16 / 35
ホワイトデイズ【SIDE: マルク】二年前
ホワイト・アウト
しおりを挟む
二日後、おれは教官の一人に付き添われ、ポラツクへ向けて出発した。
十日間の合宿は充実したものだった。全国から集められた他の選手のレベルの高さに、おれは奮い立った。
(空き時間に、ヴァレンチンとの会話を思い出し、他の選手に「おまえには『親』はいるのか」と尋ねてみた。「ああ。一緒に住んでるけど、それがどうした?」と、不思議そうな表情で返された)
おれは観光には興味がないので、十日間、合宿会場であるポラツク・メモリアル・ドームから一歩も外に出なかった。
十一日目。初めてドームから足を踏み出すと、おれの吐く息が一瞬で真っ白に変わってもわっと立ちのぼった。輝かしい空の下、銀世界が広がっていた。
おれは合宿会場へ駆け戻った。あちこち探し回り、目についたスタッフに頼んで、きれいなガラスの空き瓶を手に入れた。ドームを飛び出し、瓶に雪を詰めた。ぎゅうぎゅうと押し込み、詰められるだけ詰めた。
瓶の中の雪が日光を受けてきらきらと輝くのを、おれは満ち足りた思いで眺めた。
教官がバスの冷凍庫にその瓶を入れてくれたので、おれたちが学園都市に帰りついたとき、雪はまだ溶けていなかった。
真っ白な建物たちが濁った赤に染め上げられる夕暮れ時。学者クラスの教室の窓にはすべて明かりが灯っている。
おれはD91クラスを目指して走った。
ヴァレンチンの住んでいる居住区を知らないので、あいつに会いたい場合は教室へ向かうしかない。
一度も雪を見たことがないというあいつに、この瓶を届けてやりたい。
幸いなことに、ちょうど休み時間らしく、教室に教官の姿はなかった。生徒たちが思い思いに固まって談笑していた。おれは、注目を集めるのもおかまいなしにずかずかと教室に入り込み、見渡した。あいつの姿はどこにもない。
早く渡さなければ雪が溶けてしまう。おれは、すぐそばにいた男子生徒をつかまえて尋ねた。
「おい。ヴァレンチンはどこにいる?」
あせりがおれの声を大きくした。周囲の下級生たちが顔を見合わせるのが目に入った。
「ヴァレンチンは……いません。一週間ほど前から、居住区からも姿を消しちゃって……」
おれの目の前の生徒は、幼い顔に怯えの色をはっきり浮かべて答えた。
「なんだって? どういうことだ」
おれの叫びに、目の前の生徒はびくりと身を震わせる。
こいつに当たり散らすのは筋違いだ。わかってはいるが、頭の中が火でもついたようにカーッと熱くなって、何も考えられなくなっていく。
「あの子、『消された』って噂だよ。教官に逆らってばかりいるから」
かん高い声が響いた。
少し離れた所に女子生徒のグループがいる。その中の一人が強い視線でおれを見据えていた。
「変なこと言うのやめなよ」と他の女子が懸命に止めようとするが、その女子生徒ははっきりした口調でさらに言いつのった。
「あたし聞いたことあるもん。『上』に逆らいすぎて、目をつけられると、消されちゃうんだよ。D89クラスでも、ヴァレンチンみたいに教官と喧嘩ばかりしてて、突然消えちゃった人がいるって。だから、あまり『上』に逆らったりしちゃいけないんだって」
そんなことばかり言ってるとあんたも消されるわよ、という女子たちの叫びを遠く聞きながら、おれは真っ暗な深い穴に落ち込んでいく感覚にとらわれていた。
おれの部屋の冷凍庫には、まだ雪詰めの瓶が入れてある。けれどもそれを渡すべき相手はいない。ヴァレンチンは本当に消えてしまった。バスケットコートで遊んでいる下級生の中に、あの敏捷な姿を見かけることはない。
おれは一時パフォーマンスをひどく落とした。ラムダ棟を何度か利用してみた。セックスに誘うと、クラスメートたちは快く応じてくれた。
だが――相手をしてくれたクラスメートには悪いが――気分は晴れなかった。
おれが本当に欲しいのはこいつじゃない、とはっきり実感するだけで終わったからだ。
なあ。おまえのいないこの真っ白な街は、どうしようもなく味気ないよ。
トレーニングに励むだけの日々が、以前ほど幸せには感じられないんだ。
