秋津冴短編集

秋津冴

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王国の魔導書監察官~契約結婚したら公爵閣下の溺愛が止まりません~

第四話 断罪と過去の清算

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「リリアーナ、今は復讐に固執する時ではない」

 アーロンの低い声が静寂を破った。彼の言葉はまるで冷たい風のようにわたしの心に突き刺さる。復讐を諦めるわけにはいかない。カルロスに対する怒りは燃え続けている。だが、それ以上に、アーロンの冷静さに惹かれている自分がいるのも、わかっていた。

「でも、アーロン……わたしはもう戻れないの」

 静かに自分に言い聞かせるように答えた。カルロスとの過去を清算するため、復讐は避けられない。それがわたしの唯一の道。わたしは決して許さない。彼に裏切られ、王国の中での立場を失いかけた屈辱は、今でもわたしの心に深く刻まれている。

「お前が選んだ道なら、俺はそれを止めるつもりはない」

 アーロンは一歩も引かない。彼の目は鋭く、わたしの決意を見透かしているようだ。だが、彼の優しさに心が揺れ動く。冷静でありながら、時折見せる優しさが、わたしを迷わせる。

 カルロスを断罪しなければ、わたしは前に進めない。彼がわたしの人生を奪った。すべてを取り戻すために、この断罪が必要なのだ。

「カルロスは罪を犯したの。彼は許されるべきじゃない」

 感情がこみ上げ、声が震えた。自分でもこの激しい怒りがどこから来るのか、正確にはわからない。ただ、もう一度あの裏切りを繰り返すわけにはいかないのだ。

「リリアーナ、俺もカルロスの罪は知っている。だが、今はお前自身が大切なんだ」

 アーロンはわたしに近づき、静かに語りかけた。その目には真剣さがあふれている。彼の言葉に、わたしは少しだけ心が揺れた。彼はいつもわたしのことを考えてくれている。

 わたしはカルロスの断罪に向けて動いているが、心のどこかでアーロンとの距離が縮まっていることに気づいていた。彼との関係は複雑だ。復讐に集中したいという気持ちがある一方で、彼の支えがなければ、わたしは今の地位を維持できなかったかもしれない。

「アーロン……わたし、どうしたらいいのかわからない」

 わたしの心の奥底にある不安が声となって漏れ出た。復讐を果たすべきか、それとも未来を見つめるべきか、揺れ動く気持ちがわたしを苦しめていた。

「自分の心に正直になれ。お前が本当に何を望んでいるのか、冷静に考えれば答えが出るはずだ」

 アーロンの言葉はまるで温かい光のように、わたしの心を照らしてくれる。彼が側にいることで、どれだけ救われているのだろう。だが、その温もりを感じながらも、カルロスへの怒りが消えることはない。

 わたしは静かに決意した。カルロスとの決着をつけるために、わたしは動く。だが、同時にアーロンとの絆も大切にしたい。彼はわたしにとって、ただの同盟者以上の存在だ。

「ありがとう、アーロン。でも、わたしはカルロスと対峙しなければならない。それがわたしの運命だから」

 その言葉に、アーロンは深く頷いた。彼はわたしの決意を尊重してくれている。それが、彼の優しさだ。

 カルロスとの対決の瞬間が近づいている。わたしはその日に備え、力を蓄えていた。魔導書の力を駆使し、彼の陰謀を暴き、すべての真実を公にするつもりだ。彼に対する復讐が、わたしの過去を清算する唯一の方法だと信じている。

 そして、その時が来た。王国の大広間での公判。わたしは冷静に立ち、カルロスの罪を公然と暴露する準備が整っていた。すべてが明らかになるだろう。彼がわたしを裏切り、王国を危機に陥れたその罪が。

「リリアーナ、準備はできているか」

 アーロンがわたしに静かに尋ねた。その目には、わたしを支える決意が込められている。

「ええ、できているわ」

 わたしは深く息を吸い込み、冷静さを保つ。これがわたしの戦いの終わりであり、同時に新たな未来への第一歩だ。カルロスはもう逃げられない。

 大広間の扉が開かれ、わたしは堂々とその場に足を踏み入れた。カルロスがそこにいた。彼の目には恐れの色が浮かんでいる。かつての彼とは違う。今や彼は無力な存在だ。

 そして、わたしの断罪の言葉が始まる。カルロスの陰謀を一つ一つ暴露し、彼が王国に対して犯した罪を告げる。その一言一言が、わたしの心に重く響く。これがわたしの復讐なのだ。

「カルロス、お前の罪はすべて暴かれた。もう逃げ場はない」

 わたしの声は冷たく響いた。カルロスは怯え、逃げることすらできない。その姿を見た時、わたしの心に一瞬の虚しさが広がった。これが本当に望んでいたものだったのだろうか?

