バッド・ロマンス【連作短編】

七条楓華@Unsweet(アンスイート)

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ホワイトデイズ【SIDE: マルク】二年前

ホワイト・アウト

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 二日後、おれは教官の一人に付き添われ、ポラツクへ向けて出発した。

 十日間の合宿は充実したものだった。全国から集められた他の選手のレベルの高さに、おれは奮い立った。
(空き時間に、ヴァレンチンとの会話を思い出し、他の選手に「おまえには『親』はいるのか」と尋ねてみた。「ああ。一緒に住んでるけど、それがどうした?」と、不思議そうな表情で返された)

 おれは観光には興味がないので、十日間、合宿会場であるポラツク・メモリアル・ドームから一歩も外に出なかった。

 十一日目。初めてドームから足を踏み出すと、おれの吐く息が一瞬で真っ白に変わってもわっと立ちのぼった。輝かしい空の下、銀世界が広がっていた。

 おれは合宿会場へ駆け戻った。あちこち探し回り、目についたスタッフに頼んで、きれいなガラスの空き瓶を手に入れた。ドームを飛び出し、瓶に雪を詰めた。ぎゅうぎゅうと押し込み、詰められるだけ詰めた。

 瓶の中の雪が日光を受けてきらきらと輝くのを、おれは満ち足りた思いで眺めた。





 教官がバスの冷凍庫にその瓶を入れてくれたので、おれたちが学園都市に帰りついたとき、雪はまだ溶けていなかった。

 真っ白な建物たちが濁った赤に染め上げられる夕暮れ時。学者アカデミッククラスの教室の窓にはすべて明かりが灯っている。
 おれはD91クラスを目指して走った。
 ヴァレンチンの住んでいる居住区を知らないので、あいつに会いたい場合は教室へ向かうしかない。

 一度も雪を見たことがないというあいつに、この瓶を届けてやりたい。

 幸いなことに、ちょうど休み時間らしく、教室に教官の姿はなかった。生徒たちが思い思いに固まって談笑していた。おれは、注目を集めるのもおかまいなしにずかずかと教室に入り込み、見渡した。あいつの姿はどこにもない。

 早く渡さなければ雪が溶けてしまう。おれは、すぐそばにいた男子生徒をつかまえて尋ねた。

「おい。ヴァレンチンはどこにいる?」

 あせりがおれの声を大きくした。周囲の下級生たちが顔を見合わせるのが目に入った。

「ヴァレンチンは……いません。一週間ほど前から、居住区からも姿を消しちゃって……」

 おれの目の前の生徒は、幼い顔に怯えの色をはっきり浮かべて答えた。

「なんだって? どういうことだ」

 おれの叫びに、目の前の生徒はびくりと身を震わせる。
 こいつに当たり散らすのは筋違いだ。わかってはいるが、頭の中が火でもついたようにカーッと熱くなって、何も考えられなくなっていく。

「あの子、『消された』って噂だよ。教官に逆らってばかりいるから」

 かん高い声が響いた。
 少し離れた所に女子生徒のグループがいる。その中の一人が強い視線でおれを見据えていた。

「変なこと言うのやめなよ」と他の女子が懸命に止めようとするが、その女子生徒ははっきりした口調でさらに言いつのった。

「あたし聞いたことあるもん。『上』に逆らいすぎて、目をつけられると、消されちゃうんだよ。D89クラスでも、ヴァレンチンみたいに教官と喧嘩ばかりしてて、突然消えちゃった人がいるって。だから、あまり『上』に逆らったりしちゃいけないんだって」

 そんなことばかり言ってるとあんたも消されるわよ、という女子たちの叫びを遠く聞きながら、おれは真っ暗な深い穴に落ち込んでいく感覚にとらわれていた。






 おれの部屋の冷凍庫には、まだ雪詰めの瓶が入れてある。けれどもそれを渡すべき相手はいない。ヴァレンチンは本当に消えてしまった。バスケットコートで遊んでいる下級生の中に、あの敏捷な姿を見かけることはない。

 おれは一時パフォーマンスをひどく落とした。ラムダ棟を何度か利用してみた。セックスに誘うと、クラスメートたちは快く応じてくれた。
 だが――相手をしてくれたクラスメートには悪いが――気分は晴れなかった。
 おれが本当に欲しいのはこいつじゃない、とはっきり実感するだけで終わったからだ。
 

 なあ。おまえのいないこの真っ白な街は、どうしようもなく味気ないよ。
 トレーニングに励むだけの日々が、以前ほど幸せには感じられないんだ。
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