秋津冴短編集

秋津冴

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王国の魔導書監察官~契約結婚したら公爵閣下の溺愛が止まりません~

第二話 新たなチャンスと王国での冒険

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「あなた、本当に大丈夫なのか?」

 公爵アーロンの低い声が、静かな書斎の中で響いた。彼の目は鋭く、私を見つめている。その視線には、何かを見透かそうとする意図が感じられた。彼がいつも冷静な表情を崩さないことは知っている。だが、今日の彼の目は普段よりも少し、温かみがあった。

「……大丈夫です」

 口をついて出た言葉は、あまりにも表面的で、嘘くさかった。内心では、自分の言葉が虚ろであることを感じていた。わたしは本当に大丈夫なのか?心の奥に渦巻く不安や迷いが、何度も問いかけてくる。

 魔導書管理官としての日々は確かに充実している。王国の貴重な書物を管理し、秘められた知識を解明することは、私にとっての誇りでもあり、責任でもある。だが、その反面、何かを見失っている気がしてならなかった。目の前の仕事に集中することで、自分の本心を誤魔化しているのではないかという思いが、胸の奥で膨らんでいた。

「リリアーナ、君は無理をしているように見える。俺には、そんな風にしか見えないんだ」

 アーロンの言葉は、まるで私の心を直接見抜くかのようだった。彼の鋭い洞察力にはいつも驚かされる。冷静で淡々とした彼の態度は、時折、心の中まで見透かされるような気がして不安になることもある。

「無理なんてしていません……ただ、少し考えることが多くて……」

 言葉に詰まりながらも、何とか自分を取り繕おうとした。だが、アーロンの目は私の言葉を信じていないように見えた。彼はしばらく沈黙し、その間、彼の視線が私の胸の奥まで刺さっているかのように感じた。

「考えることが多い、か。それは仕事のことか、それとも別の何かか?」

 その問いかけに、心臓が一瞬跳ね上がった。彼が何を尋ねようとしているのかは、痛いほどにわかっていた。仕事以外のこと、つまり、彼との関係だ。彼との契約結婚は形の上では成り立っているが、その本質的な部分では、まだ多くのことが曖昧なままだ。

「……仕事のこともありますし、他にも少し」

 精一杯の言葉を搾り出した。彼の鋭い目を避けるように、私は視線を下に向けた。心の中で、もっとはっきりと言うべきだという声が聞こえる。だが、今はその勇気が出ない。

「リリアーナ、君は正直になった方がいい」

 彼の言葉は、まるで命令のようだった。だが、その声には確かな優しさも含まれていた。それが彼のやり方なのだ。冷静で冷たいように見えながらも、実際には私を気遣ってくれている。

「正直に……」

 自分の中で渦巻いている感情を言葉にするのは簡単ではない。彼との関係がどこに向かっているのか、自分でもはっきりわからないままだ。ただ一つ確かなのは、彼に対して抱いている感情が以前とは違っていることだ。

「……わたしは、あなたのことを信じています。でも、これがどう進んでいくのか、わからなくて……不安なんです」

 やっとの思いで、心の一部を打ち明けることができた。アーロンは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにその表情は元の冷静さに戻った。

「不安か。なるほど。それは俺にも同じことだ」

 意外な答えに、私は驚いて彼の顔を見上げた。彼が不安を感じている?あの冷静で何事にも動じないように見える公爵が?