 それでも、これがわたしの選んだ道。カルロスとの過去を清算し、未来に向かって進むための一歩だ。

「リリアーナ、終わったな」

 アーロンがわたしの隣に立ち、静かに囁いた。彼の言葉に、わたしは小さく頷いた。カルロスへの復讐は果たされた。だが、心に残る空虚さは消えない。それでも、この瞬間からわたしは新しい未来へと歩み出すのだ。

 「アーロン、どうしてそんなに冷静でいられるの?」

 私の声は自然と震えていた。彼の冷静さが、私の不安をより一層増幅させる。アーロンの優しさと理性は、いつも私の心を支えてくれるけれど、時にその無感情に見える態度が怖く感じることがある。

「冷静でいなければ、お前が本当に求めるものが見えなくなる」

 彼の言葉はいつも短く、必要なことしか言わない。だけど、その一言一言が深く私に響く。私が何を求めているのか、それはもう明らかだ。カルロスへの復讐。彼に裏切られた時、私の心は壊れた。それを修復するには、彼を倒すしかないと思っていた。

 アーロンはそれを理解している。でも彼は、私がその怒りに飲み込まれないように、冷静でいようとしているのだ。彼がいつも見守ってくれることで、私は自分を見失わずにいられる。

「でも、アーロン……カルロスを許せるわけがない」

 私は自分の胸の内を素直に打ち明ける。私を裏切り、王国を混乱させた彼を許せるはずがない。私のすべてを奪ったその男を、どうして許せる?

「許す必要はない。ただ、お前自身がどうしたいか、それを考えろ」

 彼の言葉は、まるで鋭い刃のように私の心に突き刺さった。許す必要はない。でも、私自身がどうしたいか? それが今、私に問われている。カルロスを断罪することで本当に私の心は救われるのか? それとも、別の方法で自分の未来を切り開くべきなのか?

 心の奥底で、わずかな迷いが広がる。

「アーロン、私、カルロスを倒すことがすべてだと思っていたけれど……それだけでいいの?」

 彼は私の言葉に答えず、ただ静かに私を見つめた。その瞳の中には、まるで私の心の奥まで見透かすかのような鋭い光が宿っていた。私自身も、答えを探し始めていた。

 カルロスとの対峙の日は近づいていた。彼の罪を暴き、王国中に公表するその時が来る。私はそのために、力を蓄えてきた。だが、その瞬間が来るにつれて、心の中に新たな疑問が生まれているのを感じた。

 復讐は本当に私が望んでいたことなのか?

 アーロンの冷静な支えが、私の心の揺れ動きを助長させている。彼は、私がこの復讐に固執しすぎないようにしてくれているのだ。それがわかっているからこそ、私は余計に混乱していた。彼の支えを拒絶することはできない。彼なしでは、私はもっと早くに道を見失っていただろう。

 書庫で一人、魔導書のページをめくりながら、私は思索にふけっていた。カルロスを断罪するための計画はすべて整っている。だが、その後は? その後、私の心は本当に安らぐのだろうか?

「リリアーナ?」

 突然、静寂を破る声が響いた。アーロンだ。彼はいつも私のそばにいてくれる。今夜もまた、彼は私を見守っているのだろう。

「どうしたの、アーロン?」

 私の声は思ったよりも冷静だった。彼に不安を見せたくなかったのだろうか、それとも、自分でも気づかないうちに冷静さを保っていたのかもしれない。

「お前がこうして一人で考え込むのを見ると、俺も心配になる」

 彼の声はいつもと変わらず低く、落ち着いていた。その一言で、私の心は少しだけ軽くなる。彼の存在が、私の支えであり、同時に迷いを生む原因でもある。彼の優しさが、私を強くも弱くもしてしまうのだ。

「心配しないで。もうすぐカルロスとの決着がつくわ」

 その言葉に、アーロンは少し眉をひそめた。彼が何を考えているのか、私にはわからない。だが、彼の瞳の奥には、私のことを思いやる優しさが見え隠れしていた。

「リリアーナ、俺はお前が後悔しないように願っている」

 彼の言葉が胸に響く。後悔しない? カルロスを倒すことが、後悔につながることなどあり得るのだろうか? いや、今はそんなことを考えるべきではない。私は復讐を果たすためにここまで来たのだ。後戻りはできない。

「大丈夫。私は後悔なんてしないわ」

 そう言い切ることで、自分自身を納得させようとする。だが、心の中では、何かが変わりつつあるのを感じていた。カルロスへの復讐が私の人生のすべてだと思っていたけれど、それが本当に私の求めるものなのか、自信が揺らぎ始めている。

 翌朝、私たちはいよいよカルロスを断罪するための会議に向かう準備を整えた。アーロンはいつも通り冷静で、その態度に支えられている自分がいることに気づく。

 広場に到着した時、王国中の視線が私に集中しているのを感じた。私の復讐劇は、いよいよ最終章を迎えようとしている。カルロスはすでにこの場に連れてこられていた。その顔には恐怖の色が浮かんでいる。かつての彼とは、まるで別人だ。

「リリアーナ、すべてはお前次第だ」

 アーロンが静かに囁いた。その言葉に私は深く息を吸い込む。今、この瞬間が私の人生における一つの決定的な分岐点だ。カルロスを断罪し、復讐を果たすか、それとも……。

 その決断が、私に新たな道を示すのかもしれない。

 「リリアーナ、迷っているのか?」

 アーロンの声が私の耳に優しく届く。迷っている? もちろんだ。私はカルロスへの断罪を決意してここまで来た。けれど、その重圧が思った以上に心を締め付ける。この瞬間、私は何を選ぶべきなのか――本当に分からなくなってしまった。

