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ソウルレス【SIDE: マルク】
目に焼きつく、その白い肌が
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ふだんなら、厚着していても、これだけ長いあいだ日の下を動き回ったら、気分が悪くなって吐く。けれども今は他のことで頭がいっぱいで、吐き気などまったく感じなかった。
クリスマス大通りは、楽しげな名前と裏腹に、うらぶれた建物の並ぶ汚らしいストリートだ。柄の悪そうな飲み屋や、何に使われているのかわからないビルが、しけた面をさらしている。
〈ソフィア〉という看板を見た瞬間、おれの視界が血の色に染まった。理性が弾け飛ぶのが、自分でもわかった。
おれはシャッターを蹴りつけた。
シャッターは丸めた紙のようにくしゃりと歪み、落下した。その衝撃で、シャッターの向こうにあったガラス戸が粉々に砕け、戸枠が店内へ向かって倒れた。あっという間に、おれを遮るものは何もなくなった。おれは割れたガラスをぱりぱりと踏みながら店内へ入り込んだ。
店内はソファと丸テーブルだらけだった。すりきれたソファに七、八人の男が座っていたが、みんな驚いたように立ち上がった。
おれは店の奥へ進みながら、手の届く範囲に入った男を全員殴り倒した。手加減なしで殴ったので確実に骨折しただろう。顔面を殴ってやった奴は死んだかもしれない。だが、知ったことか。低い天井に銃声がこだまし、おれの胸に血の花が咲いたが、おれを止めることはできなかった。
残った最後の一人は、殴らずに、首をつかんで高く吊り上げた。
「ヴァレンチンはどこだ?」
おれの声はしわがれていた。
「黒髪の、若い奴だ。あいつをどこへやった?」
「地下の……いちばん、奥の部屋だ……」
吊られた男の返事は、ほとんど声になっていなかった。
おれはその男を床に叩きつけ、思いきり胸を踏みつけた。肋骨が折れた感触があった。
地下へ通じる階段は、カウンターの奥にあった。おれは、はやる心を抑えきれず、踊り場へ飛び降り、そこからフロアへ飛び降りて、地下一階までをツーステップで済ませた。おれの前には、黄色っぽいライトに照らされた薄暗い廊下がまっすぐ伸びていた。誰もいない。
辺りは静かだ。だが、くぐもった呻き声がかすかに聞こえる。
「やっ、んっ、……んうぅ、うあっ」
廊下の突き当たりに、金属製の扉がある。声はそこから聞こえてくるようだ(おれはバンパイアなので、分厚い扉越しの物音でも聞き取れる)。
おれは一瞬でその扉に達し、勢いよく蹴破った。
がらんとした、何もない部屋だった。中央に丸テーブルと数脚の椅子があるだけだ。カードゲームでもするのに使われていそうな部屋だ。それでも、防音は効いているらしい。室内にいるちんぴらたちは、一階でさっきまで響いていた銃声に気づかなかったらしく、お楽しみの最中だった。
ヴァレンチンが部屋の真ん中に立たされている。
後ろ手に縛られている。下半身は何も身につけていない。
すぐ後ろに立っているちんぴらの一人が、ヴァレンチンの後頭部をつかんでテーブルに押しつけているので、ヴァレンチンは尻を後ろに突き出す格好になっている。
その尻の谷間を、赤黒い肉塊がずぼずぼと出入りしているのを――おれは目撃してしまった。
ちんぴらはヴァレンチンの腰を片手でつかみ、激しく腰を使っていた。
裸の皮膚同士がぶつかる、ぱんぱん、という音がリズミカルに響いていた。
この陵辱はずいぶん長いあいだ続いているらしい。おぞましすぎて、想像したくもなかったが、おれはその事実を見ないことにはできなかった。
いかにも「順番待ち」という風情で、下半身をむき出しにしたまま酒を飲んでいる数人のちんぴらたち。
室内にたちこめる不快な臭い。
ヴァレンチンのなめらかな内腿をしたたり落ちる、大量の白濁液。
おれの怒りのボルテージが、限界を超えた。全身が炎に包まれるような感覚があり、意識がかすんだ。
「……殺してやる! 殺してやる!」
野獣の吠え声が耳に届き、おれは我に返った。野獣の声だと思ったのはおれ自身の叫び声だった。わめきすぎたのか、喉が痛い。
おれは、一人の男の胸倉をつかみ、その顔面に拳を打ちつけているところだった。男の顔はすでにぐちゃぐちゃに潰れていた。おれの拳は血まみれだった。他の男たちも同じような状態になって床に転がっていた。うめいているのは二人だけだ。あとの奴らは死んでいるかもしれない。
「やめろ、マルク!」
ヴァレンチンの声が、透き通った矢のように、怒りで濁ったおれの頭に突き立った。
「もうよせ! 勝負はついてるだろ?」
おれはヴァレンチンを振り返った。
「おまえに手出しした奴らを、生かしておくわけにはいかない」
