上 下
6 / 6

薬師の華麗なる報復

しおりを挟む
 時間とタイミングを見計らい、魔竜にそれと知られないように左足を再生させながら、エレンはそんな嫌味を言ってやる。
 魔竜はそれを聞くとただ面白そうに笑い声をあげるだけだった。

 ここでもし自分が食べられてしまったら、魔竜は聖女の力を全て吸収してさらに強くなる。
 数百年の眠りにつき、次に目覚めた時、こいつはもっともっと恐ろしい存在になっている。
 今度は村や町程度では済まずに、国単位で人類は滅びていくことだろう。

 その未来がわかるからこそ、ある確信をもとにエレンは嫌味を言ってやる。

「あなたが眠っている間に、他の聖女や仲間たちが必ず討伐に来るでしょう。何より……勇者は既に目覚めている」

 勇者は特別な存在だ。
 一世代で数名から多い時は十名ほど選ばれる聖女と違い、勇者は数十年から数百年に一度、神によってその存在を認知される。
 戦う相手は様々で、魔王であったり人に災いをなすドラゴンであったり、どこかのモンスターであったり。
 その時々に応じて理由は変わる。

 エレンが嘘を言っていないということを理解した魔竜は、しかし、口元をいやらしく歪めただけだった。
 エレンは何かおかしいと心の底から沸々と湧いてくる恐怖に怯えていた。

 それは魔竜に殺されるというのそれとはまた別なもの。
 左足の回復が成功したら、五体を使って再度の攻撃と、それを目くらましに利用して転移魔法でここから脱出する。
 幸いなことに自分は大地母神の聖女で、大地に触れている限り一度に使える魔力には限りがあるものの、供給が途絶するということはないはずだった。

 だけど今、体内に蓄えている魔力と魔道具に蓄えている魔力を使い切ってしまったら、新しい魔力の供給は行って来ないような。
 そんな不安にふと気がついてしまった。

 魔竜の魔法による妨害とか結界とかこの土地の問題とかそういうことではなくて。
 自分の体内にある魔力を吸収する器。
 そこが粉々にたたき壊されてしまって、新しい魔力は集まってくる気配がない。

「……そんな、そんなことって……」

 大地母神は自分のことを見捨てたのかしら。
 そんな思いが一瞬心をよぎる。
 いやそうじゃない。神が自分を見捨てたのではなくて、人間によって見捨てられた。

 考えがあるところまで行き着くと、魔竜の怒りの咆哮などどうでもよくなってきた。
 この細工がなされたのは多分あの時だ。
 目の前にいる自分をこれから食べるであろう強敵に挑むために力をつけようと得た朝食が、まさか最後の食事になるなんて。

 ついでに、あの食事に何かが仕込まれていたのだ。

「困ったわね……毒でも仕込まれたのかしら……」

 もしそうなことをしたのだとしたら、思い浮かぶ相手はただ一人だけで。それはともに朝食を囲んな仲間たちの一人。
 侯爵家に仕えていたものを、気に入ってディーリアから奪った薬師だった。

 この討伐を成功させ、神殿に戻れば平和な日々を過ごせるというのに。
 他人の恋路を邪魔するとこういう末路になるらしい。自分は愚かだった……。

 ふと見ると、せせり断つ不気味な壁際に数千の宝石が並んでいる。
 中には人間が入っているように見えた。
 その内の一つ、最前列に位置する宝石の中に……。

「ディーリア……っ」

 その全てを言い終えることは許されず、エレンの肉体は巨大などす黒い口内にばぐんっという音とともに消えてしまった。

 その後。
 聖女の死を以って、勇者が魔竜を退治することになったが、聖女に同行していた薬師は、今度は同行しなかった。
 人間の肉体には魔法を循環させ、増幅する器官があるという。

 薬師はその器官を破壊する毒を聖女に盛った。
 そのせいで、エレンは大地母神の力を使えなくなり、魔竜に食われて死んだのだ。

「仇は討ちましたよ」

 王都の端に作られた墓地の一角で彼はそう言った。
 若い薬師は遺体が入っていないディーリアの墓に花を捧げると、どこかに消えていった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

千夜歌
2023.03.17 千夜歌

あと、タイトルに関してですが【毒殺令嬢と薬師の】だと【毒殺〔した〕令嬢と薬師の】になるので、【毒殺された令嬢と薬師の】か【惨殺された令嬢と薬師の】の方が内容にあっていると思いますが…。
【毒殺令嬢と薬師の】だとエレンと最初に出てきた青年がディーリアに復讐するのかと思ってしまいました。

秋津冴
2023.03.17 秋津冴

ありがとうございます。
タイトル、変更を視野に入れて考えてみます。

解除
千夜歌
2023.03.17 千夜歌

ディーリアの元婚約者と少女騎士団の面々の魔力を貯める器を壊して、弱ったところに耳元でディーリアの名を呟いて生涯忘れられない恐れを抱かせてこそ〔仇は打ちました〕では無いでしょうか?

ディーリアも何故エレンのみに呪いを?『この場に居る者』としておけば、薬師が手を出さずともエレンが魔竜に倒されたとの一報で怯えて暮らすことになったのに。

王族が権力を使って臣下の婚約者を奪った件や、仮にも騎士団を名乗る者達が権力により一人の少女の命を奪った件が王国内でどんな風に扱われたか知りたいところです。

うっかりどこかからバレて王族&少女騎士団の一族郎党滅びて欲しいものです。

解除

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約者が体調不良でしばらく会えないと言ってきたので、心配になってお見舞いに行くことにしたのですが……?

四季
恋愛
婚約者が体調不良でしばらく会えないと言ってきたので。

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

執着はありません。婚約者の座、譲りますよ

四季
恋愛
ニーナには婚約者がいる。 カインという青年である。 彼は周囲の人たちにはとても親切だが、実は裏の顔があって……。

本当に妹のことを愛しているなら、落ちぶれた彼女に寄り添うべきなのではありませんか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアレシアは、婿を迎える立場であった。 しかしある日突然、彼女は婚約者から婚約破棄を告げられる。彼はアレシアの妹と関係を持っており、そちらと婚約しようとしていたのだ。 そのことについて妹を問い詰めると、彼女は伝えてきた。アレシアのことをずっと疎んでおり、婚約者も伯爵家も手に入れようとしていることを。 このまま自分が伯爵家を手に入れる。彼女はそう言いながら、アレシアのことを嘲笑っていた。 しかしながら、彼女達の父親はそれを許さなかった。 妹には伯爵家を背負う資質がないとして、断固として認めなかったのである。 それに反発した妹は、伯爵家から追放されることにになった。 それから間もなくして、元婚約者がアレシアを訪ねてきた。 彼は追放されて落ちぶれた妹のことを心配しており、支援して欲しいと申し出てきたのだ。 だが、アレシアは知っていた。彼も家で立場がなくなり、追い詰められているということを。 そもそも彼は妹にコンタクトすら取っていない。そのことに呆れながら、アレシアは彼を追い返すのであった。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。