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エピローグ
第六十五話 殿下の決意
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扉の向こうに繋がる廊下にアレックスが待っていた。壁を背にして、中でなにが行われているのかと目で問うてきたが、ロバートはそれを無視し、友人へと手を差し出す。
「連絡する。魔導具を貸してくれ」
「おまえのは?」
「中に入るときにホテルに預けた」
じゃあそれを取り戻してくるとアレックスは言い、ロバートは深いため息をつきながら一度も振り返ることなく、エレベーターへと足を運んだ。
扉が閉じて初めて、自分がこれまで見知ってはいけない世界へと、片足を踏み入れたこと。そこに潜む狂気の渦に呑み込まれず戻って来れたことを、セナに感謝した。
これまでロバートはなにか大きな問題に直面し、それを終えたあとに感謝をささげたのは、すべて精霊に向かってだった。
ただ一人の個人へと祈りをささげたことなどない。
自分をまともな世界へと引き戻してくれたのは、やはりセナとディーノの存在だったと再確認し、彼らを抱きしめたくなった。
王太子でもなんでもなく、ただ一人の父親として、家族として二人と触れ合い、心を通わせたい。
傲慢に生きてきた自分の人生を恥じ、ただしい人の心知らしめてくれた、家族にひたすら感謝を捧げる。
預けていた連絡用の魔導具を手にしたロバートが迷わずに連絡をした相手は、誰でもない王国で報告を待つ女王だった。
ロバートは心の中から勇気が消える前に、やるべきことをこなそうと思った。
魔導具を掲げて、数字キーを押す。鈴の鳴るような音が響き、しばらくして祖母の持つ魔導具への直通回線が開かれた。
「どちら様かしら?」
かくしゃくとした祖母の声が耳の奥に響いてくる。
家族だけが持つその響きは、ロバートの胸の内に更なる勇気を与えてくれた。
「ロバートです。おばあ様、報告のために連絡をさせていただきました」
「他人行儀な物言いね。いつものおまえらしくないわ。何があったの? 彼女にフラれてしまったかしら?」
残念ね、と女王は冗談めかしてそう言った。
ロバートはそうかもしれません、と否定しない。孫の強い意志を感じさせるその言葉に、女王はふと言葉を途切れさせた。
ロバートは用意させた車へとアレックスとともに乗り込むと、隣に友人がいるにも関わらず、重要な話を進めていく。
それは彼の決意の表れだった。
「俺は決めました。彼女たちを連れ帰りません。王国の政治にも、王室にも関わらせたいと思わない。精霊にそう誓いました」
「……おまえ、ひ孫の顔を私に見せないつもりなの?」
「そういうことではありません。それは、また別の機会にさせてください。今はまだ、あの二人に王国が関わるべきではない。俺はそう考えた……もう一つお願いがあります」
「なぜかしら。そのお願いはどうにも聞きたくないと思ってしまうのよね」
「ですが聞いていただけなければ、俺が困ります。王国も困るでしょう」
そんなこと言われてしまっては、拒絶することができなくなってしまう。
女王はひ孫や、孫の妻に顔を合わせるよりも何よりも、まずはロバートに責任感を身につけて欲しかった。
家族を愛するということと、心に湧き上がる言葉にできない充足感を感じて欲しかったのだ。
しかしそれは彼のわがままや、傲慢さによってセナたちを無理やりにでも、自分の家族としたのでは得ることのできない感情だった。
「どうしたいの? おまえは一人の男として、夫として、子供の父親として、何を選ぼうとしているの? 聞かせてくれるかしら。孫の成長を私は見てみたいわ」
「成長と言えるかどうかは分からない。途方もないわがままかもしれません」
「それは私が聞いてみなければわからないことね」
「すいません、おばあ様。俺はまず、自分がやっていることについて、けじめをつけたい。このままでは国王にはふさわしい人間ではない……俺は望まれなくても、離れた場所にいてもあの二人を静かに見守りたい」
「それはつまり――そういうこと?」
「はい。どうかお許しください。王位継承権を俺は返却したい。精霊との契約があるために、名ばかりの王族とはなりますが……助力は願わないつもりです」
「本当に、とんでもないわがままね。でもその地位には代わりがいる。他にも王位継承権を持つ王族はたくさんいるわ。そんなわがままを言う孫を好きでいられないかもしれない」
呆れ果てた。とでも言うかのように、魔導具の向こうからは女王の大きなため息が聞こえた。
同時に、しばらく戻ってこなくていいわよ! とロバートのわがままを受け入れた彼女の悲鳴が響いてくる。
