秋津冴短編集

王国の魔導書監察官～契約結婚したら公爵閣下の溺愛が止まりません～

第三話 魔導書とざまぁと逆転劇

「君は、結局何も変わっていないな」

　カルロスの冷ややかな声が耳に残る。再び向かい合うことになった彼の表情は、あの日と同じ、冷たい氷のようだった。かつて愛した人が、今はこんなにも遠い存在に思える。だが、わたしはもうあの時の無力な自分ではない。

「本当に、そう思っているの？」

　問い返す声には、一抹の揺るぎない強さが込められていた。かつてのリリアーナなら、彼の冷たい言葉に心を震わせただろう。しかし、今のわたしは違う。彼の目をまっすぐに見つめ、心の奥底で感じる復讐の炎が静かに燃え上がる。

「君には分かっていないんだ、リリアーナ」

　カルロスは口元に冷笑を浮かべるが、その余裕にはどこか焦りが見える。彼はかつての栄光を手に入れた貴族のままだと思っているのだろうが、わたしはこの数年間でどれだけ成長してきたか、彼には知る由もない。

「分かっていないのは、あなたの方よ」

　冷静に答えながら、わたしは心の中で計画を練っていた。彼に復讐を果たすための準備はすでに整っている。わたしが魔導書管理官として培った知識と力があれば、カルロスの陰謀など、容易く暴くことができるだろう。

「ふん、言ってくれるね」

　彼は鼻で笑い、わたしに対して見下すような視線を投げかける。しかし、その視線の中には、かすかな不安の色が浮かんでいた。彼も気づいているのだろう。わたしが単なる復讐心に駆られているわけではないことに。

「魔導書の力を、もう一度確かめてみたいのなら……どうぞ」

　その言葉に、カルロスの表情が一瞬硬直する。わたしは静かに微笑みを浮かべた。これまでの私とは違う、成長し、力を持った自分を彼に見せつける瞬間が訪れたのだ。わたしの中で静かに燃える決意が、彼を圧倒する。

　しかし、わたしは感情に流されることなく、冷静さを保ったまま彼を見つめ続けた。感情を表に出してはならない。彼に勝利するためには、感情の揺れを見せることは弱点になる。わたしの心は冷静でなければならない。

「リリアーナ、君がこんなに強くなったなんて、思ってもみなかったよ」

　カルロスの声が揺れる。それでも、彼はまだ自分の優位を保とうとしていた。だが、わたしはもう彼に動揺させられることはない。わたしの心は、彼を超えた先にあるものへと向かっているのだから。

「あなたには分からないでしょうね」

　静かな声で言い放ち、わたしは背を向けた。彼との対峙は終わった。わたしは、次なる計画に進まなければならない。カルロスに完全なる敗北を見せるためには、もっと大きな陰謀を暴かなければならないのだ。

　書庫に戻り、魔導書を手に取る。指先でページをめくるたびに、わたしの心は一層静かになっていく。復讐の炎は燃えているが、それは冷静さを伴った静かな炎だ。カルロスがかつて信じていたもの、彼が自分の力だと思い込んでいたもの、それらをすべて打ち砕く準備が整っている。

「エミリアも、この陰謀に関わっているはず」

　わたしはつぶやいた。カルロスと共にわたしを裏切ったエミリアの存在を無視することはできない。彼女もまた、この復讐の舞台に必要な役者だ。彼女が動くことで、陰謀がさらに明らかになるだろう。

　しばらくして、書庫の扉が静かに開いた。振り返ると、そこにはアーロンが立っていた。彼の冷静な眼差しは、わたしの心にいつも安心感を与えてくれる。

「リリアーナ、何かあったのか？」

　彼の問いかけに、わたしは小さく頷いた。彼にはすべてを話すことができる。カルロスとの再会、そしてこれから起こるだろうエミリアとの対峙。すべてが一つの大きな流れの中で進行している。

「カルロスとの対決は避けられないわ」

　そう言うと、アーロンは静かに息をついた。彼もまた、この状況が避けられないものであることを理解している。

「お前ならできる。俺はそう信じている」

　彼の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。アーロンはいつもわたしの力を信じ、支えてくれる。その信頼が、わたしの心をさらに強くする。

「ありがとう、アーロン。わたしは、必ず勝つわ」

　そう言いながら、わたしは彼に背を向けて書庫の奥へと歩き出した。魔導書がわたしを呼んでいる。すべての計画が進行するためには、もう一つ必要な知識がある。わたしはそれを見つけ出し、カルロスとエミリアに対する完璧な逆転劇を完成させるのだ。

「リリアーナ、聞こえているのか？」

　アーロンの声が、わたしを現実に引き戻した。彼の強い眼差しを受けながら、わたしはゆっくりと頷いた。自分の感情の中で渦巻いていた復讐心を彼に伝えることはできない。しかし、彼にはわたしの決意が伝わったはずだ。

「ええ、大丈夫よ」

　心の中では冷静さを保とうとしていたが、わたしの中には今にも溢れそうな怒りが湧き上がっていた。カルロスとエミリアがわたしの成功を妨げようとしていること、それに対して何も感じないわけがない。しかし、彼らの陰謀を冷静に、そして完全に打ち砕くためには感情に流されてはいけない。

「奴らが何をしようとも、俺たちが先手を打つ。そうだろう？」

　アーロンの声はいつも通り落ち着いていたが、その裏にはわたしと同じ決意が感じられた。彼もまた、彼らに対する怒りを抑えつつ、冷静に状況を見ているのだ。

「もちろん、計画通りに進めましょう」

　魔導書の知識がわたしの武器だ。そして、その知識を最大限に活かして、カルロスとエミリアが企んでいる陰謀を一歩ずつ崩していく。わたしには確信があった。彼らがどんなに狡猾な手段を使おうとも、最後にはわたしが勝つのだ。

