恐怖を押し殺すためでもある。

「新しい楽器を買ってくれ。学校の音楽室にあるヤツじゃ足りねーんだ」

 俺はデスクまで歩み寄り、楽器のリストを書いたデータシートをリュボフ博士のすぐ前に叩きつけた。

「俺に『おとなしくして』いてほしいんだろ? じゃあ、便宜を図ってくれ」

 博士は俺を見上げ、ゆっくりとまばたきした。

「まだ余計な詮索を続けるつもりなのか。あんな目に遭った後でも」
「詮索はしない。研究所ブロックの立入禁止エリアにこっそり忍び込むのも、もうやめる。ただ……サカった猿どもに俺をレイプさせたって、噂が広がるのは止められないぜ。俺が消えたりしたら、噂の信頼性が高まるだけだ。みんな馬鹿じゃないんだ。ここが不自然な場所だと、気づき始めてる」

 俺たちはしばらく睨み合った。
 やがて、視線を落としたのはリュボフ博士の方だった。

「楽器を買えば、もう余計なことはしないんだな? きちんと規律を守ると?」

 俺はご機嫌でうなずいた。

「音楽活動に熱中して、余計なことは忘れるさ。青春をエンジョイする」




 俺と、特に親しい数人の仲間は、二、三年前から音楽にハマっていた。
 過去の膨大な音源をあさり、演奏できそうな曲を探した。
 それほど高度な技術がなくてもそこそこ「レトロかっこよく」聞こえるので、エルヴィス・プレスリーの曲が俺たちのバンドの十八番おはこだった。ボーカル担当の俺の声質がプレスリーに似ていたせいもあるけれど。

 リュボフ博士が高価な楽器を取り寄せてくれたおかげで、バンドのレベルは格段に上がった。

 学園の春祭りの夜に、中庭に組んだステージで『好きにならずにいられない』を歌ったときは、見に来ていた他のクラスの女子からさえ黄色い声援が飛んだ。




 自分たちが暮らしているのは一種の学園都市だ。――つい最近まで俺は漠然とそう信じ込んでいて、自分たちの生活に疑問を持ったことはなかった。

 国立生体学研究所(NBI)。
 最新の実験器具をいくつも備えた白亜の巨大な建物群。

 俺たちは物心ついた頃から居住区の個室で暮らし、学校へ通い、助手として研究所ブロックで働き、空き時間には年頃に応じた遊びに興じた。研究所の助手を務める時間は、学年が上がるごとに長くなった。でもそれでさえ、気のおけない仲間と一緒だったので、遊びの延長でしかなかった。

 俺たちはこの[研究所]の研究員となるため育てられ、大人になったらそのまま研究員になるのだと思っていた。
 俺たちの通う学校は、[研究所]に併設された専門の養成機関なのだと。


 年に数回の[遠足]の時を除き、俺たちは[研究所]の塀の外へ出ることは禁じられていた。
 そのことに、それほど不満を抱いたことはなかった。
 [研究所]の敷地は幽閉の不自由さを感じさせないほど広大だった。

 外に出られないことを除けば、俺たちは甘やかされていると言ってもよかった。望むものはすべて与えられた。自由以外は。



 この平和な学園生活には何かが隠されている。
 その感覚は、学年が進むにつれて強くなった。

 学園の秘密を探ろうとした俺は、捕らえられ、思い出したくもないひどい目に遭わされた。


 たぶん俺たちは人造人間つくりものなのだ。
 研究所の職員となるのに適した知能と特性を与えられたデザイナー・チャイルドだ。

 そんなことを知らされたら、生徒の中には、深刻なアイデンティティの危機に陥る奴も出るかもしれない。
 だからこそ、俺たちの出生については秘密にされているんだろう。


 俺はとりあえず、前を向いて生きることに決めた。
 生身の両親からではなく、試験管から生まれたからといって、俺という人間の値打ちが変わるわけじゃない。

 そんな感じで、俺たちはそれなりに平穏な学園生活を送っていたんだ。
 あの日までは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...