公爵閣下の契約妻

秋津冴

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第四章 地下の秘密

第三十六話 自己解決

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「いきなりは無理だ。しばらく通って君のやりたいように採掘するのは構わない。だけど、ここから掘り出したことは秘密にして欲しい」
「やっぱり、そうなるのね。はい、旦那様。無理を申しました、すいません」

 てっきり言い渋るかと思いきや、オフィーリナは素直に受け入れて謝罪する。
 そのしおらしさに、ブライトは何か考えているな、と半ば冷ややかな目を向ける。

「ここを堪能したら、地下に行かないか。二人だけで」
「地下……? 鉱脈を見せて下さるの?」
「好きにしていいと、言った手前だ。仕方ないだろう」
「ありがとう、あなた!」

 あまりにも我が儘を言ったから、てっきり掘り出した後のもの。
 それも数に制限がある状態での使用許可が下りると思っていたオフィーリナは、嬉しさのあまりひしっとブライトに抱き着く。

 カレンのいる前での大胆な彼女の行動に、同じく嬉しさを覚えながら、ブライトは後からあれはだめだ、これはだめだと強く言い出せなくなってしまった、と心で苦笑していた。

 ひとしきり薔薇園を案内され、オフィーリナはその足で離れた所にある地下に通じる階段を、ブライトに手を引かれておりる。

 その合間も、辺りをじっくりと眺めていた。

 前回、魔哭竜を狩ったときに手にした魔石とほぼ同等か、それ以上の純度のある魔石がそこかしこに、ちらほらと頭をのぞかせている。

 鉱脈の最奥はもっと地下にあるだろうから、地表に近いこの場所でこれだけ良質な物が手に入るのは、はっきり言って驚きの連続だ。

「これまでの魔猟の旅は、一体何だったのかしら」
「奥様!」

 自分の重ねてきた危険と途方もないと労力の果てに得た対価とほぼ同等のものが、目の前にある。
 しかも、こんなに安全な状態で。

 やれやれ、と呆れ果てるしかなかった。
 もっと早くに教えてくれたら良かったのに、とぼやくオフィーリナをカレンが印象を悪くするなとしかりつけた。

「君のことを信用していなかったわけじゃない。物事には段階というものがある。そうだろう?」
「それはそうですけれど」
「いきなりできた愛人にこの場所の案内されて好きにしていいと言われたら、君はどう思う?」
「……怪しすぎて良縁だとしても、こちらからお断りしていたかも」
「だろう? 時間を要する問題もそれなりにあるということさ」

 むう、とオフィーリナは年相応に、唇を突きだして不満を訴えた。
 大人びているとはいえ、まだ十六歳。

 割り切れるものとそうでないものの、差が明確でない年頃の彼女にとって、いまはなかなか判断が難しい状況だった。

「私だって馬鹿ではありません」
「だけど君は今でも俺を困らせて、さてどうしたものかと悩ませているよ?」
「それは……そうするべきだと、私は教わってきたのです。自分だけの利益に準じて語ったわけではありません」
「そのことも分かっている。だから、俺は一概に駄目だと言えないんだ」
「申し訳ありません……ブライト」

 分かってくれたらそれでいい。
 公爵はまだ何か言いたそうな妻の手を引きながら、長い階段を終えて今度は広い空洞へと案内した。

 そこは地上にある丘そのものを、すっぽりと収めてもなお、余りが出るほどに巨大な空間だった。
 人工の明かりではなく、純度の高い魔石そのものが放つ紫色の燐光で、人の目には世界が青く染まって見えた。

 ここは魅惑的で、さらに危険な空間。
 前の話にもあったように、人の体はある基準値以上の魔素に長い時間さらされると、健康に被害を及ぼすことがある。

 地上にある公爵家の別邸の使用人たちは、長い期間ここに住んでいるはずだ。
 彼らの身に異変は起こっていないのだろうかと、ふと不安を感じた。

「すぐ足元に鉱脈があるのに、上の人々は平常通り暮らしているの?」
「数代前にここが発見されて以来、その心配は常にされてきた。しかし、何代にもわたりこの家に支えてくれている使用人たちに、特に異常は見受けられない。どうしてだと思う?」
「……自生。あの薔薇のせい?」
「最近の調査ではあの薔薇が関係しているのだろうと、報告が上がっているな」
「なるほどね。魔素を吸収して花を咲かせることで、薔薇が中和しているんだわ。逆を言えば、ここを開発してしまうと薔薇の花は毒素を生み出すかもしれない」

 自然界のバランスというものが非常に良くできている。
 鉱脈を開発してしまったら今度は人間が住めなくなるというのだから。

 自分の理想はほどなくして叶わないのだと、オフィーリナは自己解決してしまったのだった。
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