そして連絡は途絶えてしまう。
さっさと自分の家族の元へと行きなさい。祖母はそう背中を押してくれたのだ、とロバートはまぶたを閉じ家族に深い感謝をささげた。
「連絡する。魔導具を貸してくれ」
「おまえのは?」
「中に入るときにホテルに預けた」
じゃあそれを取り戻してくるとアレックスは言い、ロバートは深いため息をつきながら一度も振り返ることなく、エレベーターへと足を運んだ。
扉が閉じて初めて、自分がこれまで見知ってはいけない世界へと、片足を踏み入れたこと。そこに潜む狂気の渦に呑み込まれず戻って来れたことを、セナに感謝した。
これまでロバートはなにか大きな問題に直面し、それを終えたあとに感謝をささげたのは、すべて精霊に向かってだった。
ただ一人の個人へと祈りをささげたことなどない。
自分をまともな世界へと引き戻してくれたのは、やはりセナとディーノの存在だったと再確認し、彼らを抱きしめたくなった。
王太子でもなんでもなく、ただ一人の父親として、家族として二人と触れ合い、心を通わせたい。
傲慢に生きてきた自分の人生を恥じ、ただしい人の心知らしめてくれた、家族にひたすら感謝を捧げる。
預けていた連絡用の魔導具を手にしたロバートが迷わずに連絡をした相手は、誰でもない王国で報告を待つ女王だった。
ロバートは心の中から勇気が消える前に、やるべきことをこなそうと思った。
魔導具を掲げて、数字キーを押す。鈴の鳴るような音が響き、しばらくして祖母の持つ魔導具への直通回線が開かれた。
「どちら様かしら?」
かくしゃくとした祖母の声が耳の奥に響いてくる。
家族だけが持つその響きは、ロバートの胸の内に更なる勇気を与えてくれた。
「ロバートです。おばあ様、報告のために連絡をさせていただきました」
「他人行儀な物言いね。いつものおまえらしくないわ。何があったの? 彼女にフラれてしまったかしら?」
残念ね、と女王は冗談めかしてそう言った。
ロバートはそうかもしれません、と否定しない。孫の強い意志を感じさせるその言葉に、女王はふと言葉を途切れさせた。
ロバートは用意させた車へとアレックスとともに乗り込むと、隣に友人がいるにも関わらず、重要な話を進めていく。
それは彼の決意の表れだった。
「俺は決めました。彼女たちを連れ帰りません。王国の政治にも、王室にも関わらせたいと思わない。精霊にそう誓いました」
「……おまえ、ひ孫の顔を私に見せないつもりなの?」
「そういうことではありません。それは、また別の機会にさせてください。今はまだ、あの二人に王国が関わるべきではない。俺はそう考えた……もう一つお願いがあります」
「なぜかしら。そのお願いはどうにも聞きたくないと思ってしまうのよね」
「ですが聞いていただけなければ、俺が困ります。王国も困るでしょう」
そんなこと言われてしまっては、拒絶することができなくなってしまう。
女王はひ孫や、孫の妻に顔を合わせるよりも何よりも、まずはロバートに責任感を身につけて欲しかった。
家族を愛するということと、心に湧き上がる言葉にできない充足感を感じて欲しかったのだ。
しかしそれは彼のわがままや、傲慢さによってセナたちを無理やりにでも、自分の家族としたのでは得ることのできない感情だった。
「どうしたいの? おまえは一人の男として、夫として、子供の父親として、何を選ぼうとしているの? 聞かせてくれるかしら。孫の成長を私は見てみたいわ」
「成長と言えるかどうかは分からない。途方もないわがままかもしれません」
「それは私が聞いてみなければわからないことね」
「すいません、おばあ様。俺はまず、自分がやっていることについて、けじめをつけたい。このままでは国王にはふさわしい人間ではない……俺は望まれなくても、離れた場所にいてもあの二人を静かに見守りたい」
「それはつまり――そういうこと?」
「はい。どうかお許しください。王位継承権を俺は返却したい。精霊との契約があるために、名ばかりの王族とはなりますが……助力は願わないつもりです」
「本当に、とんでもないわがままね。でもその地位には代わりがいる。他にも王位継承権を持つ王族はたくさんいるわ。そんなわがままを言う孫を好きでいられないかもしれない」
呆れ果てた。とでも言うかのように、魔導具の向こうからは女王の大きなため息が聞こえた。
同時に、しばらく戻ってこなくていいわよ! とロバートのわがままを受け入れた彼女の悲鳴が響いてくる。
そして連絡は途絶えてしまう。
さっさと自分の家族の元へと行きなさい。祖母はそう背中を押してくれたのだ、とロバートはまぶたを閉じ家族に深い感謝をささげた。
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