「君が不安を感じるのは、俺に対して完全に信頼を置けていないからだろう」

 彼は淡々と言葉を続けた。その言葉は厳しくもあり、同時に、真実を突いたものだった。私が彼に対して全てをさらけ出せていないのは確かだった。彼に対して不安を抱いているのも事実だ。

「……そうかもしれません。わたしは、まだ自分自身が何を求めているのか、わかっていないのかもしれません」

 口に出してみると、それが自分にとってどれほど重い事実かがわかった。自分が何を求めているのか、どうしたいのかが曖昧なまま、ただ日々を過ごしている。それが、私を不安にさせているのだ。

「それなら、まずは自分を見つけることだ」

 彼の言葉は、私の心に静かに響いた。彼が私にこうして正直に向き合ってくれていることが、少しずつ心を軽くしてくれる。

 翌日、わたしは一人で書庫に向かっていた。王国の魔導書が保管されているこの場所は、私にとって特別な意味を持っている。ここで働くことで、自分の価値を証明し、再び立ち直ることができたのだから。

 だが、今日はいつもとは違った気持ちでこの場所に来ていた。アーロンとの会話が頭から離れず、心の中で渦巻いていた。

「……自分を見つける、か」

 彼の言葉が何度も反響する。わたしは自分自身を見失っているのだろうか?この場所で働きながら、日々を過ごしているが、その先に何を求めているのかが曖昧になっていることに気づかされた。

 書庫の扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。この場所はいつも静かで、時間が止まっているかのように感じる。それが心地よい時もあれば、今日のように孤独を感じる時もある。

「公爵と話したことが、こんなにも自分に影響を与えるなんて……」

 つぶやいた言葉が静かな書庫の中で反響した。彼との関係がこれからどうなるのかはわからない。ただ、彼の言葉が私に深く刺さっていることは確かだった。

 その夜、書庫の中で魔導書を調べていた。古代の書物には、今の王国の問題に対処するためのヒントが隠されていることが多い。私の仕事は、それを見つけ出し、必要な時に活用することだ。

 だが、今日の私は集中力を欠いていた。頭の中には、アーロンとの会話が何度も繰り返されていた。彼の言葉の裏にある感情を理解しようとするたびに、心が乱れる。

「集中しなくちゃ……」

 自分に言い聞かせて、目の前の書物に再び目を向けた。だが、心の中ではまだ彼のことが離れない。彼に対してどう感じているのか、それを自分自身に問いかけるのが怖かった。

「君のことを信じている」

 あの言葉が、私の胸に深く刻まれている。彼がそう言ってくれたことで、何かが変わったのは確かだ。だが、その変化が何なのかをまだ掴めないでいる。

 しばらくして、書庫の扉が静かに開いた。振り返ると、そこにはアーロンが立っていた。彼の姿を見るだけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚が私を包んだ。何か言わなければならないのに、言葉が出てこない。

「遅かったな……大丈夫か?」

 彼の声は優しく、けれど少しだけ心配そうだった。わたしは一瞬、どう返事をすればいいのか迷った。頭の中にはいくつもの言葉が浮かんでいたが、どれも的確ではないような気がした。

「……少し考え事をしていただけ」

 声がかすれてしまった。気づかれないように息を整え、心の中の不安を押し込めようとした。だが、アーロンはそんなわたしの小さな変化も見逃さなかったようで、彼の眉がわずかに動いた。

「何かあったのか?」

 その言葉が私の心をさらに揺さぶる。すべてを打ち明けるべきか、それともこのまま沈黙を守るべきか――わたしは迷った。

「大丈夫、リリアーナ?」

 アーロンの低い声が、静かな書庫に響いた。わたしは反射的に顔を上げたが、彼の深い青い瞳と目が合うと、心臓が跳ねるように動いた。彼は私の目を覗き込むようにして、心配そうに眉を寄せていた。

「ええ、少し疲れていただけ」

 本当は、心の中には言葉にできないほどの不安が渦巻いていた。王国での仕事の重圧と、アーロンとの関係。まるで二つの大きな波に飲み込まれそうだった。

「それなら、少し休め」

 彼の声は優しいが、その裏に隠された感情に気づいてしまう。アーロンはいつも冷静で、感情を表に出さない。だが、そんな彼でも、わたしの内心の乱れに気づいているのだろう。

