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第三章

飛行船と安全地帯

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 四人一緒になり、飛行船へと乗り込むために、魔導列車の駅を経由して、ホテルギャザリックリネーリアへと移動を開始する。
 
 先頭にはエリーゼが立った。
 今回、襲撃してきた男たちの中にも、見覚えのある父親の部下が数名、混じり込んでいたらしい。

 そのことがエリーゼのわずかばかり保っていた父親への信頼を損ねたからかな、と思ったアイネは他の数名には気づかれないように質問した。

「貴方は貴方。ロアーはロアーだから」

 そのことについて、私は気にしていません。アイネとしては、そう元気づけたつもりだが、あいにくと裏目に出てしまう。エリーゼの中では、更にアイネに対する罪悪感が増えたのだった。

「助けて頂きました。感謝しております、主様」
「いや、そういう話ではなくて。さっきのこと!」
「もはやこの身、この命は二度までも救われました。すでに大公家、引いてはお嬢様の忠実なる部下となる以外に、恩義を返せる道がありません」
「……そうじゃないってば! どうしてこう頭が硬いのかしら」
「では、何をお知りにいなりたいと?」

 どうやら、エリーゼはすでに終わった過去のもの、として事件を見返したくないようだった。
 振り返れば、そこにあるのは恥辱にまみれた、愚かな自分だ。

 それをわざわざ掘り起こしてまで、エリーゼのなかに暗い光を落とすのも、どうかとアイネには躊躇われる。
 すると、話に聞き耳を立てていたのか、セーラが気を利かせて、質問した。

「お嬢様は、貴方に訊きたいのですよ、エリーゼ」
「なにをでしょうか、セーラ先輩」
「そうやって先に立って危険に真っ先に向かおうとするそのやり方。それが、貴方の騎士としての思いからなのか、それとも贖罪を背負おうとしているからなのか。どちらか、ということです」
「……どちらも、考えております」
「だ、そうでございますが?」
「セーラ! 適当に場を譲らないで下さい!」
 
 自分の考えていた質問とは、すこしばかり方向性と内容が違った。
 いきなり話の矛先を振られたアイネは目を見開いて、驚いた。
 
 列はエリーゼ、サーラ、アイナとブラックの一列になっていて、ブラックとアイネは真横にいる。
 と、いうより大公はうら若い新妻候補に腕を差し出し、アイネはそれに腕を絡めて歩いていたから、こんな構図になってしまった。
 
 必然的に声を細めてもブラックには筒抜けだ。
 アイネがここ数日やって来た内輪のノリで盛り上がってしまい、ブラックが不快そうではないかと、顔を上げる。

 おずおずと除き上げたそこにあったのは、やはり険しいいかつい顔立ちだった。だが、剣呑な雰囲気はなく、むしろこの会話を楽しんでいるようにすら、見えてしまう。

「旦那様?」
「あ? ああ……」

 訊ねるように下から見上げられて、ブラックは返答に困った。
 若い彼女たちの明るい会話に、多少なりとも気忙しい日々の苛立ちなどが紛れる、とは言えなかった。

「御不快ですか?」
「いや。エリーゼが父親に利用されたということと、あれの忠誠心はアイネ様の意向によって確かなものとなされたのだから、もう恥じる必要も、責任を感じることもない。罪があるというなら、王都での死にかけながらアイネ様を救ったことで、すべて帳消しだろう。俺は管理を……貴方に任せた。何も言うことはない」

 先を行くエリーゼがほっと肩を落としたようにブラックは感じた。
 道は連絡橋を渡り、ホテル側のドアマンがうやうやしく、四人の来客を迎えたところだ。

 そこから大きな広間、また通路と続き、ようやく最上階にある飛行艇の乗り場に続くエレベーターホールに到着する。
 ブラックの執事、フォビオとその部下たちが待っていて、大公とその一行は彼らの案内でエレベーターに乗り込んだ。

 飛行船に収容され、ホテルの係留場から宙へと機体が放たれる。
 ブラックは自分専用の執務室に、三人を招いてソファーに座らせた。

 エリーゼがまず謝辞を述べ、アイネはブラックの隣に席を求めて、二人で長椅子に移動する。
 彼女は用意された紅茶で体を温めながら立ち上がると、薄い水色の瞳に感謝を散りばめてブラックに向かい、膝を折って感謝の念を示した。

「改めてようこそ、当艦へ。しばらくの旅だ、羽を伸ばして休んでくれ。貴方に会えて光栄だ、アイネ様」
「とんでもこざいません。こちらこそ、危うい場を助けていただきまして、誠にありがとうございます! 伯爵家の不手際をどうかお許し下さい、旦那様」


 いや、まだ結婚してない……ちょっと心の距離の段階をすっ飛ばしすぎやしないか、この伯爵令嬢。
 甥のオリビエートが苦手だと言っていた理由が、なんとなく理解できた大公だった。

 アイネは他人との距離の取り方が独特すぎるのだ。
 それは常識外れだといえばそうだし、特性ともいえる。彼女が求める好ましい人物が、もし、その周囲や親兄弟にとって有利になるよう働く存在なら、これほど政治にとって有力な道具はないだろう。

 もっとも、そんな道具呼ばわりしたからこそ、オリビエートはアイネを遠ざける要因になったのだろうけれど。
 こいつは愛が深すぎる。その門をあっさりと誰にでも開きすぎる。だから、甥は婚約者を義妹と交換したのだろう。

 アイネの義妹エルメスは写真で見た限りでは、姉よりも美しく、聡明で、野心に強そうに見えた。
 あのぎらぎらとした瞳は、ブラックでも「ほう」と唸るほど、欲望に燃え盛っていたし、思ったことを必ず手に入れる者に特有の顔つきをしていた。
 
 一見どこか冷めた目で他人を見て、世界のすべてを把握したくて、そのための駒として誰でもどんなものでも利用できる、独裁者の目だ。

 その根本となる手に入れたい興味が、自分ではなく家族とか、仕えている王とか、夫や子供なると不思議なことにそこには「愛」という無償の要素が含まれて、周りからも自分からも好かれる存在になる。
 
 しかし、あの義妹はだめだ、とブラックは思っていた。自分ならばどうにでもいいように扱えるが、オリビエートのような虚偽を吐いてまで人心を掴もうとする王族は、手に余してしまう。

「そうですか。ではブラック……様、で」
「それでいい」

 あの二人は、いずれ自ら政治の表舞台を去るだろう。
 第一王子が王位継承権を狙っている。こうして第四位の継承権を持つ自分とアイネすら、その命を狙われるのだから。オリビエートとアイエの後釜を継いだ義妹エルメスには、もっと過激な手段で迫っているに違いない。

 敵に塩を送るつもりはなかったが、これでまた王位継承問題が活発化すると思うと、ブラックには頭の痛い問題が再燃しそうで嫌になる。
 ブラックは新妻候補の向ける親しみやすい目をかわしつつ、オリビエート、せいぜい頑張れよ、と心で応援してしまった。

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