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第一部

第8話 王立学院の闇

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「国王陛下が望まれているのですから、女神様だって好意を寄せていただけるでしょう?」

 トーテム男爵はそれくらい便宜を図ってくれよ、と目で語っていた。
 彼自身はこのスキャンダルに大した感心がないのか、テーブルの上で組んだ両手の親指を開いたり閉じたりしていて、とても退屈そうだ。
 逆に言えば、この願いを受理しないような輩は、王国内にはいないと決め込んでいる気配がある。
 メジェトは王国で信仰されているたくさんの神々の中でも特別だというのに……。
 エレンシアは王家に厚く信仰されているメジェトを誇りに思っていたから、男爵の慇懃無礼な態度が面白くない。
 国王であれ、王妃であれ、聖女の前ではかしずくべきなのだ。
 もし、そこに本当に神がいないとしても――。

「さあ、どうかしら。我が女神は恋の相談ばかりにかまけているのかもしれませんね。でも、わたくしは別。この訴求を無視するつもりはありません」
「もちろん、今回の件がうまく収まれば国王陛下は新たなる寄進を行う予定であります」
「成功すれば、と言われてもどういった主旨で願われて、どういった結果を望んでいるのかも明らかにしない王家に女神メジェトが判断を下すとでも?」
「女神メジェトならば、すべてをお見通しなのでは?」

 問われて、男爵は不思議そうな顔をする。
 女神の代理人である聖女なら、あらゆる難題を知り尽くしているとでも思っているのだろうか?
 
「女神は人の世の理には無頓着ですよ。ただ、大きな波にたいして流れる方角を示すだけ」
「そうですな。今回の件は王国の貴族社会に巨大な波紋をもちかけるでしょう。間違いなく」
「‥‥‥貴族社会に波紋?」
「さよう」

 うんうん、と男爵は頷いて見せた。
 だが、エレンシアはなにか会話がおなじ話をしているようで、別の話題をしているかのように感じてしまう。
 どうしよう。王太子と第2王子の不倫問題を振ってみるか、それとも侍女にすべてを擦り付けようとしていると、王家に否定的な意見を伝えてみるか。
 迷いどころだった。

「不幸な侍女だけにすべてを押し付けるのは、すこし無理があるのではなくて? 学院での一件でニーシャ殿下の安否と行方が知れないということくらいは、こちらも掴んでいますから」
「そうですな。ニーシャ殿下にも多少の罪は被っていただく必要はあると踏んでおります。いや、侍女一人の責任では収まらないですよ」
「待って、ナミアの出産とアーガイム様の浮気問題を無実な二人に押し付けつもりなの? 浮気をして被害者になったのはニーシャ殿下ではないですか!」

 はっきりしない。
 ので、爆弾を放り込んでみる。
 しかし、出てきたものはウサギではなく、巨大なイノシシだった。

「浮気? ナミア様の出産に関しては、王宮は後ろめたいことはなにひとつありませんぞ!」
「話がかみ合わないわ。じゃあ、どういうこと? 国王陛下はニーシャ殿下と侍女にどんな責任を押し付けようとしているのですか」
「いや……それは――殿下の名誉にかかわることなので、軽はずみにお伝えはできませんな。神託を出していただけると確約してくださるなら、やぶさかではありませんが」

 バンっ、と勢いよく素手でテーブルを叩いたエレンシアに、男爵はひるむことなく蛇のように目を細めて余裕の表情で対応する。
 さすが王家の侍従。さまざまな王家にまつろうスキャンダルを影ながらに処理してきただけのことはある。

「わたくしにすべてを明らかにしてくださるなら、メジェト様にお願いしてみてもいいわ。でも、嘘だったらあとから神罰がくだるかもね。あなたに直接」
「しっ――神罰!」
「この世でもっとも女神に近い人間の一人、国王陛下の代理人として神託を依頼するなんて、女神様からしてみれば不敬この上ないことをしようとしているのだから、当たり前ではありませんこと?」

 信仰心がいかに厚い人間でも、ちょっとした脅しで顔色を変えるものだ。
 女神そのものというべき聖女から神罰なんて一言が告げられたら、彼だけではない。
 家族や親族、主人にいたるまでどんなトラブルを抱えるか想像がつかないからだ。
 女神が怒っているといえば、通じる。
 そんな最強の武器を、エレンシアは手にしていた。
 
「‥‥‥学院で問題があるのです」
「学院? 学院になにがあるというのです? 婚約破棄だけでなくニーシャ殿下が凶刃にたおれ侍女が治癒をして転移魔法で消えた――というところまでは、こちらも耳にしています」

 エレンシアは状況を有利に進めようと牽制し合うことに対してなんとなく無駄な疲れを感じてしまう。
 オランジーナが上奏してくる情報は、基本的に間違いがない。
 見込見習いだけでなく、神殿暗部の情報部がまとめた精査した内容を、上げてくるからだ。
 なんだかなんだ言っても、エレンシアはオランジーナを信頼している。
 だからこそ、ここは隠しごとをせずに手持ちの情報を披露することに決めた。
 大体、王太子妃と第2王子の不倫騒動を隠ぺいするための婚約破棄ではなかったのか。
 連日の激務で我慢することが嫌になってきた聖女は、そろそろ互いの腹の探り合いが限界に達していた。

「明らかにすれば――神託を?」
「神託は女神メジェトに訊いてください。でも、婚約破棄を受理することは聖女の権限の範疇です」
「ふーむ……。結果としてそこに神託だ、という一文でもあれば陛下も納得すると思うのですが」
「――エレンシアが確約した、とお伝えください。女神メジェト神殿の名において」
「では……まあ、いい――陛下にはうまくお伝えすることにしましょう。聖女様は学院には通われたことは?」
「あいにくと、4歳からずっとこの神殿で過ごしているわ。でも、愛にまつろう案件なら数千と見てきたけれどね」
「そうなると、学院にここ数年ほど暗躍する問題まではご存知ない、と」
「学院で暗躍? 国内でも有数の警備基準が高いあの場所で、なにが暗躍すると」

 国内外から貴族の子弟子女、有力な商人や芸術家の子供たちなど、学院には未来の王国を担う人材が星のように集まってくる。
 そこで、怪しい商売などできるはずがない、というのがエレンシアの見立てだった。

 
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