 彼の手がわたしの肩に軽く触れた瞬間、全身がびくりと震えた。心臓がまた大きく跳ねるのを感じた。彼の手の温もりが心地よかったが、同時に怖くもあった。どうしてこんなにも彼の存在がわたしを揺さぶるのだろう。

「……ごめんなさい、アーロン」

 わたしは小さな声でそう言った。なぜ謝ったのか、自分でもわからなかった。ただ、彼に何かを言わなければならない気がしたのだ。

「何に対して謝るんだ?」

 アーロンは眉を上げて、不思議そうに見つめた。

「あなたに……心配させてしまったから」

 本当にそれだけだろうか? 心の奥では、もっと深い感情が渦巻いていたのかもしれない。だが、それを言葉にする勇気はまだわたしにはなかった。

 アーロンは少しの間、黙ってわたしを見つめていた。彼の視線に耐えられず、わたしは目を逸らした。

「……お前が無理をする必要はない」

 彼の言葉には、いつも感じる冷静さがあったが、今日はどこか違った。少しだけ、柔らかさが混じっているように感じた。それが逆に、わたしの心をさらに締めつけた。

「わたし……頑張らなきゃって思うんです」

 声が震えた。アーロンに向けた言葉ではなく、自分自身に言い聞かせているような感覚だった。王国の魔導書管理官としての責務と、公爵の妻としての立場。どちらも重く、わたしはその狭間で揺れ動いていた。

「リリアーナ」

 アーロンがわたしの名を呼んだ。彼の声はいつもと違っていた。優しさだけでなく、何かを強く伝えようとしているような響きがあった。

「無理をするな。俺がいる」

 その言葉に、わたしは思わず息を飲んだ。アーロンがこんな風に、はっきりと感情を見せるのは珍しいことだ。彼はいつも冷静で、自分の感情を押し殺すかのように振る舞っていた。

「……アーロン」

 わたしは彼の名を呼んだ。それ以外に言葉が見つからなかった。ただ彼の顔を見つめていると、心の中で何かが溶けていくような感覚があった。今まで抱えていた不安が少しずつ消えていく。

 彼がわたしを見つめるその目に、わたしは初めて気づいた。彼もまた、わたしと同じように不安を抱えていたのだろう。彼はわたしを守りたいと思っている。しかし、その方法がわからず、いつも距離を取っていたのだ。

「ありがとう、アーロン」

 小さく呟くようにそう言った。その言葉には感謝以上の意味が込められていた。彼がそばにいてくれること、それがどれほどわたしにとって大きな支えであるかを、改めて感じた。

「何かあれば、いつでも言え。俺が力になる」

 彼の言葉は短く、そして力強かった。わたしはその言葉に、深く安心感を覚えた。まるでずっと探していた何かが、ようやく見つかったかのように。

 その後、しばらく二人の間に沈黙が流れた。だが、その沈黙は居心地の悪いものではなかった。むしろ、心地よい静けさが広がっていた。お互いに何も言わずとも、わかり合えているような感覚だった。

「さて……そろそろ戻るか」

 アーロンがそう言って、立ち上がった。わたしも彼の言葉に従い、ゆっくりと立ち上がった。彼がわたしを見つめて微笑むと、わたしも自然に微笑んでいた。

「一緒に歩いていこう、リリアーナ」

 その言葉が、わたしの心に深く響いた。彼の言葉には、これまで以上に強い決意が感じられた。わたしもまた、彼と共に歩んでいく覚悟を決めなければならないと、改めて思った。

 外に出ると、夜風がわたしたちの頬を優しく撫でていった。冷たくもあり、心地よい風。その風に吹かれながら、わたしは少しだけ前を向けるようになった気がした。アーロンと共に、これからの道を進んでいけると。

「本当に、大丈夫か?」

 アーロンの声が、静かな廊下に響いた。その低く柔らかいトーンが心に染み渡り、わたしは一瞬立ち止まった。彼の優しさに触れるたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。これまでずっと感じていた不安が少しずつ消えていくようだった。

