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ランナウェイ【SIDE: ヴァレンチン】
塀を越えた日
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俺の腕の中でサブマシンガンが震え、ぱぱぱぱ、というおなじみの銃声と共に吐き出された9x19mm弾が、しつこく俺たちを追ってきていたドローンを一体残らず撃ち落とす。
ざまあ見ろ、だ。
毎日のように戦闘訓練を受けてきて、俺の射撃の腕は教官をも超えるほどになっていた。
[研究所]の連中も、まさか自分らが仕込んだ技能を使って反撃されるとは、予想もしてなかっただろう。
「危ない、ヴァレンチン!」
叫び声よりも早く、太い腕が俺の襟首をつかんで後ろへ引く。間一髪、ついさっきまで俺が立っていた地面が爆発し、土が舞った。頭上のドローンに気をとられている間に、俺たちは無人戦車の射程距離に収められていたらしい。
「奴ら、攻撃してきたぞ! 俺たちを殺すつもりか」
と、マルクが心底驚いたような声をあげる。
俺はマルクの二の腕を叩いて走るよう促し、
「殺しやしねーさ。俺たちは貴重な実験材料だからな。俺たちが死んだら二十年もかけた研究がパアだ」
と、自分も全力で駆け出した。
無人戦車の装甲に九ミリ弾は効かない。反撃より、ここは逃げの一手だ。
「だが……奴ら、撃ち始めた」
「足を狙ってただろ? 動けなくするつもりだ」
マルクに向かってそう叫び返しながら、俺は苦い思いを噛みしめる。
俺が脚を一本や二本なくしたところで、[研究所]としてはいっこうにかまわないのだ。逃げられさえしなければ。
[研究所]にとって、俺たち二人に脱走されることは、俺たちに死なれることと同じぐらいダメージがでかい。
山を切り開いて造られた[研究所]の敷地は、丘あり谷あり小川あり、の起伏に富んだ地形だ。俺たちは、すぐ目の前まで迫ってきた急斜面に頭から飛び込み、無人戦車からの射線をぎりぎりでかわした。
背の低い草に覆われた柔らかい地面をごろごろと転がり落ちる。行きついたところは塀だった。外界と[研究所]とを隔てる高さ五メートルの塀。
これさえ越えれば、自由だ。
マルクは塀を見上げ、深呼吸した。塀から少し距離をとり、いきなり走り出した。
マルクは身長二メートル近い大男だ。鼻筋の通った端正な顔立ち、筋骨隆々を絵に描いたような見事な肉体は、まるで古代ローマの彫像のようだ。ウェーブの強い金髪は太陽のように輝き、碧い瞳は宝石のように美しく澄んでいる。
見かけが立派なだけではなく、運動能力にも優れ、アスリート学級でも常にトップの成績を収めていた。
しかし。
軽く助走をつけただけのワンジャンプで五メートルの塀のてっぺんにまで飛びつけるのは。
単なる運動神経の問題ではない。
塀のてっぺんから、マルクがこちらへ向かってロープを垂らす。それを使って俺はすばやく塀を登った。
塀の上に立って見下ろすと。はるかな眼下に海が見えた。夕闇は急速に濃くなり始めていたが、それでも岩に当たって砕ける波の白さがはっきり見て取れた。海面までの距離の遠さに、俺は一瞬ひるんだ。
「大丈夫だ、ヴァレンチン」
マルクの大きな手が、俺の手を握った。
「行くぞ。手を離すなよ」
背後から響く激しい銃声。
足元で弾ける弾丸に追いたてられるようにして、俺たちは固く手を握り合い、海へ向かって身を躍らせた。
ざまあ見ろ、だ。
毎日のように戦闘訓練を受けてきて、俺の射撃の腕は教官をも超えるほどになっていた。
[研究所]の連中も、まさか自分らが仕込んだ技能を使って反撃されるとは、予想もしてなかっただろう。
「危ない、ヴァレンチン!」
叫び声よりも早く、太い腕が俺の襟首をつかんで後ろへ引く。間一髪、ついさっきまで俺が立っていた地面が爆発し、土が舞った。頭上のドローンに気をとられている間に、俺たちは無人戦車の射程距離に収められていたらしい。
「奴ら、攻撃してきたぞ! 俺たちを殺すつもりか」
と、マルクが心底驚いたような声をあげる。
俺はマルクの二の腕を叩いて走るよう促し、
「殺しやしねーさ。俺たちは貴重な実験材料だからな。俺たちが死んだら二十年もかけた研究がパアだ」
と、自分も全力で駆け出した。
無人戦車の装甲に九ミリ弾は効かない。反撃より、ここは逃げの一手だ。
「だが……奴ら、撃ち始めた」
「足を狙ってただろ? 動けなくするつもりだ」
マルクに向かってそう叫び返しながら、俺は苦い思いを噛みしめる。
俺が脚を一本や二本なくしたところで、[研究所]としてはいっこうにかまわないのだ。逃げられさえしなければ。
[研究所]にとって、俺たち二人に脱走されることは、俺たちに死なれることと同じぐらいダメージがでかい。
山を切り開いて造られた[研究所]の敷地は、丘あり谷あり小川あり、の起伏に富んだ地形だ。俺たちは、すぐ目の前まで迫ってきた急斜面に頭から飛び込み、無人戦車からの射線をぎりぎりでかわした。
背の低い草に覆われた柔らかい地面をごろごろと転がり落ちる。行きついたところは塀だった。外界と[研究所]とを隔てる高さ五メートルの塀。
これさえ越えれば、自由だ。
マルクは塀を見上げ、深呼吸した。塀から少し距離をとり、いきなり走り出した。
マルクは身長二メートル近い大男だ。鼻筋の通った端正な顔立ち、筋骨隆々を絵に描いたような見事な肉体は、まるで古代ローマの彫像のようだ。ウェーブの強い金髪は太陽のように輝き、碧い瞳は宝石のように美しく澄んでいる。
見かけが立派なだけではなく、運動能力にも優れ、アスリート学級でも常にトップの成績を収めていた。
しかし。
軽く助走をつけただけのワンジャンプで五メートルの塀のてっぺんにまで飛びつけるのは。
単なる運動神経の問題ではない。
塀のてっぺんから、マルクがこちらへ向かってロープを垂らす。それを使って俺はすばやく塀を登った。
塀の上に立って見下ろすと。はるかな眼下に海が見えた。夕闇は急速に濃くなり始めていたが、それでも岩に当たって砕ける波の白さがはっきり見て取れた。海面までの距離の遠さに、俺は一瞬ひるんだ。
「大丈夫だ、ヴァレンチン」
マルクの大きな手が、俺の手を握った。
「行くぞ。手を離すなよ」
背後から響く激しい銃声。
足元で弾ける弾丸に追いたてられるようにして、俺たちは固く手を握り合い、海へ向かって身を躍らせた。
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