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薬師の華麗なる報復
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時間とタイミングを見計らい、魔竜にそれと知られないように左足を再生させながら、エレンはそんな嫌味を言ってやる。
魔竜はそれを聞くとただ面白そうに笑い声をあげるだけだった。
ここでもし自分が食べられてしまったら、魔竜は聖女の力を全て吸収してさらに強くなる。
数百年の眠りにつき、次に目覚めた時、こいつはもっともっと恐ろしい存在になっている。
今度は村や町程度では済まずに、国単位で人類は滅びていくことだろう。
その未来がわかるからこそ、ある確信をもとにエレンは嫌味を言ってやる。
「あなたが眠っている間に、他の聖女や仲間たちが必ず討伐に来るでしょう。何より……勇者は既に目覚めている」
勇者は特別な存在だ。
一世代で数名から多い時は十名ほど選ばれる聖女と違い、勇者は数十年から数百年に一度、神によってその存在を認知される。
戦う相手は様々で、魔王であったり人に災いをなすドラゴンであったり、どこかのモンスターであったり。
その時々に応じて理由は変わる。
エレンが嘘を言っていないということを理解した魔竜は、しかし、口元をいやらしく歪めただけだった。
エレンは何かおかしいと心の底から沸々と湧いてくる恐怖に怯えていた。
それは魔竜に殺されるというのそれとはまた別なもの。
左足の回復が成功したら、五体を使って再度の攻撃と、それを目くらましに利用して転移魔法でここから脱出する。
幸いなことに自分は大地母神の聖女で、大地に触れている限り一度に使える魔力には限りがあるものの、供給が途絶するということはないはずだった。
だけど今、体内に蓄えている魔力と魔道具に蓄えている魔力を使い切ってしまったら、新しい魔力の供給は行って来ないような。
そんな不安にふと気がついてしまった。
魔竜の魔法による妨害とか結界とかこの土地の問題とかそういうことではなくて。
自分の体内にある魔力を吸収する器。
そこが粉々にたたき壊されてしまって、新しい魔力は集まってくる気配がない。
「……そんな、そんなことって……」
大地母神は自分のことを見捨てたのかしら。
そんな思いが一瞬心をよぎる。
いやそうじゃない。神が自分を見捨てたのではなくて、人間によって見捨てられた。
考えがあるところまで行き着くと、魔竜の怒りの咆哮などどうでもよくなってきた。
この細工がなされたのは多分あの時だ。
目の前にいる自分をこれから食べるであろう強敵に挑むために力をつけようと得た朝食が、まさか最後の食事になるなんて。
ついでに、あの食事に何かが仕込まれていたのだ。
「困ったわね……毒でも仕込まれたのかしら……」
もしそうなことをしたのだとしたら、思い浮かぶ相手はただ一人だけで。それはともに朝食を囲んな仲間たちの一人。
侯爵家に仕えていたものを、気に入ってディーリアから奪った薬師だった。
この討伐を成功させ、神殿に戻れば平和な日々を過ごせるというのに。
他人の恋路を邪魔するとこういう末路になるらしい。自分は愚かだった……。
ふと見ると、せせり断つ不気味な壁際に数千の宝石が並んでいる。
中には人間が入っているように見えた。
その内の一つ、最前列に位置する宝石の中に……。
「ディーリア……っ」
その全てを言い終えることは許されず、エレンの肉体は巨大などす黒い口内にばぐんっという音とともに消えてしまった。
その後。
聖女の死を以って、勇者が魔竜を退治することになったが、聖女に同行していた薬師は、今度は同行しなかった。
人間の肉体には魔法を循環させ、増幅する器官があるという。
薬師はその器官を破壊する毒を聖女に盛った。
そのせいで、エレンは大地母神の力を使えなくなり、魔竜に食われて死んだのだ。
「仇は討ちましたよ」