十日間の合宿は充実したものだった。全国から集められた他の選手のレベルの高さに、おれは奮い立った。
(空き時間に、ヴァレンチンとの会話を思い出し、他の選手に「おまえには『親』はいるのか」と尋ねてみた。「ああ。一緒に住んでるけど、それがどうした?」と、不思議そうな表情で返された)
おれは観光には興味がないので、十日間、合宿会場であるポラツク・メモリアル・ドームから一歩も外に出なかった。
十一日目。初めてドームから足を踏み出すと、おれの吐く息が一瞬で真っ白に変わってもわっと立ちのぼった。輝かしい空の下、銀世界が広がっていた。
おれは合宿会場へ駆け戻った。あちこち探し回り、目についたスタッフに頼んで、きれいなガラスの空き瓶を手に入れた。ドームを飛び出し、瓶に雪を詰めた。ぎゅうぎゅうと押し込み、詰められるだけ詰めた。
瓶の中の雪が日光を受けてきらきらと輝くのを、おれは満ち足りた思いで眺めた。
教官がバスの冷凍庫にその瓶を入れてくれたので、おれたちが学園都市に帰りついたとき、雪はまだ溶けていなかった。
真っ白な建物たちが濁った赤に染め上げられる夕暮れ時。学者クラスの教室の窓にはすべて明かりが灯っている。
おれはD91クラスを目指して走った。
ヴァレンチンの住んでいる居住区を知らないので、あいつに会いたい場合は教室へ向かうしかない。
一度も雪を見たことがないというあいつに、この瓶を届けてやりたい。
幸いなことに、ちょうど休み時間らしく、教室に教官の姿はなかった。生徒たちが思い思いに固まって談笑していた。おれは、注目を集めるのもおかまいなしにずかずかと教室に入り込み、見渡した。あいつの姿はどこにもない。
早く渡さなければ雪が溶けてしまう。おれは、すぐそばにいた男子生徒をつかまえて尋ねた。
「おい。ヴァレンチンはどこにいる?」
あせりがおれの声を大きくした。周囲の下級生たちが顔を見合わせるのが目に入った。
「ヴァレンチンは……いません。一週間ほど前から、居住区からも姿を消しちゃって……」
おれの目の前の生徒は、幼い顔に怯えの色をはっきり浮かべて答えた。
「なんだって? どういうことだ」
おれの叫びに、目の前の生徒はびくりと身を震わせる。
こいつに当たり散らすのは筋違いだ。わかってはいるが、頭の中が火でもついたようにカーッと熱くなって、何も考えられなくなっていく。
「あの子、『消された』って噂だよ。教官に逆らってばかりいるから」
かん高い声が響いた。
少し離れた所に女子生徒のグループがいる。その中の一人が強い視線でおれを見据えていた。
「変なこと言うのやめなよ」と他の女子が懸命に止めようとするが、その女子生徒ははっきりした口調でさらに言いつのった。
「あたし聞いたことあるもん。『上』に逆らいすぎて、目をつけられると、消されちゃうんだよ。D89クラスでも、ヴァレンチンみたいに教官と喧嘩ばかりしてて、突然消えちゃった人がいるって。だから、あまり『上』に逆らったりしちゃいけないんだって」
そんなことばかり言ってるとあんたも消されるわよ、という女子たちの叫びを遠く聞きながら、おれは真っ暗な深い穴に落ち込んでいく感覚にとらわれていた。
おれの部屋の冷凍庫には、まだ雪詰めの瓶が入れてある。けれどもそれを渡すべき相手はいない。ヴァレンチンは本当に消えてしまった。バスケットコートで遊んでいる下級生の中に、あの敏捷な姿を見かけることはない。
おれは一時パフォーマンスをひどく落とした。ラムダ棟を何度か利用してみた。セックスに誘うと、クラスメートたちは快く応じてくれた。
だが――相手をしてくれたクラスメートには悪いが――気分は晴れなかった。
おれが本当に欲しいのはこいつじゃない、とはっきり実感するだけで終わったからだ。
なあ。おまえのいないこの真っ白な街は、どうしようもなく味気ないよ。
トレーニングに励むだけの日々が、以前ほど幸せには感じられないんだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる