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第一章 鬼界の渡し守

第二話 岩戸と鍵

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 日本には神代の時代から岩戸と呼ばれる、幽世につながる扉があるといわれている。

 そこは時間と空間の概念がない世界。
 十二個あり、表岩戸を開くと未来から。裏岩戸を開くと過去から、災いが訪れる。

 岩戸を開閉できるのは「宝竜の御鏡」と呼ばれる鍵たち。
 鍵といっても御鏡というくらいだから、そのまま銅鏡なのかなと思っていたら大外れ。

 正しくは鏡のように光り輝く神格を持った獣たちのことで、十二個の岩戸をそれぞれ十二家の退魔師の一族が守っている。

 代々の当主は御鏡の獣を従えて、騒乱の元になった災いと戦い、それを鎮めて来た……というのが、現実らしい。
 らしいというのは、白眉から聞いた実話と、家に伝わる古文書などを読み漁った結果、分かったことだから。

 白眉という生きる歴史の代弁獣がいるわけだけど、あくまで人間の視点ではないので、らしいといった憶測がついてしまうのだ。

「鍵、ねえ」

 私は腰を通り越し、膝裏くらいまで届きそうな亜麻色の髪を結い結いしながら、姿見に映る白眉に首をかしげる。

「宝竜の御鏡」と名のつく通り、白眉は鍵となる御鏡の獣たち。俗に言う神獣の筆頭格なわけで。
 それを従えて来た我が青海家の本家もまた、十二家の中ではそれなりの格なわけで。

 もちろん、上には上がいるのだけど、それはさておき。

「鍵がどうかしたか?」
「そんな重要な鍵を担う神様が、こんなところでたむろしていて、いいんですかー?」

 からかい口調でそう言うと、彼はふんっ、と鼻を鳴らして耳を伏せてしまった。

「もう百年も見つけられていない者が当主になったこの家など、特に興味はない。それに、鍵はひとつではないしな」
「えーと? どういうこと?」

 訊ねると、白眉は体長ほどもある長い尾で、壁に吊ってある私の自転車のキーを指し示した。

「あれはなんだ?」
「……自転車のキー。だけど、スペア……付き?」
「それだ。すぺあ、と言ったな。複製できるということだろう」
「それはまあ、そうね。だって鍵だもん」
「御鏡は本当にあるぞ。銅製の古いやつだ」

 えっと、話のつじつまが合わないんですけど?
 ふりふりと尾を立てながら、白眉はぼつぼつと、呟く。

「本体は十文字にある」

 第一の退魔師、十文字家のことだろうか?

「そこから分祀されたのが、御鏡の始まりだ」
「じゃあ、白眉がなんでいるの?」

 決まっているだろう、と猫は尻尾を左右に大きく振る。

「我はなんだ、あの麗華が乗って移動する……そう、車のガソリンのようなものだ。お前のスマホの電源のようなものだ。いや、電池か?」
「鍵にはそれなりの力を注がないと、開けることも戸締りもできないってこと?」
「呑み込みがいいな。賢しい頭だと思ってなかったぞ」
「むぅ……」

 賢しいことにこの猫の姿をかたどった宝竜は、前回の期末試験の結果を引き合いに出して、私を小馬鹿にする。
 白眉のおかげで色んなことが良くなった。

 家の待遇も、環境も、本当にいろいろ。
 でも、他人と付き合うことだけは、いまだに恐れを感じてしまう。

 家の中では自由に家人たちと話ができても、家の外では私は無能だし、異端だし、見た目も姉に比べて粗悪品で、極端に消極的になる。

 髪を梳きながら、確かに粗悪品。と納得する毎日だ。
 姉の麗華は成績優秀、眉目秀麗、清楚可憐と非の打ち所がない。

 対してこちらは先ほど挙げた難点に追加して、前髪で隠している左半分の大半は火傷の痕のように酷い有様だ。
 慣れた人間が見ても吐き気を催すと麗華はいつも零しているし、当人が見ても気持ちのいいものではない。

「その傷跡は所謂、聖痕だ。西洋風に言うならば」

 と、白眉は語る。
 聖痕。世界三大宗教のそれとはまた意味合いが異なる、刻印の痕。
 過去に誰が受けた傷跡ですかと訊ねたら、そこに神が宿った印だとのたまっていた。この猫竜は。

「いやいや、神様は今ここにいるでしょう、大あくびなんかしちゃって呑気な神様が」

 そう問い返したら、

「我ではない。恨むなよ」

 と返事が来た。

 はいはい、私にこんな傷跡を遺すような酷い奴なら、さっさと雪の降る街中に追い出しますよ。

 ええ、そうしますとも。しないけれど、抱き締めるとモフモフしていて、とても暖かいし、お日様の匂いがして癒されるから。

 いい気分になる。頭がすっきりとして、爽快な気分に……変な効力とか持ってないか、こいつ?
 もしかしたら、ハイになるような魔法とか麻薬的な効果を秘めていたりして。

 疑いの眼差しで鏡越しにじっと見つめると「早く仕度しろ」と控えめにおしかりを受ける。

「今日は原付の講習を受けるのだろう」

 そうだった。そうでした。自転車で移動するのは何かと不便だったので、父親にねだって原付を購入してもらったのだ。
 リモートで受けられる塾に通うという条件付きで。

「降りるときは十分かからないのに。上がるときは必死に自転車を漕いでも二十分かかる山道っておかしくない?」
「そういう土地柄なのだから仕方あるまい。産まれた場所までは選べんよ」
「むぅ」

 家は標高五百メートルくらいある山のほぼ中腹に位置している。
 辺り一帯を睥睨し、見渡す限りがかつての所領だったといわれている、そんな古いだけが取り柄の屋敷がひとつ。
 市内に住む家々のほぼ半数が、青海のさらに分家筋に当たる新名(にいな)を名乗っていることからも、その古さと影響が分かる。

 これでも我が家は分家で、本家の青海はもっと広大な土地と家屋敷を持つのだから、どれだけ金持ちなのよ、と呆れて物が言えないくらいだ。

 市内の東に位置し、六つに連なった六峰山むつめやまのほとんどが、うちの土地。
 これだけ広かったら、幼いころに虐待を受けて逃げ出しても捕まることが無かったと言えば、理解してもらえるだろう。

「前みたいに送ってくれないの? 空をびゅんって飛んで」
「あれは夜中だ。いまは朝だ。人は太陽とともに起き、月と共に眠る。異能だとバレたいのか?」
「……便利なのに。寒いのが難点だけど」
「文句を言うな。我を道具扱いする出ない、車のように。面白くない」

 あ、むくれてしまった。
 一旦、不機嫌モードになると、なかなか機嫌が直らないの、この猫竜は。

 面倒くさいので、さくさくと着替えを済ませて家を出る。
 妹のためには自発的に自家用車を出す使用人も、私には眉一つ動かさない。

 存在しないし、関与しない、空気みたいな存在。
 がらりと重たい玄関の引き戸を開けたら、外は一面の銀景色だった。

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