王都の端に作られた墓地の一角で彼はそう言った。
若い薬師は遺体が入っていないディーリアの墓に花を捧げると、どこかに消えていった。
魔竜はそれを聞くとただ面白そうに笑い声をあげるだけだった。
ここでもし自分が食べられてしまったら、魔竜は聖女の力を全て吸収してさらに強くなる。
数百年の眠りにつき、次に目覚めた時、こいつはもっともっと恐ろしい存在になっている。
今度は村や町程度では済まずに、国単位で人類は滅びていくことだろう。
その未来がわかるからこそ、ある確信をもとにエレンは嫌味を言ってやる。
「あなたが眠っている間に、他の聖女や仲間たちが必ず討伐に来るでしょう。何より……勇者は既に目覚めている」
勇者は特別な存在だ。
一世代で数名から多い時は十名ほど選ばれる聖女と違い、勇者は数十年から数百年に一度、神によってその存在を認知される。
戦う相手は様々で、魔王であったり人に災いをなすドラゴンであったり、どこかのモンスターであったり。
その時々に応じて理由は変わる。
エレンが嘘を言っていないということを理解した魔竜は、しかし、口元をいやらしく歪めただけだった。
エレンは何かおかしいと心の底から沸々と湧いてくる恐怖に怯えていた。
それは魔竜に殺されるというのそれとはまた別なもの。
左足の回復が成功したら、五体を使って再度の攻撃と、それを目くらましに利用して転移魔法でここから脱出する。
幸いなことに自分は大地母神の聖女で、大地に触れている限り一度に使える魔力には限りがあるものの、供給が途絶するということはないはずだった。
だけど今、体内に蓄えている魔力と魔道具に蓄えている魔力を使い切ってしまったら、新しい魔力の供給は行って来ないような。
そんな不安にふと気がついてしまった。
魔竜の魔法による妨害とか結界とかこの土地の問題とかそういうことではなくて。
自分の体内にある魔力を吸収する器。
そこが粉々にたたき壊されてしまって、新しい魔力は集まってくる気配がない。
「……そんな、そんなことって……」
大地母神は自分のことを見捨てたのかしら。
そんな思いが一瞬心をよぎる。
いやそうじゃない。神が自分を見捨てたのではなくて、人間によって見捨てられた。
考えがあるところまで行き着くと、魔竜の怒りの咆哮などどうでもよくなってきた。
この細工がなされたのは多分あの時だ。
目の前にいる自分をこれから食べるであろう強敵に挑むために力をつけようと得た朝食が、まさか最後の食事になるなんて。
ついでに、あの食事に何かが仕込まれていたのだ。
「困ったわね……毒でも仕込まれたのかしら……」
もしそうなことをしたのだとしたら、思い浮かぶ相手はただ一人だけで。それはともに朝食を囲んな仲間たちの一人。
侯爵家に仕えていたものを、気に入ってディーリアから奪った薬師だった。
この討伐を成功させ、神殿に戻れば平和な日々を過ごせるというのに。
他人の恋路を邪魔するとこういう末路になるらしい。自分は愚かだった……。
ふと見ると、せせり断つ不気味な壁際に数千の宝石が並んでいる。
中には人間が入っているように見えた。
その内の一つ、最前列に位置する宝石の中に……。
「ディーリア……っ」
その全てを言い終えることは許されず、エレンの肉体は巨大などす黒い口内にばぐんっという音とともに消えてしまった。
その後。
聖女の死を以って、勇者が魔竜を退治することになったが、聖女に同行していた薬師は、今度は同行しなかった。
人間の肉体には魔法を循環させ、増幅する器官があるという。
薬師はその器官を破壊する毒を聖女に盛った。
そのせいで、エレンは大地母神の力を使えなくなり、魔竜に食われて死んだのだ。
「仇は討ちましたよ」
王都の端に作られた墓地の一角で彼はそう言った。
若い薬師は遺体が入っていないディーリアの墓に花を捧げると、どこかに消えていった。
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