上 下
2 / 35
ランナウェイ【SIDE: ヴァレンチン】

塀を越えた日

しおりを挟む
 俺の腕の中でサブマシンガンが震え、ぱぱぱぱ、というおなじみの銃声と共に吐き出された9x19mm弾が、しつこく俺たちを追ってきていたドローンを一体残らず撃ち落とす。

 ざまあ見ろ、だ。

 毎日のように戦闘訓練を受けてきて、俺の射撃の腕は教官をも超えるほどになっていた。
 [研究所]の連中も、まさか自分てめえらが仕込んだ技能を使って反撃されるとは、予想もしてなかっただろう。

「危ない、ヴァレンチン!」

 叫び声よりも早く、太い腕が俺の襟首をつかんで後ろへ引く。間一髪、ついさっきまで俺が立っていた地面が爆発し、土が舞った。頭上のドローンに気をとられている間に、俺たちは無人戦車の射程距離に収められていたらしい。

「奴ら、攻撃してきたぞ! 俺たちを殺すつもりか」

と、マルクが心底驚いたような声をあげる。

 俺はマルクの二の腕を叩いて走るよう促し、

「殺しやしねーさ。俺たちは貴重な実験材料だからな。俺たちが死んだら二十年もかけた研究がパアだ」

と、自分も全力で駆け出した。

 無人戦車の装甲に九ミリ弾は効かない。反撃より、ここは逃げの一手だ。

「だが……奴ら、撃ち始めた」
「足を狙ってただろ? 動けなくするつもりだ」

 マルクに向かってそう叫び返しながら、俺は苦い思いを噛みしめる。
 俺が脚を一本や二本なくしたところで、[研究所]としてはいっこうにかまわないのだ。逃げられさえしなければ。
 [研究所]にとって、俺たち二人に脱走されることは、俺たちに死なれることと同じぐらいダメージがでかい。

 山を切り開いて造られた[研究所]の敷地は、丘あり谷あり小川あり、の起伏に富んだ地形だ。俺たちは、すぐ目の前まで迫ってきた急斜面に頭から飛び込み、無人戦車からの射線をぎりぎりでかわした。

 背の低い草に覆われた柔らかい地面をごろごろと転がり落ちる。行きついたところは塀だった。外界と[研究所]とを隔てる高さ五メートルの塀。

 これさえ越えれば、自由だ。

 マルクは塀を見上げ、深呼吸した。塀から少し距離をとり、いきなり走り出した。

 マルクは身長二メートル近い大男だ。鼻筋の通った端正な顔立ち、筋骨隆々を絵に描いたような見事な肉体は、まるで古代ローマの彫像のようだ。ウェーブの強い金髪は太陽のように輝き、あおい瞳は宝石のように美しく澄んでいる。
 見かけが立派なだけではなく、運動能力にも優れ、アスリート学級クラスでも常にトップの成績を収めていた。
 しかし。

 軽く助走をつけただけのワンジャンプで五メートルの塀のてっぺんにまで飛びつけるのは。
 単なる運動神経・・・・の問題ではない。


 塀のてっぺんから、マルクがこちらへ向かってロープを垂らす。それを使って俺はすばやく塀を登った。
 塀の上に立って見下ろすと。はるかな眼下に海が見えた。夕闇は急速に濃くなり始めていたが、それでも岩に当たって砕ける波の白さがはっきり見て取れた。海面までの距離の遠さに、俺は一瞬ひるんだ。

「大丈夫だ、ヴァレンチン」

 マルクの大きな手が、俺の手を握った。

「行くぞ。手を離すなよ」

 背後から響く激しい銃声。
 足元で弾ける弾丸に追いたてられるようにして、俺たちは固く手を握り合い、海へ向かって身を躍らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...