「やめろって! 俺は大丈夫だ、だから」
――あんたに手を汚させたくないんだ。
ヴァレンチンのその言葉は、切実な思いがこもっていて、まるで祈りのようで。
猛り狂うおれを一瞬で鎮める力を持っていた。
クリスマス大通りは、楽しげな名前と裏腹に、うらぶれた建物の並ぶ汚らしいストリートだ。柄の悪そうな飲み屋や、何に使われているのかわからないビルが、しけた面をさらしている。
〈ソフィア〉という看板を見た瞬間、おれの視界が血の色に染まった。理性が弾け飛ぶのが、自分でもわかった。
おれはシャッターを蹴りつけた。
シャッターは丸めた紙のようにくしゃりと歪み、落下した。その衝撃で、シャッターの向こうにあったガラス戸が粉々に砕け、戸枠が店内へ向かって倒れた。あっという間に、おれを遮るものは何もなくなった。おれは割れたガラスをぱりぱりと踏みながら店内へ入り込んだ。
店内はソファと丸テーブルだらけだった。すりきれたソファに七、八人の男が座っていたが、みんな驚いたように立ち上がった。
おれは店の奥へ進みながら、手の届く範囲に入った男を全員殴り倒した。手加減なしで殴ったので確実に骨折しただろう。顔面を殴ってやった奴は死んだかもしれない。だが、知ったことか。低い天井に銃声がこだまし、おれの胸に血の花が咲いたが、おれを止めることはできなかった。
残った最後の一人は、殴らずに、首をつかんで高く吊り上げた。
「ヴァレンチンはどこだ?」
おれの声はしわがれていた。
「黒髪の、若い奴だ。あいつをどこへやった?」
「地下の……いちばん、奥の部屋だ……」
吊られた男の返事は、ほとんど声になっていなかった。
おれはその男を床に叩きつけ、思いきり胸を踏みつけた。肋骨が折れた感触があった。
地下へ通じる階段は、カウンターの奥にあった。おれは、はやる心を抑えきれず、踊り場へ飛び降り、そこからフロアへ飛び降りて、地下一階までをツーステップで済ませた。おれの前には、黄色っぽいライトに照らされた薄暗い廊下がまっすぐ伸びていた。誰もいない。
辺りは静かだ。だが、くぐもった呻き声がかすかに聞こえる。
「やっ、んっ、……んうぅ、うあっ」
廊下の突き当たりに、金属製の扉がある。声はそこから聞こえてくるようだ(おれはバンパイアなので、分厚い扉越しの物音でも聞き取れる)。
おれは一瞬でその扉に達し、勢いよく蹴破った。
がらんとした、何もない部屋だった。中央に丸テーブルと数脚の椅子があるだけだ。カードゲームでもするのに使われていそうな部屋だ。それでも、防音は効いているらしい。室内にいるちんぴらたちは、一階でさっきまで響いていた銃声に気づかなかったらしく、お楽しみの最中だった。
ヴァレンチンが部屋の真ん中に立たされている。
後ろ手に縛られている。下半身は何も身につけていない。
すぐ後ろに立っているちんぴらの一人が、ヴァレンチンの後頭部をつかんでテーブルに押しつけているので、ヴァレンチンは尻を後ろに突き出す格好になっている。
その尻の谷間を、赤黒い肉塊がずぼずぼと出入りしているのを――おれは目撃してしまった。
ちんぴらはヴァレンチンの腰を片手でつかみ、激しく腰を使っていた。
裸の皮膚同士がぶつかる、ぱんぱん、という音がリズミカルに響いていた。
この陵辱はずいぶん長いあいだ続いているらしい。おぞましすぎて、想像したくもなかったが、おれはその事実を見ないことにはできなかった。
いかにも「順番待ち」という風情で、下半身をむき出しにしたまま酒を飲んでいる数人のちんぴらたち。
室内にたちこめる不快な臭い。
ヴァレンチンのなめらかな内腿をしたたり落ちる、大量の白濁液。
おれの怒りのボルテージが、限界を超えた。全身が炎に包まれるような感覚があり、意識がかすんだ。
「……殺してやる! 殺してやる!」
野獣の吠え声が耳に届き、おれは我に返った。野獣の声だと思ったのはおれ自身の叫び声だった。わめきすぎたのか、喉が痛い。
おれは、一人の男の胸倉をつかみ、その顔面に拳を打ちつけているところだった。男の顔はすでにぐちゃぐちゃに潰れていた。おれの拳は血まみれだった。他の男たちも同じような状態になって床に転がっていた。うめいているのは二人だけだ。あとの奴らは死んでいるかもしれない。
「やめろ、マルク!」
ヴァレンチンの声が、透き通った矢のように、怒りで濁ったおれの頭に突き立った。
「もうよせ! 勝負はついてるだろ?」
おれはヴァレンチンを振り返った。
「おまえに手出しした奴らを、生かしておくわけにはいかない」
「やめろって! 俺は大丈夫だ、だから」
――あんたに手を汚させたくないんだ。
ヴァレンチンのその言葉は、切実な思いがこもっていて、まるで祈りのようで。
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