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プロローグ
第六話 炎術師
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応接スペースが片付いてしまうと、マーシャは遅めの昼食を取りに外に出ることにした。
カルアドネでは早朝から深夜まで、ほぼ二十四時間、どこかの店が軒先を空けている。
かつては浅瀬に杭を打ち込み発展してきたこの街は、大陸と大陸の往来する拠点としてにぎわっている。
飲食店を開いていれば、年を通じて客足が絶えることが、ないほどだ。
海運業も盛んに行われており、地域経済の中心地として知られているこの街の人口は他の都市と比較して群を抜いている。
その分、事故やケガ、病気を患う人も多いので、マーシャのような開業したての薬剤師であっても、どうにか食べていくことができるのだ。
「ねえ、カナタ。戻ってすぐで申し訳ないけど、炉の火を確認しておいてくれない?」
「え? はいはい、やっておきますよ。もう炎術師使いが荒いんだから」
金髪を肩ほどまで伸ばした少女は、どうやら休憩時間を延長してまで食事を楽しんできたらしく、お腹がちょっとだけ膨れているのが服の上から見て取れる。
暇な時は店番をしていれば良いので、彼女としては胃の中のものがある程度落ち着くまでのんびりと座って、本でも読んでいたい気分のようだ。
「さっき、竜麟を燃やしたから、火の勢いが弱まってると思うのよ」
説明するように付け加えるとカナタはうんうん、と頷いて理解を示す。
「処方箋に書いてある分だけじゃなくて、いつものように色を消したんでしょ?」
他の男性とすれ違った時、なんとなくわかったよ。とカナタはまるで探偵のように、あっさりとマーシャの秘密を看破してしまう。
「そうなの。だから、お願いね」
「はーい」
やっておきます。カナタはそう言うと、重たい腰を上げて店の奥へと向かった。
竜麟を燃やす時に使われる炎は、自然に生まれる火では役に立たない。
魔法の炎でなければだめなのだ。
カナタはそういった魔法の炎を扱うことができる術師だ。
炎術師と呼ばれる彼らは、炎の精霊と契約したり、自らの魔力を炎に変えて燃焼させることにより、自然界の火では燃やせないモノを燃やすことができる。
竜の鱗とか、魔獣そのものとか、魔石であったりとか、神様の奇跡が付与されたモノとか、呪いとか、だ。
マーシャは魔眼を利用することで竜麟の処方ができるが、魔法の炎まで起こすことはできない。
どこかで燃えているそれを召喚することによって扱うことができるのだ。
しかし魔法の炎なんてそうそう都合よく燃えているはずもない。
俗に魔炎と呼ばれるこれらは、いくつかの入手方法があり、保管方法もあった。
例えば、燃料となる魔石。
魔獣の胎内に合ったり、自然界で魔素という魔法の元のようなものを溜め込んだ石。
これはそれなりに高価で、大量に購入すれば安価に入手できるものの、マーシャの店のような個人商店では消費できる数にも限りがある。
竜麟調合組合というものがあって、そこを経由して購入したとしても、利益がでる見込みは薄い。
なぜなら魔石にもランクがあるからだ。竜麟はランクの低く安価な魔石の炎では溶けないのである。
次に、特殊な結界を内包した炉を常設するやり方だ。
カナタのような炎術師が定期的にやってきて、炎が薄くなれば足していく。
こちらの方が短期的に見れば維持費が安いけれど、長期的には炎術師に支払う各種料金を考えると、魔石を購入したほうが安くなる。
持ち家を一括して買うか、ローンで分割払いをするか、それとも賃貸マンションに住むかの違いのような物だ。
そのどれもが特色があって、どれもが利点もあり、欠点もある。
マーシャは店の開店前に廃業した竜麟師の工房から炉だけを中古で買い入れて、設置したので初期費用を安く抑えることができた。
あとは魔石を買うか炎術師と個別に契約を結び、定期的な魔炎の管理サービスを受けるか……と、頭を悩ませていたら炎術師と知り合う縁ができた。
大陸を横断して旅行をしていたカナタだ。
遠く別の大陸からやってきたという若い炎術師は、なんと最高ランクのAの称号を持っていた。
運悪く財布やパスポートの入っているカバンを盗まれて路上生活を強いられていた彼女は、マーシャにとっていい投資対象だった。
宿を提供し、身元保証人になり、労働パスポートを手にできたカナタがやってきて、ようやく半年ほどになる。
なかなかいい買い物? をしたな、とマーシャは満足だ。人を商品のように考えるのは、いささか首をかしげてしまう常識だが……。
カナタとの思い出深い過去を思い返しながら、不満の声をあなたに背中にする。
「マーシャ? これどれだけ使ったの? いつもよりも炎の勢いが少ないんだけど」
「結構上の方の、赤いところを使ったわよ」
入り口を出ようとしたところで声がかかったので、マーシャはショーケースの上の方を指差して答えた。
その位置を確認した炎術師は「うええ……」と情けない声を発する。
「あんなに高いところの竜麟を燃やすなら、最低でも金貨一枚の魔石が必要になると思うんだけど?」
「そんな高い物、ウチでは仕入れできないから、あなたがいるんでしょ?」
「まったく、人の魔法を一体何だと?」
「んー……。便利な炎を出してくれて、管理してくれる人? 感謝しているわよ」
「本当かなあ?」
働きに対して報酬が少ないんじゃないだろうか、などとボヤくカナタは店の奥へと戻って行った。
安月給でこき使えるから本当に感謝してるわよ?
