その聖女、曰くつき

秋津冴

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第一話 婚約破棄

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 それを耳にしたとき、恋というものは意外と冷めやすいものなのだ、と公女イライザは感じた。

 どんなものかといえば、灰色と藍に染まった薄曇りの空がやがて、混ざりあい濁って水分を多分に含んだところに、一気に北風が吹きこまれて冷え切ってしまったような、青灰色の空のようなもの。

 これから重たくなった雲はどんどんと高度を落とし、最初は大きめの雹を、やがてそれはみぞれ交じりになり、粉雪となって散るまで世界を白一面に染めていくだろう。

 銀世界になるにはもちろん、時間が必要だけど、この場合は違う。
 空のかなたから、一気に銀世界が舞い落ちてきたようなものだと思う。

 だから、大して悲しみも感動も、心の躍動感とか悲哀といったものも、怒りすらも微塵にも感じない。
 心に強く印象付けられたのは景色が切り替わった驚き。

 一瞬に愛しい人がどうでもいい他人になり、互いにはぐくんできた物をまるで汚らしい生ごみでもあるかのように、ぽいっと放り出してしまったこと。

 裏切りに対する驚き、そして諦め。
 あとは……なんとなくほっとする。

 もう、彼のことを思って心を恋焦がさなくてもいいのだ。
 燃え上ったり冷え切ったり、眠れない夜を悩んで、くよくよと翌朝を迎えたりしなくていいのだ、という解放感に、すべてが終わった後、イライザは満たされていた。


   ++++++++++++++++++++++++++++++



 いきなり冬が落ちてきた。
 混迷を伴い、冷酷な寒さをイライザの心に与えた。

「公女イライザ! 俺はお前との婚約を破棄する!」
「え、……殿下? なに、婚約……はき?」

 後ろからかけられた挑戦的ともいえる暴言に、イライザは華奢な肩をびくりとふるわせて後ろを振り返る。

 叫んだ人物は婚約者、エレンだった。
 このガライヤ王国の第二王子にして、ベルケール公爵第二令嬢イライザの年下の婚約者。

 怒りを孕んだ怒気が、賑わっている場の雰囲気を一気に硬質なものへと変化させる。
 まだ十四歳と精神的に幼い王子は悋気持ちで、気分屋だった。

 不機嫌そのものの彼は、普段から珍しくない。
 二歳年上のイライザから見れば、彼はまだまだ幼い少年、弟のような存在。

 そんな彼から発せられた思いがけない一言の意味が脳内に浸透すると、イライザは激しい動揺を覚え、思わず身を震わせた。

「え、婚約破棄って……イライザ?」
「イライザ様、どういうことですか?」

 一緒に食事をしようと楽しく会話を弾ませていた彼女たちが、いきなりの宣告に戸惑い、目を瞬かせている。

 周囲を歩いていた人々の視線が集まる。
 誰もが初めて見る王子の奇異な行動に、興味を注いでいた。

 説明をしようか、とも考えたがそれより早くエレンが続きを言いそうだ。

「……皆様、殿下のお話はまだ終わっておりません」

 王子が横柄に頷く。二人の周りには人垣ができつつあった。

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