「……ええ、大丈夫よ」

 そう答えたものの、わたしの心はまだ完全には落ち着いていなかった。王国での陰謀がいよいよ表面化し始め、わたしがその中心に立つことになるなんて、予想していなかった。魔導書管理官としての責任を全うするためには、冷静さが必要だとわかっている。しかし、心のどこかで、恐怖が波のように押し寄せてくる。

「何かあれば、俺が力になる」

 アーロンの声は強く、わたしに向けた決意が感じられた。その言葉に、わたしは安心感を覚えると同時に、彼に負担をかけたくないという思いが胸に渦巻いた。

「あなたにはもう十分、助けてもらっているわ」

 小さく微笑みながら、そう言った。アーロンがそばにいてくれること、それがどれほどわたしにとって大きな支えであるか、彼にはきっと伝わっているはずだ。

「リリアーナ、お前は一人で背負い込みすぎだ」

 彼の言葉が鋭く胸に突き刺さった。そうかもしれない。わたしはいつも、責任感に駆られ、何でも一人で解決しようとしてしまう。しかし、アーロンはわたしに手を差し伸べてくれる。その手を、もっと素直に受け取ってもいいのかもしれない。

「……わたしは、大丈夫よ。あなたがそばにいてくれるだけで、十分力をもらっているわ」

 アーロンの表情が少し緩んだ。その瞬間、わたしの心も少し軽くなった。

「俺も、お前がそばにいてくれることが力になる」

 彼の言葉に、胸が温かくなった。わたしが彼の力になっているのだと知ると、少しだけ自信が戻ってきた。わたしたちの関係は、ただの契約結婚ではない。お互いに支え合い、信頼を築き上げているのだということを、改めて実感した。

「ありがとう、アーロン」

 わたしは彼に向かって小さく頷いた。アーロンは無言でわたしを見つめ、その眼差しの中には、深い思いやりと信頼が感じられた。言葉では表現できない絆が、わたしたちを結びつけているように思えた。

 その時、背後から軽い足音が聞こえてきた。振り返ると、イザベルが急ぎ足でこちらに向かってきた。

「リリアーナ、アーロン様……王宮で新たな動きがありました」

 彼女の声には焦りが混じっていた。わたしはその言葉を聞いて、胸の奥がざわついた。陰謀がまた一歩進んでいるのだろうか。わたしはアーロンの方を見た。彼の表情は変わらなかったが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。

「詳しく話してくれ」

 アーロンが冷静に問いかけると、イザベルは深呼吸をしながら口を開いた。

「最近、宮廷内での動きが活発化しており、一部の貴族たちが密かに集会を開いているとの報告が入りました。彼らが何を企んでいるのかは不明ですが、魔導書の一部が盗まれた可能性があるとのことです」

 その言葉に、わたしの心臓が一瞬止まったように感じた。魔導書が盗まれる――それはただの盗難では済まない。魔導書には王国の歴史や力の源が秘められており、もしそれが悪用されれば、王国全体が危険にさらされる可能性がある。

「具体的な場所や人物は特定されているのか?」

 アーロンが鋭い口調で問いただした。イザベルは首を横に振った。

「まだ、具体的な情報は得られていません。しかし、何者かが王国内で陰謀を巡らせていることは確かです」

 わたしは、体が少し震えたのを感じた。これは、王国の命運を左右する事態かもしれない。わたしは、魔導書管理官としての責務を果たさなければならないと強く感じた。

「リリアーナ、俺と共に調査を進めよう。お前の知識と力が必要だ」

 アーロンの言葉に、わたしは強く頷いた。彼と共に、この陰謀を解き明かさなければならない。そして、王国を守るためにわたしの全てを尽くす覚悟を決めた。

 わたしたちは、王宮へと急ぎ足で向かった。夜の冷たい風が頬を撫でる中、わたしの心は静かに燃え上がっていた。









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