　アーロンはわたしの肩に手を置き、静かに囁いた。

「俺はお前を信じている。お前なら、奴らに負けるはずがない」

　その言葉に、わたしは再び力を取り戻した。彼の支えがあれば、どんな困難にも立ち向かえる。わたしは強く、そして冷静にこの戦いを終わらせることができると感じた。

「ありがとう、アーロン」

　わたしは彼の手に軽く触れた。彼の存在が、わたしの心に安らぎと強さをもたらしてくれる。それがどれだけ大きな支えとなっているか、言葉にはできなかった。

　再び魔導書のページをめくり、重要な情報を探し出す。エミリアが企んでいる次の動きは、すでに予測がついていた。彼女はわたしを油断させ、最も脆弱な瞬間を狙ってくるだろう。だが、わたしはその先を読んでいる。

「エミリアがどんな手を使っても、わたしが先手を打つわ」

　わたしの心に静かに炎が灯った。彼女がどんなに賢い策略を巡らせても、わたしはその一歩先を行く。冷静さと知識、それがわたしの最大の武器だ。そして、その武器を使って、カルロスとエミリアの陰謀を打ち砕く。

「準備が整ったら、知らせる」

　アーロンは頷き、わたしに時間を与えてくれた。わたしは一人で考える時間が必要だった。復讐の感情に囚われることなく、冷静に彼らを追い詰めるためには、もっと完璧な計画が必要だ。

　書庫の中で、一人静かに魔導書をめくり続ける。ページの端に書かれた古代の文字が、わたしの心に新たなアイデアを与えてくれる。これはわたしの道だ。彼らに復讐を果たし、そして自分の成長を証明する道。

　カルロス、エミリア……あなたたちはもうわたしに勝てる相手ではない。

　思い出すのは、かつて彼らに裏切られた日のこと。エミリアの冷笑、カルロスの無情な背中。それらが今でも鮮明にわたしの記憶に焼き付いている。だが、それに対する怒りや悲しみはもう過去のものだ。今のわたしは、冷静に復讐を果たすだけの存在だ。

　エミリアが次にどのような動きを見せるか、それはもうわかっている。彼女の手の内は、すでにわたしの視界に入っているのだ。

「次は……あなたの番よ、エミリア」

　わたしは小さく呟いた。心の中で静かに、しかし確かな決意を固めながら。

「リリアーナ、これで終わりだ。彼らはもうお前に手出しできない」

　アーロンの冷静な声が耳に届いた時、わたしの胸に静かな達成感が広がった。カルロスとエミリアの計画は完全に瓦解した。彼らの陰謀はすべて暴かれ、王国の秩序を乱す存在として裁かれる運命にある。

「ありがとう、アーロン」

　わたしの声は落ち着いていた。ここまで来るために、どれだけの時間と知恵を費やしたのだろうか。それでも今、目の前に広がる光景は、わたしが望んだ通りの結果だった。魔導書の力と知識、そしてアーロンの支えがあったからこそ、この勝利を手にすることができた。

「奴らはもはや無力だ。だが、これでお前の心に平穏が訪れるかどうか……それは別だ」

　アーロンの言葉に、わたしはふと考え込んだ。確かに復讐は果たされた。だが、わたしの心は本当にこの勝利だけで満たされるのだろうか？カルロスとの過去、エミリアとの対立、それらがわたしに与えた傷は深い。それでも、もう戻れない。過去に囚われている時間などないのだ。

「平穏……それが訪れるのかどうか、わたしにもわからないわ。でも、少なくともこれで一つの区切りをつけることができた」

　自分に言い聞かせるように、わたしは静かに呟いた。アーロンはわたしを見つめ、黙って頷いた。

　カルロスはもう王国を支配する力を失い、エミリアもその影響力を失った。わたしの成功は、彼らを超えることで証明された。だが、その代償に失ったものもある。友人たちとの信頼、かつての夢、それらはもう戻らない。

「リリアーナ、次に進むべき時が来た。お前はもう過去のしがらみに縛られる必要はない」

　アーロンの言葉がわたしの心に響いた。彼の言う通りだ。これ以上過去に囚われるわけにはいかない。わたしはこの勝利をもって、新しい未来を歩むのだ。

「ええ、そうね。これからは前を向いて進んでいくわ」

　わたしは魔導書を閉じ、立ち上がった。この戦いは終わった。だが、わたしの人生はまだ続く。新しい挑戦、新しい未来が待っている。カルロスやエミリアを超えた先には、もっと広い世界が広がっているのだ。

「これからの道を共に歩んでくれる？」

　わたしはアーロンに向かって問いかけた。彼はわたしを見つめ、ゆっくりと頷いた。

「俺はお前を守り続ける。どんな困難が待ち受けようとも、一緒に乗り越えていく」

　彼の言葉に、わたしは微笑んだ。彼と共に歩む未来が、今はとても輝いて見える。

「ありがとう、アーロン。これからもよろしくね」

　わたしは彼の手を取り、強く握りしめた。この瞬間から、わたしの新しい物語が始まる。過去のしがらみを断ち切り、未来へと向かっていく。どんな困難が待ち受けようとも、わたしはもう恐れることはない。

　アーロンと共に、新しい世界を切り拓いていく。それがわたしの選んだ道。そして、この道の先には、きっと幸せが待っていると信じている。