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ホワイトデイズ【SIDE: マルク】二年前
心が動き始める
しおりを挟むまるで優秀なクォーターバックのロングパスがずどんと腕の中に飛び込んでくるように、あいつの姿はおれの視界に飛び込んできた。あいつがやってるのはアメフトではなくバスケットボールで、同級生らしい数人の男子とボールを争っていたが、突然、ふいっと飛び上がった。天へ向かって伸びたその腕から球が放たれ、美しい軌跡を描いてネットをくぐる。
歓声、笑い声。ぱらぱらと上がる拍手。
青空の下、仲間とハイタッチをしているあいつの横顔を見つめているうち、おれは強烈な喉の渇きを覚えた。
幼さが残る、細っこい体つき。風になびく癖の強い黒髪。女子と間違うほどかわいらしい顔立ちなのに、まなざしはキツく、いかにも生意気そうだ。
笑うと、目つきの険が少しやわらぐ。そのあどけない笑みが向けられている相手がおれじゃない、という事実が、なぜこんなに心をざわつかせるのか。
「やめとけよ。下級生に手を出すのはご法度だぜ、忘れたのか、マルク?」
ボトルから水を飲んでいる最中に思いきり背中を叩かれたので、おれはむせてしまった。
睨みつけると、クラスメートのガニーが人の悪そうな顔で笑っていた。
「おまえ最近、いつもあいつをじっと見てるよな。男同士なら許可は出やすいが、それでも、下級生はまずい。申請したってラムダ棟の使用許可は出ないぞ」
「そんなのじゃない。おまえと一緒にするな」
おれの口調はひとりでに荒くなった。
――そんなつもりであいつを見ていたわけじゃない。癖のあるフォームのくせにシュートの成功率が高いから、目についてしまうだけだ。
ここ数か月、競技成績に影響が出るレベルでセックスにハマっているガニーはラムダ棟の常連だ。たぶん男女を問わずクラスの半分以上と寝ているだろう。
恵まれたフィジカルを生かそうとせず成績を落としていくこの男には、時々イライラする。
おれたちはバスケットコートの傍らを離れ、居住棟へ向かって歩き出した。
「とぼけんなよ、マルク。おまえ、自分がどれだけ物欲しそうな顔してるか、自覚してないのか?」
「……おれは物欲しそうな顔なんかしてない。おまえの心が汚れてるから、そう見えるだけだ」
「ひでえな。せっかく忠告してやろうとしてるのに。悪いことは言わない。あいつだけはやめとけ」
相手の妙に自信たっぷりな口調が引っかかった。おれは眉をひそめた。
「知り合いなのか?」
「いや。でも、けっこう有名人だぜ。あいつはD91クラスのヴァレンチンだ。担当教官に逆らってばかりの問題児で、教官と喧嘩して授業を何十分も止めるなんてしょっちゅうらしい。リュボフ博士にでも堂々と口答えするんだってよ。よくやるぜ」
D91クラス、ということは、V89クラスにいるおれより二歳年下だということだ。
クラス名に「D」がついているから、学者クラスだ。おれたちみたいな運動家クラスとは違う。
「わざわざ下級生の尻なんか追いかける必要ないだろ、マルク? おまえはV89クラス一の美男子で、歩くギリシャ彫刻とまで呼ばれてる。誰も彼もみんな、おまえと寝たがってるんだ。うらやましい限りだぜ」
ガニーがいつものたわごとを並べ始めたので、俺は無視して歩みを速めた。
同級生から「歩くギリシャ彫刻」と呼ばれているのは本当だが、褒め言葉じゃないだろう。口下手だとか融通が利かないとか、きっとそういう意味だ。
おれは恋愛には興味がない。大切なのは、体を鍛えること、記録を伸ばすこと、それだけだ。
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