「……迷ってないって言いたいけど、正直、自分でも分からないわ」

 視線を落としながら答えた。心の奥底で何かが揺らいでいるのを感じる。復讐が私のすべてだと思っていたのに、その炎が少しずつ冷めていくような感覚があった。アーロンの存在が、私の内なる葛藤を浮き彫りにしている。

「お前は強い。だが、それは冷たくなることとは違う」

 彼の言葉が、私の心に染み込んでいく。強さと冷たさ、二つの違いを今の私は理解できていないのかもしれない。私の復讐の炎が冷たく燃えているだけならば、それは本当に強さと言えるのだろうか?

「アーロン、私、カルロスを倒すことで本当に満足できるの?」

 心の奥に浮かんでいた疑問が、ついに言葉として口から出てしまった。私は彼にすべてを打ち明けたつもりでいたけれど、本当の不安を伝えたのはこれが初めてかもしれない。

「それを決めるのはお前だ。俺は、どんな決断でもお前を支える」

 アーロンの静かな言葉は、まるで暖かな風のように私を包み込む。彼の冷静さが不安を和らげてくれるけれど、それが私を救うものかどうかは分からない。私は自分の心と向き合うしかないのだ。

 会議室に入った時、空気が一瞬にして緊張感で満たされた。カルロスはその場に拘束されたまま座っている。彼の顔には憔悴の色が浮かんでいたが、かつての高慢さも見え隠れしている。彼が私を裏切った日を、私は一生忘れることはないだろう。

「リリアーナ、今日こそはすべてが終わる」

 アーロンが静かに囁いた。その言葉の意味が胸に重く響く。そう、今日で全てが終わるはずだ。私の復讐、カルロスとの因縁、そして王国を混乱させた陰謀。それが終わりを告げる瞬間だ。

「カルロス、もう言い逃れはできないわ」

 私の声は震えなかった。むしろ、静かで確信に満ちていた。彼は冷ややかな視線をこちらに向けるが、反論の余地がないことを理解している。彼の背後に積み重なった罪が、ついに公にされるのだ。

「僕はただ、君を守ろうとしていただけだ」

 カルロスが冷たい声で言い訳をし始めた。嘘だ。彼の言葉は真実ではない。彼が求めていたのは、私を利用して権力を握ることだった。彼が私を守ろうとした瞬間など一度もなかったのだ。

「守ろうとしていた? いいえ、カルロス。あなたは私を利用して、私を捨てただけよ」

 私の言葉に、彼は動揺した様子を見せる。それでも彼は必死に抵抗しようとしている。だが、その姿はかつての自信に満ちた彼とはまるで別人だ。カルロスは、既に私の中で過去の存在になっていた。

「もう終わりにしましょう。あなたの罪は明らかだし、王国もそれを知ることになる」

 私の言葉に、会議室全体が静まり返った。ついにその瞬間が来た。私は復讐のためにここまで来たが、この瞬間、自分が何を望んでいるのかが分からなくなっている。

 会議が終わり、カルロスの罪は王国中に公表されることとなった。彼が法の裁きを受けるのは時間の問題だ。だが、私は何かを達成したという実感がない。復讐は果たされたはずなのに、私の心は空っぽだ。

「リリアーナ、お前が何を感じているかは分かる」

 アーロンがそっと肩に手を置いてくれた。その優しい触れ合いが、私の心にわずかな安らぎをもたらす。彼の存在が私にとってどれほど大きいのか、改めて感じる瞬間だった。

「これで良かったのか分からない。でも、今はこれしかなかった」

 そう言いながら、私は自分に言い聞かせていた。カルロスとの因縁は終わった。けれど、私の人生はここからどう進んでいくのか、まだ見えてこない。

「リリアーナ、これからはお前自身の道を歩むんだ」

 アーロンの言葉が私の心に響いた。彼の冷静な支えがなければ、私はもっと深く迷い込んでいたかもしれない。けれど、彼の言葉が私を導いてくれる。私は過去を清算し、新たな未来に向かって歩き出す時が来たのだ。

 夜空に浮かぶ星が、私の心を癒してくれる。アーロンと並んで歩くその時間が、これからの私の道を象徴しているかのようだった。過去のしがらみから解き放たれ、私は自分自身を取り戻すことができた。

「ありがとう、アーロン。あなたがいてくれたから、私はここまで来られた」

 私の感謝の言葉に、彼はただ静かに頷いた。彼の支えがあったからこそ、私は自分を見失わずにいられた。そして、これからは自分の足でしっかりと歩んでいける。

リリアーナは復讐を果たし、過去のしがらみを断ち切った。しかし、それだけでは彼女の心は満たされなかった。最終的に、彼女はアーロンの支えによって新たな未来を見つめ始めることができた。彼女の旅はまだ終わらないが、過去に縛られることなく、新しい道を歩む決意を固めた。

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