秋津冴短編集

秋津冴

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儀式師リーナは知っている

第4章 最後の選択

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 リーナとカイは、湖の奥底から迫り来る巨大な影に目を見張った。黒い霧が濃く立ち込め、湖全体が暗黒に包まれていく。霧の中心から現れたその姿は、想像を絶するほど巨大で不気味だった。まるで山のようにそびえ立つ「闇の精霊王」。彼の全身は濃密な闇の塊で、体から発せられる黒い波動が湖面を揺らし、周囲の空間を歪ませている。

 その顔は人の形をしているが、目は深紅の光を放ち、無慈悲な笑みが浮かんでいた。口から漏れる低く、重苦しい声は、まるで何千もの魂が一斉に泣き叫んでいるかのように響き渡る。その声にリーナは身を縮めた。精霊王は不規則に口を開き、絶え間なく暗い霧を吐き出していた。

「我が力を抑えようとする愚かな者たちよ…お前たちが何を失おうと、無駄だ…」

 その言葉にこもる重苦しい響きは、リーナの心に直接訴えかけてくるようだった。彼女の体は一瞬、恐怖に硬直し、足元から力が抜けるように感じた。

「リーナ、しっかりして!」カイはリーナの肩を強く握り、彼女を励ました。「今は恐れている暇なんかない。俺たちであいつを止めなきゃ、村も精霊たちも全てが終わる。」

 リーナは震えながらも、カイの言葉に力を取り戻そうとした。彼女の周りには、精霊たちが小さな光となって漂い始めていた。彼らはリーナを支え、彼女に力を託すかのように、優しい光を放っていた。

「精霊たち…私を信じてくれているのね…」

 リーナは目を閉じ、精霊たちの力を自分の中に感じ取った。彼らの光が体中に広がり、彼女の体温を取り戻していく。リーナは精霊たちの力を受け入れ、心の中で彼らに語りかけた。

「お願い…私に力を貸して。村を守りたいの…」

 リーナの言葉に呼応するように、精霊たちは輝きを増し、リーナの体全体に光が行き渡った。まるで精霊たちとリーナが一体化したかのように、彼女の体からも眩い光が放たれる。

 だが、その光を見た瞬間、闇の精霊王は大きな口を開け、耳をつんざくような笑い声を上げた。「愚かな人間よ、その小さな光で我が闇を消せると思うか!」

 精霊王は再び黒い霧を巻き起こし、リーナの光を打ち消すかのように空中を支配した。強烈な闇の波が彼女に襲いかかる。だが、その瞬間、カイがリーナの前に立ちはだかり、剣を振りかざした。彼の剣は精霊たちの光をまとい、強烈な一閃を放った。

「俺たちの力を…見せてやる!」カイの剣は闇の波動を切り裂き、光の筋が闇を押し返した。

 リーナはカイに守られながら、さらに精霊たちとの繋がりを深めていった。彼女は自分の中で眠っていた記憶の断片にアクセスし、その中に隠されていた「失われた精霊の記憶」を見つけ出した。

「これは…精霊たちの記憶…?」

 リーナの頭の中で、かつて精霊たちが持っていた強大な力とその役割が鮮明に甦った。精霊たちはかつてこの村を守るために存在していたが、何かのきっかけでその記憶を封印され、今では暴走してしまっている。リーナはその事実を知り、彼らの本当の力を解放する方法を悟った。

「カイ、わかったわ!精霊たちの本来の力を取り戻させれば、闇の精霊王を封じ込めることができる!」

 カイは驚いた表情でリーナを見つめたが、すぐにその言葉を信じ、頷いた。「やってみよう、リーナ。俺たちの力であいつを止めるんだ。」

 リーナは精霊たちに語りかけ、彼らの記憶を呼び覚ますために全力を尽くした。彼女の心の中に眠っていた精霊たちの力が、徐々に目覚め始める。精霊たちの光が一気に強まり、湖全体を包み込んだ。まるで過去の栄光を取り戻すかのように、精霊たちは再び一つの存在として力を発揮し始めた。

「今だ、リーナ!」カイが叫び、リーナは全身の力を込めて精霊たちの光を解放した。

 精霊たちの光は一瞬にして湖全体を包み込み、闇の精霊王の体を押し返していった。黒い霧が薄れ、精霊王の巨大な姿が徐々に小さくなっていく。その叫び声が次第にかき消され、ついに彼の姿は完全に消滅した。

 静寂が訪れた。リーナとカイは肩で息をしながら、闇の精霊王が消え去った湖を見つめた。湖は再び穏やかに光を放ち、周囲には精霊たちの優しい光が漂っていた。

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