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ランナウェイ【SIDE: ヴァレンチン】

遠い朝焼け

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 ミンスク中央駅は南部ユーラシア横断鉄道の始発駅だ。国境を越えていく貨物列車の始発駅でもある。何本もの貨物列車が出発時刻を待って夜闇の中うずくまっている。

 俺たちは次々と線路をまたぎ越えながら、駅の敷地を横切っているところだった。

「これからどこへ行くんだ、ヴァレンチン?」
「ノヴァヤモスクワだ。ちょっと遠いが……ま、大きな街へ行った方が、身も隠しやすいだろ」

 俺の答えに、マルクは首をかしげやがった。
 一般常識に乏しいこの男はもちろん、ノヴァヤモスクワがどこにあるか、まるっきりわかってやしないのだ。
 地理の知識もないくせに、なんでわざわざ行き先を尋ねるんだ。無駄だろう?

 ――あの銃撃戦の夜。俺が倉庫街で命からがら拾ったアタッシェケースの中には、切り落とされた人間の手首が入っていた。
 その指は見覚えのある指輪をはめていた。だから一目でわかってしまったのだ。それがパパ・セルギエンコの手であると。

 結局、誰が誰を裏切ったのか。それを知るよしはない。ただ、パパが俺たちを住まわせてくれていたアパートへ戻るのは賢明ではない、ということは確かだった。ギャングどもの争いに巻き込まれるなんて、まっぴらだ。
 だから俺たちは、マルクをだましたトレーニングジムの店長(この男は外科医上がりだったので傷の手当てができた)の事務所に強引に転がり込み、傷が癒えるのを待って、このミンスクの街を出ることにした。
 普通の交通機関を使うのではなく、貨物列車のコンテナに身を潜めて出るのは、用心のためだ。

「これからは……一人で危険な真似はするな。危ない目に遭いそうなときは、必ず俺を連れていけ」

 歩きながら、マルクが真顔で言った。珍しく、強い口調だ。
 俺は眉をひそめた。

「あんたは暴力は嫌いなんだろ? 兵士として戦うなんてまっぴらだ、って言ってたじゃねーか」
「国に命令されて戦うのはごめんだ、と言ったんだ。おまえを守るためなら、俺は喜んで戦う。どんな相手だって殺してやる。本気だぞ、ヴァレンチン」

 深い海のように青い瞳が炎をまとって俺を見据えていた。
 俺は反射的に目をそらした。

 ――マルクの揺るぎない強さは俺を安心させる。悔しいが、それは事実だ。
 甘やかされてたまるか。俺はあんたには絶対に頼らない。守られる立場なんかまっぴらだ。

 きっぱりと言ってやった。

「ノヴァヤモスクワでは、もうヤバい橋は渡らない。まじめに堅気の仕事をするんだ。金を稼いで、大都会の暮らしってやつを楽しもうぜ。普通の人間みたいに」

 貨物列車のコンテナ下部のセンサーとセイフティを無効化すれば、コンテナ内に侵入できる。それは俺がパパ・セルギエンコの下で働いている間に覚えた盗みの技の一つだ。
 コンテナの扉がするすると開いた。

 マルクが軽やかに飛び乗り、振り返って、俺に向かって手を差し出した。

「お姫様じゃねーんだ。エスコートは要らねーよ」

と俺は反射的に言い返したが、それが強がりでしかないことはお互いにわかっていた。
 太腿の傷がまだ完治していないので、俺は歩くときも足を引きずっている。手を借りなければコンテナによじ登るのは無理だ。

 東の空が急速に明るみ始めていた。朝日を受けて、マルクの金髪がきらきら輝いた。満面の笑顔がこちらを見下ろしていた。「希望」という語が俺の胸に浮かんだ。

 俺はマルクの手を握った。奴は軽々と俺の体重をコンテナへ引き上げた。

 ――手を離すなよ、最期まで。

 ふと出かかったそんなセリフを、口にすることはこの先一生絶対にない。
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