そう思い、アコギなマーシャは悪びれもなく、あくどい笑みを浮かべる。
店の外に出てさあ、ご飯だ。何にしようかな、と考えながら歩き出すと、曲がり角の向こうから見覚えのある黒い色が漂ってきた。
カルアドネでは早朝から深夜まで、ほぼ二十四時間、どこかの店が軒先を空けている。
かつては浅瀬に杭を打ち込み発展してきたこの街は、大陸と大陸の往来する拠点としてにぎわっている。
飲食店を開いていれば、年を通じて客足が絶えることが、ないほどだ。
海運業も盛んに行われており、地域経済の中心地として知られているこの街の人口は他の都市と比較して群を抜いている。
その分、事故やケガ、病気を患う人も多いので、マーシャのような開業したての薬剤師であっても、どうにか食べていくことができるのだ。
「ねえ、カナタ。戻ってすぐで申し訳ないけど、炉の火を確認しておいてくれない?」
「え? はいはい、やっておきますよ。もう炎術師使いが荒いんだから」
金髪を肩ほどまで伸ばした少女は、どうやら休憩時間を延長してまで食事を楽しんできたらしく、お腹がちょっとだけ膨れているのが服の上から見て取れる。
暇な時は店番をしていれば良いので、彼女としては胃の中のものがある程度落ち着くまでのんびりと座って、本でも読んでいたい気分のようだ。
「さっき、竜麟を燃やしたから、火の勢いが弱まってると思うのよ」
説明するように付け加えるとカナタはうんうん、と頷いて理解を示す。
「処方箋に書いてある分だけじゃなくて、いつものように色を消したんでしょ?」
他の男性とすれ違った時、なんとなくわかったよ。とカナタはまるで探偵のように、あっさりとマーシャの秘密を看破してしまう。
「そうなの。だから、お願いね」
「はーい」
やっておきます。カナタはそう言うと、重たい腰を上げて店の奥へと向かった。
竜麟を燃やす時に使われる炎は、自然に生まれる火では役に立たない。
魔法の炎でなければだめなのだ。
カナタはそういった魔法の炎を扱うことができる術師だ。
炎術師と呼ばれる彼らは、炎の精霊と契約したり、自らの魔力を炎に変えて燃焼させることにより、自然界の火では燃やせないモノを燃やすことができる。
竜の鱗とか、魔獣そのものとか、魔石であったりとか、神様の奇跡が付与されたモノとか、呪いとか、だ。
マーシャは魔眼を利用することで竜麟の処方ができるが、魔法の炎まで起こすことはできない。
どこかで燃えているそれを召喚することによって扱うことができるのだ。
しかし魔法の炎なんてそうそう都合よく燃えているはずもない。
俗に魔炎と呼ばれるこれらは、いくつかの入手方法があり、保管方法もあった。
例えば、燃料となる魔石。
魔獣の胎内に合ったり、自然界で魔素という魔法の元のようなものを溜め込んだ石。
これはそれなりに高価で、大量に購入すれば安価に入手できるものの、マーシャの店のような個人商店では消費できる数にも限りがある。
竜麟調合組合というものがあって、そこを経由して購入したとしても、利益がでる見込みは薄い。
なぜなら魔石にもランクがあるからだ。竜麟はランクの低く安価な魔石の炎では溶けないのである。
次に、特殊な結界を内包した炉を常設するやり方だ。
カナタのような炎術師が定期的にやってきて、炎が薄くなれば足していく。
こちらの方が短期的に見れば維持費が安いけれど、長期的には炎術師に支払う各種料金を考えると、魔石を購入したほうが安くなる。
持ち家を一括して買うか、ローンで分割払いをするか、それとも賃貸マンションに住むかの違いのような物だ。
そのどれもが特色があって、どれもが利点もあり、欠点もある。
マーシャは店の開店前に廃業した竜麟師の工房から炉だけを中古で買い入れて、設置したので初期費用を安く抑えることができた。
あとは魔石を買うか炎術師と個別に契約を結び、定期的な魔炎の管理サービスを受けるか……と、頭を悩ませていたら炎術師と知り合う縁ができた。
大陸を横断して旅行をしていたカナタだ。
遠く別の大陸からやってきたという若い炎術師は、なんと最高ランクのAの称号を持っていた。
運悪く財布やパスポートの入っているカバンを盗まれて路上生活を強いられていた彼女は、マーシャにとっていい投資対象だった。
宿を提供し、身元保証人になり、労働パスポートを手にできたカナタがやってきて、ようやく半年ほどになる。
なかなかいい買い物? をしたな、とマーシャは満足だ。人を商品のように考えるのは、いささか首をかしげてしまう常識だが……。
カナタとの思い出深い過去を思い返しながら、不満の声をあなたに背中にする。
「マーシャ? これどれだけ使ったの? いつもよりも炎の勢いが少ないんだけど」
「結構上の方の、赤いところを使ったわよ」
入り口を出ようとしたところで声がかかったので、マーシャはショーケースの上の方を指差して答えた。
その位置を確認した炎術師は「うええ……」と情けない声を発する。
「あんなに高いところの竜麟を燃やすなら、最低でも金貨一枚の魔石が必要になると思うんだけど?」
「そんな高い物、ウチでは仕入れできないから、あなたがいるんでしょ?」
「まったく、人の魔法を一体何だと?」
「んー……。便利な炎を出してくれて、管理してくれる人? 感謝しているわよ」
「本当かなあ?」
働きに対して報酬が少ないんじゃないだろうか、などとボヤくカナタは店の奥へと戻って行った。
安月給でこき使えるから本当に感謝してるわよ?
そう思い、アコギなマーシャは悪びれもなく、あくどい笑みを浮かべる。
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